ブラックマーケットに暮らす傭兵の非日常の話

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傭兵は風のように

 

 きっかけは、何だっただろう。

 クスリ(違法薬物)で焼け付いた脳みそは憶えちゃいないが、なんか人を殴った気がする。それはもう盛大に、景気よく、パーンと。

 そんで退学になって、ズルズルと堕落してって、ブラックマーケットに流れ着いて……もういいや、頭痛くなってきた。そもそもなんでこんな事考えてんだ? 私。

 あー……ボーっとする。グラグラグラグラって。前にぶっ壊した工場の元締めに拷問されたときに似てる。じはくざい? だっけ。あれ飲まされた時みたいな。ぐるぐる世界が回る感覚。嫌いじゃないがこうも続くと嫌気が差してくる。拷問ならそれであってるけど。

 あんれ……寝る前クスリ飲んだっけ? いや飲んでないな……もうやめたし……売人ども全員ぶっ飛ばしたし……。

 声が聞こえる……知らねえ声だ。おきろ?

 グラグラ気持ち悪い。かと思えばふわふわになって空でも飛びそうな気分だ。こんな状況見たこと……あるな。夢みたいな体験だった。

 

 てことはこれ夢か。

 


 

 ぱちりと目を開く。ここは……車。装甲車かな。それも大きめの。向かいにも何人かいる。

 あ~……だんだんと思い出してきたぞ。これはきっと仕事だ。そうに違いない。そうでなきゃこんな豪勢な装備も車も、ただの一傭兵の私が持っているはずがない。てことは私は仕事の最中に寝呆けていたわけだ。そりゃあ起きろともいわれるだろう。

 

「やっと起きた……」

 

 となりの傭兵が呟く。どこかで遭ったっけ? 目玉をキョロキョロと動かせば、視線が何本か私に向いている。寝ていた私が結構な注目を集めていたことは想像に難くない。

 

「いやぁ、面目ない。なにせいつも寝床が硬くてさ。まともに寝るのも難儀するもんで……」

「静かにしろ」

 

 汚名を雪ごうと言い訳を言い連ねていたところ、運転席のオートマタさんからお叱りを頂く。なぜだ。言論の自由を許せ。ここがレッドウィンターなら貴様は今頃デモで引きずり落されていたであろうよ。

 

「……うーい」

 

 なんとなく言葉を続ける気にもなれず、寝相によってずり落ちた体を伸ばし、座り直す。

 右手で愛銃を手慰みに弄り、あくびを噛み殺しながら車に揺られ続けること数分、張り詰めていた空気を破る一つの声。

 

「今回の作戦内容については事前に説明したとおりだが、懸念点が一つだけ。先行部隊からの情報によると、相手に"便利屋"が付いていることが確認されている。直接の交戦は極力避けることだ。やむを得ん場合を除いてな」

 

 ぶくぶくと肥えた腹を震わせる、助手席のホログラム。依頼人のロボ。まったく、金持ちってのは嫌気が差すね、ホントに。現場見に来てくれるのは優良なんだか、それとも疑ってんだか。

 今回の依頼は、依頼主の敵対企業の重要参考人、『マーカス・マクレガー』の拉致。表では食品メーカーの役員だが、裏じゃ傭兵の斡旋から人身売買まで、割と名の通る小心者だ。物理的に表に出てこない人間だが、何でも表稼業の影響でどうしても外に出なければならない日があるらしく、うわさを聞きつけた依頼主がこれ幸いと拉致計画を立てたというわけだ。マクレガー、ここ最近はきな臭いうわさが目立ってたっけな。何でもトリニティやら山海經やらから節操なく仕入れるようになったとか、シャーレとの協定を結ぶつもりだとか。ま、裏のゴシップじゃよくあることだしいちいち気にしない。

 今まで受けた仕事に比べりゃ楽だ。便利屋ってのは聞いたことがないけど。てかそのテの奴らは多すぎていちいち覚えとらん。

 

「警備は3人程度。概ね予想通りだ。カイザーやセキュリティーガードが出張らない程度に穏便に済ませろ。だが出費は惜しまん。存分にやってくれて構わない」

「しつもーん。その警備の人数に便利屋っての入ってる?」

 

 挙手して質問。学生の基本のキ。

 屑ロボか傭兵か、いずれにせよ警備3人程度の障害に『出費は惜しまない』なんて言い方する裏の住民はいない。嘘ついてたしてもバレバレすぎ。ともすれば便利屋がとんでもない腕利きとか。さっきの考えは訂正することになりそうだ。こりゃあ厄介な仕事に手を付けちゃったかな。

 

