ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第十九話「切断、その先に」

 

 

 

 激しくぶつかり合う剣と影の音を背に、フィーネは震える声でリュミエールに問いかけた。

 

「……あなたも……ホムンクルスなんですか?」

 

 リュミエールはその問いに、少しだけ目を瞬かせたあと、にこりと笑って頷いた。

 

「はい、そうですよ」

 

 まるでお菓子の好みを答えるかのように、何のためらいもない返答だった。けれど、その言葉の衝撃はフィーネの心を強く揺さぶった。

 

「じゃあ……最初から、私のこと」

「確信してたわけじゃないです。でも、カスティエル様と一緒にいたこと、姿が少し私に似ていたこと、そして――」

 

 リュミエールはフィーネの顔をじっと見つめた。

 

「“気配”が似てたんです。人が造ったものの気配……たぶん、私にしか分からないかもしれませんね」

 

 その言葉に、フィーネは言い返せなかった。確かに、リュミエールの雰囲気には妙に引き寄せられるような、どこか懐かしさに似た感覚があった。それが、同じように造られた存在だからなのだとしたら――

 

「……だったら、分かりませんか? こんなこと、やめましょうよ」

 

 フィーネは必死に言葉を探しながら、リュミエールの手を握り返した。

 

「誰かに命令されるまま、無理に従わなくていい。こんな風に誰かを縛って、怖がらせて……そんなの、やさしい人がすることじゃないです」

 

 リュミエールは少しだけ眉を下げ、困ったように微笑んだ。

 

「やさしいかどうかは、私にはわかりません。でも……マスターの言うことは正しいんです。それに……」

 

 そこで言葉を切ると、リュミエールは少しだけ目を伏せた。

 

「私には、自分で選ぶ権利なんてないですからね」

 

 その言葉は穏やかだったが、これまでで一番気持ちが籠もってるように感じ――それがかえって、フィーネの胸を痛めた。

 

「あります。そんなの、誰にでもありますよ……!」

 

 フィーネの叫びは、剣戟の音にかき消されそうになりながらも、確かにリュミエールの耳へと届いた。

 

 だが――

 

「……フィーネさんって、やっぱり優しいですね」

 

 リュミエールは微笑んだまま、ほんの少しだけ力を込めた。フィーネの手首に食い込む指先。驚くほどの力だった。まるで細い腕とは思えない、鉄のように固く動かない束縛。

 

(こんな……っ!)

 

 フィーネは顔を歪め、腕を引こうとする。振り払おうと、体ごと後ろに跳ねてもみる。けれど、まったく動かない。

 

「っ……はなして……!」

 

 力を込めて引こうとするたび、逆にリュミエールの手が強く食い込む。皮膚の下に痣が浮かびそうなほど、握られている感覚。呼吸が乱れ、喉が焼けつく。

 

「だめですよ、そんなこと。マスターに言われましたから。見張っててって。逃がしちゃいけないって」

 

 声色はやさしい。まるで子守唄を聞かせるような口調だった。けれどその内容は、凍るほど冷たい。

 

「やめて……お願い……!」

 

 なおも足掻くフィーネの頬に、リュミエールのもう片方の手がそっと触れた。指先はやさしく、けれどその動作は、まるで壊れ物を扱うような奇妙な慎重さがあった。

 

「フィーネさんがどこか行っちゃったら、マスターが悲しむから。……だから、だめなんです」

「……っ……!」

 

 フィーネは歯を食いしばる。説得も、逃走も、どちらも通じない。目の前の少女は、確かに自分と似た存在なのかもしれない。でも今は――

 

 完全に敵だった。

 

 引こうとしても、押そうとしても、どんなに全身の力を込めても、リュミエールの手は鉄の枷のように動かない。息が荒れ、視界が揺れる。逃げなきゃいけないのに、動けない。こんな時に限って、自分の体はどうしてこんなに弱いんだ――!

