紅雨-架橋戦記-   作:法月 杏

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五話・特別中忍試験

 不安しか残らなかった火鼠での顔合わせ。その翌日、親父に叩き起こされた俺はなぜか突然ペーパーテストを受けさせられた。忍びとしてしっかり叩き込まれてきた内容だったし正直楽勝だったのだが、起き抜けにやるには……というボリュームだったため朝からちょっと疲れた。なんだったんだあれ。

 不思議に思いながら朝食を食べていると茶紺……いや班長から、火鼠集合の連絡が入る。そうしてわけもわからず呼び出されたのは、伊賀の森の中だった。

 

「さ、やるよ~。お坊ちゃまのお手並み拝見~」

「……状況が読めないんだけど」

 

 少し開けたこの場所は、忍びがよく修行や戦闘演習などで使う所だ。

 どういうわけか、これから俺はここで恋華と手合わせをすることになっているらしい。俺も今さっき知った。

 

「ほら、言ってなかったっけ、楽の配属にあたり中忍になる必要があって……」

「聞いてないぞ!? つかだとしたら順番おかしくね!?」

 

 茶紺の話によると、親父の急な思いつきというか決断というかで俺の中忍試験をやる前に火鼠への配属が決まった。がしかし、やはり直属班としての正式な任務(特に梯任務などのA級以上の危険なもの)に下忍は連れていけない。そこで本格的に火鼠での活動を始める前に急遽、特別試験をすることになった……とのことだった。

 つまりはまあ、親父の思いつきとありすぎる権限のせいで本来あるはずの試験をうっかり飛ばしてしまい、今俺がその間違った順番の清算というか、修正をさせられているわけだな。流石に配属されたというだけで自動的に中忍昇格、とかになっちまったらそれこそ周りの真面目に努力してる奴らに怒られてしまう。それに、悔しいが確かに今のままだと恋華にも言われた通り〝たまたま班員が一人欠けたからって親のコネで入れたお坊ちゃま〟でしかない。俺としてもそう思われたまま、実際にそうなままはもちろん納得いかねえし、自分も周りも納得させるために特別試験という形を取れるのはありがたいことだ。

 

 ……うん、よし。なんで今日呼ばれたかはとりあえず理解した。そんで朝のアレは中忍になるための筆記試験だったということも理解した。…………親父も茶紺もなんでもっと早く言ってくれないのぉ!?

 

「そんで、恋華と対戦ってどういうことなんすか…!?」

「特例だけど、恋華に勝てたら里が中忍並の実力だと認めてくれるんだってさ」

「えっ……うちの里ってそんな緩かったの……? 大丈夫……?」

「特例だってば。楽だから、だよ」

 

 みんな楽には甘いしね……と小声で言ったのが聞こえた気がした。そうなのか?

 

「……それに、」

「決して緩くはないよ、僕手加減知らないし!」

 

 緩いと言われてカチンときたのか、恋華が口を尖らせながら食い気味に言った。それを聞いた俺は、茶紺に耳打ちする。

 

「……ずっと思ってたんだけどさ、コイツってそんな強いの?」

「ああ……正直、身軽な分本気出したら俺より動けるし……本っ当に手加減しないから気をつけて」

「あ……ハイ……」

 

 それと……と茶紺が更に何か言いかけてやめたのが少し気になるがそれよりも、恋華……茶紺より動ける上に手加減無し、だと……? これもしかしてかなりの無理ゲーなんじゃないか……? と、やっと自分の置かれている状況に気づく俺。

 思案しすぎも恐怖感も忍術の三病に該当するし、これ以上考えない方がいいような気はする……が、かといって敵を侮るのもダメだしな。危ね、思わず三病コンプするとこだった。落ち着け、冷静に恋華の戦闘スタイルや精神を少しでも分析するんだ俺。そんで迷わず今出せる全力で戦うんだ。……にしても、やっぱ今ある情報だけ見てもかなり俺が劣勢な気がする。そもそも恋華は俺よりずっと前から中忍なんだもんな。

 これもし今日勝てなかったらどうなるんだ……??

 

「勝てなかったら次の試験に合格するまで任務に出れないよ」

 

 タイミングがいいだけか、エスパーか何かなのか、茶紺が俺の疑問に迅速に答えてくれる。……って、任務に出れない!? まじで!?

