紅雨-架橋戦記-   作:法月 杏

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五十一話・双忍

 

 

「もう完治していますね。いつも通り動いて大丈夫ですよ」

 

 里冉班で集まる日。早めに本部に来た俺は、医務室で杏子に怪我の具合を診てもらっていた。というか、完治したことを確認しに来た、と言った方が正しいか。

 そんな俺が聞きたかった「いつも通り動いていい」という言葉にやったー! と喜んでいると、杏子が「ところで」と切り出した。

 

「楽くん、恋華さんの病室で落し物してませんでしたか?」

「へ?」

「これなんですけど」

 

 そう言って杏子が見せたのは、シンプルなデザインのピアスだった。

 

「いや、俺そもそも穴空いてないし……」

「ですよねぇ。恋華さんと茶紺さんにも聞いたのですが、ご存じないようで……いったい何方の落し物なんでしょうか……」

 

 俺が聞いた限りだとあの時お見舞いに行った人、残りは梵さんくらいだが……未だに失踪中らしいし……。

 

「あ」

「あ?」

 

 心当たりがあった。いや病室に来た人かと言われると怪しい……どころか絶対無さそうなのだが、確かに見覚えのあるピアスに思えた。

 

「その顔は持ち主の心当たり、ありそうですね?」

「バレた?」

「では預けても宜しいでしょうか?」

「ああ、いいぜ。違ったらまた持ってくる」

「違っても押し付けといてください」

「いやダメだろそれは」

 

 そんな流れで、俺はそのピアスを預かることになったのだった。

 

 

 

 それからしばらく本部の玄関口で待っていると、里冉と樹がやっぱり揃って現れた。

 また今日も使用人の車で一緒に来させられただけなんだろうな~と察せる表情の樹に「よ!」と声を掛けると、無言で片手を上げて挨拶を返してくれた。へへ、やっぱ俺の気の所為じゃなく打ち解けてるな、これは。

 

 そうして集まった俺達はまず改めて前回の任務のことや今後の班活動についての話をし、まとめて長に報告しに行った。すると多忙な長の代理として白雪さんがおり、話を聞いて今後の指示を出してくれた。

 その内容は、拠点捜索の任務自体は長期的に取り組んで貰って構わない、むしろ今は班の戦力やバランスを整えることを重視して動いてくれていい、というもの。班長である里冉の考えも白雪さんと同じだったようで、しばらくは準備期間にしよう、ということで話は纏まった。

 

「なあなあ里冉!」

 

 とりあえず本部の空き部屋に移動した里冉班。部屋に入るなり、俺は里冉の腕を掴む。

 

「どしたのらっくん」

「修行、つけてくれよ!」

 

 予想外だったのか、驚く里冉。その少し後ろにいる樹も心做しか驚いているように見える。……いや、驚いてるというよりは「何言ってんだこいつ」って感じか。

 

「え、俺?」

「だって師匠まだ見つかってねーし……あ、でも里冉の修行の邪魔になっちゃうか」

「そんなことないけど……俺でいいの?」

 

 いつもの自信満々なお前はどこいったんだよ、と内心でツッコみつつ俺が「お前がいいから言ってんの!」と言うと、里冉は嬉しそうに笑って「わかった」と引き受けてくれた。

 

「じゃほら! 樹も一緒に」

「やるわけないでしょ」

「デスヨネー」

 

 予想はしていた。むしろ里冉から教わるという選択をした方がびっくりしていた。

 俺は別でやるから気にしないで、とさっさと部屋を出ていく樹。やはりこうなるか……と顔を見合わせて苦笑する俺と里冉。

 

「ごめんねらっくん……俺と樹が仲良くやれる、なんてことは期待しないでね……」

「ああ……」

 

 まあ里冉が無理でも、俺が樹と上手くやれればこの班はバラバラってわけじゃなくなる……はずだから。うん。今は高望みはしないで現時点での最善の関係値を保てたらそれでいい。これ以上里冉と樹の兄弟仲が悪化しないようにできれば、それが多分最善だ。

