目を覚ましてから、念のため丸一日病院で経過観察されたのち、花月は無事退院した。今日は職場体験の最終日である
現在の花月はというと、泊まっている部屋の中央で正座。頬に突き刺さるようなジトッとした視線を浴びながら、自身の身体に起きた変化と、新しく宿った個性について考えていた
(──僕に移った個性『オーバーホール』を早く試したい)
ラグドールの【サーチ】で『個性:オーバーホール』が花月自身の体に宿っていることは確認されている。それを知った瞬間から、花月の頭は個性を試すことでいっぱいである
「あの、一応もう3時間正座しているんですけど、まだダメですか?」
「まだダメかどうか聞ける時点で反省が足りてない。姿勢を崩すなよ」
ナガンに問いかけるも返ってきた答えは無情なものだった。そしてその言葉は間違っていない。故に花月も逆らうようなことはしない
「結果論で満足するな。今回お前は、将来強大な敵になったであろう死穢八斎會を潰した。壊理という少女も救った。お前も一切の後遺症を残さなかった。私達も特に処罰を受けてない──結果だけみれば最高だ」
ナガンはわずかに眉を寄せ、言葉を続ける
「だが、仮に負けていたら、反対に死穢八斎會の知名度と影響力が上がっていた。強力な敵組織が出来上がる可能性があったわけだ」
「本来であればお前の右腕と右足はなくなり、最悪死んでいた可能性さえある」
「監督者に与えられる処分は正直どうでもいい。だが、お前はもう少し自分の身体を大事に──命を大切にしろ」
「....すいませんでした」
「交代だ。ナガン、そのへんでいいだろ」
ナガンの言葉が切れるのと同時に、今度はミルコが部屋に入る。言い足りなそうな表情を浮かべながらもナガンが部屋から出ていき、ミルコが残った
「それで、少しは反省したか?」
「反省はしたつもりなんですけど、まだ足りないみたいです」
ミルコはその言葉に笑う。花月が正座を初めて30分は全員からの説教祭りだった。それから交代交代で見張りを行い、その間にも説教されているというのにこの回答だ
「そりゃあそうだ。自分の選択は間違ってるけど、間違ってないと思ってるやつが心の底から反省できるわけがねぇ」
その言葉に花月は少しだけ申し訳なさそう表情を浮かべた。彼は反省していないわけではない。反省した上で、それでもあの行動が最善であったと考えている
そのため、意図を無視した行動に対し反省はできるが、心の底から反省するということが、今回の件についてはできない
「いいか、花月。トップヒーローってのは学生の頃から逸話まみれだ。で、そいつらがよく口にするのが──」
ミルコは指を一本立て、ニヤリと笑った
「『気づいたら身体が先に動いてた』だ」
「確かに、インタビューでたまに聞くことがあります」
ミルコは言葉を続ける
「だが、お前は違う。考えた上で自己犠牲を選びやがった」
「考える前に突っ走るバカと、考えた上で死にに行くバカ。どっちがマシって聞かれたら──どっちもバカだ」
「だがな。後者の方が、救いようがねぇバカだ」
言葉は痛烈だが、表情はどこか優しさが滲んでいた
「ヒーローなら全員助かる未来に噛みつけ。自分を捨てる選択肢なんざ、二度と選ぶんじゃねぇ」
「....はい。すみませんでした」
ミルコ個人としては、花月の考え方は嫌いじゃなかった。だが、それはそれとして相手がまだ学生であることを考えれば伝えなければならなかった
そうでなければ、今回の成功体験から今後も気軽に自己犠牲を選ぶようになるのは好ましくないからだ。それは、その方法は最終手段であるべきだからだ
「ってことで、足崩していいぞ。どの道お前はあと1時間この部屋にいないとダメだしな」
「あと1時間ですか?まあ、崩してもいいならお言葉に甘えます」
「おう。その代わり、新しい個性を少し使ってみせてみろよ。分解と修復だったよな?」
「願ってもない話ですよ。流石に部屋の中のものを勝手には壊せないので──あ、このペットボトルとか」
花月が右手で触れた瞬間ペットボトルは消えてなくなった
「それで修復は──それもペットボトルでいいか」