「……便利屋68。ゲヘナ自治区出身の四人組だ。全員が学生だが粒ぞろい。金さえ貰えばどんな依頼もこなすフィクサー。しかし報酬の未払などで怒りを買った連中は尽く爆破され、その跡には雑草すら残さないという冷酷無比な連中だ……とされている。下らん連中にとっては疫病神かもな」

「オッケー。とりあえず降りても?」

「もう前金は払っている。金額分の働きはしてもらおうか」

「いやあやっぱり前金って制度良くないと思うのよねアテクシ。だってまだ仕事もしてないのにお金を頂くとか不誠実じゃない? それに依頼主サンも評判だけ聞いて頼むとかリスクしかないわけだしやっぱり入金いただいたこれは一旦返すという形でそれから」

「いいから黙って仕事をしろ」

「……うーい」

 

 完っ全に嵌められた。簡単な依頼にしちゃ気前がいいと思ったんだ。そんな連中相手にするんなら安すぎるくらいだ。前金、依頼、受ケナイ。私ハ学ブ子。

 ったくもー、久々に臭くない飯が食べられると思ったのに。終わった頃にゃ食う気分でも無くなってそうだな。

 周りの奴らの士気も……下がってそう? そもそも今の話を理解できるだけの知能があるやつがどれだけいるか分かんないけど。屑傭兵はこれだから困るネ。

 

「そう肩を落とすな。便利屋の介入はこちらとしても想定外だ。だが、『金さえ貰えば』という割には仕事や依頼主を選ぶタイプの便利屋だからな。一言で言えば甘い連中だ。マクレガーのやっていることを知れば、味方に引き入れられるかもしれない」

「ずいぶん詳しいっすね」

「『敵を知り、己を知らば』なんとやら。このくらいの事前リサーチは、傭兵を使うなら当たり前だ。覚えておけ」

「なんかやりづれ。私のこともそんくらい調べてんの?」

「もちろん。『BM(ブラックマーケット)の白い風』だろう?君のことは高く買っているとも。」

 

 隣の恐らく遭ったことがある傭兵、そして運転席のオートマタが反応を示す。

 やめてくれ、自分で名乗ったわけじゃない。

 

「そりゃどーも。言っとくけど、お得意様になるつもりなら痩せてくれん? 私嫌いなんだよね。デブは」

「ふむ……フフ、精進しよう」

 

 なんだこいつ。もしかしてめちゃくちゃ優良客なのか? いや、便利屋の評価がさっきと真逆だし、嘘ついてるかも知らん。いっそ飛ぶか? 一番ダメだ。信用がなくなる。信用は命より大事だ。

 いつから呼ばれるようになったか、誰が言い出したのかすら分からん渾名まで調べ尽くされてる。こっから逃げ出したところで、依頼主の企業に追われるのは確定な上に、私のいない状態で任務が失敗すれば、最悪マクレガーの企業も敵に回る。その前に信用がなくなって食い扶持すら危うくなる。そもそも依頼主にどこまで情報が渡ってるのか分からない以上、途中で抜けるなんて選択肢は不採用だ。ここで飛んだとしてもメリットは皆無かな。

 

「そろそろ目的地に着く。諸君、健闘を祈る」

「あ、待って依頼人。一つだけ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「あんたの便利屋評、どっちを信じればいい?」

 

 依頼人は少し顎に手を当てた後、答える。

 

「強いて言えば……君の信じたい方を。私もそれと同じ意見としよう」

 

 助手席のホログラムは、その言葉を最後に消えた。……ありゃ私以外に期待してないな。そういう顔だった。

 手札を確認する。運転席のオートマタ、屑傭兵が二人、私、一回くらい顔見たことある傭兵一人、惜しみなく使っていいといわれた装甲車の銃火器類、愛銃(グロッグ17)、手榴弾二発、あとそこらへんで買ったナイフ。

 屑傭兵は役立たず(万能調味料)、オートマタは生徒相手だとあんまし、実働は私と顔見知り傭兵の二人組。

 ……指揮能力でも見ようってのか? それにしちゃハナッからとんでもない難題が出されたもんだ。

 

「……ま、なるようになるか」

 

 愛銃を少し撫でる。ひとまずは便利屋と接触しようかな。

 空は生憎の鉛色。私は好きだけどね。

 


 

~p.m.2:00 ブラックマーケット 支店ビル前~

 

「彼のリサーチ通りなら、マクレガーはこの時間に出てくるはずだ」

「ビンゴじゃん。やるね~あのデブ」

 

 やらせを疑うほど、ターゲットはビルの中からその通りの時間に出てきた。あれが間抜けなのか依頼人がすごいのか分からんね。個人的には間抜け説を推す。

 

