昴くんはなにもしない   作:あまも

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蘭ちゃんを悲しませないつもりが毛利探偵の出番を奪ってしまったので悩みましたがGOします

許せサスケ……


閲覧ありがとうございます!



69-1:アリバイ証明の奥様

 

 

 安室さんの探偵としての浮気調査。

 

 ぶっちゃけ、それを奥さんが依頼してきたってことは『怪しいことしてる』その時点でこれは浮気が確定してしまったのでは?と思ってたんだけどね。

 

 元々、旦那さんがストーカー?に悩まされて、なんだか誰かの視線が……と怯えているとのことで、その奥さんの知人であった妃先生へ相談されたのが最初だった。

 

 んでこれ、どうも奥さんが雇った探偵のお粗末な仕事の結果だったらしく、妃先生のところに遊びに来ていた私がちゃんと仕事できる探偵として安室さんを紹介して……そうして、この『浮気』調査が始まっている。

 

 そんなんどうせ浮気だよ浮気。

 男ってのは馬鹿な生き物だからね。

 妃先生も、苦い顔しながらも“彼女に良いように“、と私に調査依頼出してくれたのさ。

 

 

 

 だが、事態はそう単純なものではなく。

 

 

 安室さんや、この件には微塵も関係ないだろうに物のついでとばかりに使われたかわいそうなくたびれメガネのお兄さんこと風見さんが、足を使って裏から調べた限り。

 そして私とノアズ・アークが電子の海をサラッと浚ってみた限りで。

 

 どうも、その男性に、決定的な不貞の証拠が見当たらないのである。

 

 確かに、少しばかり知り合いの奥様と距離が近い時期があったのは間違いない。

 一緒にお店に入る姿や、仲良く駐車場で語らっている様子が、お店やホテルの防犯カメラに残されていた。

 

 このホテルでの親密そうな様子(証拠)を掴んだからこそ、男性の奥様は浮気を疑い、不信感を募らせて調査依頼を出したらしい。

 

 

 しかし、不審な点はそこで途切れている。

 

 美味しくご飯を食べて、そのまま“しっぽり”お部屋に消えるかと思いきや、その後ホテルの一室へ入っていくような決定的な動きが、どう探ってもどうしても捉えられないのである。

 ホテルの併設レストランで食事を済ませた後、カモフラージュのために別のホテルへ場所を移して……などという、したたかで面倒なことをしているのだろうか。

 となると、近隣のホテルを片っ端から探す羽目になるのかと私がため息ついて、仕方なくキーボードに手を伸ばした時、安室さんが静かにそれを止めた。

 これ以上探さなくていい、という。

 彼の判断の意図が掴めない。

 

「探さなくていいのですか?」

 ノアズ・アークも、なんで?と不思議そうにしている。

 

「おそらく、だが。これ以上探っても証拠は出てこない」

 

 安室さんはそう前置きを置いて、私に妃先生への報告のためのレポートを、“不貞の証拠は無し”として作成するように指示し、実質的な調査をそこで終わらせてしまったのである。

 

 「いいか――」

 

 そうして説明された安室さんの推測に、なんというか……

 

 男ってのは、馬鹿な生き物だねぇ!

 

 

 

 ■

 

 

 安室さんがその奥様に説明した内容は、先日首を傾げていた私とノアズ・アークに、安室さんが説明してくれた話をまとめたもの。

 

 

 すなわち。

 

 

 

「旦那さんは、あなたに嫉妬して欲しかったのでは?」

 

 

 

 安室さんが、そう静かに結論を伝えた。

 場所は、浮気現場として疑われた、まさにその洋風懐石レストランの一角。

 報告の席に私も同席している。

 

 安室さんへの依頼人である奥様は、その若い探偵の言葉にぽかんと口と目を開けて、ゆっくりと首を傾げた。

 呆然としたその表情からは、怒りよりも先に、理解が追いつかないという戸惑いが透けて見える。

 まぁ、嫉妬して欲しかったからってなんでもしていいわけじゃないからね。裏切りは裏切りだ。

 

「…………は」

「男性というのは、女性が他の男性に憧れている姿、というのはそれだけで、面白くないものです」

 

 その依頼人、柔道70キロ級元全日本チャンピオンの有沢さんは、現役引退後も衰えない豊かな体を強張らせ、慌てたように、でも、だって、と言葉を重ねる。

 しかし、安室さんは淡々と、彼女を落ち着かせるためか、あえていつもの営業用の笑顔すら浮かべずに、どこまでも真面目な様子で答えていく。

 