花月はペットボトルをベコベコにへこませ、分解した後に──即座にベコベコにされる前の状態に修復した。それを見てミルコは感心したように呟く
「お前、よく生きてたな」
「みなさんのおかげです」
少し照れくさそうにミルコは笑みを浮かべた
1時間後、花月は部屋から開放され、ミルコに連れられ広間へと向かっている
「これからは戦闘でケガをしても、お前のとこにいけば問題なさそうだな」
「ありがとうございます。人を治したことはないので、実験台──あ、やっぱり今の発言取り消します。ミルコさんのケガなら、喜んで治しますよ」
ミルコの軽口に花月も同じく返すと、後ろから笑顔のミルコの腕が花月の首に回り──次の瞬間、完璧なチョークスリーパーが極まった
「ハハハッ、クソ生意気な後輩だな!」
「ギブですギブです...」
絞められたまま広間の扉まで引きずられ、花月はようやく解放される
「半分冗談だったのに酷いですよ」
「半分本気なのかよ。さっさとドアを開けろよ」
花月が抗議の視線をミルコに向けるも、意味をなさなかった。促されるままにドアへ手をかけ、そのまま開く
パアッッッッン
勢いよく鳴り響くクラッカーの音。舞い散る紙吹雪。部屋の中にはプッシーキャッツ、ナガン、洸汰と全員が揃っている
「え、これは、なにか....え?」
周囲を見渡し、全員揃っていることを確認してから、先程まで共に歩いていたミルコへと視線を向けた
「何驚いてんだよ。元々こういう予定だったんだろ?──お疲れ様会のな」
花月の戸惑った反応を軽く笑いながら、ミルコは花月の背中を押して部屋の中へと押し込み、扉を閉める
「少しお説教はしちゃったけど、最後は楽しく終わりましょう」
マンダレイがそういいながら、料理を皿にとりわけ始め、それをピクシーボブと虎が手伝っている
(.....あのお説教が少し?)
花月は言葉を飲み込んだ
「なんっかいも言ったけど、『時飛ばし』と『修復』併用したらダメにゃんね」
「肝に銘じます」
花月が個性の使い方をラグドールに質問した内容に『時飛ばし』を行い心停止した瞬間に修復で治せば実質デメリットがないのではないかという内容だった
そんなことを言えば当然怒られ、止められる。無理をし過ぎれて『修復』する前に本当に死ぬ可能性もあるのだから。故に併用使用はラグドールに禁止された
「そんなものに頼らずともお主は強い。我ーズブートキャンプを倒れずに乗り越えたのだからな」
「これからはあのブートキャンプからお別れと思うと、少し名残惜しいですね。本当にありがとうございました」
虎が行っている身体強化系個性向けのハードなブートキャンプ。花月は弱音を吐くことなくその全てをこなした。虎の表情は満足気だ
「あーあ、せっかく唾つけたんだから大きくなっても私たちのこと忘れないでね」
ピクシーボブがにきゅにきゅにきゅと笑いながら背中を叩く。花月もつられて笑い、揶揄うように口を開いた
「初対面で唾をかけられたんですから、忘れたくても忘れることなんて出来ませんよ」
マンダレイに促され、洸汰が花月に近くにより口を開いた
「──あんたのお陰でヒーローのこと嫌いじゃないかもって思えたんだ。だからさ.....俺がヒーロー嫌いにならないためにも、無理しすぎんなよ.....花月兄ちゃん」
花月が入院したことにナガンを覗いて最も取り乱したのは彼だ。知り合ってすぐに寄り添ってくれた、押し付けずに話を聞いてくれた花月に洸汰は周りが思っているよりも心を開き、懐いていた
両親を亡くしてヒーローに対して嫌悪感を示していた洸汰のこの言葉に花月は思うことがあるのか、謝りながら軽く頭を撫でた
「....手紙書くから、返せよ」
「うん、約束するよ」
それだけ言い残し洸汰は恥ずかしくなったのか離れていってしまう。そこにマンダレイが微笑ましいものを見たような笑みを浮かべた
「本当に洸汰が花月くんに懐いたわね。あなたのお陰で、あの子も前を向くことができた。ありがとうね」
「お礼を言われるような事じゃありません。洸汰くんが自分で立ち上がって前を向いたんです。僕はお手伝いしただけですよ」