「このまま追跡し、警備の薄くなるタイミングを計る。作戦領域はブラックマーケット全域だ。本社のあるゲヘナ方面へ抜けられると厄介になる」

「正規軍は、相手にしたくないな」

「風紀委員会ね。委員長(舞台装置)が出てこなけりゃ、やりようはある」

 

 顔見知り傭兵君の独り言を思わず返す。委員長は一度お目にかかったことがあるが、ありゃ相手にするだけ無駄な手合いだ。台風とか地震とかと同義。目をつけられたら素直に降参。

 ま、目をつけられてないから生き延びてんだけどね。

 

「確認なんだけど、ターゲットの状態ってどこまでオッケー?」

「まともな会話ができる程度、だそうだ。捕まえても情報を吐かせられないなら意味がない」

「多少雑に扱ってもいいってワケね。……よし、私は便利屋と会ってくるから、追跡は任せた」

「待て」

 

 降りようとした私の手を、オートマタが掴む。信じられないものを見るような目だ。目がどこにあるか知らんけど。

 

「お前、正気か? わざわざ敵に見つかりに行ってどうする。人の目が薄くなったタイミングでマクレガーに強襲を仕掛け、迅速に目的を達成すべきだ」

「ほーん? いい作戦じゃん。で? 強襲のタイミングで便利屋が仕掛けてきたらどうするわけ?」

「こっちには豊富な銃火器がある。迎撃の手段ならいくらでも」

「ダメダメそれじゃ。あっちの実力も分かんないのに、迎撃なんてできっこないよ。それに、そんな強硬手段使ったら一発でセキュリティーガードが動く。賭けにはなるけど、懐柔できるならそうすべきだ」

「少しよろしいでしょうか」

 

 私とオートマタの言い争いに、顔見知り傭兵君が割って入る。

 

「彼女は確かに腕利きですが、目標の完遂なら私達だけでも可能かと。懐柔できなくとも、時間稼ぎにはなるわけですし」

「……しかし」

「それと、すでに目標地点には、残りの二人を配置しています。他ならぬ彼女が。依頼のことを考えていないというわけではないでしょう。懐柔に関しても、何らかの目算はあると見ていいように思います」

「むう……」

 

 思わぬ援護射撃。そう。車が止まった時点で、私は屑傭兵二人に目的地に潜伏させていた。邪魔だったからさっさと行かせたとも言う。放っておくとロクな結果にならないが、上(とした相手)の言うことはよく聞くのだ。ああいう手合いは。

 それに腕利きと褒められた。これでやる気を出さん奴は傭兵じゃない。

 オートマタが少し逡巡する刹那、私は掴まれた手を抜く。

 

「あっ……待て……!」

「じゃ、そういうわけだから! 頑張ってね~」

 

 大きく手を振りながら、私は装甲車を後にした。

 顔見知り君には感謝しないとね。後でご飯でも奢ってあげよう。

 


 

〜p.m.2:11 ブラックマーケット 某ビル屋上〜

 

 スナイパーライフル(ワインレッド・アドマイアー)のスコープを覗きながら、護衛対象の無事と不審な装甲車を確認。装甲車の方に大した動きは見られないけど、念のため社員を動かしておきましょうか。

 

「カヨコ、今どこ?」

『B地点ビル。何か動きが?』

「装甲車を発見したわ。そこから南東600m。念のため見ておいてくれる?」

『了解』

 

 無線でカヨコ……課長に連絡を取る。

 ハルカとムツキは二人組で自由行動にさせている。あの二人ならヘマすることも無いでしょう。ムツキが少しだけ……それなりに……かなり心配だけど。

 護衛任務と聞いていたけど、今のところは支障なし。装甲車の方も、いざとなれば狙撃すれば良いわけで、そうでなくとも優秀な社員たちが張っている。いつもの猫探しよりも遥かに楽勝で、金払いも良い依頼人。

 ……ちょっと待って。

 私は屋上から状況をじっくりと見ながら、部下を的確に配置していく。私は優雅に眺めながら、その結果を見ていればいいだけ。

 自分はどっしりと構えたままに大局を動かす様。これぞ正しく……!

 

「アウトロー……!」

「……なりたくてなるもんじゃねぇと思うけど」

 

 そう! なりたくてなれるものじゃない! これぞ私の目指す理想の……ぉ……?

 

「誰!!??」

「おっ。気づいた」

 

 誰!? 誰なの!? いつの間に真後ろに立たれていたの!? 待って、真後ろ? ちょっと気が抜けすぎじゃないの私? 金払いが良かったからって浮かれ過ぎじゃない? これじゃ部下にも示しがつかないし(知られてないからいいけど)、何よりさっきまでの雰囲気が台無しじゃない!!

