勇者「魔王、倒せたな…」聖女「二人でイケるもんなんですね」 作:匿名希望
リオがジュリアに『もし子供ができた時に困ったことがあればいつでも相談に乗るからね! なんせ五回も経験済みだから!』というありがたい言葉を残して、自分たちの家に帰って行った後。
「なんで俺の膝を枕にしてんの?」
「暇なんで構ってください。あのお二人が帰ったことで、夫婦水入らずの空間が再形成されてるんですよ? であれば妻をもてなすのが夫の義務でしょうに」
俺がソファに座った途端に、その上からジュリアが寝転がってきた。
ジュリアが膝から見上げながら横暴なことを言うが、そのような義務は法律で制定されていない。
甘えてくること自体はとても嬉しいけれど。
「俺、これから本でも読もうかって思ってたんだけど。折角この間ジュリアに勧められた本があるし」
「私と読書、どっちが大切なんですか?」
「トータルだったらジュリアだけど、今このタイミングなら読書の方かな」
「薄情な夫ですね。私はスレイをそのような男に育てた覚えはありませんよ」
「奇遇だな。俺もジュリアに育てられた覚えがないんだ」
「小生意気な勇者ですね。そんな奴はこうです」
そう言うと、ジュリアが俺の腹に向かって頭突きをしてきた。
しかも繰り返し何度も。
痛くはないけど、若干うっとうしい。
「そんなに腹にぶつかって来られたら本が読みにくいだろ。やめてくれ」
「じゃあ読まなかったらいいんです。いい加減諦めて私をちやほやしなさい」
ドヤ顔で暴君めいたことを言う聖女様。
なんか、前までより甘えようとするのを隠さなくなってきたな。
「分かった分かった。で、俺は何をしたらいいんだよワガママ聖女様?」
「ワガママとは失礼な。このジュリアちゃんを甘やかす権利なんて、全財産をはたいても手に入れようとする人間が出てもおかしくない名誉あることですのに、それを放棄するなんて、スレイも偉くなったものですね」
どんだけ自分を高いところに置いてるんだと思える発言だが、実際、払う人間がいそうで嫌だ。
「とりあえず頭を撫でてください。この絹のように滑らかな私の髪に触れられるなんて、歴史上最高の幸せ者な勇者ですね」
「ジュリアと結婚できた時点で、それはもう到達してるんだけど……」
「は゛ぐ゛っ゛!?」
「どうやって発音してんだそれ」
足の骨でも折られたかのような悲鳴をあげるジュリア。
うん。いつものことだな。
「……なんでスレイはそうポンポンポンポン私の心を揺さぶる言葉ばかり言うんですか。私が不整脈を起こしたらどう責任とってくれるというのか。いえ、これは決して私がスレイに対してちょろいというわけではないことは自明の理なので、その可能性はないと言うものとして扱いますけど文句はないですね。ないんです。あったとしても言わせません。むしろスレイの方が私に対してちょろすぎるくらいなんですから。なんですか、普段から私の頼み事ならなんでも聞いてくれて、叶えてくれて、私が悪い女だったら身ぐるみ剥がされるまでしゃぶり尽くされて捨てられるところでしたよ。まあ、私は別の意味でスレイをしゃぶり尽くす予定ではありますけど。ちょっと、今の私の言葉から何いやらしい想像してるんですか。その通りのことをするつもりなので間違ってないですけど。これは本当にいけません。これでスレイの顔が良かったら女を取っ替え引っ替えするダメ男になるところでした。神よ、スレイの顔の造形を威圧感があるものにしてくださってありがとうございます。おかげで私がスレイを独占できるようになりました。なんだこの勇者は、私の婿になる気満々で生まれてきたってことですか。もはや驚きを通り越して呆れ果てましたよ。そんな男性が私だけを一途に思ってるとか、ちょっと勝ちすぎな人生で不安になってきますけど、私のそばにはスレイがずっといるのでもう何も怖くないですね。む、スレイ、私の頭を撫でる手が止まってますよ。早く撫でなさい。撫でろ」
「はいよ」
ちょっと何言ってるのか分からない。
分からないけど、とりあえずジュリアの頭を撫で続ける。
途端に、ジュリアが恍惚とした表情を浮かべた。
……なんか、アホっぽい大型犬みたいだな、こいつ。
「スレイ。今私に対して失礼な想像をしませんでした?」
「いや、そんなことは……」
急に真顔になったジュリアが、こちらの心を読んだかのように問い詰めてきた。
……犬っぽいと思うのは、ギリギリ失礼ではないと思うんだけど、若干後ろめたいので黙っておく。
「おかしいですね。『この卑しい雌犬が! ご主人様に向かって生意気だぞ!』とか考えてそうな顔をしたと思ったのですが」
「そこまでは思ってないわ!」
「そこまでは、ということは、似たようなことを考えていたということですね」
「あっ」
なんという誘導尋問だ。
弁護士を呼んできてほしい。
「この私を犬扱いですかそうですか。随分高尚な趣味を持っていらっしゃるようですね、勇者様は」
「い、いやいや、なに事実みたいに言ってるんだよ!?」
「スレイの顔を見たら、考えていることは大体分かりますよ。長年連れ添ってきた仲なんですから」
本来なら嬉しい言葉を、とても嬉しくない場面で言われてしまった。
「そういう不埒なことを考えるスレイには罰が必要ですね」
こっちが犬扱いされているような気がするが、決してそれを口に出さない。
表に出そうものなら、余計めんどくさくなるからだ。
そしてジュリアは、何か企んだように笑みを浮かべて。
「そうですね。じゃあ、私が今からスレイにマッサージをしてあげましょう」
「え?」
怪しすぎる。
罰を与えると言いながら、なぜ俺にメリットのあることを?
