紅雨-架橋戦記-   作:法月 杏

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八十七話・欺く花

 

 各々が事件の真相を調査し続けてはいるが、結局大した成果は上がらない。そんな状況のまま、数日が経った。

 

 俺と樹は使用人(特に茜雫さん)をメインに当日のアリバイやここ最近の不審な行動等についてそれとなく調べはしたが、これといって犯人の目星がついたわけでもなく。

 はる兄は櫻夜さんについて調べ続けたのだが、自分の調査能力の無さと犯人では無い証拠を掴むことの難しさに段々と自信を喪失、更に櫻夜先輩と会えないことでいつもの悲観思考に拍車がかかり、メンタルをやってしまったらしい。俺達が調べている間本来やるべき使用人としての仕事を代わりにこなしてくれていた雪冬コンビが、そんなはる兄のケアを行ったりなんだりしてくれていた。

 

 そんな中、確実に進んでいることもあった。

 それが櫻夜さんの部屋ではる兄と話したあの日俺が思いついた、というか里冉が使っていたのを思い出して提案した現代版水月の術……のようなもの。

 その内容をはる兄だけでなく樹達にも伝えると意外にも乗り気になってくれて、皆で作戦の詳細を詰めた。そしてその決行準備が今、密かに整いつつある。

 決行は明日の夜。協力者も揃い、作戦の最終確認も済ませ、残すは必要なものの準備。

 その一つとして、樹組(当然櫻夜さんは不在だが)は現在、甲賀の街に出て食材等の買い出し中である。

 

 ただの買い出しとはいえ、久々の街へのお出掛け。それも樹と冬倭兄と。法雨関係者として彼らの隣を歩くことを考えると半端な格好は出来ない、といつにも増してメイクも髪も服もばっちり決めてきた鈴の姿がそこにあった。

 そう、何を隠そうセーラーを着せられて以降吹っ切れた俺は、使えるもんはなんでも使ってやらァ! と法雨双子に鈴としての服を頼んだりセットやメイクを教わるなどして、外出時のお洒落を楽しみ始めたのである。

 昔から慣れてる分女装への抵抗は元々さほど無かったが、クオリティを上げて楽しむ余裕すら出てきたことに喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか……。まあでも、忍びとしての嗜みでかなり控えめではあるが動く度に自身からいい匂いがするのはそれなりに気分が良いし、樹や冬倭兄にも褒められたし、良しとするか。ていうかあくまで任務のためだし。仕事で楽しめるなら何よりなことだし。

 

 ……とまあルンルンで出てきてはいるが今はまだ街への移動中で、奈茅さんと来た時とは違って(というかむしろ前回がレアだったのだろうが)しとしとと雨の降る中、冬倭兄の運転する車の後部座席で俺は外の景色を眺めていた。

 鈍い青で塗り潰されたような薄暗さを纏う景色が流れていくのをガラス越しに眺めるだけでも、生まれも育ちも伊賀な俺にとっては十分楽しい。伊賀と違って現代的な甲賀の景色は、雨に濡れると店や家の窓から漏れる光が地面に反射して綺麗なのだ。先程、あまりに鈴が窓に張り付いていたのか、樹に「よく飽きないね」と言われた。

 

 以前通った道を抜け、更にその奥へと車は進んでいく。何やら樹が個人的な用事もついでに済ませたいらしく、先にそちらへ向かうらしい。

 ただし駐車場はない店のようで、樹の目当ての店に近い別の店の駐車場に入り、車を停めた。

 そうして着くなり、樹は自分の分の傘を持って「ちょっと時間かかるかもだから適当に時間潰して待ってて」と言い残し、さっさとどこかへ行ってしまう。

 残された冬倭兄と顔を見合せ、じゃあ折角だし、と車を停めた店に入って時間を潰すことにした。

 

「万……なんて読むんですか?」

 

 店の看板の『万鱗』の文字へと視線をやりながら冬倭兄に聞く。

 

「ばんりん。でもよく来る人は勝手にまりんって呼んでるね」

「まりんてなんかちょっと可愛いですね……先輩はよく来るんですか?」

「本家来てからはちょっと遠いし今日みたいに他の買い物ついでに寄るとかが多いけど、分家時代はよく来てたなぁ」

 