 有沢さんは、夫が何度もそのお相手の女性と一緒にこの店に通っている様子だったと主張するのだけれど、どっこいこれが調べてみれば、言うほどの回数には達していない。

 少なくとも彼女の言う通りなら、毎週のように密会を重ねているはずだが、月1回……なんなら2ヶ月に1回かもしれない程度の、些細な食事会であることを私たちは突き止めていた。

 そもそも、こんな仕切りのスカスカな店で人目を忍びたいような人間達が逢瀬に使うかって言われたら、風通しも見通しも良いし、料理の味はいいけれど、決して『秘密の関係』には向かないお店である。

 そのくせ、このホテルの部屋を使ってるわけでもないんだから、なるほど確かに、と外から聞いてる分には、不貞の事実はなさそうに見える。

 んでも料理美味しいんだよねこれ……フリットとか小難しいカタカナにしないで欲しい。

 今度小林くん連れてこよう。なんでも再現してくれるからね。

 

 

 さらに安室さんは、お相手の女性のほうも調査済である。

 

 そのお相手女性こと、有沢さんの憧れの柔道金メダリストである梶本さんの、奥様の様子もまた、不倫という泥沼に両足突っ込んで後は沈むだけなんてドロドロしてそうな関係とはかけ離れたものだった。

 

 彼らの密会は、互いの家庭に対する日々の愚痴であったり、苦労話であったりを吐き出すための場に過ぎなかったのでは、と、店の店員の証言や常連客からの言葉で安室さんは判断したらしい。

 

 同じ柔道家であり、現役を退いた後も後進の育成に精力的で、ある程度は家庭のことも見てはくれていても、公の立場の仕事を、元金メダリストだの元全日本チャンピオンだの、大層な肩書き背負ってこなすというのは、ほとんど芸能人みたいなものだし、片手間では難しいだろう。

 後進の育成、なんてのは、見なけりゃいけないほかの人々の面倒見るってことだし、そんな身内にかまけてる暇が多いかと言われると……

 そんな、大袈裟に言ってしまえば、“家庭を顧みない”配偶者を持つ身。

 それでも、その熱心に打ち込む姿に憧れて、そうして一緒になったのだから、それぞれの配偶者を応援しつつも……やはり普通の家庭とは違った孤独や苦労はあるのだろう。

 

 同じ痛みを抱える者同士、話が奇妙に合ってしまったに違いない。

 

 

 まぁ、そういうのは私はよくわからんが……寂しんボーイはほっとくと何するかわからないんだぞ、と普段から私が言っていたりする通りの話なのかなと認識した。

 寂しいとちょっと暴走しちゃうよね。わかりみ。

 

 あと小五郎さんと妃先生の姿を見ていたら、何となく、なるほど納得してしまいそう。

 

 あの夫婦は、お互いツンツンしてるが陰でデレてるのである。

 末永く爆発しろ。

 あ、ダメです米花町で爆発しろはフラグになっちゃうから。

 末永く幸せになれ。

 

 

「でも、主人は私に嘘を吐いていたんです! 電話をした時も、用事があるからと直ぐに電話を切って……。それに、受話器の向こうから不自然な音が響いていたことが何度もあったわ。あれは、別の場所にいると言い張るための、アリバイ作りの音声テープか何かに決まっています!」

 

 有沢さんが声を荒らげ、疑惑の根拠を捲し立てる。

 それこそが、彼女が夫の浮気を確信した決定打だった。

 

 しかし、安室さんはその指摘に対しても、静かに首を振った。

 

「有沢さん、本当にあなたを裏切ろうとする人間なら、そんなお粗末な足跡は残しません。そんな方法なんて、1、2回やればバレるようなものでしょう。気付かないのは余程相手のことを気にしてないか、はたまた同じ音声だと気付かないほど物忘れが酷いか……」

 

 

 なんでそこで私を見るんですかね。

 

 なんだよ、最近小五郎さんに電話したらまた後ろの音が競馬場だった話か。

 まーた懲りずに競馬いってやがらぁと思ったら、それは実は音声テープで、こっちが動けなくて暇過ぎてどうせ暇だろう小五郎さんに電話かけまくってたからウザがられてただけだったっていう悲しい話してんのかよ。

 

 あのおじさん競馬行ってるんですよと蘭ちゃんにチクったら、彼女は困ったように、申し訳なさそうに、そのテープ流して即切りしてる舞台裏の真相を、教えてくれてしまったのである。

 

 そんな、私の話でもしてんのか!?

