ただ一度、君の名を   作:K4R4SU

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私用で忙しくなりそうなため、来週お休みいただきます。




揺れる羅針  ―林間合宿編―
1話 余白


 

 

 

 

 

意識が落ちていたことに気付いたのは、いつだっただろう。

 

何かの音で目が覚めた。

 

頭の中は静かだった。

 

思考を覆っていたもやが、すっと晴れたように。

 

これで、いつもの生活に戻れる――そんな小さな安堵が胸の内に浮かんだ。

 

 

 

胸の奥のざわめきが消え、

寝起き特有の回り切らない頭も相まって、世界が静まったような心地。

 

少しだけ目を細めて、まどろみの中に身を沈める。

 

 

それでも、ユウの中に残っていた“うわずみ”が、静かに体を押し上げた。

生きることに必要なわずかな浮力は無意識に機能する。

 

 

 

 

そっと顔を上げる。

 

それでやっと、思い出す。

ここに来ていたのだと。

 

理由は、もう覚えていない。

 

でもそれでいい。

 

 

 

ただ、この行動が、彼らの迷惑になるかもしれないと――そんな考えが、ふと頭をかすめた。

 

固まっていた姿勢をほどく。

 

 

その時。

カサっと指先が何かに触れ、反射的に視線を向けた。

 

 

 

……チョコ?

 

持ってきたっけ。

 

 

記憶を探るがよく覚えていない。

 

答えを求めるように、無意識にユウは死柄木の気配がする方へ顔を向けた。

 

瞳が交差する。

そのとき初めて気づいた──彼は、ずっと私を見ていた……?

 

いつから?

いやそもそも――なぜ、私は今まで気づかなかったのだろう。

 

 

ユウが思考の海に沈みかけた時、彼はそっぽをむいた。

 

 

それが、答えな気がした。

深く考える理由も思いつかなかった。

 

……それでいいと思ったのかもしれない。

 

 

だから、湧き出た衝動に身を任せた。

 

指先で包みを掴む。

カサと音を立ててチョコが顔を出す。

 

一粒、そっと口に含む。

チョコは体温でゆっくりと溶けていった。

 

こくりと飲み込むと、ポツリと声が漏れた。

 

「…あまい」

 

……その言葉に大した意味はなく、

ただ、久々に感じた甘みが舌を撫でただけだった。

 

ユウはそれきり何も言わず、

ゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。

 

 

 

 

 

残された男は言葉を失っていた。

 

(……んだよ、それ)

 

それは声に出ることはない言葉。

 

初めて見たその目は──

静かに燻っているような目だった。

 

 

火なんてもんはありやしない。

そう、ヒーロー殺しの言葉を否定して、嗤ってやるつもりだった。

 

 

……なのに。

あいつは思ったよりも、無気力な奴じゃなかったらしい。

 

 

気味が悪いくらい、静かなくせに。

お前の中に、何があるっていうんだ。

 

 

声も出さず、涙も見せず、それでもなお――

 

 

 

 

鬱陶しい。

 

気に入らねぇ。

 

 

 

 

……なのに、彼は見てしまう。気付いてしまう。

 

 

 

あの目で、俺をずっと見ていたってことか?

 

 

 

ふいに、脳裏に、初めて名前を呼ばれた夜がよみがえる。

何も知らないくせに、妙な……気持ち悪い声で慣れ慣れしく呼んできたあの日を死柄木は忘れない。

 

 

 

首元にかゆみを覚えた。

言いようのない、ざらつき。

 

皮膚の内側で砂が軋むような──

思い出すたびに、どこかが痒くて仕方なくなるような、そんな感覚だった。

 

(──クソが)

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

期末テストまで残すところ一週間を切った頃。

 

クラスでは上鳴や芦戸をはじめ、テストを気にする声があがっていた。

そんな中、八百万の一声で勉強会が企画される。

 

 

こうして、数人で集まった八百万の家での勉強会。

 

夕紬は芦戸に誘われ、八百万一人では五人を教えるのは大変だろうと考え、参加を承諾した。

 

広すぎる宮殿のような家。

誰かの笑い声、紅茶の香り、柔らかい椅子。

クラスメイトが道に迷ったり、八百万の母が独特な味のクッキーを焼いてくれたり──いろいろなことがあった。

 

