夕焼け日和である…放課後のこと、キンコンカンコンとチャイムが響き渡るその中で、せっせと帰りの支度を済ませていざ帰宅だ…と、鞄を持ち上げた司の耳元に吹き込むようにその声がやってくる。
「やっほ…一緒に帰ろ?」
水色の髪が視界を擽る、深海のような瞳の中に星のような輝きを乗せながら星街すいせいはニコニコと笑みを浮かべながら司を誘う…別に可笑しな会話でもない、ただ転校生がクラスメイトに一緒に帰ろうと誘っているだけ…考えてみれば少しおかしいかもしれないが、そこはツッコミ無しである。
「…まぁ、良いけど…」
そんなすいせいに、司は何処か戸惑いがちにそう答えた…いや、お前俺の家に居候しようとしてるんだから一緒に帰らんくても途中で合流するやんとか、そもそもなんでそんなニコニコしてるんだとか、言いたいことは色々とあるが何となく面倒臭そうだったという理由もあってか、司は何も言わなかった。
道中、おかゆは何も言ってこなかったし、しても来なかった…すいせいと帰ろうとしている最中に、じゃあ僕も帰るからまた明日〜…と、何処か艶っぽい声を出しながらひらひらと帰っていったくらいだ…昼に険悪っぽい雰囲気を出していただけに、少し意外であったというのが司の本音だろう。
転校初日の美少女転校生と一緒に帰宅とか何なんだアイツはぁぁ…!! …みたいな男子からの嫉妬の目線やどうせ直ぐに分かるさ、俺たちの方が優れてるってことがな…みたいな嘲笑っぽい目線が帰り際に突き刺さってきはしたが…まぁ、特に何があるわけでもないので変わらず無視を決め込みながら司とすいせいは帰路に付いたのである。
「そういえばさ、結局すいちゃんってなんで急に帰国することになったの?」
帰路の途中、夕焼けが眩しく帰り道を照らす中で、ふと司はそんなことを口に出した。
ん? と疑問の声を発するすいせいへと司は更に口を開く。
「いや、言ってたじゃないか、諸事情的に帰国することになって、そのせいで住む場所も用意できてないって…つまりさ、そんだけ急な話だったんだろ? じゃあそうまでして帰ってこなきゃならなかった理由はなんだったんだろうなぁ…って」
雑多の中、ガヤガヤと蠢く商店街の中を通りながら開かれた当然の疑問、今朝はあまりに急すぎて聞くことが出来なかったその疑問を司は今になってようやく口に出した。
そんな司の疑問にすいせいは少し悩んだ素振りを見せた…答えるべきか否かというより、どう答えるべきかなのかに悩んでいるように見えたそれの中で、すいせいはぽんっと掌を叩いた。
「───ごめん、それ企業秘密だ」
答えんのかい、悩む素振り見せといて答えんのかい…司の脳裏にそんなツッコミの声が響いた、なんか教えてもらえるかと思ったらこれである。
ニコリと笑い、唇に指を立てて端的に言えないと言ったすいせいにそれならそれでと司はそのことについて聞くのはもう止めた…知ろうが知るまいが何も変わらないし、根本的に自分には関係の無い事柄であったから。
ほらほら、早く帰ろ帰ろと帰路を急かしてくるすいせいに司はため息を吐き出した…関係無いのはそうだけど、それはそれとしてなんか嫌な予感がするのは何故だろうか…そんなことを思いながら、司は売店に食いついたすいせいの元へと向かうのだった。
夜だった…満天の星空が広がる夜空、月が三日月の形に弧を描く闇の中、何処ぞの路地裏の暗がりの中で彼女達は一堂に会していた。
「ごめんね、すいちゃん…急に呼び出しちゃったりして」
そう言うのは褐色肌の少女だった…ポニーテールにした金色の髪を揺らし、適当なゴミ箱に腰掛けながら申し訳なさそうな表情をしていた。
何より特徴的なのはその耳であろうか…尖った耳、世間一般的にはエルフ耳とも呼ばれるその特徴から少女が自然種の類であることが良く分かった…そんな彼女に呼び出された当人は…星街すいせいは何一つ気にしていないような笑みを伴って言葉を返した。
「いいよ別に…まぁ、流石に驚いたしてんやわんやだったけど…ちゃんと住処も手に入ったから」
手をひらひらと振ってすいせいは少女にそう返答する、すいせいの言葉にそっか…と安心した様子で胸を撫で下ろした少女は、ふとしたようにその視線を上へと向けた。
「どう、ポルカ? 近づいてくる人はいそう?」
