ホムンクルスとして目覚めた俺が、主人の策略により曇らせ包囲網を勝手に作られる話   作:あろみんと

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第二十七話「偽りの記憶?」

 

 

 

 女性は手をそっと離し、まっすぐにフィーネの顔を見つめた。

 

「……そう思われても、仕方ないわね」

 

 どこか寂しげなその声に、フィーネは息を詰めた。やはり、彼らは何か――普通ではない。

 

 ふと、近くの壁にもたれかかるようにしていた男が、宙を見つめたまま口を開いた。

 

「そうだな。……俺たちは、きっと悪役なのだろう」

 

 その一言は、どこか皮肉めいていて、だが静かな確信を伴っていた。

 

「な、なんで……」

 

 フィーネがそう問いかけようとした瞬間、彼の声がそれを遮った。

 

「だが、誓って言える――殺しはしていない。罪を犯していないと言えば嘘になるが、そこまで落ちぶれたつもりはない」

 

 言葉に重さはあったが、虚勢の類ではなかった。ただ事実を、誰にでもなく語っているだけのようだった。

 

「……悪は、エトワール・カスティエル。あいつだ」

 

 その名を口にしたとき、マスターの声に初めて明確な怒気が宿った。目が細められ、顔の半分が影に沈む。その表情は、冷静というよりも、怒りに堪えかねているようだった。

 

 フィーネは自然と息を呑む。その名前は、自分にとっても他人事ではない――自身の「創造主」なのだから。

 

 リュミエールはその気配に気圧されたのか、すっとマスターから一歩だけ距離を取った。女は目を閉じて「やれやれ」とでも言うように、肩を竦める。

 

「三年前まで、俺とエトワールは、ホムンクルスの共同開発を行っていた」

 

 マスターは、視線を宙に投げたまま続ける。

 

「かかった時間は短くなかった。膨大な失敗と試行錯誤の末、ようやく第一号――“フィーネ”が完成した」

 

 名指しされたフィーネは、身じろぎもできずにその場に固まっていた。自分が第一号?

 

「だが――あいつは、あろうことかお前を連れ去った」

 

 マスターの声音が再び鋭くなる。

 

「連れ去り、消息を絶ち、そして今日――研究発表と称して、これまでの研究を公表した。第一号であるお前を公表はしていないが、まるで自分ひとりで研究してきたかのように、成果を、全て自分のものにしようとしている」

 

 その言葉の後半は、憤りに震えていた。彼の体から、まるで実体を持ったような黒い影が微かに滲む。理性の底に封じ込められていた怒りが、言葉の隙間からじわじわと漏れ出していた。

 

「だから――俺たちはこうして、お前を取り返しに来たのだ」

 

 言い終えたその声には、どこか哀しさも混ざっていた。主張ではなく、報告のような響き。

 

「……信じられません」

 

 フィーネは、かすれた声でそう呟いた。

 

「私には、目覚めた時の記憶があります。目を開けた時、そこにいたのはお爺さま――エトワール様ひとりでした。それから……まだ一月も経っていないんです。ずっと彼と二人きりで」

 

 否定ではなく、混乱。信じたい記憶と、突きつけられた現実との落差に、声が揺れていた。

 

 その言葉を聞いて、マスターは鼻で笑った。

 

「たった一月か。……お前にとってはそうだろうな」

 

 言うや否や、彼はフィーネの方へとゆっくり歩み寄ってきた。その動きに反射的に身を強張らせたものの、何かをする気配は感じない。だが――次の瞬間、彼の手がフィーネの上着の裾をつまみ、ぺろんとめくり上げた。

 

「――え?」

 

 予想外すぎる行動に、フィーネの思考が一瞬飛んだ。視線の先、自分のお腹が丸見えになっている。しばらく呆然としたあと、ようやく状況が理解できて――

 

「な、なにするんですかっ!」

 

 顔を真っ赤にして叫んだ。慌てて服を引っ張って元に戻し、膝を抱えるようにして体を丸める。

 

 その反応に、自分自身が一番驚いた。性自認は男であるのに、案外女子っぽい反応をしてしまったと。

 