不思議な体験ではあったが、

夕紬にとっては数少ない、“人の家を訪れた”記憶であり、

誰かのあたたかな家庭を、そっと覗いたような記録だった。

 

 

そのかいあってか、クラスメイトたちは「手応えは悪くなかった」と笑っていた。

 

 

 

 

三日間の筆記試験を終え、いよいよ実技へ。

夕紬は切島とのペア、相手はセメントス。

試験会場は、硬質なコンクリートで囲まれた擬似都市フィールド。

 

 

この組み合わせを聞かされた時点で、夕紬はすでに積み方と勝ち方の想定をしていた。

そして案の定、試験開始の合図とともに、コンクリート――地面が隆起。

機動力を持たない二人は、瞬く間に閉じ込められた。

 

夕紬と切島は、開始数秒でセメントで閉ざされた丸い球体の中にいた。

切島が出口を作ろうと壁を削るが、分厚く外は見えない。

 

「削っても、削っても!キリがねぇ…!」

 

 

夕紬は恐らく空気口として開けられた天井の穴から、青く澄んだ空を見上げた。

そして、開始直後の状況を思い返し、口を開いた。

 

「開始地点から先生の姿が見えなかった。

 距離はわからないけど……たぶん、私の“個性”の範囲外にいると思う」

 

その言葉に、切島の手が止まる。

 

「見えねぇ位置から壁を厚くし続けてるって可能性もあるってことか……マジもどかしいぜ!」

 

「──私が壁を開ける」

 

「できんのか!?」

 

喜びと驚きが混じる声で、切島が振り返った。

 

「できる」

「でもたぶんすぐ先生は対応してくるよ。

 だから、切島くんは出口に走って」

 

私が囮になるよと、そんな作戦を夕紬は口にした。

彼の性格を理解しているから直接的には言葉にしなかったが、それでも彼は声を荒げた。

 

「……は!? 何言ってんだ、お前!」

 

反射的に声を荒げる切島。

その顔を見て、夕紬は想定通りの反応に小さく息を吸った。

彼の性格から反応は読めていたけれど──勝つためには、説得しなければならない。

 

「大雑把にドーム状の檻を作ったってことは、こちらを“目視できない位置”にいる可能性が高い。

 だから、二手に分かれてビルの物陰に隠れれば、隙が生まれる。

 これは役割分担だよ。私の“個性”の方が応用が利いて先生の“個性”に対応できる。」

 

「だから、私が時間を稼ぐ。切島くんは、その間に――お願い」

 

切島はその言葉を噛みしめながら、口を開いた。

 

 

「……たしかに、お前の言う方法が一番勝ち目あんのかもしれねぇ」

 

 

けれど、飲み込めない何かがあるように、切島は眉をひそめた。

勝つための理屈は理解している。

でもこれは、結果だけの勝ち負けの話じゃない。

 

「でも、それじゃ俺は……」

「確かに俺の“個性”じゃ先生に有利は取れねぇかもしれねぇけどよぉ!!」

 

ぐっと歯を食いしばって、迷いを振り切るように声を張る。

夕紬はその姿に一瞬だけ目を細め、静かに言葉を落とした。

 

「違う方法だと、林間合宿……行けなくなるかもしれないよ?」 

 

声色を変えずに、以前みんなで話していた“行こう”という約束を思い出させる。

学生にとっての小さな楽しみ──その重みを理解したうえで、彼女はあえてそこを突いた。

 

静かな一言が、かえって胸に刺さる。

 

 

「そりゃ……そうだけどよ!

 迷惑かけるかもしれねぇのも分かってる。

 それでもオレは、お前と一緒に勝ちてぇんだよ!」

「そんな勝ち方でよ、オレ……誇れねぇ!!」

 

夕紬は短く息を吸い、少しだけ黙った。

 

いつもの強気な顔とは違う。

眉尻を下げたその表情を見て、夕紬は思った。

 

それは彼の生き方を支える、“誇り”──信念と呼ばれるものなのだろう。

それが彼の中でどんな形をしているのかは、わからない。

 

けれど、誰かが心の柱にしているそれを、夕紬は否定できない。

 

彼の意見は折れない。

いや、折ってはいけない。

 

あの言葉は、きっと彼なりの決意なのだ。

彼は熱い人だけど、状態がわからないほど馬鹿な人ではない。

勝率が低くても、自分も戦いたいという──“共に”。

 

