ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第九話「守るための剣」※アイリ視点

 

 

 

 朝起きて、歯を磨いて、朝食を食べて、外出の支度をする。いつもの毎日だけど少し億劫だった。

 

 意識しないようにと考えてもフィーネのことが思い浮かぶ。一週間前の、あの子の自身をひた隠しするような曖昧な笑顔が忘れられない。

 だからこそ、私もお父様から与えられた仕事をこなさないと。

 

 ドタバタと準備をし、昔から大事にしてる愛剣も腰に刺して完全に支度が終わる。私はフィーネから教えてもらった、例の老人のお店へと歩みだした。厚手のローブを身に纏い、フードも深く被る。気配を薄くするのも忘れない。

 

 私は最近ようやく覚えてきた道を歩く。老人の店に近づくにつれて、空気がひんやりと冷たく感じられる。曇天のせいだろうか。それとも――ここが、何かおかしいせい?

 

 街はずいぶんと静かだった。いくつかの店が並んでいる通りなのに、人の気配がほとんどしない。ちらりと見える影は足早に通り過ぎていき、誰も話し声を立てることがない。この異様な静けさは、どこか不自然だ。

 

「……やっぱり、何かある」

 

 私はそう呟きながら、老人の店の前まで来た。建物の中にはまだ灯りがともっているようだが、誰かが出入りする気配はない。ドアに耳を寄せても物音ひとつしない。

 

 しばらくその場で様子を伺ってみたが、変化はなかった。何も起こらない。いや――何も起こらないことが不気味なのだ。ここに来る前から気配を薄くしているはずなのに、誰かの視線を感じる気がする。

 

「……フィーネ、大丈夫かな」

 

 不安が胸をよぎる。あの子はとても無防備だった。あの老人に利用されているとしか思えない。優しそうに見えたけれど、裏では何を考えているかわからない人だ。それに、あの子自身もどこか――普通じゃない。

 

 そして、もう一つ、私がこの街にいる理由。

 

 お父様に頼まれた、街で起きている不可解な現象の究明。突然、道が消えるような錯覚を覚えたとか、気づいたら知らない場所に立っていたとか、そんな不可思議な話が相次いでいる。私にはまだはっきりした原因がつかめていないけれど、とりあえず怪しい話があればそれを調べるべきだろう。

 

「……少しでも何が起きてるか知らないと」

 

 そう自分に言い聞かせ、ローブのフードを深く被り直す。こうしてここを見張っていれば、何か手がかりが掴めるかもしれない――。

 

 しかし、その時。背後に気配を感じ、咄嗟に振り返った。

 通りの向こう、こちらを見ているような視線を感じたのだ。

 

 遠くに、黒いローブに身を包んだ人影が一瞬だけ見えた。顔はフードの陰に隠れて見えないが、その姿には何か奇妙な雰囲気があった。私は思わず足を踏み出し、後を追う。

 

「待ちなさい!」

 

 声を上げたが、人影は素早く通りを横切り、狭い路地へと消えた。そのスピードは尋常ではなく、私の追跡が気づかれていたのだろう。

 

 路地の入り口で足を止め、息を整える。

 

「……逃げ足が速い」

 

 警戒しながら周囲を見回すが、気配は完全に途絶えている。あの人物はいったい何者だったのだろう。単なる不審者にしては、妙な存在感だった。

 

 何かが動き始めている――。

 

 そう確信した私は、さらに警戒心を強める。フィーネを助けるには、もっと情報が必要だ。そしてこの街で起きていることの核心に近づかなければならない。

 

 私はそのまま路地を見回したが、怪しい人影はどこにもいなかった。すっかり静まり返った通りには、誰一人として姿を見せない。何かが起こる気配も感じられないまま、ため息をついて元来た道を戻ることにした。

 

 老人の店に戻り、再び様子を伺う。じっと立ち尽くしながら、目を凝らして建物の周りを見渡す。けれど、不審な動きはどこにもない。ただ、曇り空の下で薄暗い店の外観がじわじわと不安を煽るだけだった。

 

「……さっきの、いいチャンスだったのになぁ」

 

 小さく呟いたその瞬間、視界の端をちらりと何かが横切った。

 

 私は思わず空を見上げる。一羽の大きな鳥が頭上を舞い、羽ばたきながらゆっくりと旋回していた。灰色の羽毛に混じって見える黒い紋章――ヴェロニカ家の刻印だ。

 

「お父様に送った手紙の返信……!」

 

 私ははっとして顔を上げた。この鳥は、ヴェロニカ家専属の伝書鳥――ヴォルフホーク。大きな翼を持つそれは、強靭な体力と忠実さで知られる鳥だ。その姿を見つけた私は足早に自宅へと向かった。

 

 家に入ると、窓枠に止まっている大型の鳥が目に入る。

 

「……グライ!」

 

 伝書鳥――グライはじっとこちらを見つめながら、一声鳴いて羽を広げた。その胸元には革製のベルトが巻き付けられ、小さなケースがしっかりと固定されている。私は鳥に向かってゆっくり手を伸ばし、ケースを外して中から手紙を取り出した。

