勇者「魔王、倒せたな…」聖女「二人でイケるもんなんですね」 作:匿名希望
「いえいえ、お二人に常連になっていただくことがどれほど価値があることか。それこそ十億ゴールド以上に利のあることなんですよ」
咄嗟にイザヤさんが否定してきた。
と言っても、俺たちが要求されたことなんて、指輪の値段のことと贔屓にして欲しいってくらいなんだけど。
「世界を救ってくださった勇者様と聖女様が足繁く通って下さるなんて、この世にこれ以上に宣伝効果の見込めることはございません。正直に申しますと、お二人の知名度さえあれば十億ゴールドなんてすぐに稼げると思いますよ」
いや、その理屈はおかしい。
いくら俺たちの知名度がとんでもないものだったとしても、それだけでそこまでの売り上げに繋がってくるとは思えないんだけど。
それはジュリアも疑問に思ったようで。
「店の名前がどれだけ知られようと、それだけで利益は生み出せません。結局のところ、その実が伴っていなければ意味はないことはお分かりだと思いますが」
「ジュリア様の仰る通りですが、そこは心配しておりません。その『実』こそが、最も自信があるところでございますので」
真っ直ぐとジュリアに向かい合って、そう言い放つイザヤさん。
……相当な胆力だ。
「短いスパンなら回収は難しいでしょうが、これから先の見積もりを考えれば余裕でペイできますよ。オレはこの店を何十年と続く店にしていくつもりですからね」
と、そこまで言うとイザヤさんは、営業用と思われる微笑みから、力が抜けたような笑顔へと表情を変え。
「……そもそもこの指輪にも難点があって、一般的な指輪と比べると重いもんだから、普通の人だと指が疲れちゃうんですよね。だから、指輪としての価値は少し下がるんですよ。お二人なら問題ないでしょうけど」
「それはそうだけど、サイズが合うか……」
「ああ、それはオレが手直しするんで大丈夫ですよ」
今なんと?
「……もしかして、これ、貴方が作ったんですか?」
「はい。素材もあったし金もあるしで、趣味と実益を兼ねて制作してみた奴ですよ。そう言う意味でも、まだまだ無名な職人が作った指輪ってことで値下げさせていただいておりますので」
「……こんなところに凄腕の職人がいたとは」
ジュリアが見た時も感嘆のため息が出ていたほどだ。
かなりのクオリティを誇る逸品だろうに。
それを、こんな俺とさほど歳も変わらない人が。
……すごいなぁ、世の中って。
「なので、そいつを作った人間としても、出来ることならお二人の手元に置いていただけると嬉しいんです。オレの大切な子供みたいなもんですし、信用できる方に受け取っていただければと」
「俺達初対面ですけど、大丈夫ですか?」
「勇者様と聖女様という肩書き以上に信用できる看板なんてありませんよ」
揶揄うように肩をすくめながら、イザヤさんが少し悲しそうに笑い。
「それに、こんな希少金属でできた指輪なら、貴方達に売らなくても、いつかその価値に目が眩んだ人間が手段を選ばずに強奪していくことでしょう。オリハルコンとミスリルの指輪なんて、盗みやすい上にかなりの資産になる代物ですからね。その点、お二人なら奪われることなんてまずあり得ません」
確かにそうだ。
この指輪が手に入りさえすれば、その人は莫大な富を得ることができる。
しかも、その品は小さくて持ち運びやすいときた。
そんなものをずっと持ち続けるなんて、気が気じゃないだろう。
「その上、自分の自惚れや見間違いでなければですが、貴方達はこの指輪に見惚れていらしてた。それも、素材が何でできているかを伝える前から。貴方達は、こいつを『価値ある物品』としてでなく、『結婚指輪』として気に入ってくださったなんて、これほど職人として冥利に尽きることはございません。なので、職人としても、この指輪は貴方達にどうか受け取っていただきたいのですよ」
そう言うと、イザヤさんは俺達に向かって頭を下げてきて。
「どうか、オレの大切な子供達を大事にしてやってください」
そう、絞り出すように、懇願してきたのだった。
「……やれやれ、商人としてはまだ未熟なようですね」
しかし、そんなイザヤさんを尻目に、ジュリアが少し空気を壊すような発言を。
「え? そう? 俺からしたらすごい商売上手だと思うんだけど」
「そりゃそうでしょう。だって」
そこで一旦区切り。
「まだ、私たちはこの指輪を買うと決めた訳ではないのに、もう買うこと前提で話を進めるなんて、貴方は悪徳業者ですか?」
すこしイタズラっぽく笑いながら、続けた。
「……いやいや、これは大変失礼いたしました。こちらとしても気が早くなってしまったようで」
「こちらにも仕方ない面はあります。なんせさっきのスレイの顔ときたら、完全にこの指輪に心奪われているようでしたから。……よく考えてみたら、これはもはや浮気では? 節操なしな夫を持つとこうなってしまうのですか。まさか、こんな形で寝取られるとは思いもしませんでしたよ、全く」