「ん〜〜…いやぁ、いないかなぁ…? 怪しそうな人は一人も居ないけど…それでこの前やられたからなぁ、ちゃんと見分けられてるかなぁ…?」
少女の声に別の少女の声が響く、ポルカと呼ばれた声の主は少女の声に酷く不安そうに、曖昧そうな答えを返した…うんうんと唸りながら何処かピクピクとしていそうな声色にすいせいは思わず吹き出しそうになっていた。
まぁ、確かに以前索敵を担当したけど見落として、そこからドンパチに突入して酷い目にあった〜云々の話をしていたのは覚えているが、まさかこうも面白い反応を見せる程になっていたとは…すいせいからしてみれば笑い草そのものである。
「…そ…そういえばさフレア、ノエルとみこちは? みんな来るって聞いてたんだけど…」
笑うのを堪えながらすいせいは口を開く、内容は他の仲間の所在…本来であればここにお馬鹿ポンコツ巫女と脳筋爆乳女騎士とも呼ぶべき友人達がやってきているはずなのだが…その姿がまるで見えない。
何処にいるのやらと少女ことフレアへと言葉を投げかけたすいせい、その言葉にフレアは頭痛を感じるかのように頭を押さえた。
「ノエルにはちょっと外せない案件があったから別口で動いてもらってるの、相性的にノエルの能力が一番良かったからって………みこちは………その………」
何処か歯切れの悪くなるフレア、ノエルに関しての説明はハキハキと寧ろ流暢に喋っていたのにみこちこと『さくらみこ』のことになると妙に余所余所しくなった…何があったと疑うのは自然な話である。
?マークを浮かべながら小首を傾げるすいせい、あらあら何かあったのかしらん? とでも言いたげに目をパチクリとさせるすいせいに、フレアは目を逸らしながらポツポツと答えた。
「…みこちは…その……アイスを食べすぎてお腹を壊しちゃったみたいで……その…トイレの中から連絡を入れてきてて……今も格闘してるみたい……便意と……」
それは、あまりにも汚い理由だった。
汚かった、それはもう汚い理由だった、物理的に汚い非常に馬鹿らしい理由だった。
道理で話したがらないわけだ、道理で言いづらそうにしている訳だ…まさか久方振りの仲間との再会を腹を壊したという理由で野放しにするなど早々あるまい…故にこそ───
「───ぶっ」
星街すいせいは、盛大に吹き出した…そのあまりのアホさ加減に、みこのらしい醜態に腹筋が耐えられなかったのだ。
くくくっ…と腹を押さえて笑い転げかけているすいせいの姿にフレアは困ったように笑っていた。
「───それで? 結局どうしたの? 急いで来て…なんてさ」
ひとしきり笑ってスッキリしたようにふぅ〜と一息吐いたすいせいは、先程までの大笑いからは想像出来ないほどに唐突に、真面目な声色でその言葉を吐き出した…その口角は上がったままだったが、空気は冷え込んだように感じられた。
そんなすいせいにフレアもまた佇まいを正し、その口を開く。
「───…『YAGOO』が動き出したの」
フレアの言葉にすいせいの眉がピクリと動く、未だ浮かべていたその笑みを消し去り、酷くダルそうに身体を壁へと寄りかからせたすいせいは酷く冷めた声色を口から吐き出す。
「───つまり、『Hololive』が動き出したってこと?」
「ううん、そこは多分まだ…動き出したのは『YAGOO』単体で『Hololive』そのものはまだ動かしてない…ただ…」
「…ただ?」
ざわつきが遠のいて聞こえた、外でガヤガヤと騒いでいて雑多に聞こえてくるはずのその音が酷く曖昧に感じられた…たかが三人ポッチの空間にその全てを根こそぎ取られたように。
続きを促してくるすいせいにフレアは僅かに溜めた…言うべきか、言わざるべきかを悩んでいた…これを言ってしまえば取り返しのつかないことになるのではないかという漠然とした予感と不安がフレアの中にはあったからだ。
…しかし、言わないという選択肢もまた無かった…ここまで言った以上は必ず答えを求めるのが星街すいせいだ、言わなくても勝手に辿り着くと分かっているから言わないだけ無駄でしかないのである…そして、意を決したようにフレアはそれを口に出した。
「───多分…『第零部隊』が動いてる」
それが何を意味するのかを、彼女達は良く知っていた。
第零部隊:ホロライブ0期生