 

「……お父様からだ」

 

 手紙を開くと、見慣れた字が目に飛び込んできた。フィーネと知り合い、彼女が老人に連れ去られた次の日、私はこの手紙を送っていた。内容は、あの老人の容姿や言動、フィーネのことを詳しく書き、お父様の戦友だと名乗ったが本当だろうか、と尋ねるものだった。その返信が、ようやく届いたのだ。

 

 私は急いで目を走らせる。

 

『アイリへ。老人の特徴から、すぐに彼が誰か分かった。彼の名はエトワール・カスティエル。かつて私と戦場を駆け抜けた戦友だ。数年前に音信不通になったと聞いていたが、まさか戻ってきていたとはな。

 

 ただ、アイリが言うようなことを彼がしているとは到底思えない。エトワールは優れた錬金術師でありながら、人としても信頼できる男だった。私たちは何度も命を預け合い、そのたびに彼の誠実さと信念を見てきたんだ。それだけに、君の話を聞いて動揺している。彼に一体何があったのか。

 

 フィーネという少女についても、私の知る限りでは全く心当たりがない。エトワールに子どもがいたなんて話も聞いたことがないし、君が話す状況には不可解な点が多い。この街で起きている異変と彼が関係している可能性もゼロではないが、彼がそんな危険なことに手を染める理由が分からない。

 

 だが、エトワールのことを調べるのなら、注意しろ。彼は優れた錬金術師だが、その知識と技術は危険とも紙一重だ――』

 

「……エトワール・カスティエル」

 

 手紙の名前を口にすると、フィーネを連れていたあの老人の姿が頭に浮かぶ。彼が何を考え、何をしようとしているのか。お父様の言う通り、用心しなければならない。

 

 そして、もう一つ気になることが書かれていた。

 

 『エトワールを疑うわけではないが、街で起きている異変について、どうやら錬金術師が絡んでいる可能性がある。まだ確定ではないが、引き続き調査を続けてくれ。君のことは信じている。頼んだぞ――』

 

「……街の異変と、錬金術師……」

 

 すべてが繋がっているのだろうか。老人、フィーネ、そして街の不可解な現象――。私の胸にはさらに不安が募ると同時に、この謎を解き明かさなければならないという使命感が沸き起こっていた。

 

「……フィーネ、私が絶対に守るから」

 

 手紙をそっと折りたたむと、私は腰の剣に手を触れた。

 

 老人エトワール・カスティエル。

 錬金術師であり、父の戦友だというその人物が、フィーネを連れている。そして、この街の異変にも彼が関与している可能性が高い。しかし、彼の目的も意図もわからない。ひたすら手掛かりを集めるしかない。

 

 私は再び街に繰り出すと足早に歩きながら、考えを巡らせていた。

 

「エトワール……あの人の動機がわかれば……」

 

 特に当てもなく周りを偵察する。視線を動かしひたすらに不審な人物がいないかを探す。

 

 そのとき、向こうの通りに黒いローブを纏った人影が路地の奥に消えるのが見えた。昼間と同じ――いや、同じ人物かはわからないが、またしても不審な存在だ。

 

 一瞬、固まってしまうも、逃がす手はない。人違いの線もあるがいちいち考えてはいられない。

 

「……待って!」

 

 剣の柄に手をかけつつ、私はその人影を追った。路地裏は複雑に入り組み、足元の石畳は湿って滑りやすい。それでも、私は迷わず追跡を続けた。不思議と、その人影がどこに向かっているのか、感覚的にわかる気がした。

 

 路地の奥に進むと、徐々に街の静けさが異常なものに感じられてきた。風の音すら消え、耳が詰まったような静寂が支配している。そこに、突然聞こえた。

 

「……誰かが、いる……?」

 

 誰かの囁き声が、耳元で響くように聞こえた。背筋に冷たいものが走り、私は咄嗟に立ち止まる。周囲を見回しても誰もいない。なのに、確かに声が聞こえたのだ。

 

「間抜けなやつだ。……ふふ、正義を振りかざすのはいいが、身を滅ぼすぞ?」

 

 再び囁き声が聞こえた。その声には薄気味悪い笑みが混じっている。私は剣を引き抜き、音のした方向をにらみつける。

 

「誰!?  姿を見せなさい!」

 

 しばらくの沈黙の後、路地の奥から一人の男が姿を現した。黒いローブを纏い、フードで顔を隠している。昼間見かけた人物と同じかはわからないが、その雰囲気は異様で、目が離せなかった。

 

「……なるほど。あの娘の周りを嗅ぎ回っている例の小娘か」

 

 低い声でそう呟くと、男は一歩、私に向かって踏み出した。その瞬間、背中に冷たい汗が流れる。得体の知れない何か――この男からは、明らかに普通ではない気配が漂っている。

 

「……フィーネのことを知っているの?」

 

 私は剣を構えながら問いかけた。男は答えず、代わりに微笑むように口元を歪めた。ローブの袖から何かが覗く。円状に彫られた複雑な文様――錬金術の印だ。

 