「それでもお礼を言いたかったの。洸汰は手紙をだすって言ってたけど...私もいいかしら?」
「?ええ、もちろんです。マンダレイさんから手紙をいただけるなんて光栄ですよ」
マンダレイの提案に疑問を浮かべつつ花月は快く受け入れた。マンダレイの頬が緩む
「それじゃあ、ここからはお疲れ様会を楽しみましょう。ここからはお説教も何もなし──楽しみましょう」
「お前、将来刺されるなよ」
花月は身に覚えのない警告をナガンから受け頭にクエスチョンを浮かべる
「誰にですか?」
「どっちかっていうと、お前も刺す側の人間だろ。まあ、刺されたらどうせこいつが悪りぃ」
呆れたようにミルコが話に割って入り、ナガンの瞳がピクッと動いた
「...ミルコ、喧嘩売ってるのか?」
「売ったら買ってくれんのか?なら、売ってみっか」
不機嫌そうなナガンと、好戦的な笑みを浮かべるミルコの間に花月は慌てて仲裁に入る
「いやいや、2人ともやめてくださいよ。職場体験最終日くらい和やかに終わりましょう」
「あ、そうだ。結局動画撮れませんでしたし、最後に適当な動画撮りませんか?」
花月の入院により撮れなかったコラボ動画。好戦的な雰囲気は終わりを向かえ、視線は花月に集まる
「ショートドラマ仕立てか、若しくはちょっとしたバラエティもどきがいいと思うんですが、どうですか?」
「──ん?花月、Mr.サイレントが動画を上げてる?珍しい普段は生配信メインなのに」
ジーニストの事務所で職場体験を受けていた僕は帰り支度をしている最中にスマホに届いた動画投稿通知から花月の動画投稿に気がついた。珍しい
『【企画】相手を照れさせよう〜プッシーキャッツ&ミルコ&レディ・ナガンコラボ〜』
「....?....?....?ん?」
とりあえず流してみせるか。そう思いながら今までのテイストとは全く異なるタイトルに物間は違和感を感じながらも、再生ボタンへと指を伸ばした瞬間──声をかけられた
「おい、いつまでも何してやがんだ。スマホいじってんじゃねーよ、モブが」
同じく職場体験を受けていた爆豪だ。爆豪ならいいや。構わずに再生ボタンを押した
『今日は企画配信というやつになります。今までこういった類の配信をする気はなかったのですが──僕がヒーロー殺しの後継者であると偽りを吹聴されてる方が大勢いらっしゃったので、そうではないという抗議も込めてこの動画をあげます』
「うんうん、そうだよね。君はあんな敵と違う」
聞こえてきた声が気になったのか、爆豪が画面を覗き込んでくる。ふふん、君も気になるのか。仕方ない見やすいように角度を調整してあげよう
『なんでも、そういった方々の意見ではボランティア動画やヒーロー語りが多いのがステインの思想に被っているように見えるとの事なので、今後はこういった企画配信をすることで不愉快な噂をかき消したいと思います』
隣から舌打ちが聞こえたけど無視しておいた。舌打ちはするのに、動画を見るのはやめないのか...?
(よっぽどステインと同じ扱いにされるのが嫌だったのか、他に目的があるのか──はたまた両方か)
どちらにせよ、動画を見る。なんていったって、僕は花月の今までの過去動画も見返しているガチ勢だからね
『......なんていうか、別の動画内容でもいいと思ったんですが、協議の結果この企画になりました。フィクションだと思ってお菓子片手に食べてください。既に分かっているかもしれませんが、発表しますね』
『あなたの照れ顔が見たい〜君の口説き文句は何点?〜』
思わず吹き出して笑ってしまった。隣にいる爆豪は目が点になっている。花月の口から出無さそうな言葉が発せられてる。この企画提案したの誰だよ.....面白そうだ!
『ルールですが、口説く側と口説かれる側に別れます。組み合わせはグッパーで決め、何度か行います。役割のない人間が0~10点の間で点数を決めます』
『はい。では、今回のコラボ相手の紹介です──自己紹介お願いします』
プッシーキャッツ、ミルコ、ナガンと順番に自己紹介が進む。この中に企画を考えた人がいると...誰だろう?
