紅雨-架橋戦記-   作:法月 杏

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四十九話・猫被り

 

 その日、白班は本部に集まり、次の任務に向けた作戦会議を行っていた。

 

 遅刻魔な恋華は、白班での活動時は案外ちゃんと集合時刻に間に合わせて動いていた。ただまあ今回は立花家に共に泊まっていた茶紺に叩き起こされ支度を手伝われ、半ば無理やり時間通りに屋敷を出発させられたからなのだが。

 しかし恋華自身、時間通りに動こうと心掛けている節もあった。理由としては、班長である法雨白の底が知れず恐ろしいからだった。

 

「それじゃ、次の拠点捜索に向けての話は一先ずこの辺にしておこうか」

 

 美形を前面に押し出した爽やかな笑顔。明るい声のトーンに、話し方。白の態度の全てが、恋華の目には胡散臭く映っていた。

 初日の演習後、恋華は帰ったフリをしてこっそりと白と英樹の会話に耳を澄ませたことがあったが、その時の白の声色や口調はかなり恋華の前で見せるものとは違っていた。その時点で壁を感じたのに、更に二人の話の内容は耳を疑うものだった。

 

『白、女嫌いなの上に言ってなかったの?』

『言うわけねーだろ、女長なのに』

『あ、そっか』

『にしても、まさかアイツと同班になるとはな』

『よりにもよって……って感じだねぇ』

 

 それ以降は恋華には聞き取れなかったが、口ぶりからして以前から恋華を知っているような二人。そして白が女嫌いというまさかの情報。これを聞いた時から、居心地は悪いどころの話ではなくなっていた。

 

 先の白の一声で会議は休憩に入ったが、女である恋華と長時間同じ空間にいるのは耐えられないのか、白は足早に部屋を出ていってしまった。英樹はそんな白を追おうとしていたが、何やらアイコンタクトで残れと言われたらしく、気まずそうにもう一度席に着いていた。行っていいのに。どうせ僕は邪魔者ですよ。恋華は思わず不貞腐れる。

 

 しばらくの沈黙の末、口を開いたのは英樹だった。

 

「……恋華ちゃんさ、今日……元気……ない?」

「……そう見える?」

 

 こくん、と頷く英樹。

 猫のような気紛れな恋華から見ると、英樹の素直ですぐ感情が表に出てしまうところは犬に見えた。そんなわんこの顔には『聞いちゃいけなかったかな……』『白早く帰ってこないかな』『気まずい……』等と書いてある。気を遣わせちゃって申し訳ないなあ、と思いつつ、気紛れ故に恋華は口に出さない。

 

「何かあった……?」

 

 英樹の言葉に、まあそりゃこの状況が何かなんだけど、と思いかける恋華だったが、頭に浮かんだのは別のことだった。

 

『白さん達の成果だろ』

 

 楽の言っていたあの言葉。恋華が任務後ずっと気にしていたことを言語化されてしまい、図星すぎて思わず冷静さを欠いてしまったあの言葉。

 頭に浮かんだ、というのは間違いだ。ずっと頭に居座っていた。わざわざ思い出さなくても、ずっと。

 

「……僕ってこの班に必要ないよねぇ」

 

 言ってから、しまった、とハッとする。恋華が顔を上げて英樹を見ると、その顔にははっきりと『なんでそんな事言うの』と悲しみの色が滲んでいた。

 

「ご、ごめん、冗談。そんな顔しないでよあやっきー」

「なんでそんなこというの」

 

 顔に出ているまんまの言葉が、改めて恋華に向けて投げられる。

 

「なんでって……ねぇ」

「なにかあったんでしょ」

「……あやっきーには関係ないよ」

 

 そう、関係あるのはあくまでも恋華自身のみ。自分が弱くて役立たずなのが全ての原因で、そこさえ何とか出来れば、自信が持てれば済む話。恋華はそういうつもりで言ったが、英樹にそれが汲み取れるはずはなく。

 

「………………そっか…………」

 

 それだけ言って、しゅん……とその大きな体を縮める英樹。その姿は飼い主に叱られた犬のようで、思わず恋華は悪い事をした気になる。素直、というのはそれだけで厄介だ。

 