「やっぱり、エトワールの仲間か、それとも……」

 

 私が身構えた瞬間、男が手を伸ばし、路地に描かれた錬金術の印を指先でなぞった。すると、足元の地面が不自然に揺らめき、光のようなものが走った。

 

「さあ、君にはここでしばらく眠ってもらおうか。余計な真似をする者は、排除するに限る」

 

 男の言葉とともに、地面から黒い影が立ち上り、私に向かって迫ってきた。私は咄嗟に剣を振り、影を斬り払ったが、影はまた別の場所から湧き上がる。

 

「……しつこい!」

 

 迫りくる影を避けつつ、私は男との距離を詰めようとした。しかし、影の動きは予測できず、一瞬の隙をつかれ、足を取られてしまう。

 

「くっ……!」

 

 地面に倒れそうになった私に、男が歩み寄る。その手には、錬金術で強化されたかのような奇妙な光る刃が握られていた。

 

 男の刃が迫りくる。私は地面に倒れ込みながら、咄嗟に剣を横に構えてその攻撃を受け止めた。衝撃で手が痺れ、剣が大きく揺れる。

 

「ほう、しぶといな」

 

 男は冷笑を浮かべながら更に力を込める。その強烈な圧力に、私は耐えきれず剣ごと地面に押し付けられる。呼吸が苦しくなり、全身が悲鳴を上げていた。

 

「……こんなところで!」

 

 私は足を使って地面を蹴り、力任せに体を捻って男の刃を躱す。隙を突いて距離を取ると、再び剣を構えた。全身から汗が滲み出し、息が荒い。それでも、負けるわけにはいけない。

 

「無駄な抵抗だ。術に逆らうものに待っているのは破滅だけだぞ」

 

 影が蠢き、男の手から黒い刃が次々と生成される。それはまるで生き物のように私を取り囲み、一瞬の油断も許さない。剣を振り払って対抗するが、相手の動きは滑らかで、的確に私の弱点を狙ってくる。

 

「くっ……!」

 

 刃が足元をかすめ、避けきれない一撃が脇腹を浅く切り裂いた。鋭い痛みが走り、息が詰まる。それでも剣を握る手を緩めるわけにはいかない。

 

「その程度か? そんな能力で俺に立ち向かおうとは笑わせるな」

 

 男の冷たい声が耳に響く。傷口に手を当てながらも、私は一歩も引かないように踏みとどまった。

 

「無謀でも……守るためなら戦うしかない!」

 

 相手を睨みつけ、剣を構え直す。男は嘲笑しながら再び攻撃を仕掛けてきた。

 

 鋭い刃が左右から迫り来る。瞬時に動き、片方を剣で受け止めるが、もう一方が右肩を掠める。衣服が裂け、肌にじんわりと血がにじむ。

 

「ふっ、どうした? 動きが鈍っているぞ」

 

 再び嘲るような声を上げる男に、私は唇を噛みしめた。痛みは増していくが、意識はまだしっかりしている。このままではやられる――そう感じつつも、どうにかして活路を見いださなければ。

 

 そのとき、男の腕輪が光を放った。低い振動音が響き、男の表情が一瞬だけ険しくなる。

 

「……そうか。タイミングが悪いな」

 

 男は私に向けていた刃を収めるように動かし、何か呟いた。

 

「何をしてるの……? 逃げるつもり?」

 

 私は問いかけながらも剣を構えたまま相手を警戒する。しかし男は私を一瞥し、不敵な笑みを浮かべると背を向けた。

 

「俺の目的はここじゃない。ただの寄り道だ……だが、また会うことになるだろうな。次は本気で相手をしてやる」

 

 男の言葉に、私は息を呑んだ。余裕さえ感じさせる態度が悔しく、剣を握る手が震える。

 

「待って!」

 

 追おうと一歩踏み出すが、肩の傷が響いて動きが鈍る。その間に男の姿は通りの暗闇に溶け込むように消えていった。

 

 足元に影が漂うような感覚はなくなり、辺りは静けさを取り戻している。それでも、私は剣を握る手を緩められなかった。

 

「……見逃された」

 

 その言葉が自然と口から漏れた瞬間、悔しさが胸を満たしていく。傷口の痛みよりも、自分の無力さが重くのしかかる。

 

「私は……あんな奴さえ止められないの?」

 

 剣を見つめる手が震えている。息を整えようと深呼吸を試みるが、荒い息は収まらず、焦りばかりが募る。

 

 守ると誓ったのに――フィーネを、守ると。

 

 足元の石畳を見つめながら、私は拳を握りしめた。力不足だとわかっている。けれど、このままでは何も守れない。

 

「……もっと、強くならなきゃ」

 

 かすれた声で呟きながら、私はゆっくりとその場を後にした。肩の傷が痛むたび、無力さが胸に突き刺さる。けれど、その痛みを噛み締めながら歩く私の心には、消えることのない小さな炎が灯っていた。

 

 

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