貝木泥舟とマンハッタンカフェが話すだけ

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マンハッタンカフェと貝木泥舟

 

 果たして、俺がこの喫茶店の片隅に座り、好青年の笑みを浮かべていることを、どれだけの者が知っているだろう?

 

 トレーナー協会の理事か、裏で糸を引く謎の存在か、あるいは、誰も知らないのか? ふん、考えすぎか。だが、俺のような詐欺師にとって、疑念は珈琲の香りと同じだ。吸わなければ、生きていけない。

 

 この喫茶店は、トレセン学園の喧騒から少し離れた、古びた一軒だ。窓際の席で、俺、貝木泥舟は、目の前のウマ娘、マンハッタンカフェを観察する。

 

 彼女はテーブルの端で、指先で虚空に奇妙な紋様を描いている。まるで薄暗い店内に、朧月の色したクラゲが漂っているかのようだ。彼女の瞳は、優しいカフェラテの色に澄んだエスプレッソの黒が混じる、不思議と人を惹きつける光を宿す。ふん、こいつ、ただのウマ娘じゃないな。俺の詐欺師の嗅覚が、彼女の「本物」を嗅ぎつけた。

 

 昨夜、ホテルの部屋に滑り込んできた一通の手紙が、俺をここに連れてきた。

 差出人不明、筆跡は意図的に特徴を消したものだ。「マンハッタンカフェを騙し、レースで優勝させろ。報酬は300万円」と。なぜ俺に? なぜ騙す必要がある? 真実か、嘘か? ふん、人が真実を知りたがるように、俺もその裏を知りたがる。だが、真実が何かは二の次だ。重要なのは、俺の詐欺が彼女をゴールに導くかどうかだ。トレーナー協会か? ライバルか? それとも、彼女の「お友だち」とやらなのか? いや、考えすぎだ。手紙はトイレに流した。不愉快なものは、さっさと捨てるのが俺の流儀だ。

 

「マンハッタンカフェさん」

 

 と、俺は柔らかく微笑み、好青年の仮面を完璧に被る。

 

「初めまして、だね。俺は貝木泥舟、トレーナーをやってる。君の走りを見て、ぜひ一緒にレースを目指したいと思ったんだ。珈琲でも奢るから話を聞いてもらえないかな?」

 

 彼女の指が、紋様を描くのを止めた。ゆっくりと顔を上げ、俺を真っ直ぐ見つめる。その瞳には、熱帯の夜に咲く蘭のような静かな決意があった。

 

「貝木トレーナー。私は……ここにいます。あなたには見えない誰かと一緒に…お友だちが、貴方なら大丈夫だって」

 

 ふん、面白いじゃないか。お友だち、ね。俺には見えないその「お友だち」が、彼女の心を縛る鎖か、俺を試す罠か? だが、好青年の仮面は崩さない。

 

「君のお友だちにそう言ってもらえるなんて、光栄だな」

 

 と、俺は軽く笑う。

 

「君の走りは、まるでクジラに七色の羽が生えたみたいだ。トレセン学園のレースで、その輝きを世界に見せたい。どうだ、俺と組んで、トゥインクル・シリーズの頂点を目指さないか?」

 

 彼女はカップを手に取り、珈琲の表面をじっと見つめた。まるでそこに何か秘密が映っているかのように。

 

「アナタは当たり前のようにオトモダチを認めてくれた。だからレース…走りたいです。お友だちも、そう思う」

 

 その言葉に、俺の唇が歪みかけたが、すかさず好青年の笑みで覆い隠す。彼女の純粋さは、まるでじゃれつく子猫のように、俺の計算を軽く飛び越える。不思議だ。どうして俺は、こんな純粋さに気を取られているんだ? ふん、俺に心があれば、だが。俺なんて奴がいれば、だが。

 

「そりゃ重畳だな、カフェ君。俺は君のトレーナーとして、全力でサポートするよ。だが、警告しておく。レースは厳しい世界だ。ライバルを出し抜くには、ちょっとした策略も必要だ。それを認められるなら、君の『お友だち』に、最高の勝利を見せてやろうじゃないか」

 

 彼女は虚空に視線を戻し、呟いた。

 

「お友だちも……楽しみにしてます」

 

 その瞬間、嫌な予感がした。彼女の「お友だち」が、俺の好青年の仮面を見透かしているんじゃないか? いや、まさか。だが、昨夜の手紙が頭をよぎる。彼女の「お友だち」か? ふん、俺の罠に嵌っているのは、ひょっとすると俺自身かもしれない。

「ま、なんにしても」

 

 と、俺は咳払いして珈琲を一口飲んだ。

 

「カフェ君、俺は君をスカウトする。勝利のゴールまで導くよ。真実かどうかは保証しないが、クオリティは保証する。一緒に上を目指そう」

 

 

 

 


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