 

 焦りと悔しさが胸に渦巻く。剣が振れるわけでもない。力で勝てるわけもない。ただ、じわじわと握力に締め上げられて、命を削られていくようなこの状況に――歯を食いしばるしかできない自分に――腹が立って仕方なかった。

 

(どうにか、できないのか……? 何か、何か手は……)

 

 そのとき、ふと脳裏をかすめたのは、あの本の一節だった。

 

 ――「ホムンクルスの魔力利用は、創造主の意思によって制御される」――

 

(魔力……)

 

 確かに、あの本にはそんな言葉があった。

 

 まだ習った文字も多くはなかったし、詳しい意味もわからなかった。でも、“魔法が使える可能性がある”というのは、確かにそう書かれていた。あの本の中にあった、記憶に焼き付いた単語――「魔力」「術式」「調和」。

 

(俺も……魔法が、使える……?)

 

 不安と希望がないまぜになって胸に浮かぶ。自分がただの人間じゃないと知ったときの、あの嫌悪。それでも――それでも今、自分の力でこの状況を変えられるのなら。

 

 心の奥から、静かな決意が芽生えてきた。

 

(何か……何かでいい。少しでも、リュミエールの手を緩められるなら……)

 

 感覚を集中させる。見よう見まねでいい。魔法の型も詠唱も知らない。けれど、あの本には「意志」が魔力の鍵だとも書いてあった。願えば――きっと、届くと。

 

 ぎゅっと目を閉じ、心の底から念じる。全身の神経が皮膚に集まり、指先から熱い何かが沸き上がるような錯覚が走った。

 

 その瞬間、手首を掴んでいたリュミエールの指が、弾かれたように外れた。

 

「っ……!」

 

 小さなうめきとともに、リュミエールがわずかに距離を取る。彼女の指先からは微かに蒸気が上がり、皮膚が赤くなっていた。

 

 フィーネはその場に膝をつく。脱力感が一気に襲いかかり、手足に力が入らない。何かが抜けたような感覚に、心臓の鼓動がどくどくとうるさく響く。

 

(なんだ、これ……力が……入らない)

 

 喉が焼けつくように渇いていた。今のが魔法なのだとしたら、あまりに大きな代償だった。けれど、今は考えている暇はない。

 

 リュミエールが立ち上がる。表情は変わらず穏やかで、淡々と歩み寄ってくる。まるで、何事もなかったかのように。

 

「フィーネさん、逃げちゃだめです。戻りましょう。マスターが……」

「来ないでっ!」

 

 フィーネはかすれた声で叫び、もう一度意識を集中させた。さっきと同じように、手のひらに力を集める。うまくいく保証はなかった。でも、もう一度だけなら――

 

 今度は、明確に力が集まってくるのがわかった。指先から、何かが凝縮されるような感覚。空気が重くなり、リュミエールの表情がわずかに変わる。

 

 目を見開いて、数歩だけ後ずさった。

 

 その顔には、はっきりとした恐怖が浮かんでいた。

 

「……それ」

 

 そのときだった。

 

「待つんだ、フィーネ嬢!」

 

 背後から聞こえた声に、フィーネははっとして顔を上げた。レオフォルトの声だった。

 

 集中していた魔力が、わずかに軌道を逸れる。

 

 直後、リュミエールの背後で爆発音が響いた。火花と煙、そして砕けた石片が飛び散る。音に驚いたのか、リュミエールがさらに下がる。

 

 フィーネはその場に崩れ落ちた。二度目の魔法行使は、先ほど以上に体を削っていた。

 

 床に崩れ落ちたフィーネは、荒い息をつきながら、自分の手を見下ろした。震えていた。かすかに、指先が痙攣している。

 

 さっきまで、そこに魔力が集まっていた。熱くて、痛いほどに――まるでそれ自体が命を喰らう刃のようだった。

 

 喉の奥から、冷たいものがせり上がってくる。

 

(もし……あのまま撃っていたら)

 

 リュミエールの姿が脳裏に浮かぶ。あのときの顔。怯えて、後ずさって――今まで見せたことのない、確かな「生」の表情をしていた。

 

 当ててしまったら、殺していた。

 

 リュミエールを。

 

 フィーネはぎゅっと両手を握った。震えが止まらない。冷たい汗が背中をつたう。膝は笑って、立ち上がろうとしても力が入らない。

 

 どうして。どうして俺は――

 

 喉が詰まりそうになる。

 

 あの子は、敵だった。あのまま捕まっていたら、きっと、マスターの元に連れて行かれて、どうなるか分からなかった。

 

