勇者「魔王、倒せたな…」聖女「二人でイケるもんなんですね」 作:匿名希望
「急に呼び出されたと思ったら、こんなところに宝石店があったのか」
買い物から戻ってきたジュリアが良さそうな宝石店を見つけてきたらしく、今こうしてその店に連れ出された訳だが。
「ええ、先ほど歩いていたら、ここの店主の方に声をかけられたんですよ。話を聞いてみると中々信用できそうな方でしたし、折角ですから我々の結婚指輪に相応しい指輪がないかと思いまして」
ジュリアがそう言うのであれば、悪い人ではないのだろう。
カウンターの向こうからこちらへ軽く笑みを浮かべている男性が、そのイザヤさんか。
「これだけ早くにご来店いただけるとは、喜ばしい限りでございます。ご覧の通り、この店も最近開店したばかりというのもあり、王都にある宝石店よりは規模自体は小さいのですが、品揃えはどの店にも負けない自信がありますよ」
うわ! すっごい聞き取りやすい声してる!
言葉が耳から頭にスルッと入ってきて、自然と聞き入ってしまいそうな不思議な声だ!
こんな声で商談なんかされたら、勧められた品がどんな物でも気分良く買ってしまうかもしれない。
「それで、こちらの方がジュリア様の旦那様であるスレイ様でございますか?」
「はい。私のことが大好きすぎて四六時中私のことしか考えていないほどに私に夢中な天下無敵の勇者様です」
なんとも頭の湯だった回答をしてくれるジュリア様。
けど、まあ。
「……取り立てて修正するところはないな」
「ひゅっ!?」
実際この聖女の言うことは何も間違っていない。
ジュリアのことは大好きだし、俺は勇者だし。
「仲睦まじいようで何よりですね。そんなお二人の力添えになれる機会を頂けて感謝いたします。……なんでも、旦那様のお眼鏡にかなう指輪がなかなか見つからないと伺っておりますが」
「そうなんですよ。色々な店を見てきたんですが、どうもどれもしっくりこなくて……」
王都にある一番大きな店にも行ったけれど、どうもジュリアの結婚指輪となると相応しいものが売ってない。
多分、俺のジュリアに対する贔屓目もあるんだろうけど、それを差し引いても何か違うというか。
「……コホン、失礼しました。ご覧の通り、本当にこの人私のことを愛しすぎてると言いますか? その愛の大きさに私も困っているところなんですよ。あ、でもだからと言って愛情を減らせというわけではないですからね。私は世界が誇る聖女ですのでスレイ一人くらいの愛は受け止められるくらいの包容力はありますし、全然負担になってないので。なんなら徐々に増量するくらいならこちらとしてもウエルカム……もとい、渋々ながら許容して差し上げますから。分かりましたか? 分かりましたね。分かったと言え」
「はいはい、分かった分かった」
「お互い愛しあっておられるようで、羨ましい限りでございます」
いつものことなので、イザヤさんから視線を外さないままジュリアの発作を適当に流す。
聖女としてあるまじき姿というか態度をとっているジュリアだが、それを初めて見るはずのイザヤさんは顔色ひとつ変えずに微笑んでいる。
……この人、只者じゃない。
「それでは、何か希望の宝石はございますか?」
宝石か。
「そうですね。やっぱりダイヤモンドの指輪とか定番だし、その辺りで考えてます」
結婚指輪と言ったらダイヤモンド。
多分、世間一般的にはそれが主流だろう。
ダイヤモンドは壊れない宝石だから、夫婦の絆も同様に強固なものになってほしいという願掛けだとかで。
そんなありきたりな要望を出すと、イザヤさんは少し難しそうな顔つきになった。
……なにか間違えただろうか?
