紅雨-架橋戦記-   作:法月 杏

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九話・遭逢の記憶

 

 

 楽と恋華が俺の指示通り即座にその場を退いたのを確認し、一先ず胸を撫で下ろす。

 音は派手だが、幸い規模はそこまででもなかったらしく二人共無傷のようだ。

 

 それにしても、先程から何か嫌な予感がしていたのだ。

 ここが〝あの場所〟であることはすぐにわかったから。

 

 そして爆発を見て鮮明に思い出した。

 

 

 

 今からおよそ六年前。

 

 この廃村に訪れた当時の俺は二十歳で、上忍になってから初めての任務の最中だった。

 

 任務の内容はあまり覚えていないが、確か抜け忍を追って……とかそんなありふれたものだったと思う。

 そして相手にとって、視界の悪いこの場所は忍ぶには絶好の場所で。

 俺は完全にターゲットを見失い、「昇格早々にこんな失態……」と肩を落としていた。

 

 そんな時だった、あの子と出会ったのは。

 

 

 

 

 

 

「ん、んん~……っ、」

 

 ふと、声が聞こえた。それもやけに可愛らしい声だった。

 

 追っていた抜け忍の姿や気配はすっかり霧の向こうに消えてしまい、任務続行は困難。悔しいが諦めて里に戻ろうとしていたところだった俺は、興味本位で声のする方へと。

 するとそこにあったのは、井戸に頭を突っ込む子供の奇妙な後ろ姿だった。

 

 肩までの長さがある明るい茶色の髪を二つに縛っているらしく、ぴょこんと井戸から出ている姿がなんとも可愛らしく、思わず吹き出してしまう。おかげでさっきまでの暗い気分が少し晴れやかになったような気がした。

 

「大丈夫? 何やってるんだい?」

「わっ!」

 

 できるだけ怖がらせないように優しく声をかけ、危ないからと抱き上げて地面に下ろす。

 思っていたより身長は小さかった。見た感じ四、五歳程度か。その子が驚いて目をまん丸にしながらこちらを見上げる姿はとても可愛らしく、なんだか小動物みたいな子だなぁと思った。

 

 服はボロボロで汚れが目立つが、よく見ると、ふわふわした髪、蜂蜜色の澄んだ瞳、大きくて真ん丸な眼、それを縁取る長いまつ毛、白い肌……服以外はどれをとっても美少女と言わざるを得ない程の可愛さだった。

 なぜこんな子がこのような場所に……?

 

「…………おにーさん、だぁれ?」

「ああ、俺は通りすがりの……」

 

 とまで言って、忍び、と答えるわけにもいかないなぁと少し考え込む。

 思わずうーん……と唸っていると、その子は首を傾げながら「まあいーや! あのね!」と俺の手を引き、話し始めた。

 

「ういね、こーくんがどっか行っちゃってね、まいごになっちゃってねえ、こまってたんだぁ!」

 

 まるで童話の登場人物のような喋り方と声だ。小首をかしげる、後ろで手を組む等の仕草一つ一つのあまりの愛らしさに思わず目が離せなくなる。……いや、愛らしいとか思ってる場合じゃない、ここは助けてあげねば。

 

「そっかぁ。それは大変だね。えっと、ういちゃんって言ったっけ」

「あれえ!? なんでういのおなまえしってるのぉ!?」

「さっき自分で言ってたよ~」

 

 今もだけど。

 

「あれれぇいってたかなぁ?」

 

 動く度にぴょんぴょこ揺れる二つ括りも可愛いな。それこそ小動物の耳のようだ。……っていや、さっきから俺は何を考えているんだ。

 

 とにかくこの子を、さっき言ってた「こーくん」とやらに巡り会わせてあげねば。そう思い、手を引きながら歩き出す。歩きながら、こーくんとやらの身体的特徴やらなんやらを聞き出そう。

 

「どうして井戸を覗いていたんだい?」

「あのね、ちょうちょさんがね、入っていったから、そこはお水があるんだよーって」

「そっかー。こーくん…ってどんな……、っ!」

 

 突如寒気を感じ、思わず少女を抱えてできるだけ前方へと飛ぶ。

 予感は、当たった。

 

 次の瞬間、ドォォン……という内蔵に響くような大きな爆発音と共に井戸から火柱と煙が上がる。驚いて固まっている少女を爆風から庇いつつ煙の向こうへと目を凝らすと、人影らしきものが見えた。

 

「……っ!」

 

 アイツが犯人か……! 反射的に追おうとしたが、少女を置いていくわけにもいかず、俺は結局その場を動けなかった。

 爆煙が落ち着いてから近付いて見てみると井戸はやはり黒焦げになり、桶等はものの見事に吹き飛んでいた。もしあの井戸からこの子を引き離さなければ、あるいは少しでも遅れていたら……、そう思うと血の気が引いた。

 

「な、んで……こんな所で…この規模の爆発が……」

 

 困惑する俺だったが、ハッとなる。腕の中の少女が一番驚いて、怯えているに違いないんだ。ここで俺がビビっててどうする。そう自分に言い聞かせて話しかけようとしたその時、その子は顔をあげた。

 

「びっくりしたぁ…!! でもね、うい、こわくないよ! だいじょーぶ!」

「へ……?」

 

