紅雨-架橋戦記-   作:法月 杏

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八話・兆し

 

 

 特別中忍試験の、次の日。

 火鼠はというと、菊の露に集まっていた。

 

 どうやら三人揃ったからといってすぐに任務が回ってくるわけでもないようで、ぶっちゃけ暇しているのだ。

 

「修行しなきゃなのはわかってるんだけど……和菓子の誘惑には勝てないな……」

「楽、本当に和菓子好きだよね」

「唐辛子のくせに甘党なんだぁ」

「悪かったな。てか唐辛子じゃねえっての」

 

 本来今は初任務に備える大事な時間だというのはわかっている。……わかってはいるのだが、近々販売予定だという新作和菓子の試食と聞いては流石に釣られないわけにはいかなかった。

 

「どう? こっちのおはぎが特に力作なんだけど」

「うん! すげーうまい!」

「よかった。楽のお墨付きなら堂々と商品にできる」

 

 俺は元々憩いの場として用がなくてもここに来てしまいがちなのだが、吟の兄貴分だからなのか単に和菓子好きで知れてるからなのか、たまにこうして呼ばれるのだ。

 

 ていうかそうだ、今日吟いなくね? いつもなら俺が来たとわかった時点で出てくるのに……梅雨梨が一人で出掛けさせるとは思えないし……。

 ……いや、よくよく考えたら奥の部屋にいるな? さっきから何人かの気配は感じてたんだが、和菓子に夢中でそれが吟だと気付かなかった。

 

 なんて考えていたら、まさにその奥の部屋から声が聞こえてきた。

 

「あっ吟、違うよお、それを……」

「卯李兄……! 声が大きいよ……っ!」

 

 やっぱり一緒に居たのは卯李か……なんて微笑ましく思いながら襖を開けると背後の梅雨梨から「あ゛っ」という声が漏れた。

 

「ら、楽兄…! えと…見ちゃダメぇ…っ!」

「もうおそいよ、卯李兄……」

 

 襖の向こうに見えたのは、おせちに肩車してもらって何かの…というか明らかにパーティーの飾り付けをしている卯李と、卯李に飾りを渡そうとしている吟だった。

 あ、これ俺さてはやらかしたな。なんて瞬時に察しながらも、いや待てなんか祝うことあったっけ…? と思う。すると茶紺が口を開いた。

 

「……昨日ここに卯李を預けていたんだけど、迎えに来た時に楽の配属が決まったことを話してて。梅雨梨がお祝いしよう! って言ったのを聞いてた卯李と吟くんがノリノリになっちゃってさ」

「急だったから急いで準備してたんだけど……サプライズは失敗しちゃったねぇ」

「そうだったのか……なんか……悪いことしたな……」

「いいのいいの、仕方ない。本当は準備ができるまで二人に連れ出してもらったらよかったんだけどね、絶対釣れそうな試食で呼んじゃった手前そうもいかなくてさ」

 

 なるほど、それでこのタイミングで急に呼ばれたわけね。班での活動がないのに恋華がちゃんと来てるってのもおかしいと思ってたんだが、そういうことか。……いや? これに関しては単なる偶然か?

 

「てかお前ら、俺より浮かれてねえ……?」

「だって、ねえ? あの楽が直属班だよ?」

「あのってなんだ、あのって」

「あーあぁ……」

「卯李兄……」

 

 落ち込む卯李の頭をよしよしする吟。この二人、たまにどっちが年上なのかわからなくなるな。……それにしてもさっきから気になってたんだが、卯李と吟の後ろ……ご馳走の乗ってる机の上に不自然に一枚だけ空のお皿があるのは……なんでだ?

 

「梅雨梨、あの皿って」

「何……え、あれ!? 無くなってる!?」

「ええ!? ほんとだぁ!」

「お団子……」

 

 この反応からしてやはり卯李と吟は気づいてなかっ……ってお団子だと!?

 思わずおせちに視線を向けるが、おせちはブンブンと首を横に振る。そういえばそうだな、あのうさぎ頭だし、なんか食ってるとこ見たこと無かったわ。てことは……

 

「俺達以外の誰かが……盗み食いを……!! 許せん……!!」

「落ち着け楽、ステイだステイ」

「犬か俺は。いやでも……! 落ち着いてらんねぇよ、だって団子だぜ……!?」

「そう言われてもなぁ」

「食べ物の恨みはなんとかって言うだろ! 犯人探すぞ犯人!!」

「張り切ってんねぇ」

 

 逆になんでお前らそんな反応薄いんだよ…! 団子食われてなかったとしても侵入者許しちゃダメだろ……!!(いやまあ店だしいろんな人の出入りがあるのは当たり前なんだが)