 

 

「周囲の音をわざと入れて、自分がそこにいる、と思わせるのはよくある手口ですが、何度もやっては意味が無い。それなのに、彼はあえてあなたからの電話で、その不自然な背景音を聞かせ、気付かせた」

 

 安室さん言う『よくある手口』ってのが、つまりはそういった関係をする人間ってのが『よくいる』って話で、人間ってのはこれだからと辟易してしまう。

 え?どっかの元刑事もウザいアラサーのおじさんにやってる?

 

 ……アリバイ作りのよくある手口ってことだね!

 

「彼はあなたに、その嘘を見破ってほしかったのではないでしょうか。どこにいるの、と怒って、自分を追いかけてきてほしかったのでは。

 あなたが未だに、柔道の世界や梶本さんに夢中で、自分を見てくれない寂しさの裏返しとして、そのような行動に出たのでは。その不自然な電話は、あなたに向けられた、あまりにも不器用なシグナルだった……と、考えてみたのですが」

 

 安室さんのその言葉に、ノアズ・アークと一緒に覗き見たデータで、ふたりして納得した事を思い出した。

 

 旦那さんのアカウントの検索履歴のほうを、少しばかり覗かせていただいた。

 その履歴には、彼の本音が残っていた。

 

『夫婦円満の秘訣』から始まって、『妻の機嫌を取る方法』だの、『配偶者に嫉妬してもらうには』なんて直接的なものだの、『趣味に夢中 寂しい 配偶者』だの……

 

 そこには、ただただ妻の視線をこちらに向けたい一心の、ひとりの不器用な男の迷走と、健気な試行錯誤の記録だけがずらずらと。

 

 まったく……男ってのは、不器用な生き物だねぇ!

 

 

 安室さんは言葉を続ける。

 

「ですから、……これはあなたに勘違いを『させようとした』結果なのではないかと。

 直接、真意を本人に聞くのが手っ取り早いのではないでしょうか。有沢さんが思っているよりも、悪い結末にはならないはずです。

 まずは一度、ご主人と話し合ってみることをお勧めします」

 

 彼の真摯な眼差しと言葉に、有沢さんは深く息を吐き、最後には小さく頷いた。

 彼女の肩の力が、ゆっくりと抜けていくのが分かった。

 

 

 そもそも、とりあえず話し合いしてみるのは大事だよね。

 調べた感じでは深い男女の仲……ではない結論だから、大丈夫だと思うんだけどなぁ。

 

 それで相手が開き直ったり、なんか別件で怪しいところとか出てきたら、調査不十分ってことでまたいくらでも再調査依頼受けるし。

 あと妃先生も、離婚調停手続きのお手伝いしてくれるだろうし。

 

 安室さんの見立てに、間違いはない……はず?

 

 

 ■

 

 

 私はその調査結果をまとめた報告レポートを携えて、妃法律事務所を訪れていた。

 

 阿笠さんの研究所からバス停まで歩き、バスに揺られてはるばる。こういうのもたまにはいいね。

 

 “彼らはホテルには入ったが、何もなかった”という確実な証拠として、ホテルの人にお願いしてその該当する時間のカメラを抜き出してもらい、

『食事終了後、ふたりはロビーで別れ、対象はそのまま自身の車で帰宅、相手女性はタクシーで帰宅。滞在時間は1時間程度、宿泊エリアへの立ち入りは一切なし』

 ……と、少なくとも有沢さんが見たという不貞の疑念についての明確な否定としてレポートにまとめた。

 後は内緒の手法で手に入れたので、公には使えない。

 

 あの後無事、有沢さん夫婦が話し合いの席に着いて、旦那さんとの大喧嘩の末、有沢さんは確かに他の男(金メダリスト)に夢中だったし、旦那さんもついつい愚痴話が盛り上がって、何度も梶本さんの奥さまとの会合を繰り返してしまっていたのだそうな。

 お互い反省して、これからゆっくり話し合うのだ、という、疲れたような、けれど清々しそうな有沢さんからの知らせがあった。

 その妃先生は、報告を読みながら、心底安堵したように大きな息を漏らした。

 

