ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第二十話「返して」※アイリ視点

 

 

 

 叫びながら私は走っていた。

 あの爆発音の直後から、嫌な予感が胸を締めつけて離れない。レオフォルトの姿も、影に遮られて見えない。だけど、それ以上に――

 

 フィーネ。どこ。どこにいるの。無事でいて――

 

 そして、ようやくその姿を見つけた。

 床に膝をついて、震えるようにうつむいている。

 そのすぐ目の前には――刃を構えたリュミエール。

 

「……っ!」

 

 私は息を呑み、咄嗟に叫んだ。

 だが……見えた瞬間、息が止まった。

 

 肩から――フィーネの右腕が、落ちていた。

 床に転がって、血が滲んでいる。

 意味が、すぐにはわからなかった。頭が真っ白になって、鼓動だけが耳を打ってくる。

 

 足が勝手に動いていた。走ってる。叫んでるのかもしれない。でも、音は何も聞こえなかった。視界の中にあるのは、座り込んでいるフィーネと――その前に立つリュミエール。

 

 肩に刃を添えていた、その手。

 

 握りしめた拳が震えていた。息が荒い。

 呼吸が、できない。

 

 怒りとも、悲しみとも、悔しさとも言い切れない。

 ぐちゃぐちゃになった何かが、胸の奥からあふれ出す。

 

 震える唇から、低く、かすれた声が漏れた。

 

「……返して」

 

 視界の端で何かが動いた。リュミエールがこちらを見ている。でもどうでもよかった。

 

 フィーネが――動かない。こっちを見てくれない。

 なのに、腕だけが、そこにあって。もう、戻らない。

 

 歯を食いしばる。涙は出なかった。けれど全身が泣いているみたいだった。

 体の奥から叫びたくなるような衝動が、脈打っていた。

 

「……なんで……っ」

 

 音が震える。言葉がまともに出せない。

 頭では考えられない。ただ、胸の奥が叫んでいた。

 

 全部壊したくなるほど、悔しくて、苦しくて――

 

 視界が赤く染まっていくのがわかった。

 脈が早い。耳の奥で、心臓の音が爆発みたいに鳴ってる。

 

 何も考えてなかった。考えられるはずがなかった。

 

 ただ――

 

 あの手が。

 あの目が。

 あの態度が。

 

 許せなかった。

 

 頭の中で何かが弾けた。

 

 次の瞬間、私は駆けていた。叫び声すら出なかった。ただ全身の力を足に叩きつけて、一直線にリュミエールへ突っ込む。

 

 視界の中心に、あの無表情な顔がある。

 

 震える腕が勝手に動いていた。腰の剣に手が伸びる。抜いたのかどうか、記憶がない。ただ握っていた。力任せに、振りかぶる。

 

 リュミエールの目が、わずかに見開かれる。

 

 その一瞬の迷い――遅れた反応――

 

 刃が交わる前に、私はその身体に体当たりしていた。

 

「――っ!」

 

 鈍い音と共に、リュミエールの体がよろけ、後ろに倒れる。踏ん張った足が滑り、背中が床に打ちつけられる。

 私もそのまま倒れ込み、床を転がる。痛みは感じなかった。ただ、呼吸が荒くて、肺が焼けつくようだった。

 

 すぐに立ち上がる。剣を振りかぶる。

 リュミエールは、倒れたままこちらを見ていた。

 

 その目には――初めて、明確な「動揺」が宿っていた。

 

 構わなかった。今さら、表情なんてどうでもよかった。

 

 私は剣を振る。振り下ろす。叫びもせずに。

 ただ、全身の力を叩きつけるように。

 

 金属の音が弾けた。

 

 リュミエールが、手にした刃で受け止めていた。

 その腕が震えていた。押されていた。

 

 刃と刃がぶつかるたび、空気がひび割れるような音を立てる。

 

 私の中から、何かが漏れ出していた。

 熱。気。力。

 

 無意識のまま、魔力が溢れ出ていたのだと、あとになって気づいた。

 

 今はただ――

 

 壊したかった。

 

 守れなかった自分を。

 目の前であんなことをした相手を。

 このどうしようもない現実を。

 

 もう一度、剣を振り上げる。リュミエールは刃を交差させて受け止める。けれど、引き摺るようにしてその身体が、少しずつ後退していく。

 