 そう思いながら周りを見回す。何か犯人の手掛かりがないかと思ったが、今日はそもそも部屋の様子がいつもと違うので簡単に見つかるはずもなく。そもそも相手が忍びだった場合わかりやすい証拠なんて残すわけないしな。

 

 早くも諦めかけたその時、ミシ、という小さな音が上から聞こえた。天井裏だ。

 

「そこか……ッ!!」

「待て待て待て」

 

 俺は思わず店の売り物である槍を持ち出し犯人を下から団子の如く串刺しにしようとするが、茶紺に即座に羽交い締めにされてしまった。くそっ止めてくれるな……! とジタバタしていると、その間に恋華がさっさと天井裏から犯人を引きずり下ろしてきた。

 

「班長、捕獲完了しましたぁ」

「ども」

 

 もう春なのにマフラーをつけて、忍烏を引き連れた見覚えのある風貌。……ていうか。

 

「空翔ぉ!?」

「どうして君がここに……」

 

 予想外の犯人に、茶紺も驚きの声をあげる。

 すると空翔は恋華の腕からするりと抜け出して、団子の串の束を不自然に空いていたお皿に置いた。

 

「いやあ、長から火鼠を呼んでくるように言われたから来たんだけど………お団子、美味しそうだったからつい」

「つい、じゃねえよ!! 返せよぉ俺の団子をよぉぉぉ」

「そこじゃないだろ。空翔、今呼び出しって言ったか?」

「あぁ、うん。丁度揃っててよかった。今夜、任務だって」

 

 その言葉を聞いた瞬間、茶紺と目が合う。

 

「初任務、だな」

「……!!」

 

 直後、茶紺の背後にいるおせちの[ふぁいとです⚐゙]と書いたホワイトボードが視界に入ってきて、思わず吹き出しそうになる。が、なんとか堪えた。

 や、あの……応援は嬉しいんだが……タイミングがさあ……。あといつもと違う丸文字で書くのもやめろ面白いから。つか今の一瞬でよく書けたな。

 

「伝達ありがとう空翔。……でも盗み食いは感心しないな」

 

 茶紺にそう言われた空翔は俺に近寄って来ると、真っ直ぐ見上げて言った。

 

「お団子、ごめんね」

 

 あまりの素直さに面食らい、「お、おう……」とだけ返す。茶紺の言葉を聞いてすぐ「そうだそうだー! 許さーん! 食い意地モンスターめ!」と責めようとした数秒前の俺、深く反省してくれ。あと食い意地モンスターは多分人のこと言えねえぞ俺。

 

「梅雨梨さんも、ごめんね。おいしかったよ」

「ふ、あははっ、美味しかったならよかった」

 

 こうして団子盗み食い事件は解決した。

 ……と思ったら今度は卯李が俺を見上げて、袖を掴んだ。

 

「楽兄……おしごと行っちゃうの……?」

「卯李………そうだ、お祝い……」

 

 連日用事であまり遊んでやれなかったのもあってか、悲しそうな顔をする卯李。今日こそ遊べる、と思っていたのだろう。「しかたないよ、またこんど……」と卯李を宥めようとしてくれる吟もどこか悲しげで、胸が痛む。

 

「ごめんな、二人共……折角頑張ってくれたのに……」

「ううん……っ」

 

 頭を撫でながら「また今度、な。絶対!」と笑いかけると、二人は「約束!」と抱き着いてくる。それを抱き留めてぎゅっとすると、二人の顔にはたちまち笑顔が戻った。

 

 

 ……やべ、今俺ちょっと売れっ子になった気分だ。

 

 

 

   * * *

 

 

 

「急で悪いが調査に向かって欲しい」

 

 菊の露を後にしてやって来たのはもちろん、昨日ぶりの朔様の部屋。

 火鼠での最初の任務は、どうやら不審な目撃情報についての調査らしい。目撃情報があったのは、伊賀近くのとある廃村。話には聞いたことがあったが、実際行くのは初めてだ。

 

「目撃情報って、まさか梯ですか……?」

「可能性はある。けれど、あくまで怪しい忍びらしき者が目撃された、というだけの情報だ。あまり敵の姿を想像しすぎると、足を掬われるよ」

「そうですね……」

「ま、敵かどうかも定かでないからね。臨機応変に頼むよ」

「御意」

 

 相手が未知である以上、あれこれ考えるだけ無駄だ。今回はまずその不審者の情報を少しでも集めるところから、ってことだな。

 もしかしたら初回から梯と関われるかもしれないということに内心ワクワクしてしまっている俺がいるが、ここはもう少し緊張感を持って臨むべきなんだろうな。とりあえずどんな相手であっても侮らないようにだけ気を付けよう。

 任務の詳細を聞き終わり、執務室を出ると茶紺がふと立ち止まった。

 

