それでも僕は生きているー死と化物が跋扈する世界でー   作:抹茶露

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第九話「太陽を見送る」

朝の空気は妙に乾いていた。

風に乗って、誰かの笑い声や装備の金属音がアパートの隙間をすり抜けてくる。

 

ぼうっと、アパートの支柱に背を預け、役所を見つめる。

行き先の決まった探検家たちが、続々と役所の扉を抜けていく。

その姿を、まるで他人事のように、無為に眺める。

 

その中に、日向 陽の姿もあった。

 

意味もなく彼女を目で追ってしまう。と、あちらもこちらに気づいたのだろう。

軽く、社交辞令のような会釈をして――彼女は、他の三人とともに歩き去っていった。

 

一歩も動けなかったのは、自分だけだった。

ため息をひとつ、喉の奥で飲み込んで。

旅立つ後ろ姿が見えなくなる頃、「そろそろ良いか」と小さく呟き、アパートを離れ再び、役所の扉を開ける。

 

玄関ホールの柱にもたれかかるように、軍服姿の女性――教官が腕を組んで立っていた。

その目は体温を持たない硝子玉のようで、こちらを見ても眉一つ動かさない。

 

「おはようルーキー。重役出勤って気分か? 寝覚めはどうだ?」

朝一番から皮肉とは、なかなか律儀なご挨拶だ。

最悪の気分だ。内心でそう思いつつも、言葉には出さず。

 

「装備の支給を。受け取ったら、すぐに出発します」

「やれやれ。ちょっとした世間話にも付き合ってくれんのか。……まぁ、いい。ほら、調整しておいたぞ。泣いて喜べ」

そう言って差し出されたのは、昨日壊れたはずのクロスボウ。そして、軽量金属の先がついた小ぶりの槌だった。

 

(壊したはずの武器に、武器と呼んでいいのかも分からん代物……これは二日目にして“死ね”ってことか?)

そんな思いが頭をよぎる。だが、黙ってそれらを受け取った瞬間、すぐに異変に気づく。

 

(弦が……新品。それに、軽い?)

昨日のそれはずっしりと重く、もはや手になじむ以前の代物だった。

けれど、今手にしているクロスボウは軽量化され、弦も金属製なのか、鈍い光沢を帯びていた。

 

――性能は向上している。だが、小槌だけはどうにも納得がいかない。

 

これなら昨日のようなボロボロのダガーの方がまだマシだった。

若干の抗議の意を込めて教官を睨むと、彼女は飄々とした顔で肩をすくめた。

 

「ルーキー、勘違いしてるようだがな。一つだけ教えてやろう」

言葉に、わずかな熱が宿る。

 

「シンプルな奴ほど、戦場で出くわすと怖いもんだ。……まぁ、お前がどう使うか、見ものだけどな」

 

ふざけているようには、見えなかった。

「ないよりはマシ」と割り切り、装備を受け取る。

 

「それと、忠告を一つ」

声の調子が変わる。

 

「あまり、日向 陽に噛みつくなよ。……お偉方の工作で、どいつが“目”になり、“耳”になり、“手”になるかわからんからな。必要以上に敵を作るな。分かったか?」

 

「……“目”であり、“耳”であり、“手”だからこその忠告、というわけですか」

そう返すと、教官はつまらなさそうに鼻で笑った。

 

「誰がそんな面倒なことをやるか。金積まれても私はやらんよ」

そして、言い切る。

 

「私は私だけの味方だ。使える奴は使うし、使えん奴は処分する。それが仕事だ。

……けどな。使えそうな奴がくだらんことで処分されるのは、いささか気に食わん。それだけだ」

分かりやすい信念。

心底、生きやすそうだと思う。

 

「――ご忠告、感謝します。では」

背を向け、役所を出る。

装備は不安しかないが、情報だけは多少残っている。

 

目的地は、昨日と同じ洞窟。

また一人だが、向かうべき場所はもう決まっている。

 

次こそは無傷で生き残るつもりで。

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