勇者「魔王、倒せたな…」聖女「二人でイケるもんなんですね」 作:匿名希望
魔王を倒してからというものの、自分は順風満帆な生活を送れていると思う。
世界の平和を取り戻して、国の皆には大歓迎されて、何よりこの世で誰よりも愛している女性と結婚する事ができたのだから。
なんなら、そこに至るまでの間も、自分としては満足のいく人生が送れているとさえ感じるほどだ。
だが、今の俺には、それでもままならないものがある。
どれだけ苦心しても、どれだけ努力しても、何故か得る事ができないものがある。
それは、
「……結婚してから一ヶ月経つのに、まだ手に職つけられてないんだけど」
就活である。
「まだそんなことで悩んでるんですか? 前々から言ってるように、スレイは無理に働こうとしなくていいんですって。そもそも貴方は働いてるじゃないですか。魔物退治という形で」
「魔物を倒すなんて勇者だったら当たり前だろ? それに討伐だって誰か依頼されたわけでもないし、仕事としてカウントしていいのか?」
「むしろ魔物退治以上に危険で、なおかつ重要な仕事なんてこの世にほとんどないですよ……」
いつかのように呆れた目線をよこすジュリアだが、それは彼女が聖女として様々な仕事を請け負っているからだ。
いわゆる強者の余裕というやつである。
息をするように社会貢献ができている人間に、俺のようなニートの気持ちはわかるまい。
「……スレイは隠し通しているつもりでしょうけど、今スレイの考えていることは私に筒抜けですからね。その上であえて言わせてもらいますが、貴方ほどこの世界に社会貢献した人間はいないですし、魔物退治という労働の対価に金銭を得ている時点でニートの定義からは外れてますよ」
「やりたくてやってるだけだし……」
「それを言うなら、私だって自分の仕事はやりたくてやってるだけですよ。魔王討伐のおかげで、アレックス王から数回は人生を豪遊して暮らせるだけの報酬は得られてるんですから」
ジュリアの言う通り、魔王討伐の件で貰った報酬は、目が飛び出るほどのものだった。
俺が勇者としてではなく、片田舎に暮らしているだけの人間であったら、ついぞお目にかかれないような金額だ。
あんまりにも多すぎるので『こんな大金受け取れません』と拒否しようとも考えたくらいで。
けれどアレックス王は、『これでも足りんくらいだぞ。これまで誰もが望み、けれども実現できなかった世界平和が成し遂げられたのだからな。この世界の価値を考えたら、この程度は端金よ』と無理やり押し付けて来たけれど。
貰えるなら嬉しいけど、お金というものは人間の人格を変えてしまうと言う話をよく聞く。
俺がそういうろくでなしになったら、アレックス王はどうするつもりなのだろうか。
……よく考えれば、ジュリアも前々からどこか俺をダメ人間にしたがっているような節が見受けられる。
もしや、王様とジュリアでタッグを組んで、俺を腑抜けに堕落させようとしているのでは?
