ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第二十一話「連れ去りと奪還」

 

 

 

 黒衣の男は、すでに戦う構えを解いていた。だがその瞳には、決して油断の色などなかった。ただ、静かに――冷たく状況を見つめている。

 

 やがて、ぽつりと、誰に向けるでもなく言葉を落とした。

 

「……二人になったか。面倒だな」

 

 それは、心底厄介事に巻き込まれたとでも言いたげな独り言だった。

 

「このままここで取り返されたら、元も子もない。この収穫を無駄にするつもりはないからな……」

 

 その視線が、床にうずくまるフィーネへと落ちる。

 

 「リュミエール」

 

 呼ばれた少女は、わずかに体を起こし、苦しげな息を吐きながら応じた。

 

「……はい、マスター」

 

「フィーネを運べ、腕の回収も忘れるな。できるだけ静かに離脱しろ。ここは任せろ」

 

 リュミエールは一瞬、ちらとアイリとレオフォルトを見やった。視線は揺れていたが、すぐに従順な返事が返る。

 

「……わかりました」

 

 ふらつきながら立ち上がると、彼女はフィーネの傍らに膝をつき、そっとその体を抱き起こす。まだフィーネはぐったりとしていて、その顔には気力があまりない。

 

 その様子を見て、アイリがレオフォルトの腕を強く握った。

 

「……どうするの? あんなふうに連れて行かれたら……!」

 

 怒りと焦りが混ざった声が、喉の奥から漏れる。

 

 レオフォルトは眉をひそめながら、男とリュミエールの動きを注視していた。

 

「……ああされたら、強行突破は難しい。あの男の実力は未知数だ。君もさっき見た通り――あれだけの魔力を使った直後の君じゃ、先程のような動きは期待できない」

 

「でも!」

「わかってる」

 

 レオフォルトの声は、あくまで落ち着いていた。だがその瞳には鋭い光が宿っている。

 

 「――どうにかしてリュミエールに辿り着くんだ。やつの狙いはフィーネの回収だ。なら、あの子を連れ去られる前に、こっちが動くしかない」

 

 レオフォルトの声音には、明確な決意が込められていた。

 

 アイリは息を呑み、すぐに頷いた。

 

「……そうだよね。あのまま連れて行かれたら、きっと次はもう会えない」

 

 拳を握る。悔しさと焦りが胸を焼いていた。でも、今のアイリはただ感情で動いているわけではなかった。

 

「魔法はもうあんまりだけど……動くことはできる。剣も握れる。だから、やるべきことは一つだけ」

 

 レオフォルトがちらりと彼女を見やる。その顔に浮かんだのは、わずかな微笑と、戦士としての理解だった。

 

「……君がいるなら、やれるかもしれない」

「じゃあ、作戦は?」

「僕が正面から牽制する。その間に、君が回り込んでフィーネを奪い返す。あの黒衣の男がリュミエールを信用してるなら、守りは薄いはずだ。数秒だけでいい、隙を作れればそれで勝てる」

 

 アイリは頷く。歯を食いしばり、言葉を絞り出した。

 

「もう二度と、あの子にあんな顔させないために……やるよ、レオフォルト」

 

 ふたりの影が、再び戦場の中心へと向かって進んでいく。

 

 空気が、張り詰める。

 

 レオフォルトが一歩前へ出た瞬間、腰元の魔導器に軽く手を添える。詠唱はない。ただ、指先に宿った魔力が周囲の空気を震わせた。

 

「――光よ」

 

 短く呟いた刹那、宙に浮かぶ無数の光球が、周囲を白く染めた。淡く脈打つ光が何層にも広がり、影の輪郭を削ぎ落とす。

 

「君の術は、影を操るものだろう。だったら、こういうのは苦手なんじゃないかな?」

 

 レオフォルトの声音は穏やかだったが、内には鋭さを帯びていた。

 

 対する男は無言のまま、眉をわずかにひそめる。

 

 光が伸びる。床、壁、天井――すべてが淡い光に包まれ、闇は逃げ場をなくす。影が生まれにくくなるたびに、男の纏っていた気配が僅かに揺らいだ。

 

 アイリはその一瞬を見逃さなかった。

 

(今だ!)