 

「……ふふ」

「何笑ってんだよ」

「いや……らっくんと二人で修行って、なんか昔思い出すなぁって思って」

「ああ、確かに」

 

 ずっと思っていたのだが、俺との話をする時の里冉はやけに自然体に見える。柔らかな雰囲気が更にほわほわするというか…なんか、楽しそうだ。本人が気付いているのかはわからないが、俺から見ると結構分かりやすく空気が変わるのだ。……だから、ちょっと心配になる。

 

「………………気ィ引締めていくぞ」

「へ? あ、うん。がんばろうね!」

 

 大丈夫かな。俺に甘いコイツの性格が、裏目に出なきゃいいけど。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 里冉との忍術修行は、案外ちゃんと進んだ。

 やはり多少甘い部分はあるにしろ、むしろその甘い部分で俺を褒めて伸ばしてくれているような気もする。(俺もアイツに甘いだけかもしれない)

 

 でも、同時に『このまま里冉との修行を続けるべきなのかどうか』と考える俺もいた。

 里冉の戦闘スタイルは里冉の強さや判断力や体格があってこそのもので、教わったところで俺が同じようになれるとはもちろん思っていない。それに、紅を活かした俺のスタイルを見つけなければこの班での活躍は難しいだろう、とも感じていた。

 そして数年ぶりに二人で修行して感じたのはやはり、昔は気にならない程度だった実力の差がかなり開いている、ということで……。

 

 とまあそんなこんなで、一先ず修行は中断して今は昼休憩中だ。里冉とは敢えて別々で。何故別かというと、樹と話すためだった。(里冉がいると樹はまともに話してくれないだろうからな)

 

「この前さぁ火鼠の……って伊賀での俺の所属する班なんだけど」

「え、何急に」

 

 昼食をとる樹の隣に半ば無理やり座り、話し始める俺。困惑する樹。

 

「その班員の恋華ってのがいて、そいつと喧嘩したのな」

「急になんの話なの、聞いてないんだけど」

「喧嘩っつか、俺が失言して機嫌損ねちゃった感じなんだけど」

「いや話聞きなよ、そんなだから機嫌損ねるんでしょ」

 

 どれだけ辛辣な事を言われようが話し続ける気の俺だったが、的確なツッコミに思わず笑ってしまう。

 

「えっへへ、お前ちゃんとツッコんでくれるから好き」

 

 俺が言うと、樹は「何……うざい……」とさっきまでのキレを失ったシンプルな悪態で返してきた。

 

「照れてる」

「照れてない」

 

 ニマニマする俺。……をジト目で見る樹。

 にしてもよく話してくれるようになったよなぁ……最初酷かったもんなぁ、コイツの態度。なんて思いながら俺はおにぎりを頬張る。

 

「……で? それでどうしたの」

「あ、ちゃんと聞いてくれるんだ優しい」

「そこまで話しといて続けない気だったの?」

「いや、話すけどさ。……その失言ってのが、恋華の班の成果に対して、恋華以外の人の成果じゃんそれ。ってやつでさ」

 

 樹は「それは……結構な失言だね」と若干引き気味に言う。まあそうなるよな。

 

「言ったときは気づいてなかったんだけど、よく考えたら俺も同じでさぁ。実力差ある班の中で自分だけ活躍できなくて悔しいって気持ち、すげーよくわかるから、マジで言っちゃいけないことだったなって」

「……そうだね」

 

 思った通りだ。多分樹も同じようなコンプレックスを抱えている。相手はまあどう考えても、里冉だろうな。

 

「んでさ、俺もお前ら二人の成果じゃんって言われないようにしなきゃなって、改めて思ったんだよ」

 

 樹はさっきからお弁当に入った菜の花のおひたしを箸の先でつつきながら、俺の話を聞いている。嫌いなのかな、菜の花。

 

「だから俺、樹ともちゃんと連携取って、成果あげられた時に胸はってこの班全員での成果! って言いたいんだ」

「……どの道全部アイツの手柄になりそうだけど?」

「そうさせないために今こうやって話してんだろぉ」

 

