ただ一度、君の名を   作:K4R4SU

10 / 33
4話 たった一言で、変わるもの

 

 

 

体育祭のアナウンスが途切れる。

得点発表、通過者、昼時間の案内──全部、耳に入ってた。けど、頭に残ってない。

 

周囲はざわついていた。

誰が一位だった、あの動きがどうだった、あいつの“個性”は何だ。

……俺たちの名前も、きっとどこかで話題に出てる。

 

わかってる。

数字も、評価も、目に見える形で俺達にも向いてる。

でも──どうしてだろうな、まだ「勝った」とは、言い切れない。

 

さっきの試合。

如月が全部を拾って、導いて、それで俺は──勝った。

 

……そう思おうとしてる。

あいつが、あの顔で、あんな風に言ったから。

 

……どこまで本気で言ってんだ、あいつは。

 

今、俺の隣には、

“勝たせた張本人”が、無言で歩いていた。

 

 

廊下の角を曲がる。控室と、昼休憩に向かう導線が分かれる地点。

 

その手前で、如月が足を止めた。

 

 

 

「……お疲れさま」

 

振り返らずにそう言う。

 

ただ、それだけ。

それだけなのに──俺は、立ち止まってしまった。

 

 

 

「あのさ、さっきの……」

 

言いかけて、飲み込んだ。

 

 

 

言ったところで、何を期待してんだよ。

「すごかった」? 「助かった」?

そんな感情を、あの目にぶつけて、何になる。

 

 

 

でも。

 

それでも、あれだけは──

 

 

 

「“君の成果でしょ”って、あれ……皮肉じゃなかったのかよ」

 

首に片手を当て、顔を逸らす。

問いかける声は、無様なほど小さかった。

 

 

 

如月は、一歩だけ振り返る。

 

首をかしげて、自然と笑う。

 

「……?」

「君が選んで、動いた結果でしょ? 私は、呼ばれたから、行っただけ」

 

──なんだよ、それ。

そんな言い方、ずるいだろ。

 

決めたのは俺。

選んだのは確かに俺だ。お前に最初に声かけるって、動いたのも。

……試合と結果を見れば“俺の成果だ”なんて、簡単に言えねぇ。

でも、そんな俺の意見なんて眼中にないみたいに如月は言った。

 

 

「……そうかよ」

 

 

 

自分でも驚くほど、投げやりな声が出た。

 

けど、たぶんそれでよかった。

 

 

 

如月は小さく、笑みを深めたように見えた。

けどそれも、すぐに消える。

 

 

 

「じゃあ、また後で。例年通りなら一対一、らしいし」

 

「……ああ。俺の番が来るまでに、少し寝とく」

 

「ちゃんと、ご飯は食べてね。

──見てるから」

 

一瞬だけ目が合った。

何かを伝えるような目でも、問いかけるような目でもない。

けど、なぜか心に残る目だった。

視線を残したまま、如月は歩き出す。

その背中は──やっぱり、まっすぐで、妙に遠かった。

 

 

──何なんだよ、あいつ。

 

その言葉が、やけに耳に残った。

 

飯を食えってのは、まあ、わかる。

 

けど──“見てる”って、何をだよ。

 

戦いか? 勝ち負けか? それとも……。

 

俺の、“これから”か?

 

……やめろよ、そういうの。

 

何もしてない顔で、

全部、“見てる”みたいな。

 

 

 

でも、なんでだろな、俺は──

 

あいつの言葉で、

「俺の勝ち」って思ってもいい気がしてる。

 

 

 

ほんの、少しだけ。

 

 

 

だから俺は、

目を伏せて、小さく吐いた。

 

 

 

「……また、後で」

 

 

 

そうして、別れた。

 

この先に待つのが、“勝負”なら──

あいつの前で、負けるわけにはいかない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「女子は全員、ああやって応援合戦しなきゃいけねぇんだって!」

峰田がチアガールを指差し、八百万と耳郎に声をかける。

 

「聞いてませんが……」

八百万が昼食のトレー片手に呆れ気味に返す。

 

「信じねぇのも勝手だけどよぉ……相澤先生の言伝だからな」

上鳴が口角を上げて、したり顔で乗っかる。

 

「相澤先生がおっしゃるなら…」

渋々と言った顔で、八百万は華やかなチア衣装を次々と作り出していく。

 

そして、A組女子分のチア服を作り、みんなに声をかけに行った。

 

 

 

更衣室前。

 

女子たちがぞろぞろと衣装を手に控室を出ていく。

 

「うぇ〜、これ恥ずかしいわ……」

耳郎が頭を掻きながら服をちらっと見せる。

 

「えっ!? チアガール!? てか全員分あんの!? すごっ!」

葉隠の服が浮かんでいないぶん、余計に想像力を煽る。

 

「思ったより、露出多いわね…」

梅雨も軽く呟いた。

 

 

 

──夕紬は、静かだった。

 