 ……素直になりたいのはこっちだ。悔しい、劣等感で苦しい、こんな班嫌だと素直に言いたい。白班長に嫌われていると知ってしまったことも、二人に不信感を抱いていることも、全部全部言えたらどれだけ楽だろうか。

 でも忍びとして、プロとして、たかが班内の人間関係で任務に支障をきたすことの方が許せなかった。だから何事もないかのように振舞っていたかった。なのに、なのに。

 

 恋華が暗い思考に飲み込まれて、英樹と二人の空間が耐えられなくなり、部屋を出ていこうとした、その瞬間。

 

「話せ」

 

 そう言ったのは、白だった。どうやら扉の向こうにずっと立っていたらしい。

 

「は……!?」

「すまん、聞いてた。つか英樹に聞き出させる気でいたけど、やっぱ役には立たなかったみたいだな」

「ごめんよ白ぉ……」

「うっせバカ、ハナから期待してねーよバカ」

 

 その白の言葉に、恋華がしゅんとさせてしまった倍はしゅんとする英樹。恋華は容赦ないなこの人、と思う傍ら、あれこれ素じゃないか? と不思議に思う。

 

「何があったか話せ」

「…………嫌だ」

「嫌じゃねえんだよ話せ。班長命令だ」

「白それパワハラ……」

「黙ってろ。俺だって頭きてんだよ」

 

 やっぱり怒ると怖いじゃないか。大人しくしてた筈なのに。何が癇に障ったんだろう。そう思いながらも、恋華はふるふると頭を横に振る。素のこの人には尚更話せない。情けないことばかり考えて、自分でどんどん忍びとしての自尊心を失う方へと追い込んでいるなんて。

 怖くて白の顔が見れない恋華だったが、頬を掴まれて無理やり上を向かされた。ヒッ、と声が出かけるが堪える。

 

「話せっつってんだろ」

 

 白は盛大な舌打ちの後に、会議中の明るい声色からは想像もつかない程の低く冷たい声でそう言った。恋華は固まる。まるで殺意を向けられているかのような感覚に足が竦んで、白の手を振り払うことも後ずさることも出来なかった。話しても話さなくても地獄だと察した恋華は、諦めて大人しく従うことにした。震える声を絞り出す。

 

「…………僕は……活躍……出来なかったから……」

「はあ?」

「伊賀での班の仲間に……この班の成果を『白さん達の成果だろ』って言われて……図星で……悔しくて……」

 

 白は黙る。それから、深い溜め息を吐いた。

 

「……あのさあ、気づいてそうだから言うけど、俺女嫌いなんだよ」

 

 急に飛んだ話に一瞬置いていかれるが、なんとか「うん……」と声を絞り出す恋華。

 

「なんで嫌いかって話は俺の内面的なことに深く関わるから言えないんだけど」

「う、うん」

「今日のアンタみたいなめんどくさい女、マジで嫌いだから」

 

 驚く程に真っ直ぐ放たれた絶望的な言葉に、恋華は頭がくらりとする。わかってはいたが、こうもハッキリ言われるとは流石に思っていなかった。

 

「ちょっと白ぉ! それは言い過ぎじゃ……」

「黙ってろって言ったろ」

 

 ハイ……と小さく返事して英樹は再び黙り込んだ。白は続ける。

 

「だから……なんだ、変に拗ねたり意地張ったり周りに察して貰おうとせず、なんでも言え」

 

 更に予想外の言葉に、今度は完全に置いていかれて思わず「は……?」と漏らしてしまう恋華。

 

「せめてめんどくさくない女になれ。まずはそこからだ」

「え……」

 

 何言ってんだこの人……という顔をする恋華に、白は更に続けることを余儀なくされた。

 

「俺とそいつの成果って言われたくないんだろ?なら班長である俺にお前のできること苦手なこと、なんでも話せ。上手く使ってやる。……そしたら俺たち三人の成果になるだろ」

「白ぉ……!」

 

 黙っていられなかったらしい英樹が嬉しそうな声を出すのを背に、恋華はなんとか白の言葉を飲み込んだ。そして一言、「わかった」と呟いた。

 

