勇者「魔王、倒せたな…」聖女「二人でイケるもんなんですね」   作:匿名希望

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「私の夫は勇者です。今は無職ですけどね」

「我ながら、スレイのことが好きすぎませんかね」

 

 

 朝の出来事……もはや昼に差し掛かっていた出来事ではあるけれど。

 ちょっと変な夢を見ただけで、これほどスレイからの気持ちに対して不安になってしまうとは。

 きっと、私がどれほど立ち振る舞いを変えようとも、私の根本である臆病な性格というものは変えられないのだろう。

 

 ……そのおかげで、今夜はスレイから思う存分愛してもらうことができるみたいだから、怪我の功名というものです。

 ただ、スレイから受ける愛というものが、私でなかったら廃人になってたかもしれないほどに刺激が強いと言いますか……ねぇ?

 全力となると、私も色々と覚悟を決めなくてはいけなくなるんですよ。

 明日のことなど考えずに済むように準備しておくとか、洗濯用品を多めに用意しておくとか。

 

 その準備のために、今私は一人で買い物に出掛けているところだったのですが。

 

 

「ちょっとそこのお姉さん。君すごくかわいいね。良かったらあっちの喫茶店でお話しでもしない?」

 

 

 まさか、こんなありきたりなナンパをされるとは。

 

 突然背後から声をかけられ振り向くと、『自分いかにも遊んでいますよ』と言わんばかりに派手な服やアクセサリーを身に纏った男が、軽薄そうな笑みを浮かべて立っていた。

 まさか、このあたりで私とスレイが夫婦であることを知らない男がいるとは。

 そうであるなら仕方ありません。

 今後二人で外出するときは、周りに見せつけるように、もっと密着しながら歩くことにしましょう。

 

 とりあえず今後の方針は決まったところで、今はこの厄介な人間を追い払わなくては。

 

 

「……せっかくのお誘いとても嬉しいです。けれど、申し訳ありませんが、今急ぎの買い物をしているところでして。ゆっくりできるお時間が取れないんですよ」

 

「だったら、その買い物を手伝ってあげるよ。なんだったらオレが全部奢ってあげるし。ほら、こう見えてオレ、結構金持ちなんだよね」

 

 

 グイグイ来すぎじゃありません?

 初対面の人相手に、買い物の代金を全部支払うって、太っ腹が過ぎますって。

 いくら私が可愛く男性を惹きつける体だったとしても、ここまで積極的なのは流石に変。

 ほぼ間違いなく嘘でしょうし、仮に本当だとしたら、それを盾になにかしら要求してきそうで怖いです。

 

 

「初対面の方にそこまでしていただくのは心苦しいので遠慮させていただきます。そういうわけで、失礼しますね」

 

 

 若干目の前の男性に引きながらも、なんとか笑顔を浮かべ、断りの言葉を口に出す。

 けれど、ナンパ男はそれでも引き下がらずに。

 

 

「そんな固いこと言わないでよ。ほら、ちょっとだけ。別に何もしないからさ。君の顔を見て運命を感じちゃって、少しお話ししたいだけなんだ」

 

 

 なんとも軽い言葉を投げかけてくる。

 貴方の運命の相手が私? バカも休み休み言っていただきたい。

 私の運命の相手なら、数年前にすでに出会っておりますので。

 

 ここはそのことを伝えて諦めてもらわなくては。

 少し困ったような表情を浮かべながら、

 

 

「申し訳ありませんが、実は私結婚してるんですよ。なので、貴方の運命の相手ではないと思うんですが?」

 

 

 そう宣告した。

 すると、男はキョトンとし、私の左手と顔を交互に見比べ始める。

 

 

「……え? 指輪してないけど……」

 

「結婚式は挙げたのですが、その日までに我々が結婚指輪と認めるに相応しい指輪が見つからなかったもので」

 

 

 正確には、スレイがなかなか認めようとしないと言うだけですが。

 あれからもあちこちの店を回り指輪を見定めていたのですが、スレイが首を縦に振ることもなく。

 昨日の魔除けの指輪も、結局は大した代物ではありませんでしたので、見送りになってますし。

 

 

「いやいやいや! 普通結婚式って、結婚指輪をちゃんと用意してから式を挙げるもんでしょ!?」

 

 

 ぐうの音も出ない反論ですね。

 

 

「そんな口実で、私の旦那に結婚式を先延ばしにされるわけにはいかなかったので。旦那を逃さないために、すっごい言いくるめて強行した結果がこれです。今は絶賛我々に合う指輪を目下捜索中というところですね」

 

「なんという肉食系女子なんだ……」

 

 

 あの時の私は、スレイをよその女にやらないようにするために必死でしたからね。

 今思えば、指輪を探すくらいの猶予は与えて然るべきだったかもしれません。

 

 ……いやあり得ませんね。スレイとの結婚生活が先延ばしになるなんて私には耐えられません。

 あの時、結婚式を強行してよかったです。

 ともすると私とスレイがイチャラブチュッチュな生活を送る期間が短くなっていたかも知れません。

 スレイは正式に夫婦になるまでは同衾することに抵抗を覚えるような、くだらぬ価値観を持っていましたし。

 