 

 足に力を込める。蹴り出すと同時に、風が彼女の背を押すように吹き抜ける。

 

 レオフォルトも同時に動いた。抜き放たれた剣が、男との間に火花を散らす。

 

「っ……!」

 

 金属の音とともに、衝撃が走る。男が影を巻き上げるように防御を試みるが、光が差し込んだ今、その質は明らかに鈍っていた。

 

 レオフォルトが刃を滑らせながら言う。

 

「見たところ、かなり魔力を使っているようだな。おまけに今は光の中だ。全力は出せない……違うか?」

 

 男は何も答えなかった。ただ、その瞳の奥にわずかな焦りがにじむ。

 

 アイリは、今度こそ全力で走っていた。視界の端で影が蠢く。男が放った迎撃の術式――黒い帯のような影が、地を這うようにして迫ってくる。

 

(来る……!)

 

 すかさず足を交差させて飛び、身を低くしてかわす。直後、左腕をかすめて鈍い痛みが走ったが、構っている暇はない。

 

 再び影が追ってくる。しかし、それは先ほどの鋭さに欠けていた。

 

(やっぱり、弱ってる)

 

 アイリは確信する。この一瞬を逃せば、もう次はない。

 

 床を蹴る。光の粒が舞い、影を押し返していく。

 

 やがて――見えた。

 

 リュミエールの背中。ぐったりと抱えられている少女。揺れる銀髪。白い頬。

 

 フィーネだ。

 

「――!」

 

 喉が震える。足に、さらに力がこもった。

 あともう少しで、届く。あと数歩で、リュミエールに届く――そう思った瞬間だった。

 

 彼女の腕の中から、何かがふっと滑り落ちた。

 

 ――フィーネの右腕。

 

 白い包帯の巻かれたそれは、リュミエールの懐からこぼれ落ちるようにして、床に落ち、さらに転がってアイリの進行方向とは逆――少し後方へと弾かれていった。

 

 アイリは立ち止まりはしなかった。そのまま走り続けた。けれど、胸の奥がきつく締め付けられる。

 

 あの腕が、フィーネの一部が――地面の上に転がっている。

 

 喉の奥で、謝罪の言葉が震える。悲しみが込み上げる。フィーネが失ったものが、確かに目の前にあって、それなのに、自分には拾ってやることすらできない。

 

 その刹那、リュミエールの動きが変わった。

 

 抱えていたフィーネをぐっと左腕に寄せ、足を止める。

 

(なに……?)

 

 リュミエールは反転するように身体を翻し、アイリを一瞥した。そして――すぐ後ろへ視線を戻す。

 

「……腕、拾わないと」

 

 息を整えながら、どこか焦りを滲ませた声だった。

 

「マスターに、言われてました……回収も忘れるなって。全部連れて帰らなきゃ、意味がないんです」

 

 それはまるで、自分に言い聞かせるようだった。戦闘中であることも、目の前に敵がいることすら頭から飛んでいるかのような、奇妙な執着。

 

 アイリの目が細まった。

 

「……なら、簡単には行かせない」

 

 足を止め、腰を落とす。そのまま剣を振るうように、低く構えを取る。距離は近い。ここからなら――十分、阻める。

 

 リュミエールもまた、フィーネを左腕で抱えたまま、右手に魔力の刃を発生させた。迎え撃つ姿勢を崩さない。

 

 そして――リュミエールの視線が、アイリの背後を見据える。

 

 そこにあるのは、地面を転がったフィーネの右腕。

 

 アイリは瞬時に理解した。今、男が欲しているのはフィーネ本人だけじゃない。すべて――フィーネという人間の完全な回収。

 

 アイリは一歩も退かず、そのまま迎え撃つ姿勢を強めた。

 

 リュミエールは、焦りと義務感を混ぜたような表情で睨み返す。

 

 二人の少女が、言葉なく対峙する。その間に、白い布に包まれた小さな右腕が、じっと黙って転がっていた。

 

 

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