普段から黒いハイネックのボレロインナー…首元と腕の肌を隠す肌着を身につけていた彼女は、その上からチア衣装を重ねていた。

肌は一切見せない。装飾だけが、静かに華やかだった。

 

「……夕紬ちゃん、それ暑くないの?」

麗日が尋ねる。

 

「結構、快適だよ」

 

夕紬はさらりと返す。

 

その一言で、入学時からずっと着用してるそれが「これが彼女の“普通”」だと皆が理解した。

今は“個性”社会、それこそ服の好みもその人の個性だ。

だから特別でも、変でもなく、ただ──当たり前なのだと。

 

「……私も下になんか着ればよかったかなぁ」

耳郎がぼそっとつぶやく。

 

「私もー!いやでもあの丈も捨てがたいっ!」

芦戸が楽しそうに跳ねながら鏡をチェックしている。

 

葉隠は手をパタパタ振って、「私なんて見えてないしー」と笑っていた。

 

八百万はそんなやり取りを眺めながら、柔らかく言う。

 

「着こなしは自由に、ですわ。

どんな形でも、応援はできますから」

 

夕紬は小さくうなずいた。

首元を直し、仮面の笑みを浮かべる。

 

「うん、応援がんばろ」

 

 

 

仮面と装飾を纏って、“優等生”を演じる準備はできていた。

 

 

 

 

その姿で更衣室を出た瞬間──

 

 

 

「な、なんで……なんで“上から”なんだよ……ッ!!」

 

峰田がひくっと震える。

 

「いや、待ってくれ……おいおい!ドスケベインナーじゃねぇか!?腕と首元だけ隠して他は見せんのかよ…!いやむしろ……ッ」

「逆にエロい!ギャップがエロい!!そして、その静かさが余計に想像力を加速させるゥ!!」

 

顔を真っ赤にしながら震える小さな体。

 

「くそ……ッ、騙された……!オイラ、これ以上目ぇ合わすと、何かに目覚めそうだ……」

 

 

 

「……如月さんの着こなし、意外とエレガントだな」

 

上鳴が思わず漏らした一言に──

 

「エレガントの意味変わってんだろぉぉぉ!!!」

峰田が地面に突っ伏しながら絶叫した。

 

 

いつものように蛙吹が暴走する峰田を止めていた。

その傍らで、夕紬は呆れたように微笑むふりをしながら、ふと近くのガラスを見る。

結んだポニーテールの毛先だけが、わずかに揺れていた。

それは“自分”のはずなのに、どこか他人のものみたいに夕紬は観察した。

 

賑やかなざわめきと笑い声。

その誰もがどこか遠い出来事のよう。

 

 

露出した脚。

揺れる、丈の短いショートスカート。

くびれのライン。

胸元には、布が沿うように張りついていて、シルエットがくっきりと浮いていた。

腕、脇、首まわりは、黒のハイネックインナーに覆われている。

そして、風で踊るポニーテール。

 

この中のどれかが、たぶん“誰か”にとっては意味のある部位なのだろう。

 

 

──そうか、この体をそういうふうに見る人も居るんだ。

 

ユウは、静かにそう思う。

感情の伴わない実感。

好きでも、嫌いでもなく。誇りでも、嫌悪でもない。

 

ただ、“可能性の許容”。

誰かに評価される可能性のある器として、そう認識しただけ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

午後のレクリエーションが始まる直前。

スタジアムのざわめきが、どこか妙だった。

 

 

(……何だ、あれ)

 

ざわつく声が、耳に引っかかった。

 

「え、あれA組じゃね?」

「なんでチアの服着てんの??」

 

声が飛び交う。

どこか、場にそぐわない空気が流れていた。

 

 

 

その中心に、横並びになった──A組の女子たち。

 

そりゃそうだ。本来は“応援パフォーマンス”は外部のチアを呼ぶ予定だった。

A組の女子が衣装を着て恥ずかしがる子もいる中、横並びになる光景は、どこか妙に浮いていた。

 

 

 

その列の中に、夕紬の姿もあった。

 

 

 

他の生徒ほど肌は出していない。けれど、衣装は妙に印象に残った。

 

ポニーテールが揺れていた。

跳ねるでも、叫ぶでもなく。

静かなまま、決められた動きをこなしていた。

 

 

 

口角は、きれいに上がっていた。

笑顔だった。楽しそうに、見えた。

 

でも。

 

けど、なんでだか。

 

その笑い方だけは、さっきのそれと、微かに違って見えた。

 

……気のせい、か。

 

 

一瞬、何かを言いかけて──やめた。

 

そう、心操は歩き出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

《1対1のガチンコバトルだァ!!》

スタジアムを揺るがすようなマイクの声が、空を裂いた。

 

スタジアム中央には、第二競技の通過者たちが集まっていた。

 

朝礼台に立つミッドナイトが、組み合わせをくじ引きで決めると提示しようとした、そのとき──

 

 

ひとりの手が、静かに上がる。

 

 

尾白猿夫だった。

「……俺、辞退します」

 