 話してるおかげでさっきから減っていなかったおにぎりを口に運ぶ。すると樹が言う。

 

「……つまり、何? 俺と楽で連携取ってアイツに釣り合うように頑張る……とでも言いたいわけ?」

 

 おにぎりを飲み込み、俺が「おう!」と答えると、樹は間髪入れずに「無理でしょ、普通に」とぶった斬ってきた。

 

「考えてもみなよ、一朝一夕であのエリート様に釣り合う連携、取れるわけないでしょ。下手な連携は個の実力も潰すんだよ」

 

 そう言われることは想定内だ。なぜなら俺も思ったから。でも……

 

「だ~か~ら~~一朝一夕じゃなきゃいいんだろ」

「は?」

「いっぱい一緒に修行しようぜ」

「は??」

「しばらく準備期間になったんだし、その間にできるだけ二人で修行して、一朝一夕じゃなくすればいい」

 

 心底意味がわからないという顔をした樹から「バカ……?」とシンプルな悪態が飛んでくる。

 

「でもぶっちゃけこれしかなくねえ? しばらくって言っても他の班も動いてるし梯も待ってくれるわけじゃないから短期間なことには変わりないし、その間に個々で強くなったとしてそれが里冉の実力に届くかって言われたらそれこそ絶対無理じゃん?」

 

 さっきまでの修行で改めて感じたことだ。樹は、それは確かにそうだけど……という顔で聞いている。

 

「そんでアイツがワンマンプレイになるのは今は仕方ないとして、俺と樹って戦闘スタイル的にも連携取って動けた方が互いに楽だしいいと思うんだよ」

 

 紅の能力的にも姿を見せた方が戦いやすい俺と、身を潜めて影で動く方が向いてる樹。真逆だからこそ、お互いの足りない部分を補い合えるんじゃねーかなって。

 

「だから、俺とお前の今ある力を上手く合わせて里冉一人分かそれ以上にできれば、役に立てると思ってさ」

「……………………………確かに」

「めっちゃ考えたな今」

 

 樹は更に少し考えて、「でもね、楽」と切り出す。

 

「今のアイツの実力が10だとするじゃん」

「うん」

「そしたら俺は5か6かそこらで、楽はオマケしても2なんだよ」

 

 樹でも5か6なのか……とか思ってたら。俺の低さたるや。まあわからんでもないけどな? むしろマジでオマケしてくれたな、とすら思ったけど。

 

「くっ、否定できねえ……」

「でしょ。だから5と2が合わさったところで、10のアイツには届かないわけ。楽が俺と同じ5かそれ以上じゃないと成立しないの、今の話は」

 

 なるほど。確かに樹の言う通りではある。だがここで諦める俺ではない。

 

「でも単純に足すだけじゃないかもしんないぜ?」

「はあ?」

「掛ければいいんだよ、5×2! そしたら里冉に届く!」

 

 どや! と決めてみせる俺。しかし樹は真顔のまま無言になる。……もしかしてこれは……呆れて言葉を失ってる感じか?

 

「え、なに俺なんか変なこと言った?」

「バカなんだなあコイツ……と思って」

「なっ!」

 

 バカと天才は紙一重なんだぞー! と言うと、樹に「それを自分で言う辺りがバカなんだよ」と痛いところを突かれてしまった。

 

「……まあでも、やってみる価値はありそうってことはわかった」

 

 粘った甲斐があった返事に、「お!」と弾んだ声が漏れる。

 

「足引っ張ったら、許さないからね」

「おう!」

 

 やったぜ。これで全員がワンマンプレイスタイルの班にならずに済みそうだ。それどころかこれが上手くいけばおそらく里冉と俺達二人、って形で連携を取り合うこともできる。二人で里冉のサポートに回ることも、この前はボロボロだった共闘も、できるかもしれない。ま、何にせよまずは上手いこと5と2を掛けられないとダメなんだけど。

 