 

「それじゃ梯任務にも……っ!?」

「そういうこと。むしろ梯任務には、行けなくなるって考えた方がいい。雑用は押し付けられる可能性高いから」

「ええ~!?」

 

 これは……なんとしてでも勝たねば。せっかく与えて貰ったチャンスを、掴み損ねるわけにはいかない。それに、直属班に入ってまで雑用係だなんて普通に嫌だ。それは二人も同じだろう。

 

 試験のルールは、制限時間無し、どちらかが降参するまでは茶紺が止めない限り続行、忍器は使用可能、とのこと。

 俺は配属祝いで貰った苦無、紅が懐に入っていることを確認し、戦闘開始の合図を待つ。

 

「二人とも、準備はいいかい?」

「おう」

「いつでもどーぞ」

「……では、」

 

 開始! と響く茶紺の声とほぼ同時に、俺の視界には恋華の拳が。咄嗟に避けたはいいものの、避けた先に待ってたのは力強い蹴り。しまった、最初のはフェイントか……! と気付いたときにはもう遅く、その蹴りが下腹部に思いっきり入る。

 

「ぅぐはっ……!」

「手加減しないって言ったでしょ~?」

 

 初手で体勢を崩してしまった俺はもはや恋華にとっては格好の的でしかなく、そこから間髪入れずに攻撃が続く。なんとかして反撃しようと試みるものの、当たったのは二発だけ、俺にはその倍以上は余裕でヒットしてる。まずい、これじゃ一方的にやられて終わってしまう……!

 

「っ!」

 

 咄嗟に懐から取り出した紅が、恋華に当たって……って顔!?

 

「わ、ごめ……、っ!?」

「はは……、あのさぁ」

 

 恋華の切れた右頬から、ツゥと血が垂れる。

 

「君のせいだから……どうなっても恨まないでね…?」

「な……っ!」

「地雷踏んで余計本気にさせちゃったな、あーあ」

 

 地雷って……そんなぁ! うわぁぁでも顔はやっぱくノ一的にだいぶまずいよなぁぁ!? 悪気は無いんだ信じてくれ頼む……っ!

 俺が心の中でそう叫んでいると、恋華がニヤリと笑って懐から何かを取り出した。

 

 一瞬固まり、それが何かを認識して

 

「うわぁぁぁっ!!?? 待って恋華それは……っ!!」

 

 逃げる。単なる敵前逃亡、ではなく、ガチな危険を感じたから一先ず避難。

 ふと視線を移すと、いつの間にか茶紺も距離を置いて見ていた。流石の判断力と言うべきか。てか恋華の戦闘スタイル知ってるんだもんな、班長は。

 

 そうして、次の瞬間。俺の背後で鳴り響いたのは、案の定ドォンという爆発音だった。

 

焙烙火矢(ほうろくひや)はダメだってぇぇえ!!!」

「なんでダメなのぉ? 忍器使っていいんだよねぇ!?」

「だからって火器は危ねぇだろ!!」

「何言ってんのさ、伊賀忍たるもの火器使ってなんぼでしょ。しかも僕は火遁を得意とする火鼠の一員だよ? 使うに決まってんじゃん」

 

 それもそうだなあ!? と思わず納得してしまう。ていうか忍器OKなんだし、実際反則でもなんでもないんだよな。

 恋華はどこにそんなに入れていたのか大量の焙烙火矢を両手に抱えて、逃げる俺を追いかけてくる。しかも次々に点火して、俺目掛けて投げつけて……いやいやいやいや怖すぎだろ!? 試験じゃなかったら余裕で降参してるわ!? つーかマジでやっべえな、どうやって勝てばいいんだこれ!? 策が全く浮かばねえ!!

 茂みの影から茶紺がこっそり「頑張れ楽……!」と応援してくれる。が、もちろん策は降ってくるわけもなく。く……近くに水場でもあれば或いは……と思うが、火器使いである恋華のことだ、ほぼ確実に濡れても問題なくその力を発揮するタイプの火器も持ち歩いているはず。そんな中俺が無闇に水に突っ込んでも、装束が水を吸って動きが制限されて余計に不利になるだけだ。そもそも、この辺りの地形はある程度知っているが、水場は確か少し先にしかないしな。……あーもーどうしようこれ!!

 とにかく、爆発に巻き込まれないようにひたすら逃げる。木の密集した辺りに入り、枝から枝へと飛び移りながらちらりと後ろを確認すると、流石に森の中で火器を使うのは躊躇うらしく爆発音はしなくなった。生木は燃えにくいとはいえ、それでも火が燃え移ってしまったら大変なことになるのはバカでもわかるしな。

 

 これで一先ず考える時間を確保できるか……と、思ったその時。

 

「焙烙火矢だけだと思った?」

 

 突如あたりが真っ白になり、目の前に現れた恋華が一瞬で見えなくなった。くっ、煙玉か。つーかコイツ、素早すぎないか……!? 俺も結構スピードタイプな方だと思ってたんだが…!?

 ……いや落ち着け俺。まず打開策を見つけなければ。臨機応変に、冷静に。とりあえず煙を撒こうと地面へと降りるが、やはり下も下で真っ白。降りた時の風で少しだけ辺りの地面が見えるようになるが、その地面には丁度俺を囲むように撒菱がびっしり。あっぶねぇ……。戦闘見越して綿足袋履いてくりゃよかったな……。ていうか隠し持ってる忍具の量えぐくね?