 

「え〜……コホン、それで? 貴方は誰で、私に何の用があって来たのかしら。返答次第では撃つわ」

「流石に取り繕えねえよ。あのテンパりようじゃ」

「うっさいわね!」

 

 最悪の邂逅。そんな中でも銃の向ける先は違えない。私の取り柄だもの。これができなきゃ、それこそ面目丸潰れよ。

 

「……はぐらかさないで。貴方は誰」

「傭兵だよ。あんたらとは逆の方に雇われた、ね」

「つまり敵ってことでいいのかしら? あの装甲車は貴方の?」

「あれは依頼人の。そうカッカするなよ。結論を急ぐと痛い目みるぜ? 私は取引に来たんだ」

 

 取引? ブラックマーケットの傭兵が?

 当たり前に警戒は解かない。いくら何でも怪しすぎるわ。傭兵なんて依頼人を選ぶこともしない金の亡者。こっちは社員と私の明日の食事が掛かってるのよ。こんな些細なハプニングで引き下がるわけにはいかない。

 

「敵かどうか、あんたが見極めるといい。少なくとも今の私に敵意は無い。頼むよ。話だけでも」

「……分かったわ。でも一つだけ。隠してる銃を見えるところに持ってくれない?」

「…………こりゃ手強い」

 

 空手だった相手の右手に、突如として拳銃が現れる。手品の要領ね。バレバレなのよ。……ちょっとかっこいいけど……憧れるけど……。

 

「少し誤算だったな。あんたは思ったより間抜けで、思ったより勘がいいようだ」

「取引しに来たのよね!?」

「ああ悪かったって。そっちも銃を下ろしてくれ。手持ちはこれで全部だよ」

 

 人を馬鹿にして! でも話を聞くって言った手前、そうしないわけにはいかないから銃を下ろす。それを見た傭兵も拳銃をホルスターに納める。

 

「さて、取引の前に前提知識のすり合わせからだ。時間が無いから手短に行くぞ。あんたらはあんたらの依頼人について、どれだけ知ってる?」

「……依頼人のプライバシーに関わるようなこと、言えるわけないじゃない」

「そ、真面目なんだね、アウトロー。んじゃ私から。ターゲット(あんたらの護衛対象)の名前は……」

 


 

 そうして私は、マクレガーに関する知ってる限りの情報を話した。

 そしたら奴さん、人身売買のあたりで狼狽え始めたな。ホントに何も聞かされてなかったっぽい。あと、いくら何でも分かりやすすぎる。

 

「で、取引なんだけど」

「受ける! 受けるわよ! 人身売買なんて聞いてないし! そんなヤツの依頼受けちゃったのが腹立たしいわ! 便利屋68の社長として!」

「……あ〜……内容は聞いたほうがいいよ? お嬢ちゃん」

 

 あと、依頼人が言った大層な逸話を持つ便利屋を、裏に入って長い私が知らない理由も概ね分かった。多分社員が優秀なんだな。裏の世界に足を踏み入れないように、上手く社長をコントロールしてるんだろう。実力はともかくこんな奴カモにしかならんし。

 

「内容!? ……内容……ええそうね……ごめんなさい、少しカッとなっちゃったわ」

「いいってことよ。んで、肝心の取引だが……簡単だ。今の依頼主からこっちに鞍替えしてくれるだけでいい。こっちも戦力が無いことはない。こっちとしては、あんたらさえ排除できたら確実、って話だったからな」

「……依頼料はどうなるのよ。こっちも商売としてやってるの」

「あんたらがマクレガーに提示された額の1.5倍……いや、二倍は出させると約束しよう」

「そんなことできるの? ただの一傭兵でしょ? 貴方」

 

 ……出費は惜しまん、って言われてるからな。お言葉に甘えさせてもらおう。

 

「できるとも。ありがたいことに、こっちの依頼人は私のことを高く買ってるらしいからね」

「……そう。ならそれで成立ね。受け渡しは現金でお願い」

「おう。伝えておくよ」

 

 今時現ナマ手渡しとは。古風と言うか、そこもこだわってんのか?