「……失礼ですが、お二人はこれから先も勇者や聖女として魔物と戦う可能性というのはお有りですか?」
「そうですね。私の旦那は巻き込まれ体質なので」
「好きで巻き込まれてるわけじゃないんだけど……。そうでなくても俺は勇者だし、人々の平穏を守るために、魔物とはこれからも戦うことになるとは思います」
折角皆が頑張って手に入れた平和が、脅かされるようなことはあってはならないのだから。
そう続けると、イザヤさんは神妙な顔つきになり。
「であるなら、ダイヤモンドはやめておいた方が良いかと存じます」
そう言い放った。
「ダイヤモンドは確かに硬度は極めて高いです。しかし、硬いことが必ずしも壊れにくさに直結するわけではありません。実際、ダイヤモンドは鉄のハンマーとかで殴れば砕けますし」
「え? そうなの?」
「そうですね。壊れにくさで言えばルビーやサファイアの方がダイヤモンドよりも上です」
知らなかったそんなの。
ジュリアはちゃんと知ってたみたいだけど。
「ダイヤモンドの中でも黒色のものは壊れにくいのですが、色合いとしても指輪にはあまり用いられることはありません。その上、普通のダイヤモンドよりも希少ですし。なので、宝石として選ぶのであれば、今し方ジュリア様がおっしゃったように、ルビーやサファイア、あとは翡翠などの方がよろしいかと」
「なるほど……」
難しいな、宝石って。
「あとはそうですね……、重ねて失礼を承知で拝聴させていただきたいのですが、お二人は指輪のデザインに関しての要望はございますか? お客様の中には、普段使いするのでシンプルなものを選ばれる方もいらっしゃいますし、記念となるものだからと華美な指輪を好まれる方もおられますので、方向性だけでも聞かせていただければと」
「うーん……個人的にはシンプルな方が良いかな。色々くっついてると、ふとした拍子に壊しそうだし」
「私もその方が好きですね。本を読む時や書類仕事をしている時に邪魔になりそうですし。なにより聖女があんまり派手な指輪をつけてたら、世間の人からはウケが悪くなりそうで……」
それは確かにそうである。
一般的には清らかな人としての印象が強い聖女様が、ゴテゴテと宝石が散りばめられた指輪を嵌めてたら、なんかイメージを壊された気分になりそうだ。
ちゃんとジュリアも聖女としての体裁を保とうとする意思はあったんだな。
普段の生活を見てたらそうは思えないけれど。
そんな俺たちの希望を聞き終えたイザヤさんは、少しだけ笑みを浮かべると。
「でしたら、ちょうどお二人にお薦めさせていただきたい指輪がございます。自分で言うのもなんですが、きっと他の店では売られていないであろう代物ですよ。こちらに持ってきますので、少々お待ちを」
自信たっぷりにそう告げて、店の奥へと引っ込んでいった。
「……すごいなイザヤさん。こんなに俺たちのことを考えて提案してくれる商人とは初めて会った気がする」
俺達の要望全てをそのまま聞き入れるんじゃなくて、俺たちの状況をちゃんと把握して、それに合わせて品を選んでくれている。
これは持ってきてくれる指輪というのにも期待がかかるというもの。
少しワクワクしていると、あまり間を置かずに小さな箱を手に持ったイザヤさんが戻ってきた。
「結婚指輪なんて大事なものを、魔物との戦いで壊れてしまったら目も当てられません。ですがこの指輪であれば、その形を変えず、永遠にその姿を留められることでしょう」
イザヤさんがどこか芝居じみた語り口調で言いながら、こちらに向けてゆっくりと箱を開ける。
「…………!」
「…………おお……!」
そこには、透き通るような光を放つ指輪が鎮座していた。
けれど、普通の代物ではない。
ジュリアだけでなく、芸術品などの嗜好品に疎い俺でさえ思わず息を呑むほどの衝撃。
俺たちの注文通り、無駄なものは極限まで削り取られたシンプルな造形の指輪だというのに、どうも魅入られてしまう。
まさに、『美しい』としか形容できない指輪がそこにあった。
「これは、オリハルコンの指輪です。ものがものですので、市場にはまず出回らない、貴重な一品かと」
へぇ、そうか、オリハルコンか。
オリハルコンでできた指輪ねぇ。
…………うん? オリハルコン?