「………、」

「茶紺?」

「……いや、気のせいかな」

 

 はてなを浮かべまくる俺に、改めて「なんでもないよ」と言って微笑む茶紺。

 そうしているうちにマイペースに先を歩いて行っていた恋華を、二人で追いかけた。

 

 

 

 

「(誰かに……盗聴されていた……?)」

 

 

 

   * * *

 

 

 

 その夜、廃れた村に足を踏み入れる火鼠の姿がそこにあった。

 

 人がまともに暮らしていたのは何年前のことになるのだろうか。村は生活感を無くし、見渡す限りの瓦礫と辛うじて形が残っている家屋や小さな城らしき跡がある程度。人気など感じられない。

 景色を一目見てそう思ったが、実際はそうでもない。今もこの廃村には孤児等の戸籍の無い人が多く暮らしている、らしい。つまりただの廃村ではなく、スラム街のような所なのである。

 

 どうして現代の和の国にこんな場所が存在しているかは、伊賀の里の性質が関係している。といつか習った。

 伊賀の里は別名〝霧隠れ〟と呼ばれ、これは実際に術で特殊な霧を生み出して里を隠しているからだ。そしてこの霧の特徴に、その周辺地域の方向感覚や地形をあやふやにし、性質や仕組みを知らないよそ者が迷い込むと簡単には出られない、というものがある。これが伊賀をぐるりと囲んでいるため、伊賀とその周辺の境界の部分はまともに測量ができず地図上では失われた地として扱われている。が、実際はそこにも人間が暮らしている。ただし、抜け忍や捨て子等の居場所を失った者達が主な為、無法地帯……だという噂だ。

 

 俺は親父に危ないから無闇に近付いてはならない、と教えこまれてきたので近付いたことも今回が初めて………………いや……違うな……? 一度だけ……霧のせいで森で迷子になっていた里冉を助けたあの時……そうだ、なんで忘れてたんだろう。それが里冉との出会いだったのに。

 ……まただ、幼い頃の記憶があやふやになっている。

 最近気付いたのだが、俺は他人と比べて幼少期のことを覚えてなさ過ぎるらしい。今のようにきっかけさえあれば少しは思い出せるのだが…………単に俺の記憶力が死んでんのか? だったら嫌だなあ。

 

 そうこうしているうちに、目撃情報のあった辺りに着いたらしい。茶紺が立ち止まってきょろきょろと辺りを見回し、人が居ないことを確認してから俺達に声をかけた。

 

「さ、調査を始めようか」

「おー!」

「お~」

「初任務の緊張感どこいったの君達」

 

 ていうかもう少し真面目な返事できないのか……とボヤく茶紺を他所に、探索を始める俺と恋華。呆れつつ、続く茶紺。

 それからしばらく何かしらの痕跡を探してはみたが、暗い上に霧で見通しが悪くなかなか進まない。その上同じような瓦礫の風景が続くばかりで、霧が無くても迷子になりそうな場所だ。もしかしたら今回はろくな成果を得られないかも知れない、そう思った時だった。

 

「班長~」

「どうした? 何か見つけたのか恋華?」

「あれ……」

 

 恋華が指さす方に視線を向けると、そこに居たのはうさぎだった。

 

「こんなところに野うさぎ……? 意外だな、この辺りは見通しも悪いし草地も少ない……環境上あまり生息には適していないはずだけど……」

「詳しいんだな茶紺」

「楽は食以外の分野の知識もつけるべきだよ」

「うっ……はい……」

 

 で、でも別にそんなに食に偏った知識はしてない……はず……だもん、多分。つか人よりちょっと和菓子好きなだけだし、うん。

 

「あ、どっか行っちゃう」

「追う?」

「追ってみるか」

 

 あまりに収穫が無さすぎるせいか、なんとなくうさぎを追う忍び三人。ここだけ見るとやってること園児か小学生だな……なんて思いながらついて行くとうさぎは瓦礫の間の小道を抜けて行き、少し先に井戸のある道に出た。

 

「ここは……」

「茶紺知ってんのか?」

「まあ……ね」

 

 うさぎに導かれるがまま井戸に近寄る俺達。

 茶紺が妙に警戒しているような気がするが、いったい何を知ってるんだ……?

 

 なんて思っていた矢先。

 

「……!! 退()け、二人共……!!!」

「な……!?!」

 

 ─────ドォォンッ

 

 井戸のそばで、爆発が起こった。

 




楽が和菓子のことになると沸点が急に下がりまくること、過去の記憶がほとんどないことが判明する回。
そしてなんと言っても、卯李過去編の始まりの回。
文庫本一巻のメインのお話なので、何気に思い入れが強い話でもあります。楽しんで頂ければ嬉しいです。
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