勇者「魔王、倒せたな…」聖女「二人でイケるもんなんですね」 作:匿名希望
王墓を探索した翌日。
いつもであればジュリアが朝食を作って、その間に俺が洗濯や掃除をする。そんなルーティンが繰り返されるはずだった。
だというのに。
「そろそろ降りてくれよ、ジュリア」
「嫌です」
なぜか今日は、ジュリアが俺を羽交い締めにしたまま動かない。
俺の背中に手と足を回して、がっちりと組みついて、俺の胸元に顔を埋めている。
ジュリアがいつものように甘えん坊の発作でも起こしたかと思い、しばらくそのままにさせていたのだが。
「そろそろ昼ごはんの時間になりそうなんだけど。朝食も食べてないし、いい加減腹減ったんですよ俺も」
流石にここまで長時間引っ付いてるのは初めてだ。
それに、いつもなら引っ付き続けるにしても、ジュリアは色々体勢を変えることが多い。
背中にもたれかかったり、俺の膝に頭を乗せたり、腕に抱きついてきたり。
なのに今日は、ひたすらしがみつき続けている。
どうも様子がおかしいので、どうにか理由を作って離れるように促すが。
「そうですか。ならあっちにパンがあるのでそれでも食べてください」
一瞬だけ、キッチンの棚の方を指差すためにジュリアが右手を動かしたが、そのまますぐに元のポジションに。
どうも今回は一筋縄ではいかなそうだ。
「俺なんかしたか?」
「したと言えばしてますし、していないと言えばしていません。どう捉えるかです」
哲学の話でもしているのだろうか。
学のない俺にはとんと理解できない話だ。
「もしかして昨日の夜のことか? そこで俺がやらかしたとか?」
「いえ別に。健気で可愛いメイドさんとなった私が、ご主人様に扮したスレイにあれこれご奉仕したことに関しては不満はありませんでした。横暴なご主人様となったスレイが、立場上絶対に逆らえない私にあれこれ命令してくる様には、正直かなり興奮……もとい、屈辱的な思いを抱えましたが」
あれはどっちかと言うとジュリアの方から積極的にあれこれしてきた気が……。
漏れ出てる感想からすると、ジュリアにとっても満足のいくものだったみたいなので、それならそれでいいけど。
……結局あの衣装、使っちまったな。
使うつもりはなかったんだけど、向こうから着てくるなら仕方ないと自己正当化しながら楽しんでしまった。
我ながら、意志が弱すぎる。
それはさておき、問題はこのひっつき虫だ。
どうにか離れてもらわないと、日常生活もままならなくなる。
俺ではなく、ジュリアの方が。
「だったらいつまで引っ付いてるつもりだよ。このまま離れないと、俺が外出した時に周りの人から変な目で見られるぞ」
正直、すでに手遅れな気もしなくもないが。
なんせ、やたらめったら外にいる時でもジュリアが俺にひっついてくるようになったから。
ここまで密着度が高いことはないけども。
「別に構いません。むしろこのまま外出しましょう。スレイが私の夫であるというアピールが周りにもできますし」
「少し前までの素直じゃないジュリアはどこに行った」
「あくまでこれは対外的に勇者と聖女が不仲であるなどという噂が流れるとよろしくないという高度な政治的判断です。有名人夫婦が仮面夫婦だなんて世の中の人々の夢が壊れてしまうでしょう。我々は控えめに言ってこの世界の希望の象徴なのですから、一般大衆が抱いている理想像を守り続ける義務があると思うのです」
よし、ここまでペラを回せるなら、ジュリアの体調が悪いということはなさそうだ。
だとしたら何が原因だろうか。
ジュリアがこうなった諸悪の根源について思考を巡らそうとすると。
「そうすれば、私たちの間にお邪魔虫が入ってくる余地もなくなるはずです。私達の仲睦まじさを見せかけだけでも見せつけるだけで、スレイを誘惑するような害虫も排除できるというものですから」
ちょっと手掛かりになりそうなことを呟いた。
なんだ。
いつもの如く俺が誰かに浮気するなどという被害妄想に囚われていただけか。
それにしても、唐突だ。
昨日は探検してただけで、ロビン以外の女性とはほとんど関わっていないのに。
そのロビンも、恋愛脳になったジュリア曰く、メレディスさんに思いを寄せているらしいし。
……もしかして、昨日俺がよく知らない女の人にあれこれ誘われたことを言ったせいか?
「えっと……俺の軽率な発言でジュリアを不安にさせたのなら心から謝罪するけど、マジで俺はジュリア以外の女性と触れ合ったことは一回もないんだ。そこは信じて欲しい」
「それも信じてますよ。というか実際にやってたら、その翌日のスレイの様子で気付けてましたし」
これでもないんかい。
じゃあなんだよもう。
こうなったら……!