「その手は食わないぞ!? 俺は、この後の人生をぐうたらなまま生きるつもりなんてないんだからな! 俺は絶対にジュリアのヒモにはならない!」
「勝手に被害妄想を起こして勝手にメチャクチャなこと言うのやめません? 私なしでは生きていけないスレイという文言には、非常に、とても非常に興味が惹かれることは否定しませんけど」
どこか恍惚とした様子で危ないことを口走るジュリアを見て、なおのこと俺は現状に危機感を抱き始める。
旅をしている間のジュリアは、ここまで俺を堕落させる様なことは言わなかったのに、どうしてこんなことに……。
……いや、結構行動に出てたな。
思い返すと、なんかそういう欲求が漏れ出てた様な気がする。
やたらと身の回りの世話をしようとしたり、ちょっと欲しいなって思ってたやつをいつの間にか用意してたり、大したことじゃないことで過剰に持ち上げたり。
なんて悪い女なんだジュリアは。
まさに魔性。傾国の美女という奴だ。
ジュリアの誘惑は一般人からすれば劇薬に違いない。
俺は勇者だから耐えられたけど、勇者じゃなかったら耐えられなかっただろう。
「就職活動が大変だっていうのは噂には聞いていたけれど、まさかこれほど狭き門だったとは思わなかったぞ……」
「採用条件にはある程度線引きがあることは否めませんが、貴方が思っているよりは間口は広いですよ。スレイの存在がデカすぎて門に入りきらないだけで」
ジュリアの無慈悲な言葉にがっくりと項垂れてしまう俺。
魔王を倒した後の元々の予定としては、故郷の村に帰って実家の畑仕事で働くつもりだったのに。
あれよあれよと結婚してしまったおかげで、想定していたプランと大幅にずれてしまった。
結婚自体には全くこれっぽっちも後悔なんてないけれど、突然な進路変更の弊害が出てきてしまっている。
この辺りだと、あまり農作業の仕事は募集されてないみたいだし……。
「別に力仕事だけを希望してるってわけじゃないんだけどなぁ。そりゃ、俺はジュリアほど頭は良くないけど、普通に文字の読み書きはできるし、計算だって初等教育レベルのことならできるのに」
「別段スレイはそこまでお馬鹿さんではないですもんね。時々変なことは言い出しますけども」
勉強自体は嫌いじゃないしな。
これまでは勇者としての責務を全うするために、戦闘訓練に割く時間が多くなってただけで。
魔王の脅威がなくなった今、俺はジュリアに教えてもらいながら勉学に勤しんでいる。
自分が知らないことを知っていくというのは、なかなかに面白いものだ。
「それでもどこも雇ってくれないなんて酷すぎる。これが噂に聞いた学歴社会ってやつなのか?」
「学歴云々より貴方自身の経歴が劇物すぎて普通の職場では受け入れ難いだけですが?」
再度、ジュリアが冷めた目線でこちらによこす。
周りからはくだらなく見えても俺は本気で危機感を抱いているというのに。
なんせ、前にも口にしたことがあるが、
「仮にも世界を救った勇者が手に職つけてなかったら、今は良くても十年後には落ちぶれた勇者扱いされるじゃないか! それでジュリアや俺の子供たちが馬鹿にされたら耐えられないんだよ!」
「だからそれはないですって。今でも魔物を討伐して、事故や災害が起きた時は即座に救出に向かって、それでいて周りに横柄な態度を取るどころか謙虚な姿勢を貫いてる人間を、妬みこそすれどバカにする人はいませんから」
「だからそれは勇者として当たり前のことであって……」
「前にも似たようなことを言いましたけど、当たり前のことを当たり前にするのは案外難しいことなんですよ?」
「だからこそ、勇者である俺は、そういう責務を投げ出さない姿勢を人々に見せる必要があると思うんだよ。俺が将来仕事をしないでいてみろ。どこかのご家庭で仕事をしていない子供に、親がいい加減に働けって叱っても、『それ、今ニートやってる勇者様にも同じこと言えんの?』なんて言い訳に使われかねないし」
「もし私達の子供がそんな寝言をほざいたら、『そういう戯けたことは、一回魔王をしばいてから抜かしなさい』って叱りつけて、家から蹴り出しますが」
やはり、ジュリアには口先で勝つのが難しい。
就職したいのに、仕事をしなくていい理屈ばかり並べてくる我が愛妻。
そもそも、なんで俺は真っ当な道に進もうと頑張ろうとしているのに、ジュリアはそれを阻害してくるのか。
……ヤバい。この聖女様が、マジで堕落の悪魔に見えてきた。
「全く、そこまで働きたいのであれば仕方ありませんね。ちょうど教会の方で、とある事情から人手を募集しようとしていたところでして。スレイが良ければそこに応募しますか?」
「やらせていただきます神様聖女様ジュリア様」
前言撤回。
やはりジュリアは世界最高の聖女様だった。