「そう……結果も、不貞行為の事実は一切なし、ね。残念なことにならなくて、本当に良かったわ」

 

 妃先生は机の上の報告書から視線を上げ、かけていた眼鏡を外すと、目元を軽く揉みほぐした。

 

 法律家としての仕事にならずに済んだ、というだけではないんだろう。彼女もひとりの女性として、知人の家庭が守られたことへの安堵がそこにある。

 

 だがその直後、彼女の顔にふと、忌々しげな影が差した。

 

 

「それにしても、電話の向こうに別の音を流してアリバイを誤魔化そうとするなんて。……昔、刑事時代に雀卓の録音テープ流して居場所を誤魔化していた、どこかの馬鹿探偵と全く同じ手口ね」

 

 妃先生の口から飛び出した、別居中の夫への辛辣な愚痴。

 

 実はそれ、まだやってるんすよその人。

 

 ……とは言わない。余計な油を注ぐ必要もないくらい、すでに薪は燃えている。

 

 長年連れ添った夫婦だからこそ、苦々しく思っていても、捨てきれない過去なんだろう。

 刑事時代に、早く切りたくてその手口してた小五郎さんが、“後ろめたいこと”があってそんなことした……とは限らないし。

 

 

 彼女はふう、と、ひと息入れて怒りを一旦腹の底に沈め、私に柔らかく戻した目を向けた。

 

「でも、あなたの紹介してくれたあの若い探偵さん、なかなかやるわね。夫婦の破滅を未然に止めるなんて、あのダメ探偵とは大違いの、本当に良い探偵さんね。

 あなたもバイトお疲れ様」

 

 その“ダメ探偵”はどこの探偵さんのこと指してるのやら。

 一応、そのストーカーまがいについても調べてるけど……あんまりよろしくはなさそう。

 

「恐れ入ります。そう言っていただけると、彼も……苦労した甲斐があります」

 

 まぁ、何はともあれ妃先生に褒められた。

 やったぜあむぴ。

 あとお手伝いしてくれたくたびれメガネの風見さん。

 

 この法曹界の無敗伝説刻み込んでる女王様、妃英理という女性から、安室さんが“良い探偵”として認められた。

 彼の友人として、なんだか嬉しい限りだ。

 工藤氏やクリスさんに褒められるのともちょっと違う、この人だからこそ、みたいなところがある。

 

 

 ……ぶっちゃけ、あの有沢さんという依頼人……安室さんに告げられた結果次第では、やっちゃってたんじゃないかと思う。

 むしろ本来、安室さんの前に依頼したっていうそのややお粗末な探偵さんからの情報だけで、浮気と判断して、しかもお相手が憧れの人の奥さんなんて、当てつけを……!って、カッとなって――なんて未来があったのかもしれない。

 なんてったってここは米花町。恨み妬み嫉みであちこちで人が死に、人が罪を犯し、そして探偵が真相を暴く世界だからね。

 

 誰も死なさず、誰も罪を犯さず、ただ不器用な夫婦のすれ違いとして、この1件が終わったのなら、これほどよいことはない。

 

 

 ってか、この世界の格闘家って普通じゃないから、……え、いったいどんな無惨なご遺体になってたんだろう。

 本当に、無事でよかった。

 

 

 ………………話し合いの前に大喧嘩したって言ってなかった?

 命ある?大丈夫?

 本当に無事か?旦那さん。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 その後の週末、私は再び、あの洋風懐石レストランに来店していた。

 

 横には安室さんも、振り回されてるくたびれメガネのお兄さんもいない。

 彼らはこの店の美味しいご飯はそもそも食べれないものね。

 それに今回は調査のための潜入でも、結果報告の席でもない。

 

 無事に和解を果たした有沢夫妻が、事態を収めてくれたお礼にと、妃先生と安室さんを食事に招待したのである。

 安室探偵殿はとってもお忙しいので、今回は私だけで、代理人として美味しい料理を楽しみに来ている。

 そして、同じ女性格闘家として、何か刺激になれば、と妃先生は蘭ちゃんを呼び、そのオマケで江戸川コナンくんもやってきた。

 

 うんうん、賑やかだね。……店内は。

 

 私たちが囲むテーブルの周りの空気は、実に対照的だった。

 

 一方は、すっかり毒気の抜けた有沢さんと、妃先生、そして元全日本チャンピオンとの食事会に目を輝かせている蘭ちゃんによる、非常に賑やかな女子会。

 その話題の中心は、有沢さんの格闘家人生の苦労話と、今回の騒動の呆れた全貌である。

 