夕紬は柔らかく笑う。

 

「……切島くんらしいね」

 

「…悪りぃかよ」

 

切島は少し照れくさそうに視線を逸らす。

それから拳を静かに握り、夕紬の方へ向けた。

 

「お前が“呼んで”――」

 

向けた拳を自分へ返すように振り下ろし、吠える。

 

「オレが“ぶっ叩く”! そんで勝つんだよ、二人でな!!」

 

「わかった、二人で勝とう」

 

 

夕紬は静かに、しかし確かにうなずいた。

そして、“二人で勝つ”ならば――作戦を考えるのは自分の役割だと、夕紬は口を開く。

 

半分は即興、無茶な策である自覚はあった。

けれど、無茶を通す。そう決めた。

 

 

「なら、作戦は2パターンになるかな。聞いてくれる?」

 

夕紬はその場にしゃがみ、首をかしげる。

その静かな動作に、切島も姿勢を落とした。

 

「おう!」

 

元気に頷いて、夕紬の傍に少しだけ近寄り、同じようにしゃがみ込む。

目線の高さがそろう。

 

夕紬は指を一本立てる。

 

「まず1つ目。確率は低いけど先生が私の“個性”の範囲内ならここに呼ぶ。

 交戦は即興になるけど、先生の“個性”は私が封じる。近接と確保は切島君に任せていい?」

 

「もちろんだぜ!」

 

迷いのない返事に、夕紬の口元がわずかにゆるむ。

それから指を二本に変える。

 

「次に、こっちがメインになるかな。

 私の“個性”の範囲外の場合、先生がいる方向を特定後──私が、呼べる距離まで行く」

 

「でもお前の“個性”──」

 

「そう、私の“個性”は一方通行だから、このコンクリートを使って…」

 

床をノックするように叩く。

コン、と音が響く。

 

「私を飛ばす」

 

一瞬、沈黙。

切島は少し眉を寄せたまま、何か言いたげに口を開きかけては閉じた。

彼は夕紬の判断を信頼している。

だからこそ、無茶だとわかっていても、きっと何か考えがあるのだと信じた。

 

夕紬が作戦を詳細に伝え終えた後、彼が控えめに口を開く。

 

「……お前は大丈夫なんだよな?」

 

その声の奥にある不安を、夕紬は感じ取っていた。

だからこそ、相手を安心させるために笑う。

 

「大丈夫だよ。

サポートアイテムと“個性”を使ってうまくやる」

 

少しだけ、不敵に笑って見せる。

 

「安心して、2人で、勝つでしょ?」

 

その“自信の形”に、切島はようやく迷いを手放す。

立ち上がり、仲間を信じる決意をする。

 

「──その言葉、信じるぜ!」

 

 

ガキン。

硬化した手を合わせる音と共に、決意の響きが空気を震わせた。

 

夕紬も腰を上げる。

 

 

 

「……まずはここを壊す」

 

目を閉じ、短く息を整える。

そして、呼ぶ。

 

 

 

「──コンクリートの球体」

 

 

 

周囲を埋め尽くしていた壁──球体が、一瞬で二人の背後へ転移する。

 

その瞬間、夕紬は息を止め、素早く周囲へ視線を走らせた。

 

 

一方向から、コンクリートが波打つように液状化し、こちらへ流れ込んでくる。

つまり、発生源がセメントスのいる方向。

 

――あっちか。

 

 

夕紬は一度、深く息を吸い込んだ。

相手にも届くように、声を放つ。

 

 

「──セメントス!」

 

 

 

けれど、反応はない。

 

 

「切島くん、お願い」

 

「任せろ!!」

 

 

切島が走り出し、ドミノのように連なる街灯ほどの高さの板を次々と砕いていく。

その光景は、万策尽きた生徒の足掻きにも見えただろう。

 

無限に生まれるコンクリートの壁を、ひたすら砕き続ける。

彼の“個性”〈硬化〉は、神経を研ぎ澄ませて維持するもの。

息を止めて長く走れないように、持久力には限界がある。

 

それでも切島は、気力で持ちこたえた。

 

砕かれた瓦礫は液状に戻り再利用されることも想定していた。

だが──きちんと残っている。

 

ならばこの作戦は通る。

 

 

夕紬は切島が砕いたコンクリート片を一瞥し、行動に移す。

 

「コンクリートの板」

 