 くっ、恋華はどこだ……! どこにいる……!? 気配殺すの上手いなアイツ……

 

 煙が消えかかると同時にまた新しく煙玉が投げられるので、もはや視界は宛にならない。ならばいっそ、と目を閉じた。辺りの音と匂い、そして気配を感じ取ろうと集中する。あっちはあっちで俺のことは見えてない筈なのにピッタリと張られているのが何となくわかり、首を捻った。

 なんでだ? 経験の差ってやつか……? それとも気配で………ここまで正確にか? ……あ、なるほどそのための撒菱か!? えっ俺誘導されてる……!? どう動くか筒抜け……!?

 

 その時、後ろの方から小枝が踏まれて折れる音がした。

 そこか! と手裏剣を投げつけるが後ろの木に刺さった音しか聞こえず。まあそうだろうな。どうやってこの状況を打開するか……うーん、でもこのまま動けないのが何よりまずいな、こうなったら一か八か……

 

 動くことを決めた俺はさっき居た枝の上へと戻り、煙に覆われていないギリギリ登れる所まで登ってからそっと近くの木へと飛び移った。やはり気付かれたらしい、下の方でガサ、と音がして八方手裏剣が数枚飛んでくる。避けきれないものは苦無で弾いてなんとか切り抜けるが、その隙にすぐ背後に来ていた恋華に足元を蹴られ……って、わ、ちょ、落ち……っ!?

 

「さて、降参して貰おうか」

「……っ!」

 

 バランスを崩した俺だったが、その瞬間に恋華に腕を捕まれて落ちずに済んだ。……が、後ろから首筋に苦無をあてがわれていた。

 動けば殺られる……! ただの試験なはずなのに、そう感じる程の殺気に当てられ思わず足がすくむ。

 降参……したくない……でも……して……

 いや…………

 

「できるわけねえだろ……ッ!」

 

 言いながら俺は、俺達が乗っている木の枝に力の限りの蹴りを入れていた。

 

「わっ、何して……!?」

 

 ミシ、と音を立てて枝が折れ、落下が開始した。驚いた恋華の苦無が首筋から離れていき、俺は解放される。

 上まで登ってて助かった! と心の中でガッツポーズしながら宙で体制を整えて、すぐ下にあった枝を勢いよく蹴り、隣の木から伸びている更に下の方の枝へ飛び移る。その足場から落下中の恋華目掛けて飛んだ。そうして地面ギリギリで恋華を抱きとめて着地した後、俺は驚いている様子の恋華の首筋へと苦無をあてがった。

 

「えーっと……これでいいのか……?」

 

 追い込めた、のか……? と自信の無い俺に対し、恋華はそのまま抵抗せずしばらく黙っていた。それからため息を一つ吐き、口を開く。

 

「……なんで僕のこと助けたの」

「なんとなく……? つか着地して逃げられる前に捕まえとかねーと、と思って……?」

「そう……まあ確かにそうだね」

 

 近くの茂みから茶紺が姿を現す。

 

「恋華」

「班長……」

「もういいんじゃないかい? 認めてあげても」

「でも……っ」

「手加減もしないけど、全力でもなかったと?」

「……」

「それは相手を侮ってしまった君のミスだよ。本来なら殺れるようなタイミングも山ほどあったはず。でも君は敢えてそれを見逃していた。違う?」

「う……」

 

 悔しげな横顔を見つめる。しばらくの沈黙の後、

 

「はあ……わかった。降参してあげる」

 

 恋華はそう呟いた。

 

「……! それじゃ……!?」

「うん、合格。楽にしては上出来だったんじゃない?」

「……っ!!」

 

 やったぁぁ!! よかったぁぁ……!!

 恋華を解放し、気の抜けた俺は思わず苦無を落とし、へな……とその場に座り込んだ。

 

「正式に君を火鼠の一員として歓迎しよう。おめでとう。そしてこれからよろしく頼む、中忍の立花楽くん」

「はい……っ!!」

 

 俺へと伸ばされた茶紺の手を取って立ち上がり、にっと笑う。すると不服そうな恋華が、繋がれた俺らの手を上から掴んでぶんぶんと縦に振った。

 

「よーろーしーくーねっ、と……。あとっ! 言っとくけど僕はまだ負けたつもりはないからねっ!」

「降参したのに?」

「仕方なくだよ仕方なく! ……まあ、ちょっとは見直したけど……」

「ははっお前って案外負けず嫌いなんだな~」

「うるさいっ! 勝たなきゃ気が済まないってだけだもん!」

「ほぼ同じじゃね?」

「む~……!」

 

 恋華の膨れっ面に思わず吹き出してしまい、女の子の顔見て笑うとか最低! と怒られた。

 

「あ、そうだ、頬のそれ……ごめんな。わざとじゃないんだ」

「ん、いいよ……でもまあ跡になったら躊躇うことなく末代まで呪うから」

「こわいな!?」

 

 応急手当……と思い水と絆創膏を取り出す俺だったが、恋華に「自分でやるからいいよぉ!」と拒否られてしまった。

 

「ふふ、ちょっとは打ち解けたかな」

 

 こう見えて恋華は人見知りだからねえ。

 そう呟いて、茶紺は微笑んだ。

 

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