「あれだな、よく考えたらこれ双忍の術だな」

「……そうだね。まさか自分がやる日が来るとは」

「確かに、樹には縁のない術って感じ」

「あのさあそれ誘ってきた楽が言うの?」

「あっはは、まあでも俺もちゃんとやんのは初めてだから」

 

 ふと、未だ減っていない菜の花のおひたしが目に入る。俺が「食べてやろーか、それ」と顔を寄せると、「いい」と押し返されてしまった。

 

「……てか、楽は兄貴との修行」

「あ、普通に兄貴って呼んでる珍しい」

「………………バカ兄貴との」

「ごめんごめんいじった俺が悪かった」

 

 わざわざ言い直さなくても……と笑う。律儀だなあ本当。

 

「で? 俺は里冉との修行あるのに双忍の修行もすんのかって?」

「そ。どうする気なのかなって」

「それなんだよなぁ~、どうすっかなぁ」

「決めてなかったわけ……」

「いや、そもそも樹が乗ってくれるか分かんなかったしさ」

 

 そう、里冉との修行の続行は未だ悩んでいた。できることなら二人揃って里冉に見て貰えたらよかったのだが、樹は絶対嫌がるし……里冉も里冉で双忍の修行を見ろと言われても困るだろう。多分経験ないだろうから。

 

「話は聞かせてもらったよ」

「なっ、おま、いつからそこに」

 

 どこからともなくベタな登場をしたのは、他でもない。里冉だ。途端に樹が怪訝オーラを出し始める。

 

「らっくんと修行できるのは羨ましい限りだけど……俺は樹との双忍の修行優先でいいんじゃないかなって思うよ」

「前置きいるか? それ」

「行き詰まったら俺のところおいでよ。班長として、サポートするからさ」

 

 俺のツッコミは無視かよ……と思うと同時に、行き詰まったら……なるほど、と納得する。班長としてのアドバイスなら、樹も素直に……とまではいかなくてもそれなりにちゃんと聞いてくれるだろうし。

 

「それに俺も、二人の話聞いてたら準備期間でやりたいこと思いついたし」

「えっなになに」

「他の班の偵察♡」

 

 思わぬ言葉に驚く俺。樹は眉間に皺を寄せている。多分「は? 何言ってんだこいつ」って顔だな。なんかさっきも見た気がするぞ。

 

「なんでまた」

「梯目線で対梯班を偵察してみようと思ってさ。されたら嫌な動きとか、どこまで近付かれたら攻撃対象になるのかとか、どういう場面が隙に見えるかとか、色々見えてくると思うんだよね」

「な、なるほどな……?」

 

 よくわかんねーけど単独でやるの危険じゃねーのかそれ? と思ったが、里冉のことだ。むしろ単独の方が危なくないまである。それに、見えてきたことは班長として作戦を練るのに活かす気でいるんだろう。なら班員である俺達に止める理由はない。

 

「相手にとって一番嫌な動き方、したいからさぁ」

「いい性格してるよなお前……」

 

 ふふ、といつもの笑顔を浮かべる里冉だったが、ふいに悔しげな声をあげた。

 

「あ~~でも俺ももっとらっくんと二人でイチャ……修行したかったな~」

「イチャイチャって言いかけたなオイ」

「えっへへ」

 

 尚更樹との修行を優先させてもらいますぅ、と俺が言うと、里冉はわざとらしくちぇ~~と悔しがる。まあお互いそんな場合ではないことは重々承知だから、な。

 

 

 

 そんなこんなで、早速他の班のところへ向かうらしい里冉を見送り、残された俺と樹も双忍の修行を開始した。

 

 手始めに改めて互いの得意なことや苦手なことの情報共有をしていたが、なんだか樹がやけに俺に協力的というか、いつもより優しい気がして、不気味に思う。恐る恐る「なんか上機嫌じゃね……?」と聞いてみると、樹は珍しくふ、と笑って、俺を見た。

 

「クソ兄貴から何か一つでも奪えたみたいで、すごくいい気分だからね」

「お前も相当いい性格してんな……」

 

 流石兄弟、だな……。

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