先ほどの球体に跨ぐように、大きな板を呼び出した。

轟音と土埃を巻き上げながら現れたそれの、地に着いた片方に登り、もう一度口を開く。

 

「──コンクリート片」

 

切島が砕き続けた大小の破片を、すべて空中に──

自分の立つ板の支点を挟んだ反対側、その真上に呼び出す。

 

重力が引き寄せるように、一斉に瓦礫が落ちる。

轟音。板が弾け、夕紬の体が宙へ跳ね上がった。

 

 

「……って、おいおいおい!勢いやべぇな!?」

切島が思わず叫ぶ。

 

夕紬の身体は、彼の思った以上の高さと速度で弧を描く。

硬化した拳を止めぬまま、彼は目を見開いた。

 

「おまえ、マジかよ……! すげーけど、ムチャすんなよ!!」

 

夕紬はそんな声を聞き取る間もなく空中で姿勢を整える。

 

 

方向――良し。

角度……わるくない。

 

少女の体は瞬きの間に距離を詰める。

空中からセメントスを見据えて夕紬は口を開く。

 

「──セメントス」

 

自分より低い高度に呼び出した瞬間、

驚愕に目を見開くセメントスと視線がぶつかる。

 

続けて。

 

「切島くん」

 

「流石だな、如月!!!!」

 

やる気に満ちた切島の顔を見て、夕紬は短く言い残す。

 

「あとは任せた」

 

夕紬は空中に二人を呼び出したまま、自身は減速することなく吹き飛んでいく。

 

 

「そうきたか──」

 

セメントスは咄嗟に護身用に忍ばせておいた小型コンクリートを取り出す。

 

だが──

 

 

 

「そんなもん、かてぇうちに入んねぇ!!」

 

 

 

切島の拳がそれを叩き割る。

 

そして、勢いのまま懐へ──ハンドカフスが音を立てて巻きついた。

 

 

 

「──制圧、完了ッ!!」

 

 

 

一拍。

 

演習場に合格を知らせるブザーが鳴り響く。

 

試験、終了。

 

 

「先生!このままだと着地ヤベぇっすよね!?」

 

「うん、そうだね」

 

「任せてください!」

 

切島は先生の体を片手で引き寄せ、懐から、夕紬が渡してくれたサポートアイテム──スリング型のワイヤーを取り出し、放つ。

 

着弾先は近くのビル。

外壁に突き刺さり、ぎり、と軋みながらも固定される。

 

ビルに体が引き寄せられ、そのまま外壁に着弾。

普通なら大怪我だが、切島は硬化でやり過ごす。

 

コンクリートでできたビルにセメントスが触れ、2人が降りる足場を作っていく。

 

地上に着いた頃、夕紬が駆け寄ってくる。

 

「おーい!如月!!きっちり約束は果たしたぜ!」

 

にかっと笑う切島。

 

「さすがだね」

 

「お前の作戦マジ助かったぜ! つかホントすげーよ、勝ち方すぐ思いつくし、迷いねぇし!」

 

「……切島くんこそ。先生が近接の対策してるとは思ってたけど、一発なんて…流石の硬さだね」

 

「へへっ、伊達に毎日乾布摩擦してねぇからな!」

 

照れくさそうに笑いながら、親指を立てる切島。

 

「2人とも思い切りがいいね、予想外だった。あと一瞬肝が冷えたよ」

 

「あっおまえ、怪我とかしてないよな!?」

 

「この通り、平気だよ。」

 

派手に飛んでいくから驚いたぜと心配する切島に、夕紬は苦笑を返す。

 

そして、三人は演習場を後にした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

試験が終わってから、夕紬はモニタールームに向かった。

モニタールームにはリカバリーガールもいて、消毒液のような、どこか病院を思わせる匂いが鼻をかすめた。

緑谷と麗日に軽く挨拶を交わし、夕紬は黙ってモニターへ目を向ける。

 

画面の向こうでは、クラスメイトたちがそれぞれが戦っている。

夕紬は、映像を記憶に留めていった。

 

蛙吹さんと常闇くんは、互いの視界を補いながら戦っていた。

 

飯田くんは機動力を生かし、咄嗟の判断でバディを先に行かせた。

尾白くんは、飯田くんに投げ飛ばされたあと体勢を崩していた。

それでも尾で追撃をかわした。

 