 

その言葉が落ちた瞬間、空気が止まった。

 

 

尾白は続けて、試合中の記憶が曖昧だったこと。

 

そしてそれが、誰かの“個性”によるものだと考えていることを告げた。

 

 

観客席にざわめきが走る。

 

その言葉に、緑谷は自然と心操へと視線を向けた。

 

だが、心操は前を向いたまま、視線を返すことはなかった。

 

 

(でも、如月さんは──)

 

 

緑谷がふと騎馬戦の記憶を探るように夕紬を見れば──

 

視線に気づいたのか、それとも気づいていないふりか。

彼女は、ふわりと笑った。

声は出さない。ただ、その表情だけが答えだった。

 

そして──それは、拒絶でも肯定でもなかった。

 

 

その後尾白が内心を語れば庄田も一歩前に進み出し、同意する。

何もしてない者が上がるのは、この体育祭の趣旨と反する。

そう二人は主張して、辞退を申し込む。

 

「そういう青臭い話はさァ……好み!!」

 

 

ミッドナイトの一任で承諾される。

 

観客席にざわめきが走る。

だがそれは否定でも、嘲笑でもなかった。

むしろ、“何かを選んだ者”に向けられる、純粋な敬意に近い空気。

 

その様子を、心操はやや伏し目がちに見つめていた。

何も言わないが、その背にわずかな緊張が宿る。

 

 

そして、念のためとでも言うようにミッドナイトが夕紬を見つめた。

 

 

「如月さん、あなたはこのまま出場でいいわよね?」

 

 

チアガールの衣装を着たまま、夕紬は一歩、前に出た。

 

 

「……はい。このまま出場します」

 

 

そう伝えた後、視線を少しだけ横に滑らせ、尾白の姿を探す。

 

彼と目が合うと、夕紬は申し訳なさそうに笑顔を向けた。

 

「わかったわ」

 

 

ミッドナイトが短く応じる。

夕紬は静かに頭を下げ、列に戻った。

 

 

その背に、拍手が続いた。

誰に向けられたのか。

なぜ鳴っているのか。

──それは、夕紬の中には「関係のないこと」だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

どよめく観客、ざわめく会場。

一戦目──心操人使は、敗れた。

 

騎馬戦で“俺の武器”を使わなかった。

だから、相手は──緑谷は、俺の“個性”を知らなかった。

 

……いや、尾白が話した可能性はあった。

 

だからこそ、緑谷に口を開かせるために、あえて尾白を貶す言葉を選んだ。

結果、“個性”は通じた。

けれど──押し負けた。

 

……それでも。

 

胸の奥に、確かに“何か”が残っていた。

 

──負けたんだ。

 

 

でも、不思議だった。

悔しいのに、それだけじゃない。

すこしだけ、胸をはっても良いような、気がした。

 

 

試合が終わってから、

アリーナを背に通路を歩く間に、思い出す。

拍手、ざわめき、賞賛の声。

 

 

そして──

クラスメイト達の言葉。

 

湿った土埃と熱気が、まだ皮膚にまとわりついていた。

緑谷の背負い投げで叩きつけられた衝撃も、腰から肩にかけて、鈍く火照るように、まだ体に残っている。

立ち上がってもフラつく足裏には、じんじんと痺れが波打っていた。

 

 

 

「聞こえるか、心操! お前、すげぇよ!!」

 

 

 

そんな言葉が、

胸にじんわりと滲んできていた。

 

 

(……現実、だよな)

 

どこかで、ずっと「期待なんてされてない」って思ってた。

 

 

誰にも認められてないと思ってた。

 

 

けど今、

こんなふうに“声”が飛んでくる。

 

 

“すげぇよ”なんて言葉が、

今まで向けられなかった視線と共に。

 

 

 

思い出せば、思わず唇の端が動いた。

 

笑った──つもりはなかったけど、

気づいたら、そうなってた。

 

……そりゃそうだろ。

 

 

でも。

 

 

 

そのまま顔を上げかけて、

ふと、胸の奥にひっかかりが残った。

 

──あいつは、どこで見てたんだろうな。

 

 

 

「じゃあ、また後で」って、あの時、言った。

 

別に、勝ってみせるって約束したわけじゃない。

 

 

 

けど俺は、

 

……たった一言、「見てるから」って言われただけで。

 

それだけで、自分の“歩き方”が、間違ってなかった気がした。

 

 

「……すげぇな、あいつ」

 

言葉のあと、自然と視線が落ちた。

誰にも見せるつもりのない笑みだった。

 

 

次はちゃんと、“自分の力で勝ってみせる”。

 

あいつの前で、

あいつに何も言わせないくらいの勝ち方で。

 

 

 

「……じゃあな」

 

 

薄暗い通路を歩きながら、

誰に向けるでもなく、もう一度だけ、顔を上げたまま心操はそう呟いた。

 

 

 

 

 

次こそは。

 

あいつが見てる前で──勝ってみせる。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。