 ともかく私の目的は完遂した。オートマタに連絡しようと、無線機を取り出す。

 

「アー、アー、私だよ」

『白い風、便利屋の方は』

「無事交渉成立。こっちに協力してくれるってさ。賭けは私の勝ちだね」

『ぬかせ。それより、こちらももうすぐ追い込みが終わる。戦闘が始まるぞ。とっとと───』

「もしもし……おい。どうした? 何か異変か……」

 

 突如として無線が途絶える。それと同時に、背後から殺気と間違うほどの威圧が降りかかる。

 私たちの目的と位置、そしてこの威圧を出せるだけの実力。

 

「あー……もしかして」

「装甲車はすでに爆破したわ。残りの傭兵たちも社員が抑えてる。あとは貴方だけよ」

「……なるほどね」

 

 便利屋68、どうやら想定以上の厄介者らしい。

 


 

「そのまま動かなければ、痛くはしないわ」

「動かないよ。口は動かしていい?」

 

 返答はない。この沈黙はYesと受け取っておこう。

 

「マクレガーに関する話を聞いて、その所業にあんだけの反応を示したあんたが、なぜマクレガーにつく? 演技だとしたら主演女優賞ものだけど」

「最初のアレが演技だとは言わない。だけど、少し考えてみれば分かることだったわ。貴方が言った『マクレガー』の情報と、私たちの『依頼人』から聞かされた話───何もかもが食い違う。私たちの『依頼人』はしがないサラリーマンで、たまたま高額の宝くじに当たったから、換金所に交換に行くまでの護衛を頼みたい、という依頼だったわ。依頼人の名は『チャールズ・マックレー』……名前まで違う。私たちに多額のお金を出して護衛を依頼してきた人間と、どこの誰とも知れない依頼人の敵に雇われたブラックマーケットの傭兵。どっちを信用するかって話よ」

「…………それってもしかして」

「ええ、貴方が言ったんでしょう? 「内容は聞いた方がいい」って。おかげで冷静になれたわ」

「……墓穴ったな」

 

 こりゃあ、なんともまあ精巧(クソみたい)なカバーストーリーをでっち上げたもんだ。ブラックマーケットはありとあらゆる勢力からの中立地帯。治安こそ悪いが、宝くじや賭け事みたいな多額の金が動く割に庶民的なビジネスはこういったところに集まりがちだ。サラリーマンがブラックマーケットに出入りする理由としては及第点。恐らく彼女らへの依頼料も当選した宝くじの賞金から払うとでも言ったんだろう。そうすれば『しがないサラリーマン』でも高額の依頼料(揺るぎない信用)を提示できる。マクレガーの『本業』からしたらはした金でしかないだろうけど。本人を捕まえなければ『宝くじが存在しない』という証明、つまり『依頼人』が『マクレガー』であるという証明はできない。

 そして今現在、本人を捕まえることがほぼ不可能な状況だ。

 ……所属を持たない独立傭兵にとって、依頼の失敗はすなわち信用の失墜、依頼の喪失、ひいては命に係わる問題へと発展する。

 ただでさえ、あれ程目にかけてくれた依頼主を裏切るようなマネはしたくない。

 

「……カヨコはそのまま依頼人の下へ。ムツキとハルカは私のところへ来てちょうだい」

「それ、部下の名前? いい名前じゃん。君の名前も聞きたいな」

「黙って。あと動かないで」

 

 社長さんが無線で通信を取る。本格的に詰みの状況だな。あちらにとっても、もう『詰めろ』の段階だろう。天上の企業情勢がどうなろうが知ったこっちゃないが、私はブラックマーケットでの信用を失い、誰とも知らん屑傭兵として生きていく。そんな未来が秒読みの状況まで迫っている。

 

「……ところでお嬢ちゃん」

「何? 動かないでって言ってるでしょう」

 

 まあ、そうならないから。

 

「『BMの白い風』って知ってる?」

「は?」

 

 そんな名前で呼ばれているんだけど。

 


 

 クスリにやられた脳が、時折思い出すことがある。

 ブラックマーケットに来る前の私は、世の中にこんな汚いところがあるなんて知らない、ただの学生だった。いわゆる『正義感』ってのが人一倍強いだけの、何の力も金も持っていないガキ。学校の子に手を出す不良がいたりすると、風のように飛んでいって懲らしめた。怪我をして保健委員に怒られることもあったな。

 まあ、そんな奴でも辛うじて性格は良かったから、『次期生徒会長』として委員会で先輩とつるんだり、同級生たちと放課後に街へ繰り出したりしていたわけだ。いわゆる日常ってやつ。

 

 いつだったか。

 学校に多額の負債があることが発見されたのは。

 何だったか。

 そんな状況まで学校を追い込んだのは。

 誰だったか。

 ブクブクと肥え太った大人が、私たちの思い出を踏み荒らして、下衆な笑顔を浮かべていたとき。それに対して、頭を下げるしかなかった先輩たちを見たとき。

 考えるより先に、その大人を殴り飛ばしたのは。

 

 一番悪いのは誰だ?