八百万さんは以前の勉強会……いや、体育祭?職場体験の頃からどこか自身をなくしていた印象だった。

けれど、今日、迷いながらもその優れた作戦を行動に移し確かな結果を残した。その背を押したのは、轟くんの静かな視線だったのかもしれない。

轟くんはいままでは優れた“個性”を持ちながらも、どこか孤独に戦っていたけれど、体育祭以降空気柔らかくなった気がする。八百万さんをただ守るだけではなく、信じ共に戦う姿が印象に残った。

 

13号先生がブラックホールを閉じなければあぶなかったけれど、

相手の懐に入り一瞬で制圧して見せた麗日さんは体育祭でも見せたようにタフネスのある子だ。

青山くんは、特に何もしていないように思えたが、それでいいのだろう。

 

上鳴くんと芦戸さんは……相手が悪かった。

空中移動の“個性”を持たず、地面を走るしかない中で、入り組んだ地形と周りの建物が特大のクレーン車で壊されていく中、脱出ルートを探すことができる子が、どれだけいただろう。

 

耳郎さんはプレゼントマイクという自身の上位互換である“個性”を相殺しきれない中、血を流しながら、それでも怯えるバディを笑顔で奮い立たせた。

口田くんは酷い冷や汗をかいていた。虫が苦手なのだろうか。それでも耳郎さんのために勇気を振り絞ってみせた。

 

障子くんはバディを信じ、スナイプの気を引き続けた。

葉隠さんは“個性”を用いてプロヒーローに気付かれずに接近し、一瞬でカフスをつけてみせた。

 

セロくんは咄嗟の判断でバディを助けた。

峰田くんは相手の性格を逆手に取り、弱音を吐きながらその嗜虐心をあおり、隙をついてみせた。

その演技は真に迫っていて、彼の意外な才能を見た気がした。

 

 

 

皆、それぞれが自分の強みを生かしていた。

それから、爆豪と緑谷の戦いを見て、ユウはヒーローを志す人たちの成長と強さを知る。

 

彼らはオールマイトを前にひどく苦戦していた。

けれど、中継に映る横顔は、笑っているように見えた。

 

それは憧れと戦える喜びか、勝ちをあきらめない不敵な笑みか、自嘲か。

 

爆豪くんは失礼だけど、人として未熟だろう。

年齢的に仕方ないのかもしれない、けれど、なぜ彼があれほどまでに荒れているのか、彼が何に怒っているのか…焦っているのかユウにはわからなかった。

それから、クラスメイトに「お前はヒーローじゃねぇ」と言い放つ心理もユウには理解できない。

 

人というものが、どれだけ他人の言葉で簡単に変わってしまうか――“言葉の重さ”を、考えていないのだろうか。

 

でも、彼がヒーローを心の底から目指しているのはわかる。

でなければあれほど忌み嫌っていた緑谷と共に戦わないだろう。

……己を顧みて、変わろうとしている? いや、そこまでではないのかも。

 

それから勝負の決まる局面でも迷いなく人を助けようとする緑谷くんは相変わらずまっすぐで、まるでアニメに出てくるヒーローのようだった。

 

あの眩しさはやっぱり、苦手。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

試験終わり、教室。

上鳴と芦戸は酷く落ち込んでいた。

 

「皆…土産話っひぐ……楽しみにっ…うぅ……してる、がら!」

 

涙を流しそういう芦戸を緑谷は励ます。

 

「まっまだ、わかんないよ!

 どんでん返しがあるかもしれないよ…!」

 

「緑谷、それ口にしたらなくなるパターンだ…」

 

瀬呂が止めるが、上鳴がきれて緑谷に襲い掛かる。

 

「試験で赤点を取ったら林間合宿には行けず補習地獄!

 そして俺らは実技クリアならず!

 これでまだわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」

 

「落ち着け、長ぇ」

「わかねぇのは俺もさ峰田のおかげでクリアしたけど――」

 

そんな男子たちの騒ぎを横目に、夕紬はノートを閉じた。

芦戸が泣きながら夕紬の背中に抱きついてくる。

 

「みんなと肝試しぃパジャマパーティー…したかったぁ……」

 

女子特有の距離感の近さは中学で慣れている。

とはいえ得意なわけではない夕紬は苦笑いをこぼす。

 

宥めるように瀬呂が口を開く。

 

「とにかく、採点基準が明かされてない以上は……」

 

「同情するなら、なんかもう色々くれ!!」

 

そう言って声を荒げる二人に、ポケットから飴を取り出す。

 

「飴ならあるけど、いる?」

 

「ちげぇ……!けどもらう!!」

 

上鳴が、歯がゆそうに手をワキワキさせながら言う。

 

2人に飴を渡した刹那、

担任の相澤が扉を勢いよく開け、言い放つ。

 

「予鈴がなったら席につけ」

 

彼がそう言い切るころにはみんなが席に座っていた。

扉が開く音がして、誰一人声を出さずにまっすぐ席に着いた。

 

 

「おはよう。

 今回の期末テストだが……残念ながら赤点がでた。

 したがって、林間合宿は……」

 

低い声で、ためた後。

 

「全員行きます」

 

不敵に笑っていつもより明るい声で言い放った。

その言葉に歓喜の声が満ちる。

 

「「どんでんがえしだぁ!」」

 

「赤点者だが、筆記の方はゼロ」

「実技では、上鳴・あしど。あとせろが赤点だ」

 

「え?やっぱり……確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんな」

 

「今回の試験は、我々敵側は生徒に勝ち筋を残しつつどう課題と向き合うかを見るように動いた

 でなければ課題云々の前に詰む奴ばかりだっただろうからな」

 

「半期で叩き潰すと仰っていたのは……」

 

「追い込む為さ、そもそも林間合宿は強化合宿だ。

 赤点取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん」

「合理的虚偽ってやつさ」

 

「またしてもやられたっ…!さすが雄英だ!!」

「しかし!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」

 

飯田が、酷く悔しそうに言う。

 

「わぁ水差す飯田くん」

 

そう言って、麗日がツッコミを入れる。

いつもの教室の風景。

 

それから相澤が飯田の言葉にも一理あると頷く。

 

「確かにな、省みるよ。

 ただ全部が嘘ってわけじゃない」

「赤点は赤点だ」

「おまえらには別途補習時間を設けてる」

「ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツイからな。

 じゃあ合宿のしおりを配るから後ろに回してけ」

 

夕紬は受け取ったしおりを後ろに回しながら、

合宿で自分が何を求められているのか、ひとり考えていた。

 

 

 

 

 

 

放課後の教室は、試験明けらしいざわめきに包まれていた。

入学後初の宿泊イベントを前に、どこか浮き立つような空気が漂っていた。

 

しおりを開き、何人かの生徒が自然と集まっていた。

窓の外は少し日が暮れてきた、机の上には光が落ちている。

その中で尾白が声をかけた。

 

「まぁ何はともあれ、全員で行けて良かったね」

 

「一週間の強化合宿か!」

 

「結構大荷物になるね」

 

「水着とか持ってねーや、いろいろ買わねえとなあ」

 

飯田がしおりを開き、緑谷と上鳴がのぞき込むようにして会話が続く。

 

「暗視ゴーグル」

 

峰田の言葉を拾うクラスメイトはおらず、葉隠が元気よく手を叩き提案する。

 

「あっじゃあさ!

 明日休みだし、テスト明けだし……ってことでA組みんなで買い物行こうよ!」

 

「おぉ良い!!

 何気にそういうの初じゃね!?」

 

上鳴が元気よく肯定すれば麗日も笑顔でうなずく。

切島は帰ろうとする爆豪へ、当然のように声をかけた。

 

「おい爆豪、おまえも来い!」

 

「行ってたまるか、かったりィ」

 

緑谷も続いて轟へ視線を向けた。

 

「轟くんも行かない?」

 

「休日は見舞いだ」

 

「ノリが悪いよ、空気を読めやKY男どもォ!!」

 

峰田の元気のいい一言に、夕紬は芦戸と目を合わせ、くすっと笑った。

 

 

 

「ねね、私たちも行こうよ!!」

 

「そうだね、楽しそうだし行こうかな」

 

 

芦戸の勢いに押されるように、夕紬も頷いた。

私服でクラスメイトに会うのは、これが初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

外出当日。

夕紬は特別おしゃれをすることもなく、普段通りの服装と軽い化粧をして出かけた。

集合場所には少し早めについたが先客が数人。雑談をしていればあっという間にみんなが集まった。

 

 

「ってな感じでやってきました!」

「県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!」

 