「本当に、あの時は目の前が真っ暗になったわ。蘭ちゃんと違って、私は大器晩成型で大学生になるまで優勝なんて無かったし、そのくせ、活躍できたのもほんの2、3年だけ。……大怪我しちゃって、結局そのまま引退して、結婚して……憧れてた先輩の前で、オリンピックの金メダルを取ることも叶わなかったわ……」

「憧れてた先輩?」

「ええ、オリンピック金メダリストの梶本さんよ。彼に憧れて柔道始めたんだから」

「あ!私も空手で憧れの人がいて、それで初めて……」

 

 有沢さんが格闘家を目指した話は、自身と通じる所があったようで、格闘家たち2人の話は盛り上がっている。

 しかし、その格闘家としての苦労話も、ひとたび今回の『浮気』の話題に移れば、容赦のない口撃がはじまった。

 

「憧れたって、遠くで見てるだけに留めとけば良かったのよね。ホント、この人に余計な心配を……皆さんに妙な調査お願いすることになっちゃって。恥ずかしいったらないわ……」

 

 自嘲するようにつぶやく言葉は、しっかりと彼と話し合って、怒りを己の反省にも変換できたことを物語ってはいた。

 

「……元はと言えば、私が後進の育成で忙しくしてたことから……それだって、梶本さんに『良くやってる』と褒めてもらえたのが嬉しくて、若手たちの成長も見ていて楽しかったし、熱心に続けていたのだけど、それが寂しかったからって、あんな子供じみた当て付けをするなんて。

 しかも詳しく聞いたら、最初のうちは確かに寂しさからの作戦会議だったらしいんだけど、いつの間にか梶本さんの奥さんと二人で、お互いの配偶者が格闘技に夢中で家庭を顧みないっていう愚痴話で盛り上がっちゃって。それで楽しそうに何度も食事を重ねていたんだから。ちょっとやり過ぎよね」

 

 ただ、有沢さんがワイングラスを傾けながら続ける言葉は、どんどんヒートアップしてきて隣の席にザクザクと刺さっている。

 有沢さんの旦那様は、元からそれほど大きくはない身をさらに小さくして縮こまっていた。見ていて可哀想なくらいに。

 今回の騒動で妻に多大な心労をかけ、あわや離婚の危機まで引き起こしかけた手前、彼はこの場において一切の反論を許されていない。

 ……元々、気の強い方では無いのかもしれない。かかあ天下気味だったのか、はたまた、それこそ憧れの彼女に強く言い出せないのか。

 それでそんなことを、してしまったのかもしれないが……まぁ、うん……

 怪我が無さそうで何よりです。

 

 今日の決して安くはない全員分の支払いを受け持つことが、確定事項として課せられている彼は、ただただ、手元の財布を祈るように握りしめながら、お通夜のような暗い表情で冷や汗を流し続けている。

 

 

 その哀れな旦那様の隣で、私とコナンくんのふたりもまた、完全に気圧されて肩身の狭い思いをしていた。

 弾む女子会の声とは対照的に、こちらの男3人(うちひとりは子供の姿だが)は、まるで冬の嵐が吹き荒れているかのように静まり返っている。

 

「寂しいからって嘘を吐くのは良くないですよね。特に探偵なんて、そういうアリバイとか嘘のつき方が上手そうだから、なおさらタチが悪いかも。……どっかの大バカ推理之助も、遠くの事件に夢中になってるみたいだけど……」

「あら、ちゃんと“おはなし”は大事よ、蘭ちゃん、それに妃先生も。……ね、あなた」

「うん……」

「“おはなし”ですね!」

 

 蘭ちゃん、その辺に……その辺にしてあげて……

 

 隣で青ざめてるちいさくてかわいいのがいるんだ……!

 

「……コナンくん、このお肉、とても柔らかくて美味しいから、冷めないうちに食べたほうがいいよ」

「わ、わぁい……」

 

 そっと声をかけると、コナンくん(大馬鹿推理之助)は力なく笑みを作り、小さな手で箸を握り直した。

 ︎︎私とひとつ飛ばした横で、ぎちり、と素手のはずなのに、握り締めてる拳の……力強い音がここまで聞こえる。腰だめに構えないであげて。

 隣の子どもと、向かいの席の男性と、背の丸まり方が一緒である。

 

 

 いやぁ……心配させるのは、良くないんだなぁって……

 

 

 今にも消え入りそうな声で「ボク、お腹いっぱ〜い……」と力なく呟いている小さな名探偵の頭を、私はそっと撫でてあげたのだった。

 

 

 





なんだかんだ、新一くんに拳はそれほど出してないですよね蘭ちゃん

って言おうと思ったけどそんなこともなかったなと


読んでいただきありがとうございました!