 私たちの日常のヒビに、決定打を与えたのは。

 取り返しのつかない過ちを犯したのは。

 学校のためだと言って、結局のところ暴力しか使えなかったのは。

 先輩たちの思いを、踏みにじったのは。

 そうだ。

 

 私だ。

 

 ああ、でも、

 

 あの時の感覚は、どうしようもなく、

 

 とても、きもちよかった。

 


 

 風になったような感覚、という文章がある。多くの場合は比喩として使われるだろう。無論、私のこれも風になっているわけではないので、比喩なんだけど。

 けれど、これは、やはり。

 私は風になっているのだ。

 


 

「いやぁぁぁっっ!!! 何!? 何!? 何ィ!?」

「あんま喋んないで! 舌噛むよ!」

「いや無理無理無理!! 助けてぇ!!」

 

 あの絶体絶命から直後、私は社長さんが反応するよりも早く懐に潜り込み、そのまま脇に抱えてビルから飛び降りたのだ。

 私は『何故か高いところから落ちても幸運なことに無傷で済む』。学校に通っていたときからそうだった。私だけでなく、私の衣服や抱えているものまでまるっきり無傷だ。

 この幸運で遊んでいる過程で、落下の速度を接地の瞬間にそのまま全方向に変換できる変態跳躍法を発見し、今に至るまで重宝する私の高速移動方法となったわけだ。ちなみに真似する輩が現れると私の商売に影響が出るので方法は教えないしお勧めはしない。

 1回目の跳躍の後、脇に抱えた社長さんの泣き言を無視しながら、懐から無線機をまさぐる。よし見っけ。なんか言ってるけど気にしなーい気にしない。

 

「アー、アー、こちら、白い風、白い風。便利屋68に告ぐ。社長は預かった。解放してほしくば、『チャールズ・マックレー』の拘束、及び私の仲間の傭兵を解放すること。これ以上の譲歩は認めない。以上」

 

 言うだけ言って無線機はそこらに投げ捨てる。1回目の跳躍はやや斜め上に角度をつけたため、もう既にビルの5回ほどの高さにまで上昇している。これなら次も勢いよく跳ねられる。

 ……と思っていたところに、殺気と爆風。それに銃弾。社長さんが出してた威圧亜種と比べるとかなり純粋な殺意。やる気満々で嬉しくなるね。その意気のままマクレガー拘束をやってほしいんだけど。

 

「ね〜! あんたが白い風で合ってるよね〜! アハッ! うちのアルちゃん返してもらうからね♪」

「なら『マックレー』を拘束してくれ! 報酬は弾むよ! うちの依頼主が!」

「あっ、あああ、あの! 殺して良いんですよね! アル様にそのような扱いをするってことは! 殺して良いってことですよね! 殺しますね! 殺します! 死ね!」

「殺しはしないでハルカぁ!」

 

 別ベクトルで口調と殺気が合っていない奴らだ。相手取る……には相性も状況も悪いか。

 相手は爆弾主体の投げ物屋にショットガン持ち。投げ物はともかく、ショットガンの面制圧は分が悪い。私のはあくまで跳躍であって飛行じゃない。つまり空中で向きを変える方法がない。進路上に適当に射線をばら撒いておけばそれだけで直撃コースだ。そんな特攻兵器を二郎系殺意に持たれてちゃ打つ手がない。

 加えて、単純計算だとマクレガーが作戦領域を離脱するまであと10分もない。この騒動を聞きつけていれば、更に猶予は縮まるはず。対処に手こずれば余裕でタイムオーバーだ。そもそも便利屋のいた場所と、マクレガーの現在位は真反対だ。最速で直行したところで間に合うかすら怪しい。

 唯一の救いは……今対峙してるのが『ハルカ』そして恐らく『ムツキ』。『カヨコ』がいない。さっきの無線通りならマクレガーのもとに向かっているはず。『カヨコ』が無線を聞いていれば、マクレガー拘束に動くかもしれない。そうすれば『チャールズ・マックレー』は死に、『マーカス・マクレガー』が現れるはずだ。

 『アル』を返せばこいつらはある程度大人しくなるだろうが……それでは『カヨコ』がマクレガーを拘束する可能性を潰される。

 判断までのタイムリミットはだいたい30秒。『カヨコ』に賭けるか、自分で行くか。

 5階の壁から地面へ目掛けて急速ダイブ、そしてすぐに水平……ではなく『ハルカ』の下へ急接近する。

 

「っ……!」

「そう来ると! 思ったよ!」

「アバババ!」

 

 真正面から放たれようとしたショットガンの弾を、アルを盾にすることで未然に防ぐ。速度は落とさない。落とせばムツキの爆弾の餌食になる。

 アルを盾にしたまま、次の壁。地面へダイブしようとしたとき、違和感に気づく──地雷か! この一瞬で!?

