ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第十八話「影より出でし支配者」

 

 

「……あれ、違いました?」

 

 リュミエールの問いかけが空気を裂いた直後――

 

 静寂を切り裂くように、重々しい足音が響いた。廊下の奥、誰もいないはずの場所に、いつの間にか黒いローブの男が立っていた。

 

 「よく、ここまで連れてきてくれたな。リュミエール」

 

 声は低く、淡々としていた。だがその一言が発された瞬間、フィーネの全身に戦慄が走る。足元から冷気が這い上がってくるような錯覚――目の前の男が、何か決定的に“普通じゃない”と、直感が叫んでいた。

 

「マスター! こちら、フィーネさんです!」

 

 リュミエールは嬉しそうに一歩前に出て、男に向かって手を差し出すように言った。

 

「……あなたは……?」

 

 フィーネは無意識に後ずさりながら、か細い声でそう問いかけた。

 

 男はフィーネにゆっくりと歩み寄りながら、フードを脱いだ。そこには無表情の青年のような顔――整った顔立ちに、冷え切った琥珀の瞳。何かを見透かすような視線だった。

 

「俺は、この子のマスターだ」

 

 そう言って、男はリュミエールの頭に手を置き、軽く撫でた。リュミエールは嬉しそうに目を細める。

 

「そして――こいつの“作り主”でもある」

 

 その言葉に、フィーネの喉が凍りついたように声を失った。

 

 「……つくり……?」

 

 やっとの思いで絞り出したその一語に、男はため息を一つ吐きながら、さらに距離を詰めた。フィーネの目前まで来ると、そっと手を伸ばし、その顎先に指を添える。

 

「覚えていないのか。……いや、覚えていないように“された”のか。記憶の加工……いや、欠損か? こんなに反応が薄いとは……」

 

 まるで独り言のように、男はぶつぶつとつぶやきながらフィーネの頬や首元に指を這わせていく。触診のように、感情のこもらない動作だった。

 

 フィーネは動けなかった。声も出せない。心は叫んでいたのに、体が反応してくれなかった。まるで、身体そのものが縛られているかのように。

 

「よく見ると、再構成部位に微妙な歪みがあるな。術式の更新処理が入っていない。やはり何か施しているのか」

 

 眉間にわずかな皺を寄せ、フィーネの顔を右に左に傾ける男。まるで“自分の作った物の状態確認”をするかのような、その仕草に――フィーネの心は底知れぬ恐怖で満たされていた。

 

「マスターはやっとフィーネさんに会えて嬉しいんですよ」

 

 リュミエールは横でにこにこと微笑んでいる。その無垢な笑顔が、逆に悪夢のようだった。

 

 そのとき――

 

「フィーネ嬢!」

 

 鋭く張った声が廊下に響いた。

 

 空気を一変させる気配と共に、奥の廊下からレオフォルトが駆けつけてきた。手には剣。目は冷ややかに男の姿を睨みつけている。

 

「その手を、今すぐ離してもらおうか」

 

 静かな声だったが、そこには殺気が込められていた。

 

 マスターと呼ばれた男は、手を止め、フィーネを抱き寄せる。無表情のまま、レオフォルトに視線を向けると――わずかに口角を上げた。

 

「おや。君か。……予想より少し早かったな」

 

 その声音には、焦りも警戒もなかった。ただ、淡々と、目の前の出来事を観察しているだけのようだった。

 

 レオフォルトは男の前に立ちふさがるように構え、低く言い放った。

 

「少しでも手を出したら……容赦はしない」

 

 鋭い声が廊下に響いた。空気は一気に張り詰め、剣の刃のような緊張感が走る。

 

 黒衣の男――リュミエールのマスターは、フィーネを軽く抱き寄せたまま、冷ややかな目でレオフォルトを見据えていた。動じた様子はない。むしろ、まるで実験体の反応を眺めるような興味すら含んでいるように見えた。

 

 思考が追いつかないまま、フィーネは震える手で自分の胸元を押さえた。心臓の鼓動がうるさい。全身がこわばって、さっきまで何を話していたかも思い出せない。

 

 だが――

 

 目の前の男が、ほんの一瞬だけレオフォルトに視線を向けた。

 

 その隙を、フィーネの本能が見逃さなかった。

 