そう俺が訝しんでいると。
「そういうわけなんで、一旦裸になってもらっていいですか?」
「なにゆえ!?」
ジュリアが顔色ひとつ変えずに俺を脱がそうとしてきた。
こいつに羞恥心というものは存在しないのか?
「オイルとか使うからですよ。服着たままだったら汚れるじゃないですか。この間マッサージ用のオイルを買ってきたもんですから、スレイを実験台にしようかと」
「ああ、そういう……」
俺で試してみたいから、罰扱いってことか。
……でも裸になるのはなぁ。
「どうしても全裸が嫌ということであれば、上半身だけでいいですよ。全く、困ったちゃんですねスレイは」
「なんでそっちが妥協したみたいな形になってるの?」
……まあ、上だけならまだいいか。
「うーん、マッサージをするのであれば、ここだとやりづらいですね。上の寝室でしましょう」
「それベッドが濡れるぞ」
「安心してください。防水シートを被せた上でやりますから問題なしです」
なんか、やたらと準備万端すぎない?
「ほらほらさっさと行きますよ。普段から苦労しているスレイのことを思っての妻の厚意を無駄にするつもりですか? そういうことを勇者様がするわけないですよね?」
「ま、まあ、マッサージなら喜んで受けたいところだけど……本当にマッサージなんだよな?」
「マッサージですよ。間違いなく」
なら、大丈夫か。
正直すごく胡散臭いけど。
ジュリアに背中から押される形で二階へと上がっていき、寝室まで入ると、ジュリアが後ろ手に鍵をかける音が聞こえてきた。
「おい。なんで鍵をかけた」
「音が外に漏れないようにするためですよ。スレイの声が他人に聞こえたりしたら、その人の耳が腐ってしまいますからね」
なるほど。
今ジュリアに俺の声がまともに届いていないのは、耳が腐り落ちてしまったからなのか。
そもそも、鍵をかけたくらいだと漏れる声の強弱は変わらないと思うんだけど。
「それでは上の服を脱いでください。ほら、ぬーげ! ぬーげ!」
「それ女が男に向かって言うことあるんだ」
すごく嫌な気持ちになりつつ、上の服を脱いでいく。
……背後からの視線が、突き刺さっているように感じるのは、気のせいではないだろう。
「それでは、防水シートはもう敷いてありますので、そのままうつ伏せになって寝転がってください。あとはリラックスして、私に身を委ねておいてくださいね」
「そこはかとなく不安になるようなことを言いやがって……」
幸い拘束とかはされていない。
いざとなればすぐに逃げ出せるだろう。
そう思い、俺はジュリアの指示どおりにベッドの上に寝っ転がった。
「それでは始めていきますねー。まずはオイルを垂らしていくので、ちょっと冷たいですよー」
背後に粘っこいものが触れるのを感じる。
これがオイルだろうか。
オイルの効果なのか、背中がじんわりと温かくなっていく。
「それでは、揉みほぐしていきますよ。……うわ、すっごい固い。こんなにガチガチにさせてるなら、私がゆっくりと時間をかけて、スッキリさせてあげないといけませんね? 安心してください、丁寧に、たっぷりとスレイのことを気持ち良くさせてあげますから……」
「すみません。もうちょっと言葉のチョイスを考えてもらっていいですか?」
ジュリアの言葉が色々と危ない!
てか、絶対わざとだろこれ!