 俺のおった分家がこの辺で~、と言いながら店内へと入っていく冬倭兄に続いて、鈴も中へと入る。

 もはや何屋か分からない様々な品が並ぶ、情報量の多い店内。気だるげな「いらっしゃーせー」が聞こえてきた方を見ると、声の通り見るからにやる気のない態度で店番をしている30代くらいの男性が目に入った。態度はともかく身なりはきっちりしていて目に少し鋭さがあるし、多分かなり仕事出来るタイプだ、と軽く人相を読む。

 

「先輩、ここって……」

「ん? ああ、万屋。ていうか外で言うコンビニってやつ」

 

 それを聞いて、なるほどと思う。と同時に菊の露との規模の違いをつい比較してしまい、これが甲賀か……となんとなく勝手に悔しくなる。

 

 何か食べたいもんとかあったら買っていいよ~あっそこお菓子コーナーね、と言い残し、冬倭兄は別のコーナーを見に行ってしまった。

 子供扱いされてるなさては。と軽く頬を膨らますが、お菓子は食べたいので素直に冬倭兄が指さした方の棚へと近付くと、そこには俺と同い年くらいに見える先客がいた。

 

 同じお菓子の別の味を両手に持ち、うーん、と悩んでいる様子の少年。両の横髪に青メッシュが入ったふわふわの白髪を後ろでちょんと結んでおり、パーカーやスニーカーなどを取り入れたスポーティーな印象を受ける和洋折衷の服装。俺の体格や普段の私服の系統と近かったのもあり、ちょっと好みの合わせ方だな、とついつい視線をやっていると、それに気付いたのか彼の青い瞳と目が合ってしまった。

 

「あ、えっと、こんにちは……?」

「……ども」

 

 樹より濃い、深い海のような青い目が鈴をじ……と見つめる。挨拶したのそんなに変だったかな……と少し気まずくなっていると、少年は「アンタ法雨の使用人でしょ」と話しかけてきた。

 

「えっ」

「その服、法雨紋入ってる」

「本当ですか!? あ、本当だ」

「ははっ、何、新入り?」

「はい」

 

 真顔で見つめられてちょっと怯えていた俺だったが、悪戯っぽい幼い笑顔を見て少し安心する。そしてよく考えたら身長差がほとんど無いあたり、もしかしたら年下かもしれない……と微妙に切ないことを思う。同年代なら多分もうちょい高いはずだから。

 すると少年は俺の地声よりほんの少し高めの声で、「なあ、これどっちが美味いと思う」と聞いてくる。

 

「弟にこのシリーズ買ってきてって言われたんだけど、どっちがいいかわかんなくて」

「そうなんですね。どれどれ……」

 

 近付いて手に持っている二つのお菓子のパッケージをよく見ると、『唐辛子きなこ味』と『紅生姜あんこ味』と書かれており、いやどんな二択だよ……と思う。

 

「個人的にはこっちは無いですね」

 

 言いながら、右手側の唐辛子きなこ味を若干の私情混じりに指差した。その拍子に手が触れ、あっすみません、と手を引く。やべ、今俺そういえば傍から見たら女の子なんだよな、と無意識で縮め過ぎていた距離感を少し離す。

 

「ん……じゃこっちにしよ…かな」

 

 少し照れた様子の少年は、紅生姜あんこ味の方を横に置いてあった籠に突っ込んだ。

 

「さんきゅ、えーと……」

「鈴、と申します」

「鈴…さん」

 

 はい、と微笑んでみせると少年はほんの少し頬を染める。

 ……コイツ、さては女耐性ないな。

 そのことに気が付いてしまうと、つい、悪戯心が働いてしまうもので。

 

「私にはお名前、教えて下さらないのですか?」

 

 わざと上目遣いで顔を覗き込むようにあざと可愛く聞いてみる。すると照れて少しだけ顔を逸らした少年が小声で「……泉狗《いずく》」とだけ答えてくれた。

 

「泉狗くん」

「ん」

「素敵なお名前」

「そうか?」

 

 泉はともかく、狗ってイヌだぜ? 権力の。と嫌そうに続けた泉狗に「いいじゃないですか、わんこ。可愛くて。それに泉の狗ってなるとちょっと精霊とか神の使いっぽさ感じません?」と言うと、その視点はなかった……と感心された。

 その後、少し間を空けてから、アンタは何買いに来たの、と聞かれる。そうですねぇ……と棚を眺めていると、和菓子の方へと視線が吸い寄せられた。

 

「泉狗くんおすすめの和菓子あります?」

「和菓子かぁ」

 