 だが、空中で勢いは止められない、違和感のある地面を見極めろ!

 

「ザンネン、ハズレ♡」

 

 ボストンバッグ。爆弾。致命的な思考のフリーズが起こる。

 

「──背中」

 

 それを致命傷にしてこなかったから『白い風』なんだ。

 空中で体を捻り、無理やり姿勢を変え、アルを抱きかかえる形で、ボストンバッグに背中から突っ込む。

 瞬間、世界が白くなった。

 

 

 いきてる。

 

 なら足掻け!

 アルはまだ手中。背中から突っ込んだことで、予測通り空中へ投げ出された。タイムリミットはとっくにオーバーだ。多分過ぎてないけどそういうことにする。思考の余地を残すな。そんな思考で覆せる実力差じゃない。全リソースを目の前の戦いに回せ。カヨコに賭けるしかない。賭けに始まって賭けに終わる依頼なんてこれっ限りにしたいもんだ!

 

「死んでください死んでください死んでください!」

「まだ離さないの〜? しぶといじゃん」

「あの! 私を盾にするのやへべっ!」

 

 ショットガンの連射はアル盾で強制的に止める。ムツキはもうどうにもならんやつだ。的確にこちらの思考の隙を突いてくる。投げ物はともかくとか言ったのは間違いだったな! 間違いだらけだ今回の依頼! そもそも受けたことが間違いだったけど!

 爆風で浮かんだことで高度は得た。ならあとは跳ねるのみ。とにかく2人から離れることを念頭に……。

 

「は〜い、通行止め通行止め〜♪」

「死ね! 死ね! 死ね! 殺す!」

「ねえ社長! お宅の教育どうなってんの!」

「貴方が私を離せばいいだけでぼほっ!? ケホ、盾にされる方の身にもなってみなさいよ!」

 

 その隙に好き放題差し込まれるムツキの手榴弾。あの服のどこにしまってるのかってくらい出てくる。嫌んなるね本当に。金持ちより苦手になるかも。そんなことはないか。

 一方、ハルカはアル盾を向けてるだけで無力化できるが、向ける方向を間違えれば殺意全マシの乱射が飛び出てくる。これもこれで精神をすり減らす。

 結局、許された跳躍方向は真上近傍のみ。どこ跳んでも変わんないなこれ。

 待ってましたと言わんばかりに地雷をばら撒くムツキと、それを器用に避けて私の真下に陣取るハルカ。いいチームだ。呆れるほど。

 

「おい! あと何回続けりゃいいんだこれ!」

「だ〜か〜ら〜、アルちゃん返してってずっと言ってるでしょ? 無視してるのそっちじゃ〜ん」

「殺す! 死ね! 殺す! 殺す! 死ね!」

「ほら、ハルカちゃんもこう言ってるし」

「その前に条件を提示したのは私だよな!?」

「も〜めんどくさいな〜……早く返せって」

 

 まずいな……これ詰みかも。かくなる、上は……!

 今ハルカが立ってるのは地雷原! 私がハルカならそうする! というか見ている限り()()()()()()()()()()()()()

 

「えっ、ちょ、今度はな、ギャー!!」

「ッ! アルちゃん!!」

「アル様!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()ハルカが今立っているのは、ムツキの仕掛けた地雷原。どれだけ体が強くとも、自分の体格より大きい人間が降ってくればよろけて転ぶ。

 そう。

 仲間が仕掛けた地雷の上に。

 そうして私が仕掛けた渾身の策は。

 

「アル様っ!」

「アルちゃん!」

「どあーーっ!!」

 

 自らの地雷原にダイブしてきたムツキ。尻もちをついて倒れたハルカ。2人のクッションに放り込まれたアル。着地してしまった私。いつまで立っても起爆しない地雷。……つまるところ、地雷の不発、という結果に終わった。

 


 

「さて、どうオトシマエつけて貰おっかな♪」

「殺しますか? 殺しますよね? もう殺していいですか?」

「駄目よハルカ。抑えて」

「あっ、そうですよね……死にます」

「死ななくていいから!」

 

 かくして、私の一世一代の作戦は荼毘に付した。跳躍も使い果た(着地)してしまったうえ、背中のダメージでまともに動けそうにもない。

 かといって、肝心の便利屋は……。

 

「まあ殺すは行き過ぎにしても……アルちゃんをあんな目に合わせたやつそのままにしておいていいの〜? それでもアウトロー? 面子潰れない?」

「ぐっ……そ、そう言われるとそうね。でも……」

「やっぱり殺しますか?」

「それは駄目よ」

 

