ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第十六話「募る独占欲」※アイリ視点

 

 

 

 ああもう、リュミエールさんってば、本当に人を疑うってことを知らないのかな。レオフォルトの口説き文句をあんなに素直に喜ぶなんて……悪い人じゃないけど、絶対真に受けちゃ駄目なタイプなのに。

 

 私がまだ口を挟むか迷っていると、フィーネがくるりとこちらを向いた。

 

「ねえ、アイリ。もし暇だったら、このあと一緒に発表を見ませんか? ……あ、でも、お爺さまに許可をもらわないといけませんね」

 

 小首を傾げて、申し訳なさそうにそう言う彼女の表情は、ほんの少しだけ期待が混じっていて。こんなとき、私はいつも弱い。嬉しそうに誘われると、断る理由を探すのが苦しくなる。

 

 でも。

 

 (今の私は、個人の感情で動いていい立場じゃない)

 

 私は、父の任務を受けてこの街に来ている。表向きには街の異変調査。でも、内心ではフィーネに関わる何かを警戒して見ている。それを、本人に気取られずに。だから、どんなに一緒にいたくても、彼女の隣に並んで見学するわけにはいかない。

 

 フィーネの目を正面から見つめ返すことができなかった。

 

 だから、私は――視線だけをそっと、レオフォルトの方へ向けた。

 

(どうすればいいか、教えて)

 

 そんな気持ちをこめて、彼とアイコンタクトを交わす。

 

 レオフォルトは少しだけ目を細めて、そしてわずかにかぶりを振った。私の気持ちを察してくれたのだろう。彼の表情は、どこか残念そうで、それでも「今は駄目だ」と言っていた。

 

 私は小さく、首を横に振る。

 

「ごめんね、フィーネ。少し……予定があって」

 

 できるだけ柔らかく、理由を濁して答える。嘘は言ってない。でも、本当のことも言っていない。

 

 フィーネは少しだけ寂しそうな顔をしたけど、すぐに「そうですか、うん」と頷いてくれた。ほんの一瞬、胸が痛んだ。

 

 そのときだった。

 

「それなら――」

 

 そっと声をあげたのは、リュミエールさんだった。彼女は両手を胸元でそろえて、まっすぐフィーネに視線を向けていた。

 

「フィーネさん、よければ私と一緒に見ませんか? 私、今日このあと、マスターにお友達ができたってちゃんと報告したいなって思ってて」

 

 その言葉はあまりにまっすぐで、純粋で、まるで子どもが親に「今日ね、いいことがあったの!」と話すような――そんな温かさがあった。

 

 フィーネが少し驚いたような顔をして、それから、ほんのりと笑った。

 

「……じゃあ、少しだけ、お邪魔させてもらいますね」

 

 そう言ってリュミエールの方を向いたあと、ふと私のほうに目を戻す。

 

「本当は、アイリともうちょっとだけ話したかったんですけど……また今度、でもいいですか?」

 

 ああ、そんな顔で言わないでよ。笑ってるくせに、ほんの少し寂しそうなその目を見て、私は胸の奥をぎゅっと掴まれたような気持ちになった。

 

「うん。……行ってらっしゃい」

 

 どうにか笑って見せながら、私はそう返した。

 

 すると、フィーネはほんの少し気まずそうに視線をそらして、それからレオフォルトの方に向き直った。

 

「……あ、レオフォルトさんも一応、さようなら」

「うん、それはそれは。光栄だね、フィーネ嬢にそう言われるとは」

 

 レオフォルトはからかうような口調で笑いながらも、ほんの一拍、目元がやわらかくなる。

 

 フィーネはぺこりと小さく頭を下げ、リュミエールと並んでロビーの出口へ向かっていった。足取りは軽く、背中にはどこか安心した気配が漂っていて。

 

 二人の姿が角を曲がって見えなくなったその瞬間。

 

「……あああ……っ」

 

 私は情けない声を漏らしてしまった。

 

「もっとフィーネと話したかったのにぃ……!」

 

 思わずその場でうずくまりそうになるのを、なんとかこらえる。そばにいたのに、なんだか取り残されたような気分だった。

 

 胸の奥が、ずきんと痛む。

 

 その横で、レオフォルトが肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。

 

「よっぽど仲がいいんだね、君たち」

 

 からかうでもなく、素直に感心したような口調だった。でも私の中では、何かがじわりと膨らんでいた。

 

「……そうだね。フィーネは、この街で私が初めてできた友達なんだ」

 

 そう言いながら、私は視線を床に落とす。ほんの少し、爪先が震えていたのは気のせいじゃない。

 