芦戸が高らかに宣言する。

その近くで緑谷がいつものように思考を垂れ流す。

 

「“個性”の差による多様性を――」

 

「幼子が怖がるぞ、よせ」

 

それに常闇が突っ込みを入れている間に、若い客が生徒たちに気付き声をかけてきた。

 

「お!アレ雄英生じゃん!?一年!?」

 

「うぉぉ…まだ覚えてる人いるんだぁ……!」

 

驚く麗日と元気に反応する切島。

 

 

 

みんながそれぞれに話に花を咲かせていた。

どの輪に混ざるべきか思案していると、耳郎の声が耳に入る。

 

「とりあえず、ウチ大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」

 

「あら、では一緒に回りましょうか」

 

まずは荷物を入れるバッグを見繕うのが良いと判断し、夕紬はそっと二人のそばへ歩み寄った。

 

「私も一緒に行こうかな」

 

その言葉に、二人はすぐに笑顔でうなずいた。

 

 

「俺、アウトドア系の靴ねえから買いてえんだけど」

 

「あー私も私もー!!」

 

「靴は履きなれたものとしおりに書いて……あ、いや…しかし。なるほど用途に合ったものを選ぶべきなのか……!?」

 

「目的バラけてっし、時間決めて自由行動すっか!」

 

上鳴、芦戸、飯田それから葉隠が靴を見に行くらしい。

夕紬は彼女らに軽く手を振り、キャリーバッグを取り扱っている店頭を探すことにした。

 

 

訪れた店は、サラリーマン向けからファミリー層まで幅広い層を対象にした、よくあるお店。

夕紬はその中で今回の目的である大きめのバッグを見て、少し驚いたような様子で言う。

 

「7泊用のキャリーって結構大きいね」

 

「だね、ウチ、7泊とか旅行したことないかも。ヤオモモはある?」

 

「えぇ、私は──」

 

2人の会話に少し言葉を返しながら商品を見ていく。

夕紬は、笑い合う二人の横顔をぼんやりと眺めていた。

 

一般家庭なら、急な出費に両親が驚くかもしれない額。

そんな数字を見ながら、会話は雑談交じりに続いていた。

 

 

 

不意に、ユウが振り向いた。顔からは人当たりの良い笑みが消える。

そこには、ただ状況を把握しようとする“子供”がいた。

 

 

冷たい空気が体を貫いた。

音もなく、それが全身へ広がっていく。

 

怒り。

──いや、もっと深い。

 

 

 

 

これは……憎しみ。

 

私に向けられたものではない。

でも体が勝手に跳ねた。

空気が止まる瞬間みたいに、心臓が遅れて動く。

 

誰かに向けた悪意。

それがどこか“知っている”匂いな気がした。

 

 

 

 

 

「夕紬?どうしたの?」

 

夕紬は耳郎の声に反応し、即座に笑顔を作って振り向く。

そう、彼女以外は誰も気づいていない。

 

人の心の機微に気づくようになるきっかけも、そうしなきゃいけない理由も、

──少なくとも彼女らにはなかったのだ。

 

「なんでもない。

 私はこれにしようかな」

 

夕紬はそう笑って、商品の一つを指差す。

 

「ドリンクホルダー付き?

 確かに、あると便利かもね」

 

耳郎はそういうのもありかと軽くうなずいていた。

 

夕紬はそれを横目にすみませんと店員に声を掛ける。

会計を済ませようとした、その瞬間だった。

 

それぞれの端末から、ほぼ同時に三つの通知音が鳴った。

3人は顔を合わせる。

それから端末を立ち上げれば緑谷からメッセージが今日用に作られたグループチャットに連絡が来ていた。

 

2人の空気が強張る。

内容を見て夕紬は、ひとり、どこか納得していた。

 

そこには、このショッピングモールで彼――死柄木弔が緑谷くんに接触したこと。

ヒーローと警察に連絡はしたこと。

そして――私たちを案じる短いメッセージ。

 

 

あの気配はやっぱり──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のメッセージのくだり、最初は麗日が送る方が自然かなと思っていたんですが、
よく見たら彼女の端末、ガラケーなんですね……。

何度も見返して、ようやく気づきました。

あの時代でもガラケーってまだ現役なのか?ガラケーでもワンチャン、チャットアプリくらいは使えるのでは?と、疑問符がたくさん出てきました。
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