紅雨-架橋戦記-   作:法月 杏

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三十二話・氷と炎[2]

 

 

 修行を終えた。そしたら今度は空翔がいつの間にか居なくなっていた。

 やっぱアイツ恋華と似てるよなあ、なんて思いながら手裏剣の片付けをしていたら、突然。

 

「帰るぞ、楽」

 

 背後から聞き慣れた男の声が降ってきた。

 

「さっ……!? 茶紺……なんでここに……」

「迎えに来たんだよ、屍木さんに言われて」

 

 振り向いた俺の目に映ったのは、オフの筈なのに装束を纏った茶紺の姿だった。ああいや、親父に言われたってことは任務なのか。

 

「……なんか楽、やけに疲れてないか?」

「いやちょっと……恋華が……」

「僕が何をしたっていうんだ」

「都合の悪い記憶すぐ消すのやめて」

 

 さっきまでのハードな修行を忘れたとは言わせねえぞ、と付け足した俺だったが、恋華は「なんのこと~?」と躱しやがった。そのやり取りで色々察したらしい茶紺がくふふと笑う。

 

「つか迎えって……親父また過保護になってね?」

「例の死体の件があったからな」

 

 ああ、なるほど。迎えに来るくらいで装束着てんのもそういうことか。てかおかげで装束姿の火鼠が揃って、まるでこれから任務でもあるみたいな絵面になってるな……。

 

「そういやあれってあの後どうなってるの」

「医療班が里の子供の身体データと照合中だとさ」

「うわ大変そう……」

「でもうちの医療班ならそうかからず全部当てそうだな」

「ワーカホリックな変人ばっかだしね、あそこ」

 

 もう半分以上終わってたりしてな、なんて思う。

 正直今はこれ以上周りの訃報を聞きたくない俺としては、一刻も早く照合が終わって、知り合いは居ませんでした~……ってのを聞きたいのが本音だ。まあ知り合いじゃなければ殺されてもいいという訳でもないからなんとも言えないが。それでもやっぱり知ってる奴の訃報は特に聞きたくない。

 ……こういうことを思えば思うほど、嫌な予感がしてくるな。考えるのやめよう。

 

「……にしたってさあ、この距離で護衛つけんのは過保護すぎだって親父」

「文句言わない。例の事件が終わっているのかどうかも怪しいし、何が起こるかわからないんだからな」

「欠けるのはもう勘弁だしねぇ」

「もうって……」

 

 ……あ、俺が火鼠に入る前の三人目の話か。

 

「そういえば前の班員の話って聞いたことないな」

「聞きたい?」

「それなりに」

「……ん~、また今度ね」

 

 この感じは多分、話してくれないんだろうなあ。まあいいけど、今の三人目は俺なんだから聞いたところで、な。

 

「さ、ほら恋華も送ってくから、そろそろ帰るぞ」

「んー」

「おー」

「返事もうちょいなんとかならないのか…」

「班長細かい」

「モテねえぞ」

「うるさい俺がモテないのは今関係無……」

 

 言いかけて、茶紺が振り向く。どうしたんだ急に。

 

「……今本邸の方から悲鳴聞こえなかったか?」

「え?」

 

 

 

   * * *

 

 

 

 茶紺の耳は正しかったようだ。

 俺達が駆けつけたそこ……五十嵐本邸の玄関には、血塗れで倒れている使用人の若い男の姿が。隣にはそれを見て悲鳴を上げたらしい女中が倒れていた。

 

「……ッ!」

「怯むな楽。それより周囲を警戒するんだ」

「わかってる……!」

「班長、こっちはまだ息あるよ。気絶してるだけみたい」

 

 予感、早速悪い方に働いたな、なんて思いながら冷静な恋華に続こうと俺も任務モードに切り替える。

 とりあえず、すん、と意識を鼻へと持っていったが、案の定あまりにおいは頼りにならなさそうだった。無臭、つまり相手は忍びで間違いないだろう。ただ今殺したばかりということは、微かでも血のにおいを纏っているはず。

 

「……だめだ、死体のにおいが邪魔して辿れない」

 

 それでもよく嗅ぐと、微かに嗅ぎなれた花の匂いがした。

 なんだっけ、この花。……あ、桜?

 

「しかしなんで急に五十嵐を襲って……」

「この無謀さと残虐さは…やっぱり梯……?」

「……っ、もしかして狙いは…!」

 

 茶紺が何かに気づき、一拍置いて俺達も顔を見合わせる。

 

「刹那さん……!」

「師匠……!」

 

 しまった、死体は俺達の足止めか。

 気づくや否や、屋敷の奥へと走り出す。きっと桜日と共に奥の間に居るはず、居てくれ、頼む……!