 私の沙汰でいくらか揉めているようだ。時間的な猶予ができるのはありがたいが、どうも物騒な言葉が飛び交っている。

 

「そういえばさ〜? カヨコっちはどこいったの? こういうの大体カヨコっちの仕事でしょ?」

「カヨコは……依頼人のところに向かわせたわ。今ごろ宝くじ券の換金が終わってる頃でしょうけど……あら、うわさをすればね」

 

 アルの無線機が鳴る。「まだ信じてたの?」というムツキの小声は聞かなかったことにする。

 

「カヨコ? 依頼人はどうなったかしら」

『社長。依頼人の名前、覚えてる?』

「え? チャールズ・マックレーさんでしょ?」

『偽名』

「……はぇ?」

『やられた……宝くじ券が嘘なのは、私とムツキで見抜いてたけど、まさかここまでコトが大きくなってるなんて』

「……カヨコ。依頼人の本名って……」

「『マーカス・マクレガー』」

 

 私の声と、無線のカヨコの声が重なる。その場の全員の視線がこちらに向く。

 

『表向きは食品メーカー『ビッグカンパニー』の役員の一人で……裏で人身売買とかのあくどいこともやってた。表で勤めてる会社に、裏で仕入れた安い労働力を横流しにすることで、低コストで工場を稼働。結果、同社製品の異常なまでの低価格が実現してた……と』

「それだけじゃない。裏のゴシップだから信用は足りないけど、最近だとその安い労働力の仕入れ先を増やしたらしい。エデン条約の騒ぎがあったトリニティと、梅花園のある山海經……きな臭いと思わない?」

『……アル、そっちにムツキたち以外誰かいるの? 例の白い風?』

「…………えーーーっと…………」

 

 アルは額を手の甲で抑えて大きく溜息をつく。ムツキは今にも吹き出しそうな顔だ。ハルカはその場で何をすれば良いか分からずおどおどしている。

 精一杯の溜めを作ったあと、アルが蚊の鳴くような声で答えた。

 

「私たちが謝らなくちゃいけない人……です……ね……」

「www……アルちゃんwww……最高www……」

 


 

 その後、マクレガーはヴァルキューレに引き渡され、ビッグカンパニーの工場は連邦生徒会の監査が入ることとなった。

 工場内にはアリウス生や、梅花園の年端もいかぬ子供たち、他にも自治区問わず様々な生徒、大人が集められてタダ同然の給料で働かせられており、併設された悪辣な環境のタコ部屋で生活していた。監査があと一歩遅れていれば命に関わる者もいたそうだ。連邦生徒会、及びヴァルキューレはこれを人権を脅かす悪質な拉致・監禁事件であるとして役員たちを告訴。ビッグカンパニーはその看板を下ろすこととなった……。

 


 

 便利屋と別れた後、夜逃げでもしようかと思ってアジトへ帰ると、ホログラム発生装置が置いてあった。

 出てくるのは当然のように太った依頼主。こいつはどこまで私のことを知ってるんだ?

 

「すみません、依頼人。ヘマしました」

「ああ……その件に関しては、私も予想外だった。マクレガーが人身売買を行っているというのは、このご時世よく聞いた……。だがまさか……まさか自分の表と裏で癒着するような人間がいるとは、思いもよらなかったよこれも知見なのかね」

「はぁ……」

「とにかく、今回は私の斡旋ミスでもある。依頼料は払うとも。もちろん、便利屋の者たちにもね」

「……失敗したのに?」

「あんな方法で安くした商品が、参考になるものか。依頼を達成したとしても、我々の利になるような情報は得られなかっただろう。そういう意味で、これは失敗しかない依頼だった。報酬は正当なものだよ。……まあ、便利屋にはマーカスの提示金額の2倍だったか。次からは少し相談してほしい」

「……うい」

 

 ……その言葉に、嘘偽りは感じられなかった。最初の刺々しい態度が消えている。

 相手は大人だ。そういった嘘を隠す嘘が得意なのかもしれないが……この人の言葉はそういうのじゃないと、信じたかった。

 

「しかしどうだい、私のこの体。君に言われて少し食生活を改善してみたんだ。効果は出ていると思うかね?」

「まだデブでしょ」

「むぅ……精進するか」

 

 せめて腹が胸より引っ込んでから言ってくれ。

 




Q.なんで白い風なの?
A.白髪だからです。あと装備の装飾が全体的に白い。

Q.書き直すのめんどかったのをキャラの思考不足に投げすぎじゃない?
A.うるせえぶっ飛ばすぞ

Q.これブルアカじゃなくてよくね?
A.うるせえぶっ飛ばすぞ

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