ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第二十六話「創られた姉妹」

 

 

 

 扉の外へと駆け出したリュミエールの足音は、廊下の奥でやがて静かに消えていった。

 

 フィーネは脱力したようにその場にへたり込み、閉ざされた扉を睨むように見つめていた。右肩の違和感がじんわりと広がる。腕がない、という事実の方が、リュミエールの愛情爆弾よりはまだマシだった気さえする。

 

 嫌な予感がしてならなかった。常識が通じる相手なら、リュミエールがああなるわけがない。恐らく、彼女をあの狂信的な忠義モードに仕上げた張本人なのだ。

 しかも自分の腕の切断を命令するような男、常識人であるはずが――

 

 ガチャリ、と静かに扉が開いた。

 

「こちらです、マスター。フィーネさん、お待たせしました!」

 

 意気揚々と入ってきたリュミエールの後ろから、黒衣の男がついてくる。フードを被っていて表情は見えないが、なぜか一歩遅れて入ってくるあたり、妙に遠慮深い印象すらあった。

 

 そして彼は、部屋に入ってくるなり呆れたように言った。

 

「……リュミエール、お前は一体何を言っていたんだ?」

 

 その声音には、怒りも威圧もない。単純に、予想外の出来事に戸惑っているような反応だった。

 

「えっ、フィーネさんに誓っただけですよ! 一生お世話するって!」

「いや、内容だ。『右腕になります』とはどういう意味だ。あまりに文脈が急だろう。そもそも自己犠牲という概念の解釈が極端すぎる。お前の中で何か起きている?」

 

 その冷静すぎる返しに、フィーネは思わず共感そうになった。

 

「えっ……でも、責任ですから……」

「責任感と依存は似て非なるものだ。混同するな」

 

 淡々と指摘するその口調には、何かを押し付けるような圧はなかった。ただ、理屈として正しいことを、感情を抜きにして並べている、という印象。

 

 意外なことに――まとも、だった。

 

 フィーネはそっと眉をひそめた。狂人だと思っていたマスターが、思ったより人の形をしている。それはそれで拍子抜けだ。

 

「……妹には、少し教育が足りなかったか」

「妹?」

 

 聞き慣れない単語に、フィーネが思わず首を傾げると、男はようやくフードを外した。

 

 整った顔立ち。まだ若い――少なくとも二十代くらいの見た目で老人ではなかった。だがその目は年齢の見た目よりも深く、冷静に物事を測っている。

 

「言っていなかったか。……お前を創ったのは、エトワール・カスティエルだけではない」

 

 その一言に、フィーネの背がぴんと強張った。

 

「俺も関わっている。リュミエールと同様にな」

「……同様って……」

「エトワールが骨組みを組み、俺が制御と補完を担当した。いわば、お前たちは“姉妹”のようなものだ」

 

 言い終えてから男は、腕を組みながら小さく息をついた。

 

「……もっとも、俺はお前たちを娘とも妹とも思っていない。管理すべき存在とは思っているがな。感情を乗せるつもりはない」

 

 言葉だけを聞けば冷たい。だが、不思議なことに、そこには嫌悪や敵意が一切含まれていなかった。過剰な愛情も、軽蔑もない。ただ事実として「そうである」と言い切っているだけ。

 

 少なくとも――リュミエールのような暴走はしないタイプだと、フィーネは悟った。

 

 その直後、扉の外から軽やかな足音が近づいてくる。

 

「はーい、入るわよ~。……って、もう話し始めてたのね」

 

 その声に、マスターはわずかに顔をしかめた。

 

「来るのが遅い。今は静かにしてくれ」

 

 ぴしゃりとした言い方だったが、感情はこもっていなかった。むしろ「うるさくなる予感」に辟易している、というような表情だった。

 

「またそんなこと言って、かっこつけてるんでしょ、マスターくん?」

 

 開いた扉の隙間から、ふわりとした赤茶の巻き髪が現れる。軽装のローブの上から、動きやすそうなジャケットを羽織った女が入ってきた。年齢は二十代前半で男と同じくらいに見えるが、雰囲気はまるで違う。軽口混じりに笑いながらも、その目はすぐにフィーネへと向けられる。

 

 そして――

 

「……うわ、本当に腕、切っちゃったんだ……」

 

 冗談の余韻はそこで完全に途切れた。視線が男に戻ると、その目には明確な引きが宿っていた。

 

「何考えてるの、あんた。いくらなんでも、これはやりすぎでしょ」

「仕方ないだろう。あれほどの魔力を、制御もなく放たれてはな。放置すれば、こちらが危険だった」

 

 マスターの返答は冷静だったが、どこか気まずそうに視線を外していた。普段は論理で押し通す彼にしては、珍しく歯切れが悪い。

 

「でも、それでもよ。ホムンクルスでも……女の子なんだから。こんなやり方……」

 

 彼女の非難を、マスターは無言で受け止める。

 

 ただ腕を組み、わずかに顔を背けた。それは、「答えない」ことで肯定も否定もしない、無視の姿勢だった。

 

 女性は呆れたようにため息をつき、それからふっと肩を落とすと、静かにフィーネのそばへ歩み寄った。

 

「……ごめんね。決して、悪気があったわけじゃないの」

 

 しゃがみ込むようにして、彼女はフィーネの目線まで降りてくる。そして、そっとその頭に手を添え、優しく撫でる。

 

「やむを得なかったの。本当は……あなたを傷つけるつもりなんてなかったんだから。腕を切るなんて、誰も最初から計画してなかった」

 

 その声には、先ほどの軽口とは打って変わって、真摯な響きがあった。フィーネは近くなった見知らぬ女性の顔、そして手の温度に、咄嗟に身を強張らせながらも、逃げることはしなかった。

 

「……あっ、でもね」

 

 急に思い出したように、女性が言葉をつなぐ。

 

「腕、回収できなかったのは残念だけど――完全に元通りにするのは無理でも、新しく作って繋ぐことはできるわよ。少し時間はかかるけど」

 

 言っている内容は、にわかには信じがたいものだった。

 

「……えっ!? 本当ですか――ってそうじゃなくて」

 

 フィーネの口から素っ頓狂な声が漏れる。だが意味がわからない。なぜだ? 腕を作る? 切ったのはそっち側だろう。

 

 この人たちは――自分に何をしようとしてる?

 

 混乱が、疑念を引き連れて押し寄せてくる。

 

「意味が分からないです!」

 

 思わず口をついて出た言葉に、自分でも制御が利かない。胸の奥から湧き上がる不安が、勢いを持って喉を震わせる。

 

「あなたたちは……いったい、何者なんですか? なんで……なんでこんなに親切にしてくるんですか? そもそも、悪い人たちなんですよね? だって腕を切ったんですよ? そんなこと……そんなことして、なんで……っ」

 

 声が震え、言葉がうまく続かない。それでも、フィーネは精一杯の気力を振り絞って問いかけた。理屈も整わないまま、早口で、息も詰まりそうな勢いで。

 

 相手が優しい顔をしているほど、逆に怖くなる。リュミエールも根は良い子で、マスターと呼ばれる男も案外常識人で、この女性は親切な人で――その答えが、どうしても欲しかった。

 

 

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