『──最初の組み合わせは僕とマンダレイさんです。僕が口説く側、マンダレイさんが口説かれる側に決まりました』
『あくまで企画ですので、その点ご容赦ください』
『予防線はってるのダセーぞ』
『ミルコさんは自信があるみたいなので、彼女の番を楽しみにしてください。ダサかったらコメント欄で『イキリ兎』と書いてあげてくださいね』
『ほんっと生意気なガキだな...!』
あ、チョークスリーパー決められてる。仲良さそうだな、この2人。見てて普通に面白い。メンツが何気に豪華すぎない?すごいな、花月。爆豪も文句言わずに見てるよ
楽しそうにわちゃわちゃしながらも、間延びしないように編集されてる。動画として見やすい
花月はどんな言葉で口説くんだろうか。花月なら分かりにくいように遠回しに口説きそうなイメージがあるけどどうだろうか
僕の予想は『月が綺麗ですね』スタイル。相手によっては伝わらない伝え方だと思う。広告長いな...おっ、やっと来た
『──あなたの瞳に恋をして、あなたの内面を愛してしまった。世界の誰よりも幸せにすると誓います。僕を選んでください、マンダレイ』
「っ!」
「ッハ!?」
思わず声がでた。同タイミングで声を出した爆豪に視線を向けたら睨まれたけど、そんなことで僕が怯むわけなくない?
それにしても、随分とストレートに伝えるじゃないか。君の性格ならもっと回りくどく言うと思ったのに。不覚にも同性ながらドキッとさせられたよ
あれっ?マンダレイ顔赤くない?想像以上に照れちゃってない?全員満点の札上げてるし。一発目からこのレベルとか純粋にすごいと思うよ
なんだこれ、面白いぞ。見ていてドキドキワクワクする。でも多分、クラスメイト女子から詰められるだろうからそれは覚悟しておきなよ
『あなたの隣に立てるなら、僕は世界の全てを敵に回しても構わない。あなたが歩む道を僕も共に歩かせてほしい』
花月からナガンに。おいおいおい、これはどこまで演技なんだ。意外と演技派じゃないか。で、ナガン顔を伏せてるけど絶対照れてるよね?なんだなんだ、この番組。お陰で隣にいる爆豪が黙り込んじゃったよ。思春期殺しの企画だね!最高だよ!
『温かい気持ちになるんです。あなたの笑顔を見るだけで──この先の人生、僕の隣で微笑んでくれませんか?』
花月からピクシーボブに。ねぇ、大丈夫?なんか襲われそうになってない?本当に大丈夫?演技...なんだよね?
さっきから満点連発じゃないか!普通ここまで満点が続くとつまらないと思えてくるんだけど、パターンが違うから全然面白い
『君が辛い時は僕が支えるよ。だから、無理に笑わないで。ありのままの君が好きだから』
花月からラグドールに。今までと違って、照れているというよりはグラッと来たって感じだ。君は間違いなく将来刺される
「こいつは普段からこんなんなのかよ」
「まさか、そうだったらどれだけいいことか」
気になったのか爆豪に話しかけられた。普通に会話もできるんだ
『行ってらっしゃい、お帰りなさいと毎日あなたを見送り出迎える権利を私にちょうだい。それが何よりも幸せなことだから』
マンダレイから花月に。破壊力高いな。本人の雰囲気的にこれ以上ないセリフなんじゃないの?マンダレイのファンだったら大歓喜するところだったよ
花月は視線を逸らしているってことは、照れてそうだね。いい加減にしないと、B組に戻ってきた時に刺されるよ
『お前が死ぬ瞬間を看取ってやる。だから、私よりも先に死ぬな──約束するなら、私の人生丸ごとお前のもんだ』
おおっ、少しずつ変化球が混ざってきた。口説き文句?一つでも性格が出るね
『好きです!毎朝あなたに味噌汁を作らせてください』
ピクシーボブ...!ここにきてまたド直球ストレート!さっきまでとのギャップがいい!
『僕のものになってください。生涯あなたを楽しませます』
花月からミルコ。さっきまでとは違って、かなり攻めっ気が強い。ミルコは照れているというよりも、楽しそうな笑みを浮かべてる
『私のものになれ。お前の人生を100倍楽しくしてやるよ』
ミルコの強気返し。でも、これも花月は照れているというよりも受けて立つみたいな表情だ。2人とも得点が低い
その後もしばらく動画は続き
『多分ないけど、もし次同じ企画をやることがあればシチュエーションとかも決めた方が面白そうかもね。それでは本日の動画は以上です──概要欄にコラボしてくれたプッシーキャッツ、レディ・ナガン、ミルコのSNS貼ってます。良かったらフォローしてください』
終わりを迎えた。楽しい30分間だったよ。でも、拳藤たちがこの動画を見たら死んじゃわないかな?
マンダレイ
ピクシーボブ
ラグドール
ナガン
職場体験[完]