 

 ────スパァン

 

「師匠!!」

「真正面から出てくなよ楽!! ……くそっ、いないか」

「ど、どうしたのですか火鼠の皆様……? 血相を変えて……」

「桜日、無事だな? 本人だな? 師匠は?」

「え、ええ……父様は先程外へ出られましたが…」

「……!! どこ行ったかわかんねーか!」

 

 桜日は不安げな表情で首を横に振る。

 五十嵐の屋敷はただでさえ広い。伊賀で立花の次に広大な土地を持っている。その上道場があるし、五十嵐の血筋には重役が多いため部下等の人の出入りが激しい。ただでさえにおいの薄い忍びをこの中からピンポイントで割り出すなんて無理ゲーもいいとこだ。

 ……いや、それどころか屋敷内にいればいい方だ。外、というのが本邸の外でなく屋敷そのものの外だった場合、探し出すのは更に難しくなる。

 

「師匠強いし無事だとは思うけど……」

「まああの人だからな……」

「どうする班長」

「探すしか無い……よな」

「僕念の為桜日ちゃんの護衛につくよ」

「いや、ここで俺達が分かれるわけにはいかない。相手の人数がわからない今は……、っ!」

 

 突然、棒手裏剣が飛んでくる。が、茶紺が手甲で弾いた。反応速度が流石だな。……じゃなくて。

 

「氷……?」

 

 カランと軽快な音を立てて地面に落ちた棒手裏剣……? は、どうやら氷でできているようで。改めて見ると棒手裏剣というよりは氷柱だ。

 考えている間も鋭く尖った氷柱が何本か飛んでくる。この部屋のどこかに潜んでいるのは確実だ。

 

「掛かったな」

「……………っっ!!!!?!!!」

 

 すぐ後ろで聞こえた聞き慣れない女の冷たい声。思わず飛び退いて距離をとる。茶紺みたいな登場やめろよ。いや茶紺よりずっとずっと嫌な感じがするけど。

 

「お……お前は……!?!」

「お察しの通り、だ」

 

 その言葉通り、女の装束の隙間から見えるのはやはりあの梯の印だった。……ん? でもなんで一人……? 梯は確かツーマンセルのはず……

 

「っ、もう一人はどこだ」

「ああ、それなら今頃アンタの師匠のとこだ。ふ、アンタ達はこっちに釣れた時点で負けだよ、残念」

「んだと……!!」

「おい、簡単に相手の術に乗るんじゃない」

 

 ……つかよく見るとこいつ、とんでもない美人だな。見蕩れてる場合じゃないのはよくわかっているのだが、それでも目を引く美しい黒の長髪に、透き通るような青の瞳、白い肌……冷ややかな表情を浮かべる頬には謎の刺青らしきものがあるが、それさえクールな彼女の空気によく似合っている。見たところ歳は俺より少し上か20代前半くらいか……?

 なんて考えていると恋華に小突かれ……ない?

 

「……恋華?」

「……へ? どしたのらっくん」

「お前なんか……静かじゃね?」

「なんで今僕が静かなことツッコみ始めたのさ、敵に集中しなよ」

「あ、すまん」

 

 冷静な指摘。言い方は相変わらず無愛想だな。……でも、いつもの威勢がない。流石にさっきの修行で疲れたのか、それとも……

 

「死体見てビビった?」

「……は? 僕らっくんよりプロ忍者歴長いんですけど、馬鹿にしないでくれる?」

「あ、ちょっと戻った」

「はあ?」

 

 梯の女はどうやら余裕な様子で、特に殺意を露わにする訳でもなく、俺達をまじまじと観察している。……と思ったら、ため息と共に口を開いた。

 

「これが主戦力とは……足止めする価値もなかったな」

「お前……!」

「だから簡単に煽られるなって楽」

「さーせん!」

 

 やはり目的は俺達の足止めか。

 だとしたらここでコイツの相手をするのは梯の思うツボ……だが、まださっきの氷柱がコイツの能力だと決まったわけじゃないし、他に仲間が潜んでいるかもしれない。そう思うと迂闊に動けない。

 でも師匠の方に何人向かわされてるかもわからないし、早くそっちに……いやダメだ探すにしてもコイツをこのまま五十嵐内に放置してはおけない。上手くここで撒いたとしても、きっとコイツは師匠の居場所を知っているから先回りされて結局戦うことになるのがオチだろう。

 くそ、だめだ、ここで下手に動くのが悪手だということしか俺にはわからねえ……。

 

 そうして俺が班長に指示を仰ごうと視線を送りかけた、その時。

 

「……火器使いで有名なのはアンタ?」

「……っ!」

 

 梯の女に睨まれて、恋華の体が強ばる。

 

「そう」

 

 次の瞬間、女は恋華の背を取り、押さえ込んでいた。

 女の両腕が塞がるその隙を班長が見逃すはずなく、懐に手を入れるが

 

「動くな」

 

 女のその言葉でピタリと止まる。

 その瞳から、〝動けば恋華を殺す〟というのが伝わって来たから。

 

「班長……っ、僕は大丈夫だから刹那さんを……冷たっ!?」

「この子の両手足が使えなくなるのが先か、アンタ達が私を降参させるのが先か……」

 

 女は冷ややかな笑みを浮かべて、言った。

 

 

「ただ時間を稼ぐだけじゃ、つまらないからね」

 

 

 恋華の両の手首と足首は、いつの間にか氷で固められていた───────

 

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