 んー……と考えた後、これとか。と泉狗が手に取ったのは伊賀では見たことのない店のどら焼き。

 へえ、うまそーじゃん、と思った俺が素直に棚から同じものを手に取り「わ、美味しそうですね!」と微笑みかけると、泉狗はまた照れたように目を逸らした。

 

「法雨の使用人……なんだよな」

「はい」

「本家?」

「えーと……」

 

 答えていいものかと迷っていると、「俺ん家、法雨傘下の家系だから、大丈夫」と言われる。

 

「そうなんですね……?」

「ん。だから別に探るとかそーゆーんじゃなくて、なんつーか、歳近そうなのにすげーなって思っただけ」

 

 泉狗はお菓子選びに戻りながら、そう褒めてくれた。まあ多分ちょっと上だけどな俺……と思いながらも素直に「えへへ、ありがとうございます」とお礼を言っておいた。

 

「泉狗くんは学生……です?」

「まあ」

「今日は学校は」

「……サボり」

「ふふっ、あはは、さては不良少年ですね?」

「悪ぃかよ……」

 

 俺達はそんな調子でお菓子を選びながら、話に花を咲かせていった。選び終えると会計を済ませ、併設されているイートインスペース的な座敷でおすすめして貰ったどら焼きを食べながら、また話した。どら焼きは美味しかった。

 

 服の趣味が近い辺りなんとなく気が合いそうだなとは思ったがやはりというかなんというか、鈴としてじゃなければなあ、とつい思ってしまう瞬間が何度かあった。俺ならダチになれそうなのに、どうしても泉狗からは異性相手だという前提ありきの距離の遠さを感じる。最初こそ女耐性の無さを軽くからかってやろうかなと思ったが、話しているうちに段々女としてしか喋れないのがもどかしくなってきてしまって。

 

 俺がなんとなく寂しさのようなものを感じ始めた時、泉狗はそろそろ座敷を後にしようと支度をしていた。スニーカーを片方履き終えたところで、少しこちらを振り向いて「俺ん家さ、」と話し始める。

 

「兄弟多くて、兄貴も三人いんだけど」

「多いですね……!?」

 

 小声で「ま、正確には〝いた〟なんだけど」と付け足される。その時、泉狗の海のような青の瞳から光がフと消えるのが見えた。それはほんの一瞬だったが、明かりのない深海のようで、思わず背筋がぞわりとする。

 

「……へ?」

「で、兄弟みーんな男だから……いやまあ弟はよく妹と間違えられるしあんま男って感じはしねえんだけど、正直女の子苦手っつか……慣れてなくて」

 

 そんな気はしました、と悪戯っぽく微笑んでみせると、泉狗も「バレてら」と笑う。なんだったんだ、さっきの。

 

「だからさ、初対面でこんな話せるとか、自分でもびっくりしたんだよな」

 

 ま~~~中身は男っすからねぇ! と騙した感じになってしまった罪悪感に苛まれながらも、「実は私もです、同年代の男の子とはあまり……」なんて大嘘を流れるように口にする。いや、実際鈴として法雨にいる間は樹くらいしかまともに喋ってねえからあながち嘘では無い。うん。嘘では無い。……あ、もしかして空翔に化けてた梯の奴ってこういう感じで喋ってたのかな。

 なんて思っているうちに泉狗は帰り支度を終えたようで、買い物袋を持って立ち上がった。

 

「そんじゃ、行くわ俺」

「はい、お菓子選び付き合って頂きありがとうございました」

「こちらこそ」

 

 去り際、泉狗は少しこちらを振り返り「また」と言って店を出て行った。

 その言葉に、また……? と少し引っ掛かる俺。そういえば傘下の家系って言ってたし本家の宴会に呼ばれることもあるのかな、と考えていると、冬倭兄が「りーんちゃんっ」と座敷に顔を出した。

 

「話は終わった?」

「待っててくれたんですか」

「なんか仲良さげだったから」

 

 で、どちらさん? 知り合い? と聞かれたので、そんなわけないじゃないですか、と返す。

 

「泉狗、と名乗っておられました」

「え、あ~! どっかで見た気がすると思ったら泉狗くんか」

「ご存知なのです?」

「そりゃ法雨関係者はそれなりに把握してるんで」

 

 話しながら店を出る。車に戻り、樹を待ちながら泉狗についての話を広げていた。

 

「確かに傘下の家系とは言ってましたね」

「玖珂の本家の子だね。忍びとして結構優秀だから、法雨内部だけじゃ人手足りない任務とかで呼ばれたりもする家」

「へえ……」

「でも泉狗くんってほとんど自分から喋るイメージ無かったから、ちょっと意外」

「そうなんですね?」

 