 足が勝手に動いた。恐怖も、疑問も、迷いもすべて後ろに置いて、ただ一心にレオフォルトのほうへと駆け出した。体が軽いわけではない。むしろ引き千切れるような重さがあった。それでも、あの腕の中にいたくなかった。

 

 あと数歩で――というところで。

 

「フィーネさん?」

 

 その声と共に、手首が強く掴まれた。

 

 「っ――!」

 

 振り返ると、そこにはリュミエールがいた。さっきまで背後にいたはずなのに、まるで瞬間移動でもしたかのような位置取りで、フィーネの逃走を阻んでいた。

 

「どこに行くの? 一緒に帰るんだよ、私たち」

 

 その声は優しく、まるで小さな子どもをあやすかのようだった。でも、その笑顔の奥には何かがひどく歪んでいるように思えた。

 

 「帰るって……なにそれ、意味わからない!」

 

 フィーネは必死に振り払おうとするが、リュミエールの細い腕は驚くほど強く、びくともしなかった。見た目とは裏腹の、その力に背筋が凍る。

 

 そのやり取りを見ていた男が、やや遠巻きに鼻を鳴らす。

 

「……まったく。あいつも面倒なことをしてくれるな」

 

 そう呟いたその声は、まるで欠陥品に気づいた技術者のように冷たかった。

 

 「記憶を改竄しただけで済ませればよかったものを……これでは不安定な結果を招く」

 

 ぶつぶつと独り言のように続けながら、男はゆっくりとこちらに歩を進めてくる。その歩みは無理に速くもなく、逃げ場を封じるようにじわじわと詰めてくる。

 

 「フィーネ嬢!」

 

 レオフォルトの怒声が再び響いた。その声に、フィーネはぎゅっと歯を食いしばる。

 

 次の瞬間、廊下を切り裂くような閃光が走った。レオフォルトの剣が放ったその一撃が、フィーネと男の間に風を起こす。

 

 まばゆい一瞬の閃きの後――

 

 フィーネの目が再び像を結んだとき、黒い影が視界を覆っていた。リュミエールのマスターが、自身の前に影の障壁を生み出し、レオフォルトの一撃を受け止めていた。

 

 薄い闇が揺らめき、剣の風圧を吸収していく。その様子は魔術とも違う、異質な気配を孕んでいた。

 

「……まったく。騒がしいのが来たな」

 

 黒衣の男は淡々と呟きながら、手を払うと同時に影が霧のように散る。

 

 「リュミエール。そいつを見張っていろ。……逃がすな」

 

 短く命じると、リュミエールは小さく頷いて、フィーネの手をさらに強く握った。その笑顔には微塵の迷いもなかった。

 

 一方で、レオフォルトはゆっくりと剣を構え直す。その動作に無駄はなく、敵意をむき出しにせずとも、威圧感は十分に伝わってくる。

 

「見慣れない手口だな。街で起きてる異変も、君の仕業か?」

 

 男は返答せず、ただ一歩前に出た。靴音すら吸い込まれるような静けさの中、彼の周囲から再び影が立ち昇る。

 

「……答える気はないか」

 

 レオフォルトは小さく息を吐く。

 

「まあいい。フィーネ嬢に手を出した時点で、問答は不要だ」

 

 皮肉めいた笑みを浮かべつつも、彼の目は冷たく冴えていた。

 

「君は――敵として、相手をしよう」

 

 次の瞬間、影と剣が激突した。

 

 空気が弾ける音とともに、廊下の石床がひび割れる。剣が放った衝撃は壁を撫で、散った影は宙を舞う黒煙となる。レオフォルトの剣筋は鋭く、精密だった。軽口を叩きながらも、それを支える実力が確かにそこにあった。

 

 一方、男の戦い方は異様だった。影をまるで自分の体の一部のように操り、足元から、背後から、壁の中からさえも刃を形成して放つ。そのすべてが静かで、しかし確実に相手の命を奪いにきていた。

 

 フィーネは思わず息を詰めたまま、ただその場に立ちすくむ。

 

 逃げようにも、リュミエールの手がまだ強くフィーネを縛っていた。少女の笑顔は変わらず優しく――けれど、そこにあるのは純粋な親しみではなかった。まるで、命令を忠実にこなす人形のようだった。

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