「俺は女が嫌いだが、例外があることを知らない阿呆でもないし、嫌いだからって傷付けていいとも思ってねえ」

「えっ嘘だ」

「嘘じゃねえから!」

 

 英樹にツッコまれた白は、何か思い当たる節があったのか珍しく少し動揺した。が、すぐに落ち着きを取り戻す。それからまだ立ち尽くしている恋華に向き直り、ふ、と笑った。

 

「……あのなあ、そもそもツーマンセルとして完成しちまってる俺らと組まされた不運なアンタが、初回から活躍できるわけねーんだよ。ばぁか」

 

 不器用な優しさを孕んだ手が、恋華の頭をぽんと叩いた。それから白は恋華の横を通り、部屋の中へと入っていった。驚いた恋華は思わず白の手が触れた場所へと自分の手を持っていく。

 

「班内でごたごたすんの面倒だし、俺もアンタの前じゃもう猫被るのやめるから」

 

 振り向くと、白にそう言われた。なるほど、だからさっきから素なのか。と恋華は納得し、それからこう言った。

 

「うん、僕もそっちの方がまだ好き」

「まだってなんだよオイ」

 

 

 

   * * *

 

 

 

 少しだけ白と打ち解けた日。

 恋華が立花家に帰ると、出迎えた楽が開口一番「ごめん!」と言ってきた。

 

「何さ急に」

「会議んときヤな事言っちまって……申し訳なかったなって……つか俺も人のこと言えないから……」

 

 申し訳なさそうに身を縮こまらせて謝る楽に、恋華はついさっき見た英樹の姿を重ねる。あっちが大型犬ならこっちは小型犬かな、なんて。

 

「気にしてたんだ」

「そりゃなあ」

「……僕こそ悪かったよ、煽るようなこと言って」

「え」

 

 その間抜けな顔と声に、思わず吹き出す恋華。

 

「まあほら、お互い様ってことで、この話はおしまい」

「え、あ、おう……?」

「何、もっと責められたかった?」

「いや、そうじゃねーけど」

 

 呆気なさすぎるっつーかなんつーか……とぶつぶつ言っている楽を適当にあしらい、恋華は泊めてもらった部屋へと向かう。楽はその姿をなんとなく目で追っていたが、少ししてから両手に荷物を持って部屋から出てきた恋華を見て、驚いた。

 

「え、もう帰んの」

「うん。お世話になりました」

 

 そう言って軽く頭を下げる。

 

「急だな」

「あんまり迷惑かけるわけにもいかないしねぇ」

「いいのに別に」

「……ま、無理だと思ったらまた頼らせてもらうよ」

「おう」

 

 そうして楽の「夕飯だけでも食ってったら?」という提案に乗った恋華は、夕飯後、立花家を後にした。

 

 帰る先は、もちろん自宅である一鬼の屋敷。どうして急に帰る気になったのか、その原因は白にあった。

 女嫌いだと堂々と宣言してきた白は、その嫌いな女である恋華に「なんでも言え」と言った。「嫌いだからって傷付けていいとも思ってねえ」とも言っていた。

 そんな白の恋華への接し方に、気付かされたのだ。嫌いだからといって壁を作って諦めるのではなく、好きにならなくてもいいからなんとか付き合っていける道を探せばいいのだと。

 

 今の母親、彩芭のことは好きになれる気はしていない。それでも、それで良かったのだ。傷付け合わなければ、憎しみや明確な嫌悪に発展しない限りは、諦めるのはまだ早いと。きっと彩芭との間にも、白と恋華の間でいう『なんでも話す、めんどくさくない女になる』のような解決策……とまではいかなくても、互いにまあそれなら、と思える距離感があるはずなのだ。(白と恋華の間に出来たこれが果たして正解の付き合い方かどうかはまだわからないが)

 

 だから、一先ずその上手い距離感を探してみよう、と帰ってきたのだ。壁を作って逃げてないで、一度ちゃんと向き合ってみようと。

 白のおかげで、決心がついた。

 

「……とりあえず、頑張ってみますかぁ」

 

 深呼吸して、玄関の戸に手をかけた。

 

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