「でも、それだけじゃないの。あの子……本当に無防備で、まるで生まれたての小鳥みたいに、何も知らないまま人を信じるの。人の言葉を、疑わないの。誰にだって笑って、誰にだって優しくて。そんなの、危ないに決まってるじゃない……。この世界で、あんなふうに隙だらけでいれば、誰かに騙されて、利用されて、傷ついて、それでもきっと自分が悪いんですって笑うの。そんなの、見ていられない。絶対に、そんなことになっちゃいけないの。あの子にはね、ちゃんと見ててあげられる人が必要なの。そばでずっと見ていて、誰よりも早く異変に気づいて、誰よりも深く理解して、誰にも渡さないって……そう思ってくれる誰かが。じゃないと、あの子はきっと壊れてしまう。気づいたときにはもう手遅れで、戻れなくなってて……でも本人はそれでいいって、そんなふうに笑うに決まってるの。そうなったら、もう、どうしようもないじゃない……! だから私が、ちゃんとそばにいないと駄目なの。あの子の手を離しちゃいけないの。ほかの誰にも触らせたくないし、ほかの誰かに大事だなんて言ってほしくない。たとえ友達だとしても、そんなのは嫌。あの子の隣には、私がいるべきなの。あの子が誰に笑っても、それは私に向けたものじゃないと意味がない。わかる? 守ってあげたいとか優しい子だねとか、そういう薄っぺらい言葉で関わってほしくないの。中途半端な気持ちなら、近づいてほしくない」

 

 そこまで言ってようやく、自分がどれほど言葉を積み重ねていたかに気づいた。レオフォルトの反応を見て、ほんの少しだけ冷静さが戻る。

 

 彼は一歩だけ後ずさり、引きつった笑みを浮かべながら言った。

 

「……そ、そうなんだ。うん。なるほどね……うん……」

 

 ぎこちない相槌が、妙に静かな空気に響いた。

 

 私は息を吐き、目を伏せながら呟いた。

 

「……まあ、大事な子だから。それだけ」

 

 それは、きっと表向きには穏やかな言葉。でも、胸の奥にあるものは、もっとずっと濃く、重く、誰にも渡したくないくらいに深かった。

 

 沈黙がしばらく続いた。どこか気まずい空気の中、レオフォルトが腕を組み、ぽつりと呟いた。

 

「しかし、あんな子……名簿に載っていたかな? 今日の参加者リストには目を通したんだけど、あんなに可愛い子がいたら見逃すはずがないんだけどね。リュミエール嬢……だったか、フィーネ嬢によく似ていたね」

 

 私が目を上げた。思わず力が入ったように、はっきりと顔を向ける。

 

「そう! 私も思った。フィーネにすごく似てたよね? 輪郭とか目元の感じとか……背格好も、あの柔らかい話し方も。最初見たとき、え? って声が出そうになったんだから」

 

 興奮気味にそう言いながらも、私は心のどこかで自分でも気づかない疑問を抱いていた。

 

 レオフォルトは目を細め、静かに頷いた。

 

「顔立ちも、髪の色も。確かに、まるで姉妹のようだ。フィーネ嬢と血が繋がってる、とは思えないが……偶然の一致、か。それにしては、できすぎているような気がするな」

 

 彼の口調は軽く、それでいてわずかに沈んでいた。観察する者の目だった。私も、自然と唇を引き結ぶ。

 

 できすぎている――その言葉が、胸に引っかかった。考えすぎだと思いたい。でも、あの違和感が拭えないのも事実。

 

 それに、私は知っている。フィーネが、あまり過去の話をしたがらないことも。誰に育てられたのか、どうしてあの老人と一緒にいるのか、その詳細は――彼女の口から語られたことがない。

 

「……でも、たぶん、偶然だよ。フィーネだって自然体だったし」

 

 私は自分に言い聞かせるように呟いた。

 レオフォルトは肩をすくめる。

 

「君がそう言うなら、そうなんだろうさ。だが……」

 

 その先は言わなかった。言葉の代わりに、どこか遠くを見るような視線を落とす。

 私の胸の中にも、小さな棘のような不安が刺さったまま、静かに残っていた。

 

 沈黙の中、私は自分の手を握ったり開いたりして、どうしようもない不安を誤魔化していた。

 

 すると、レオフォルトがふと立ち上がり、軽く息を吐いた。

 

「……やっぱり、心配だな」

 

 その声は静かだったけど、確かな緊張が含まれていた。私は彼を見上げる。

 

「フィーネ嬢の周りで、何か起こるかもしれない。僕の勘は、たまに外れるけど……外れてくれるときほど、本気で嫌な予感がするんだ」

 

 そう言いながら、彼はロビーの奥――フィーネたちが向かっていった方角へ視線を向けた。優男然とした仮面の奥で、鋭い何かが動いているのがわかった。レオフォルトは、ただの軽口だけで動く男じゃない。

 

「ちょっと、様子を見てくるよ。用心に越したことはないしね」

 

 そう言い残して、彼は歩き出そうとした。

 

「……待って、じゃあ私は?」

 

 思わず声をかけると、彼は少しだけ振り返り、肩越しに笑ってみせた。

 

「君は、名簿でももう一度チェックしててくれるかい? 特に“来てないはずの人間”がいないかどうか。君の観察眼は信用できるし、それに――この場を任せられるのは、君しかいない」

 

 軽く言っているようで、その言葉には信頼の重みがあった。

 

 私は頷いた。

 

「わかった。気をつけて。……フィーネのこと、頼んだよ」

「任された」

 

 レオフォルトはそれだけ言い残して、すっと静かにロビーを離れていった。

 

 彼の後ろ姿が見えなくなると、私は胸の前で手を組み、ぐっと強く握りしめる。

 

 (何も起こらなければ、それが一番だけど……)

 

 どこか胸騒ぎがした。フィーネの周りでは、“偶然”と片づけられないことがよく起こる。そう思うたびに、理屈では説明できない不安が胸の奥に渦を巻いた。

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