「俺もこんな形で罵倒されるとは思いもしなかったよ、全く」
酷い言われようである。
もはやいつものことだけど。
「それにしてもイザヤさん。これだけの技術があれば、王都でも十分やっていけるでしょうに、どうしてわざわざ中心地から離れたこんな街で?」
ジュリアの言う通りだ。
オリハルコンを加工できる職人なんて、王都であっても最上位の技術を持っていると言っても過言じゃない。
そもそもオリハルコンを見たことがある人がどれほどだろうかというレベルだし。
「ここの近くの山で貴重な金属や宝石が取れるんですよ。なので、その山買い占めて近くのこの街で店を構えようと考えまして。実はオリハルコンやミスリルもそこから見つけたものなんですよね」
「規模がでかい話になってきたな……」
イザヤさんの言う通り、この街から少し離れたところに大きな山が一つあるけれど、あそこのことだろうか。
傾斜が厳しいやら、魔物がやたらと棲みついてるやらで、この街の人は近寄ろうともしない山だそうだけど。
「そんな貴重な資源が取れる山なんて、とんでもない値段がしたんじゃないですか?」
「いえ? そういう金脈とか資源とかは未発見の山だったんで、お手頃価格でしたよ。ほとんどタダ同然ってくらいです」
それはなんとまあ。
「運が良かったんですね」
運が良いなんてもんじゃない。
一生かけても見ることさえできないほどのレア鉱石が埋蔵されている山を当てるなんて、ジュリアとは別の意味で神に愛されないと起きない幸運だ。
そんなジュリアの言葉に対し、イザヤさんは気まずそうに頭を掻きながら。
「あー……実はオレ、山に限らず土地とかパッと見ただけで、どれだけの金脈や資源が埋まってるのかなんとなーく分かっちゃうんです」
「は?」
思わず声が出た。
「どうして分かるのかっていうのは説明できないんですけど……商人の勘って言うんですかね? 多分これくらいの価値になるだろうなっていう予想したら、大体その通りのものが見つかってしまうんですよ。他にももののポテンシャルとかその人の将来性とかも漠然とですが」
……うん。
「こいつヤバくね?」
「一歩間違えれば経済の破壊者になりかねないですね」
才能とかそういうレベルではない。
鑑識眼が常軌を逸している。
この人、王家で管理しておいた方がいい人材では?
「それで、先ほどジュリア様を一目見た時に分かったんですよ。『この人の素質、とんでもないものを秘めてるな』って。それでナンパさせてもらったんですけど……まさか結婚されていたとは、これはとんだ失礼を働きました。改めてお詫びさせていただきます」
……ほう。
ジュリアをナンパするとは、確かに人を見る目はありそうだ。
「あ、あの! そこまで正直に仰らなくても!」
素直にそう考えていたら、ジュリアが慌てた様子でイザヤさんを制止する。
しかし、イザヤさんはそれを振り払って。
「いえいえ、ここは己の過失を秘めたりなど致しませんとも。商人たるものお客様との信用が一番大事なのです。自分の妻にちょっかいをかけたことを隠されるなど、それこそ信用を傷つける行いに他なりません。そこを隠し事などもっての外。オレは『お客様には誠実に』をモットーにやらせていただいておりますので」
真っ直ぐとこちらを見つめ、そう言い切った。
客観的に見て、勇者を相手にそんなことを打ち明けるなんて、どれほど勇気のいることか。
なのに、イザヤさんは一切躊躇わずに、正直に白状している。
……うん。
「まージュリアは可愛いし、ナンパくらいされるわな。よっ、世界も羨む美少女な聖女様!」
「は!? ちょ、急に何言い出すんですかもう!」
元からナンパしたからと言って、イザヤさんに何かするつもりはなかったけど、言葉に出しておこう。
ついでに、ジュリアを揶揄いながら。
「いやいや夫婦仲が良くて結構結構。しかしオレの見る目も捨てたものじゃありませんね。こうして採算度外視で作った指輪に相応しい方が現れるとは。それでこちらの指輪はいかがでしょう?」
ここまで信用できる人はいないし、品物も一級品だ。
よし。
「じゃあ、この指輪を――」
「あら、そこにおるのスレイ君やないか。久しぶりやなぁ、元気しとった?」
指輪を買おうとしたその瞬間、背後から独特なイントネーションを含んだ男性の声が聞こえてきた。
それはとても聞き覚えのある声で。
思わず振り返ると、そこには想像した通りの人物が立っていた。
少し長めの白髪に、瞳が見えにくほどに細まった目。
そして、その口元にはわずかに笑みを湛えている男性。
「あ、ギデオンさんじゃないですか。お久しぶりです」
「スレイ君は相変わらずで……ほんま、なによりやわぁ」
魔王討伐の道中、何度も俺たちを助けてくれた剣士――ギデオンさんが、そこに立っていた。