「もう降参! 俺には心当たりが思いつかないので教えてください聖女様!」
全面降伏するしかない。
俺は女性のそういう機微を察する能力に乏しいんだ。
ここは恥を忍んで直接教えてもらおう。
俺が両手をあげて降伏の意を示すと、ジュリアは俺の胸に埋めたままため息をつき。
「昨日、スレイが別の女のところに行く夢を見たんですよ、この浮気者」
「それ、俺に責任の所在ありますか?」
顔を上げて俺を睨みながら、予想不可能対処不可能な理由を宣いやがった。
心配して損したわ。
「どうにかできるでしょう。貴方は世界を救った勇者なんですよ? だったら愛する人の悪夢くらいどうにかしてくださいよ」
「それをどうにかできる奴は、大体のことはどうにかできると思う」
「情けないことを言わないでください。それでもスレイは勇者ですか?」
「無理難題を押し付けるための免罪符じゃないぞ。勇者という称号は」
なんなら魔王討伐の方が手心があると思えるほどの無理難題だ。
物理でどうにかできないことは俺の管轄外である。
「……それで、どんな夢だったんだ?」」
「私がスレイにいくら必死に泣き叫んで引き留めようと、そんな私を無視して別の女性を抱きかかえ、愛おしそうに笑いかけてる夢でした」
……確かに、俺とジュリアで立場を逆転させたら俺もへこみそうな夢ではある。
けど、今ジュリアはその夢から覚めている。
その出来事は夢だと自覚できているはずなのに、ここまで長いこと不安になるもんだろうか。
「今、それくらいでこんなに心配になることないだろうと思ったでしょう」
「いつものことだけど、なんで俺の思考が読めるんだよ」
「先回りしてスレイの考えていることが分かってないと、スレイと連携をとるのが難しいからですかね」
それにしても精度がすごい。
頭の中を直接覗かれているような気分だ。
……いや、それだったら、ジュリアが俺からの思慕のことで自信をなくすこともないか。
「それもあるんですけど、そこからふと思ったんですよ。『あれ? そう言えば誘ってるのいつも私からで、スレイから求められたことなくない?』と」
「……あー」
それは確かにジュリアの言う通りだ。
むしろ俺はやんわりとそれを断っているぐらいである。
いつも押し切られるけども。
「普通、男性であれば、これほどのナイスボデーの美少女相手なら毎晩猿のようになるはずなのに、スレイの堅物加減はなんですか? 悟りでも開いているとでも? 最近流行りの絶食系男子とかいう生命体とか? いやしかし、こちらから誘っているけれど、最終的にスレイは世にも恐ろしいケダモノになっているのは毎晩確認している事実。つまりそういう欲求はあるのは明らかですし、以前にスレイ自身からもそういう欲望があることを自白していました。じゃあなぜここまでスレイから襲ってこないのかと考えたところ」
ジュリアは、勿体ぶったように間をあけて。
「スレイがそれほど夜の生活に満足していないのではないかと」
「何言ってんの本当に」
大満足ですけど。
「ご存知の通り、私はこういう経験が全くありません。それはつまり、私は男性を悦ばせる技術に乏しいということ。それにガッカリしたスレイは、義務感でこういうことをやっているので、スレイから求めないというわけです。QED、証明終了」
「根拠不十分で成り立たんわ」
「全く、乙女心が分からない男ですねスレイは」
乙女心と言えばなんでも許されると思わないでいただきたい。
元より人間同士の時点で真に相手の心を読み切るなんてのが不可能なんだから。
その時点での俺の思考を読み取れるジュリアでも、俺の心の内を見透かすことは出来ていないのだし。
内心呆れ返っていると、ジュリアは少し強い力でギュッと抱きついてきて。
「……貴方から積極的に求められない、私の不安ぐらい察してくださいよ。こんなたかが夢ぐらいのことで心配になってしまうほどなんですから」
少し怯えたような声色で、そう呟いた。
「……そういえば、昨日帰ってきたら一つだけなんでもジュリアが言うことを聞くって言ってたよな」
「なんですか突然。でも結局あれは昨日の晩限定ですよ」
「ジュリアのせいで願い事を言う暇もなかったんだから期間延長してくれよ」
「……そこを突かれると弱いので、認めてあげましょう。改めて言っておきますけど、夫婦間の不和を招くようなことはダメですよ。例えば『今すぐ離れろ』とか」
安心して欲しい。
今の話を聞いて尚そんな要求をするほど、俺は薄情な人間じゃないからな。
……うん。やっぱり自分から言い出すのは恥ずかしい。
けど、この聖女様のためなら……!
「…………今夜抱かせろ」
「え?」
ヤバい。
蚊が鳴くような小さな声しか出なかった。
それでも、ジュリアには聞こえていたようで、びっくりしたような表情を浮かべたと思ったら、いつもの揶揄うような笑みを浮かべ始め。
「スレイっていつもそうですよね! 私のことをなんだと思ってるんですか!?」
「いつもやってないからこうして誘ってるんだよ! 後ジュリアのことは愛する妻だと思ってます!」
「み゛ゃ゛っ……そ、それは当然ですね!!」
今回は奇声を発するのをどうにか堪えたようだ。
それでも漏れ出てるが。
「全くしょうがないですねー! この神に愛されしメロメロボディを持ってしまった以上、スレイの理性を破壊し尽くしてしまうのも道理と言いますか? それなら私としても受け入れてあげなくもなくないですし? これは今夜が楽しみ……もとい、スレイの我儘も許してあげましょう!」
「なにか勘違いしてるようだけどさ」
浮かれていらっしゃる聖女様に、水を差すように声をかける。
ジュリアがこちらの方に向き直ったのを確認して。
「今夜、俺は何も我慢せずにやりたいことやりまくるからな。それはもう、ジュリアがどんな状態になってもお構いなしで」
俺からの気持ちに対して疑惑を持てなくなるほど、全力でこの想いを伝えるために。
そんな脅迫まがいの宣言を聞いたジュリアは。
「そ、それは……恐ろしいですね……?」
そんな言葉とは裏腹に、頬を紅潮させ、ゾクゾクとした表情を、俺に見せつけたのだった。
……やはり、ジュリアは被虐体質なのだろうか。