「え!? オリハルコン!? オリハルコンってあのオリハルコン!?」
「おそらくスレイ様の想像している通りのオリハルコンかと」
平然とした態度で返答するイザヤさん。
いや何この人普通にしてんの?
驚くどころの騒ぎじゃないことしてんだけどこの人。
「待ってください。すみません、落ち着かせるための時間をください。え? 今貴方なんておっしゃいました? オリハルコンでできた指輪とか聞こえたんですけど」
ジュリアも激しく戸惑っておられる。
その気持ちは痛いほど分かる。分かってしまう。
けれど、そんな様子を気にも留めずに、イザヤさんは淡々と繰り返す。
「何を、と仰られても、ただ事実を伝えただけでございます。そちらの指輪はオリハルコンで作られたものですと」
「とんでもなく貴重な幻の金属を、こんな指輪にしたんですか? オリハルコンとか私でも魔王が持ってた武器でしか見たことがないんですけど? そんなレアな金属を指輪に???」
「はい。正確にはミスリルとの合金になりますけれど。誤解なさらないでいただきたいのですが、ミスリルと混ぜ合わせた方がより美しい色彩になるからであって、決してケチったとかではないことはご了承いただければと」
「しれっとまたとんでもない金属の名前を出しましたか今? ミスリルとかも普通にオリハルコンに次ぐ伝説の金属なんですが? 王族の方でもほとんどの人がお目にかかれないほどの代物なんですが???」
オリハルコンとミスリルは俺でも知ってます。
どちらも小皿一杯分の量さえあれば、千回人生を繰り返してもなお余るほどの財産が手に入るくらい貴重な金属なんで。
そんなやばい金属を、この指輪に?
「えっと……参考までに聞きたいんですけど、この指輪はおいくらですか?」
「そうですね。材料の都合もあって結構お高めにはなるんですが……」
イザヤさんが悩むそぶりを見せるが、絶対とんでもない値段を告げることだろう。
オリハルコンは希少性もそうだけど、その加工の技術もハイレベルなものが求められる。
なんせ、この世で一番硬くしなやかな金属とまで言われているんだ。
並大抵の職人では、鋳造することさえできないだろう。
ただでさえ希少な金属なのに、それをこうも見事に指輪として細工するとなると莫大な額になって然るべきだ。
こんなもの、いくら俺たちでも払えるはずが……!
「ペアでしたら大体五万ゴールドほどになりますね。一括が難しそうなら、分割払いも可能です」
「は?」
「え?」
今なんと?
「五万ゴールド? この指輪が、そんな値段?」
「はい。そのお値段です。大体一般的な家庭の年収ほどになりますかね」
何言ってるのこの人?
「材料費を考えたら、十億ゴールドでも足りないと思うんですけど? それを五万ゴールドですか? まさか偽物……いや、間違いなく本物ですね。実物を見ていなかったら判別できませんでしたが、曲がりなりにも本物を見てしまっているので」
ジュリアがどこか恨めしそうな雰囲気を出しながら言葉を振り絞る。
いっそのこと偽物であって欲しかった。
こんなとんでもないものを格安どころの騒ぎじゃない値段で売られることがすごく怖い!
「そうでございます。ただ、二つほどの条件がありますので、それを飲んでいただければの話ですが」
十億ゴールド以上の価値を持つ条件ってなんぞ?
どんなこと言われても、この指輪に見合うだけのものとは思えないんだけど?
「一つは、こちらの指輪をこの値段で購入されたことを口外されないことです。他の方に知られてしまうと、そちらの方にも同様の値段で販売せざるを得なくなりますので」
「……それは理解できますので構いません。それで、もう一つの条件とは?」
ジュリアが警戒心むき出しのまま、イザヤさんに次の句を促す。
そのことに気づいているのかいないのか、イザヤさんは少し照れくさそうに笑い。
「今後もご入用があれば申し付けていただきたいのです。今後は宝石や貴金属のみならず、他の商品も手掛けていく予定ですので、何か必要なものがあればいつでもお声掛けください」
「……えっと……それだけ?」
「はい。それだけで十分でございます」
対価にしては、あまりにも慎ましいことを仰ったのだった。