 過去の自分の判断は決して間違っていなかったと確信していると、ナンパしてきた男が申し訳なさそうな表情を浮かべて。

 

 

「あー……その、旦那さんがいるのにナンパしてすみませんでした。指輪をされていなかったので、まさか相手がいるとはつゆ知らず。本当に、申し訳ないです」

 

 

 ぴっちりとした姿勢で謝ってこられました。

 ふむ。思ったよりは真面目な方なのかもしれません。

 

 

「分かってもらえたら何よりです。……そういえば、先ほど貴方はご自身のことをお金持ちだと仰っていましたね。であれば、指輪を取り扱っているお店の情報などは持っておられないでしょうか? 先ほど申しましたように、我々は今結婚指輪を探しておりまして……」

 

 

 裕福であるなら、そういったお店のことを知っているのではないかと思い、ダメ元で聞いてみる。

 すると、ナンパ男は、真剣な顔つきになり。

 

 

「指輪ですね? でしたら、どういったものをお探しでしょうか?」

 

「……どういったものとは?」

 

「まずはお値段の方ですね。一般的に結婚指輪というものは高価なものでございます。それは決して間違ってはいませんが、その高額さにも差が出てくるものなのですよ」

 

 

 つまりは予算ということですか。

 それこそ一生物なんですから、値段のことは関係なく、ちゃんと良いものが欲しいのですが。

 

 

「誤解を恐れずに申しますと、価格帯を決める上で一番大切なことは、見栄を張って高額な商品を買う必要はないということです」

 

 

 そんな心を見透かされたように、ナンパ男が真剣な声色で忠告してきました。

 

 

「一度上がった水準を下げることは思っている以上に難しいものです。だというのに、一度無理して身の丈に合わない高額なものを買ってしまうと、それに釣られて今後の生活でも高級品ばかり選んでいくようになりやすくなってしまう。折角、結婚生活を象徴する大切な物を買うというのに、それが原因で生活を困窮させるようなら本末転倒という物です」

 

 

 確かにそういった話はよく聞きます。主に懺悔室などで。

 周りの人が高級品で身の回りを固めているからと、それに合わせて無理をして。

 結果として借金まで背負ってしまい、本当に後悔している様を、何度も私は見てきました。

 

 ……ダメですね。分かってはいましたけど、どうも私はスレイに関する話になると、思考力が落ちてしまいます。

 自分で言うのもあれですが、私はそれなりに頭脳明晰なんですよ。

 それが、あの勇者様のこととなると、一気に頭の中がおかしくなるだけで。

 

 

「月並みな言葉ではございますが、こういう縁を結ぶためのものであるからこそ、値段ではなくどれだけ想いを込められるかが大切だと思っております」

 

「確かにそうですね。……あの、もしかしてですが、貴方もそういったお店で働かれていらっしゃったりします?」

 

 

 どうもセールストークを受けているような話し方をされているので、ついついそう尋ねてしまいました。

 すると、男性は恭しく頭を下げると。

 

 

「はい。僭越ながら、この度こちらで宝石店などを構えさせていただくことになりました、イザヤと申します。まだこちらには引っ越してきたばかりの若輩者ですが、以後お見知り置きの程を」

 

 

 最初に私に声をかけてきた時とはまるで違う、丁重な物腰で自己紹介されました。

 

 

「もし指輪を探されているのであれば、一度、旦那様と一緒にオレの店にいらっしゃってください。きっとお力添えできるかと」

 

「そうですか。それでは今度伺わせてもらいますね」

 

 

 これも何かの縁と言いますか、折角ですし拝見させてもらいましょう。

 特に予定もありませんし、これで掘り出し物があるなら万々歳です。

 

 

「ああ、そうだ。ある程度こちらでも見繕っておきますので、もしよろしければ旦那様の職業を教えていただけないでしょうか? 仕事によっては指輪が邪魔になってしまったり、傷付けやすくなったりしますので。もし、この場でお答えしづらいのであれば、無理にとは言いませんが」

 

 

 そう言うのであれば、スレイの職業くらいは教えても大丈夫でしょう。

 

 

「私の夫は勇者です。今は無職ですけどね」

 

「…………え?」

 

 

 そう告げると、イザヤさんは愕然とした様子で固まり。

 

 

「……勇者って、あの勇者ですか? この間魔王を倒したとか言う?」

 

「はい。その勇者です」

 

「…………となると、貴女様は、聖女様でいらっしゃいますか?」

 

「はい。聖女です」

 

「……すーっ……」

 

 

 今度は天を仰ぎ見ながら、頭に手をやり。

 

 

「……とりあえず、腹を切れば許してもらえますかね?」

 

「切らないでください。命は粗末にしてはいけません」

 

 

 どこか既視感のある謝罪方法について私に尋ねてきたのでした。

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