 意外すぎる反応に、こちらがびっくりする。なんだか、日常的にあることのような、いうならば段差につまづいて転けた時のような、それくらいの軽い反応だ。それでもこの歳の子供であれば泣き喚くくらいが普通だろうに。

 不自然なほどにあっさりした少女のリアクション。その裏には一体何が、この小さな体は何を覚えてきたのだろうか。

 

 ……どうもただ肝が据わっているだけとは思えない。何事も無かったかのようにすっと立ち上がり歩き出したその姿に、妙に胸の奥がざわついた。

 

 それからしばらく廃村を歩き彼女を無事にこーくんとやらに送り届けた俺だったが、あんな爆発があったというのにばいばーい! と無邪気な笑顔で手を振る姿が印象的で。この日から、少女のことが心のどこかで気がかりとなっていた。

 

 

 

 それから数日後。

 屍木さんにおつかいを頼まれ、里の近くの町に来ていた時のことだった。あの少女の影を見つけたのだ。

 

 小さな後ろ姿、明るい茶髪の二つくくり。間違いなくあの「うい」という子だと確信した。

 ただ一つ以前と違ったのが、服。元々綺麗な方ではなかったものが、更にボロボロに……なんというか、所謂『みすぼらしい』という表現が似合ってしまうレベルのものになっていた。数日でここまで劣化するものか? ……いや、やはり不自然だな。以前と別の物という可能性はもちろんあるが、それにしたってわざわざ劣化の進んだ物を選んで着るとも思えない。

 

 というか、廃村からそう遠くない場所ではあるが、なぜこの町に?

 気になってそっと後を追うと、その答えはすぐにわかった。

 

 少女は、おそらく前回いたこーくんとやらともう一人の少年と、三人で食料を〝盗り〟に来ていた。

 

 飲食店の裏口へと回り込み何やら作戦会議をしているようだったので、俺はしばらく物陰から見守ることにした。しばらくすると、ういちゃんを残し二人が別の入口から店に入っていく。更にその場から様子を窺っていると、店の中から怒号が聞こえた。

 見つかったか、やはりな。あの店の店主は勘が鋭く、怖い。次の瞬間にはもう店を飛び出してきた二人組だったが、案の定すぐに捕まってしまって。

 

「汚らしい子ネズミが!! うちを荒らしにくるとはいい度胸じゃねえか!!!」

 

 そんな声と、殴る音が聞こえる。

 ういちゃんにはその光景が見えているのだろうか、そう思っていると裏口から誰かが出てくるのが見える。

 

「お前もアイツらの仲間か」

「……っ!」

 

 店員らしきその男に見下ろされ、怯えた様子の少女の後ろ姿。思わず物陰から飛び出したい衝動にかられてしまう。俺には関係ないんだ。出て行ったところで何が……

 

「ち、ちが……」

「嘘吐くんじゃねェ!!!」

 

 やっとの思いで言葉を発したであろうういちゃんに、男の拳が降りかかる。

 

「っ!!」

 

 その衝撃で地面に叩き付けられる小さな体。バキ、という痛々しい音が耳に残ってしまい思わず顔を顰める。数秒後、怯えているういちゃんに二発目を食らわそうと男が拳を振り上げた瞬間、気づけば俺は男の腕を掴んでいた。

 

「なんだお前。どこから出てきた」

 

 不愉快そうに顔をしかめた男が、俺の手を振り払う。

 

「こんな小さな子供に手をあげて楽しいですか?」

「……生意気な小僧だ」

 

 そう言うなり男を睨んだ俺の目の前に、先程ういちゃんを殴った拳が迫ってきた。俺はそれをひらりと避け、標的を失った男の腕を掴んでそのまま傍のゴミ箱目掛けて投げつけてやった。

 

「テメェ……っ!!」

 

 意外にもすぐに起き上がり殴り掛かってくる男。即座にその脛を蹴りあげ、よろけたところを手刀で勢いよく地面へと叩き付けた。やべ、一般人相手にちょっとやり過ぎたか……? と思ったが、この男の体格やタフさを見る限り大丈夫だろう。

 男が気絶しているのをそっと確認すると、俺はポカンとしているういちゃんを抱き上げその場から去った。

 ……この際あとの二人のことは一旦忘れることにしよう。ごめんね。

 

 

 

「大丈夫……? 思いっきり殴られてたけど……」

「ん、へーきだよ………」

 

 人の居ない公園に出て、ういちゃんを木の陰に座らせ、とりあえず持っていたもので傷を手当する。

 

「なんでおにーさんがここにいるのぉ……?」

「ああいや……たまたま近くを通りかかってね」

「そっかぁ」

 

 嘘は言っていない。うん。

 

「たすけてくれてありがとう。つよいんだねぇ」

「どういたしまして。……背中、見せてもらっていいかな?」

「うん」

 

 他に怪我がないかどうか確認するため後ろを向かせ上の服を捲り上げる。すると、全く予想もしていなかったものが目に入り、俺は思わず固まってしまった。

 

「…………ッ!?!」

 

 嫌でも目に入るほど大きな、どこからどう見ても意図的につけられたであろう傷跡。

 なんの印かはわからないが、菱形が組み合わさって何かを形どっているような、とにかくナイフのような刃物もしくは先端が鋭利なもので〝彫られた〟と言ったほうがしっくりくるような。

 

 そんな傷跡が、その小さな背中で痛々しく主張していたのだ───────

 

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