「ちょっと失礼します」
そう言いながら、ジュリアが俺の腰の上に乗っかってきた。
「なんで跨る必要が!?」
「横からだとやりづらいので。どうせ貴方の筋力なら私が乗っかったところで羽のようなものでしょうに」
実際軽過ぎてビックリする。
あれだけ食べてるのに不安になりそうだ。
「その、一応言っとくけど、まだ夕飯前どころか日も落ち切ってないんだぞ? マッサージ中に余計なことは絶対にするなよ?」
「分かりました分かりました。マッサージ中に妙なちょっかいはかけないことを約束します。これでいいですか?」
聞き分けのない子供を宥めるように、ジュリアが約束してきた。
すごく不当な扱いである。
腕利の弁護士を呼んできて欲しい。切実に。
「全く、その気になったらケダモノになるのに、変なところはウブのままで……」
仕方ないだろ。
まだ結婚してから日が浅いんだから。
「むしろ、なんで聖女のジュリアがそんなに積極的なんだよ。教えはどうなってるんだ教えは」
「神も私にだったら『ジュリアちゃんのやることだし許します!』って言ってくれますよ。教えを守ることよりも私の機嫌を伺っておいた方が、死後の裁判で神からの印象が良くなること請け合いです」
「こいつ教会の人が聞いてたら戦争の火種になりかねないことを言い切りやがったよ……」
俺、死んだ後もジュリアのために頭を下げ続けることになるんだろうな……。
今度は、主に神様に対して。
「それでは肩の方から始めていきますね。緊張しないで、力を抜いてください」
ああ、始まってしまった。
こうなったら、あとは無事に終わることを祈るしかない……。
◇
「はい、これでマッサージ終了です。お疲れ様でした」
「あ、あれ?」
マッサージ終了の声を聞いて、微睡んだ意識から覚醒する。
気持ち良すぎて眠りそうになっていたのだ。
……本当に、ただのマッサージだった。
「全身の凝りの方はどうですか?」
軽く肩を動かしてみると、まるで重さを感じさせないように腕が持ち上がった。
腰回りも、油を差した歯車のようにスムーズに動く。
「滅茶苦茶軽くなった! ありがとう!」
「スレイは筋肉を尋常でなく酷使しますからね。細かく血の巡りも良くしつつ、凝りの方も解させていただきました」
手厚いサポートがすぎる。
多分そういうことができるのは、ジュリアだけなのだろうけど。
「俺、自覚はなかったんだけど、結構凝ってたんだな……」
「マッサージされて初めて気づかれる人も多いですし。あんな凝りでよくまともに動けるもんだなと思うくらいには凝ってましたよ」
しかも、回復魔法を使いながらのマッサージなら、相当な重労働だったのでは。
そこまでしてくれるなんて……!
「なんで急にこんなことを……?」
「変なことを言いますね。頑張っている夫を労うのは妻として当たり前のことでは?」
不思議そうにそう返すジュリア。
なんて良い女なんだ、この聖女様は。
ジュリアの優しさを心で噛み締めていると、その当の本人が俺にかぶさってきて。
「……あの、ジュリアさん? なんで俺の体の上に寝っ転がってきたの?」
「さっき言ったじゃないですか。『これでマッサージ終了です』って」
「そうだな。それがどうしたんだ?」
「つまり今のこの状態は、マッサージ中ではなくなった、ということです。お分かりですか?」
えーっと。
さっき俺とジュリアの間で交わした約束は、確か……、『マッサージ中に余計なことは絶対にするなよ?』『マッサージ中に妙なちょっかいはかけないことを約束します』って感じで……。
「…………あっ」
約束が有効なのは、マッサージが終わるまでのこと。
そのことに気づいた俺は、咄嗟にベッドから飛び降りようとする。
が、マッサージの後で脱力し切った今の状態では、上手い具合に体のコントロールができない。
変に力が入れば、大惨事に……!
「いや待て、なんでガッチリホールドキメにかかってるんだよ。ていうか鼻息荒くなってないか? ちょ、おい、俺のズボンに手をかけるな! だ、誰か、憲兵さん呼んで!!」
「ジタバタせず大人しく受け入れなさい。私が上、貴方が下です」
この肉食系聖女様が!
「さ、最初から、これが狙いだったのか!?」
「いえ、普通にマッサージするつもりでしたよ。夕飯前ですし、マッサージするだけで終わろうって決めてたんです。なのに、スレイが私の目の前で無防備に子供のような寝顔を見せるんですから」
そんなことを言われても!?
けれど、ジュリアは構わず続けて。
「これはもう、そういうことするしかないじゃないですか。でも良いじゃないですか、私も一緒に堕ちていきますから……」
「堕落してるのはお前だけだジュリア!」
結局こうなるのかよ!