 顔に熱が昇る。羞恥と混乱と、よく分からない敗北感がない交ぜになって、まともに男の顔を見られなかった。

 

「何だその反応は。言っただろう、俺はお前を管理すべき存在としか思っていないと」

 

 マスターは淡々とそう言いながら、何事もなかったようにコートを整えて立ち上がる。

 

「腹部の魔力循環痕――エトワールがいじった痕跡があった。記憶と自我の再調整、おそらくそれも“目覚めた”直後に上書きされている」

「……そ、それはつまり?」

「記憶は本物ではないということだ」

「……」

 

 沈黙が降りた。

 

 フィーネは唇を噛んだまま、俯いて動かない。さっきまでの怒鳴り声も、羞恥に震えた反応も、まるでなかったかのように。

 

 「記憶は本物ではない」――その一言が、頭の中で何度も反響していた。

 

 たしかに、あの目覚めの記憶は鮮明すぎるほどだった。エトワールの異様な登場、命令に抗えなかった恐怖、女になっていた衝撃、そして突然店番を命じられた混乱――

 

 だが、なぜか違和感があった。

 

(……老人は、最初に言ってた。自分は死んだ魂を呼んだって)

 

 呼ばれたのが本当なら、自分は記憶をなくした“フィーネ”ではなく、別の誰か――前世の、ただの一般人ではないのか?だってフィーネには確かに前世の記憶が存在している。

 

 心の中に、浮かんでは沈むその考えに、フィーネは震えた。

 

 黙っているフィーネに、マスターがふと首を傾げる。

 

「……どうした?」

 

 問いかけは穏やかだったが、その裏には確かな関心が見えた。観察するような、管理者の視線。

 

 フィーネは顔を上げた。何も言わず、ただ小さくかぶりを振る。

 

「……いえ、なんでもありません」

 

 本当は、何も分からなかっただけだった。魂とか、ホムンクルスとか、記憶の上書きだとか、すべてが自分の理解の範疇を越えていた。

 

 けれど、それを打ち明けてどうなるというのか。どれだけ語ったところで、この男の中ではすでに全てが「理論」として完成しているように見えた。

 

 だから――黙っておくことにした。分からないと、言わないことにした。

 

 ただ、胸の奥に小さな棘のようなものが残ったまま。フィーネはその場でそっと、唇を引き結んだ。

 

「……ああ、そうだ」

 

 男がふと思い出したように顔を上げた。

 

「お前の――あの魔法の件だが……」

 

 何かを言いかけたところで、

 

「ちょっとストップ!」

 

 女性が勢いよく手を挙げ、言葉を遮った。

 

「まあまあ、起きたばかりでしょ? フィーネちゃん、いろいろ頭が追いついてないと思うし、まずは落ち着いて――ね? それに、自己紹介もまだなんだし」

 

 場の空気をやんわりと包み込むような口調だったが、その目はマスターをしっかりと見据えていた。下手に言わせればまた空気が重くなるのを見越しているのだろう。

 

 マスターは眉をひくつかせながら、しばらく沈黙したあと、大きくため息をついた。

 

「……好きにしろ」

 

 肩を落としつつ、壁に背を預けて視線をそらす。その動作はどこか不本意そうで、だが強くは反論しなかった。やれやれとでも言いたげな顔つきで、目を閉じる。

 

 その隙に、女性はくるりとフィーネの方へ振り返った。

 

「改めまして、私はカティア。研究室じゃ雑用兼、あなた達のお世話係ってところかな?」

 

 にこやかに名乗りつつ、フィーネの隣にしゃがみ込むようにして視線を合わせる。その距離感は近すぎず遠すぎず、だがどこか親しみを含んでいた。

 

「変なことばっかり言ってたでしょ、あの人。……でもまぁ、悪い人じゃないの。ちょっと人としての感情表現が偏ってるだけでね」

 

 その声は柔らかく、慰めるようでいて、不思議と押し付けがましさはなかった。

 

 フィーネは小さく頷いた。いまの自分には、説明よりも、そうした曖昧な優しさのほうがずっとありがたかった。

 

 

 

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