 冬倭兄がその印象ってことは法雨関係者だから話してくれた、とかそういうのでも無いのか。

 

「普段は会話お兄さん達に任せてツーンって顔してポケットに手突っ込んで後ろの方にいる~って感じの子」

「あぁ……ちょっと樹様みたいですね?」

「確かに?」

「誰が俺みたいだって?」

 

 私用から戻ってきた樹は車のドアを開けながらそう言い、傘を畳んで乗り込む。

 雨降ってる外にいてよく会話の内容まで聞こえんな。地獄耳かよ。いやさては読唇術か? と思いながら「おかえりなさいませ」と言うと、「ただいま。で、誰の話してたの」ともう一度聞かれる。

 

「玖珂本家の四男さんの話っすね~。店で偶然会って仲良くなったみたいで、鈴ちゃんが」

「……誰だっけ」

「そうだった樹様外の人間に興味無いんだった」

 

 冬倭兄はそう言いながら車を出す。

 樹に話しても広がらないんだろうな泉狗の話題、と判断した俺は「樹様は何処に行ってらしたんですか?」と話を変える。

 すると樹は羽織の下からぬっと手を出してきた。そこにはぴかぴかの猫手が嵌められており、思わずぎょっとする俺。だが心做しかご機嫌な樹のふふん、という顔で大体を察する。

 

「手入れ頼んでたの、取りに行ってた」

「え、忍具屋行ってたってことですか、なんで連れてってくんなかったんすか」

「半分くらい素が出てるっすよ~」

 

 伊賀者に甲賀の戦力支えてる店教えられるわけないでしょ、と小声で言われる。それはそうだけど~、と膨れる俺。むむん。俺も行きたかった。

 

「いいじゃん鈴は鈴で友達できたんでしょ」

「友達っていうか……」

 

 うぅん、と少し考えてしまう。

 

「男女の友情ってあるんでしょうか……」

「何? また口説かれでもした?」

 

 聞いてる冬倭兄が「また?」とさっきの俺と同じ引っ掛かり方をしていたが、すぐに思い当たったのか、あぁ~……という顔をしたのがルームミラー越しに見えた。

 

「口説かれては無い、です。けどお友達になれた気もしてない……です」

「へえ、珍しい」

 

 まあ初対面でちょっと仲良くなったくらいじゃそりゃそうか、と樹は続ける。珍しいってなんだ珍しいって。と脳内でツッコむが、多分樹の中の俺は誰とでもすぐ友達になる奴認識なのだろう。間違ってはないけど、今の俺はいつもの俺とは違う。

 

「俺だったらダチになれてたと思うんだけどな」

「急な地声いつにも増してびっくりするね、今日のクオリティ」

「ごめん」

 

 法雨内、というか使用人内では男女関係なく可愛い後輩として可愛がられている感じがするのであまり気にならなかったが、こうして外の、それも同年代と関わるとなるとどうしても性別の壁というものを感じざるを得なかった。

 正直なところ〝立花楽〟を隠したいのは法雨内の、もっと言うと十様派の人間相手であって、外まで欺く必要は無いんだよな……とつい思ってしまう。まあ今回は結局法雨傘下の者だったわけだし、どの道甲賀はほぼ法雨の支配下にあるようなものだ。何か勘づかれて上に報告されても困るので、外と内で変えるなんてのは現実的では無い。

 

「……まあでも、この車内でくらいは素でもいいんじゃない」

 

 何かを察したのか、ただの話の流れなのか。分からないが、樹がそう言ってくれる。

 

「樹……」

「って言ってももう着くけどね」

「え待って早いって」

 

 その言葉の通り、すぐに車は次の店の駐車場へと入って行く。え~~、と残念がる俺に容赦なく「はいはい、さっさと鈴戻して」と言い放つ樹。それを聞いていた冬倭兄が「もうちょいドライブする?」と気を使ってくれるが、それは流石に悪い、と大人しく鈴モードに戻す。

 

「何買いましょうかっ」

「お酒と~、つまみと~、お肉と~」

「刺身用の魚は直前に届けて貰えるよう手配しないと」

「あ、確かに!」

 

 そうして俺達は食材の買い出しを終え、屋敷に戻り、他の準備を進めていた里冉組の二人と合流した。

 

 いよいよ明日、開かれるのだ。

 水面に映った月のような、〝偽りの宴〟が。

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