 一歩。

 また一歩。

 壁際まで追い詰められ、逃げ場はなくなっていく。

 

 刃を振るうたび、肩が軋む。腕が重い。だけど止まらない。

 リュミエールの顔が、次第に焦りに染まっていく。

 

 もっと、もっと――

 

「アイリ……さん……」

 

 絞り出すような、リュミエールの声が聞こえた。

 その声で、私は初めて、我に返りかけた。

 

 でも、止まらなかった。

 止まれなかった。

 

 あと一撃。そう思って、剣を振り上げた。

 その瞬間――

 

 黒い影が、音もなく間に割り込んできた。

 

 風が巻く。視界が揺れる。

 次の瞬間、金属の鈍い音が耳を打った。

 私の剣は、見えない何かに受け止められていた。

 

 ぐらりと体が揺れる。目の前には――見覚えのある、男。

 

 長身で、薄く笑ったような無表情。黒衣の裾が風に揺れている。

 

「そこまでにしておこうか。もう十分だろう」

 

 低く、冷たい声だった。

 

 私は息を呑む。思考が一瞬、空白になる。

 

 リュミエールがその背に隠れるようにして膝をつく。

 肩が上下していた。咳き込みながら、かすれた声を漏らす。

 

「……っ……ありがとうございます、マスター……助かりました……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭が沸騰するような怒気が走った。

 

 ――マスター。

 

 あのとき。あの夜。フィーネを狙っていた、あの影。

 

 忘れるはずがなかった。

 ずっと探していた。ずっと――許せなかった。

 

 拳を握る。剣を構え直す。

 

「……お前……」

 

 喉の奥が焼ける。

 怒りが、声にならない。

 

「やっぱり……お前だったんだ……!」

 

 歯を食いしばって睨みつける。

 言葉では収まりきらない怒気が、体中から噴き出していた。

 

「フィーネに、何をした……何を、させた……っ!」

 

 叫ぶのではなく、絞り出すような声だった。

 震えていた。剣を握る指も、唇も、全身が怒りで。

 

 男はその怒気を正面から受けても、まったく表情を崩さなかった。

 むしろ、その目に宿ったのは――一瞬の、興味。

 

「……なるほど。あのときの子か。よく覚えていたな」

 

 その声に、心の奥で何かが切れた。

 体が、勝手に動いていた。

 

 剣を振り上げ、再び男に向かって突っ込もうとしたその瞬間――

 

 腕を、誰かの手が強く掴んだ。

 

「やめろ、アイリ!」

 

 声が響く。振り返らずとも、その声はわかった。

 

 レオフォルト。

 けれど、今の私は、そんなことどうでもよかった。

 

「離してっ!」

 

 振り払おうと、暴れる。足を踏み出す。前へ行こうとする。

 それでも、レオフォルトの手はびくともしなかった。

 

「落ち着いてくれ! 君までやられたいのか!」

「離してって言ってる……!」

 

 喉が焼ける。涙が込み上げそうになる。でも、出ない。

 怒りが先に、全身を駆け巡っていた。

 

「今、あいつを逃がしたら……!」

 

 叫ぶように、振り返る。

 でもレオフォルトは、真っ直ぐな目で私を見ていた。

 

「それより先にやるべきことがあるだろう!」

 

 その一言に、全身の力が一瞬抜ける。

 

「……フィーネ嬢は、まだ、死んじゃいない」

 

 低く、しかし強い声だった。

 

「でも、あのままじゃ、危ない。……君が怒ってるのはわかる。僕だって同じだ。けど――今は、助けるのが先だ」

 

 呼吸が荒い。心臓が壊れそうなほど鳴ってる。

 でも、レオフォルトの手が、言葉が、私を引き戻していた。

 

 視線を横にずらす。

 フィーネは、まだ床にうずくまったままだ。動かない。色のない唇。微かに震える指先。

 

 ――今は、まだ、助けられる。

 

 唇を噛みしめる。怒りは、消えていなかった。

 けれど、ほんのわずかに、視界が戻ってくる。

 

「……っ……わかってる……」

 

 震える声で答える。

 

「でも……でも……!」

 

 言葉にならない叫びが喉に詰まる。悔しさが、怒りが、まだ燃え続けている。

 

 それでも、私は――レオフォルトの腕を、振り払うのをやめた。

 

 今は、フィーネを助ける。それだけを、考えることにした。

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