ーーーーーーーー

以下、差し込もうとして文字数多すぎたのと毛利探偵がどう頑張っても自然な活躍にならなくて、混ぜ込むのを諦めた後日パートです





「……ねぇ、お母さん」

 蘭ちゃんがふと思いついたように、妃先生の袖を引いた。

「有沢さんの旦那さんの話を聞いてたら、なんだかお父さんのことも気になっちゃった。お父さん、今頃何してるのかな。たまにはお母さんから電話して確かめてみたら?」
「あら、私があの分からず屋に連絡する理由なんてないわよ」

 妃先生はつれなく言い放ったが、有沢さんの“アリバイ電話”の一件が、彼女のツンツン心を少しだけ刺激したようだった。
 有沢さんからも「確認しておくに越したことはないですよ、妃先生!」と促され、妃先生は小さく溜息をつくと、観念したように携帯電話を取り出した。

 コール音は数回。

『おい英理……なんだよ急に。俺ァ今、重要な依頼の真っ最中なんだぞ!』

 怒鳴るような小五郎さんの声の後ろで、明らかに「ポン!」だの「リーチ!」だのという、事件とは無関係な雀荘の怒号が漏れ聞こえている。
 妃先生は眉をひそめ、冷徹な声で応じた。

「あら、随分と賑やかで、風情のある現場ね。私の耳には、麻雀牌の擦れ合う音しか聞こえないけれど?」
『あ、いや、これはだな……!と、とにかく俺は忙しいんだ!………………』

 スピーカーにしているその電話に、有沢さんの旦那さんが自分のやったのと同じものが目の前で行われていて、水を飲む量が増えている。
 緊張してる?
 やっぱりあなた気弱タイプか?

 ……沈黙が長いな?

「なによ、アナタ、何か言いたいことでもあるわけ?」
『……はぁ?オメーが何か言いたいことあって、かけてきたんじゃねーのかよ』


 小五郎さんが受話器の向こうで声を張り上げた。後ろでは相変わらずジャラジャラと牌の音が鳴っている。
 牌の音に負けないように、声を大きくして、周りが騒がしいですよアピールか?

『で、なんだ。蘭と坊主がそこに居んだろ。なんかあったのか』
「……いいえ?とくに何も無いわよ。お料理、とっても美味しいわよ」
『あぁ?自慢話する為だけに、用事もねーのに電話かけやがったのか?チッ……』

 舌打ちした小五郎さん。
 しかし、また一段と卓の音が大きくなった。直接的卓に置いてるかのようである。

『……あ、おい待て、今の俺のロンだろ!チョンボじゃねぇよ!……用もねーのに掛けてくんじゃねーぞ、じゃあな!』

 一方的に切られた電話。ツーツーという無機質な電子音が響く中、妃先生は「あの人、まだこのお粗末な“アリバイ工作”を続けているのね」と呆れたように肩をすくめた。

 その彼女の口元がほんのわずかに、綻んでいるのはしっかりこの目でみたぞ。

 小五郎さんの言葉は、相変わらずぶっきらぼうで、女心など微塵も理解していない格好の悪いものだったし、話を根気強く聞いてくれるわけもない。

 けれど、彼が彼なりに、突然電話をかけてきた別居中の妻への不器用な気遣いを、聞くだけ聞いてみるかと歩み寄ってはきてみたんだろう。

「……全く、相変わらずね」

 少し乱暴に携帯を閉じて鼻を鳴らした仕草に比べて、妃先生の声からは先ほどまでの刺々しさから、どこか……何故だか、嬉しそう。

 それを見た蘭ちゃんも釣られて嬉しそうに笑顔になって、有沢さんの旦那様もまた、彼らの不器用な優しさに救われたような顔をして、ほーとため息をついた。

 だが、そんな微笑ましい空気のなかで、蘭ちゃんがふと有沢さんに向き直り、真面目な顔で言葉を紡いだ。
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