 それでも――

 

 「殺すかもしれない」と思った、その瞬間の自分の心の鈍さ。咄嗟に、止められなかったこと。

 

 それが、怖かった。

 

 「フィーネ嬢!」

 

 レオフォルトが声を張り上げる。しかし、その足はフィーネに向かって伸ばされることはなかった。

 

 リュミエールのマスターが、足元から影を噴き上げ、その行く手を塞いでいた。薄闇の幕が廊下を覆い、レオフォルトが踏み込むたび、影が壁のように形を変え、鋼の刃となって襲いかかる。

 

「……チッ、厄介な手だな……!」

 

 レオフォルトは唇を噛みながら、応戦を余儀なくされていた。その隙に、フィーネのそばには誰も近づけない。あの爆発の衝撃の余韻が残る空気の中、マスターはゆっくりと目を細めた。

 

「……なんだ、あの魔力出力は」

 

 静かに、だが確かに驚きの色を込めて、彼は呟いた。

 

「未調整であそこまで。……やられたら厄介だな」

 

 淡々と分析し、結論を下すように顎に手を当てる。視線の先には、震える両手を抱え、床に伏すフィーネの姿。

 

「リュミエール」

 

 呼ばれた少女はすぐに応じて近づき、主人を仰ぎ見た。表情はこれまでと少し変わり、真剣になっている。

 

「フィーネの右腕を切断しろ。もう一度放たれると、少々手間が増える」

 

 その言葉に、リュミエールは一瞬だけ瞬きをした。

 

 一瞬遅れて返事をする。

 

 「……は、はい、マスター」

 

 フィーネに再び歩み寄る。その手には、いつの間にか細い刃が握られていた。金属ではない、魔力で形成されたような、透けるほど薄い刃。

 

 フィーネはその気配に気づいた。顔を上げ、リュミエールと目が合った瞬間、足元がすくむような恐怖が背筋を貫いた。

 

 リュミエールは静かに歩を進め、フィーネの目の前にしゃがみ込んだ。刃を握る手には力が籠もっている。

 

「……ごめんなさい、フィーネさん」

 

 その声はいつものように穏やかで――けれどどこかぎこちない。目元には微かな揺れが浮かんでいたが、それでも視線は逸らさなかった。

 

「ちょっとだけ、切断させてもらいますね。……大丈夫、痛みはたぶん、ないと思いますから」

 

 フィーネはその声を耳にしながら、ただ呆然と見上げていた。視線の先で、リュミエールが腕を伸ばし、自分の右肩にすっと刃を添える。その動作はどこか覚悟を決めたのか迷いがなく、静けさを宿していた。

 

 遠くで、誰かの声が響く。

 

「レオフォルト!? 大丈夫なの!?」

 

 アイリの声だった。

 

 けれどフィーネの耳には、その声が水の底から届くようにぼやけていた。目の前の刃。肩に触れる冷たい感触。それ以外の全てが、感覚の外にある。

 

 リュミエールが刃に力を込める。柔らかに、だが確実に――

 

 スッ……

 

 刃が肩の肉を、関節を、繊維を切り裂いていく。だが痛みはなかった。何かが抜け落ちていく感覚だけが、妙に鮮明に感じられる。

 

 アイリの叫び声が、少しずつ近づいてくる。

 

「……フィーネっ!? フィーネーー!!」

 

 その声にすら、フィーネの意識は向かなかった。ただ、自分の肩に食い込んでいく刃を、どこか他人事のように見ていた。

 

 皮膚が裂け、骨が砕け、何かが千切れ――

 

 やがて、右腕が落ちた。

 

 ずるり、と服を巻き込んで床に転がる自分の腕を見下ろしながら、フィーネはただ、静かに瞬きをした。痛みはない。ただ体がぐらつき、胸の奥が少しだけ軋む。

 

 その直後――

 

「フィーネええええええっ!!!」

 

 アイリの絶叫が、空気を切り裂いた。裂けた声には恐怖と怒り、そして深い哀しみが込められていた。

 

 フィーネの耳には、その声が確かに届いていた。

 けれど――返す言葉も、目を向ける余裕も、もう残っていなかった。

 

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