ただ一度、君の名を   作:K4R4SU

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しばらく、私生活の影響で投稿が不安定になりそうです。
もし間に合ない場合は、活動報告にてお知らせいたします。





2話 微動

 

 

 

 

 

 

 

死柄木はその日、日が高く上る頃に外へ出た。

フードを深くかぶり、パーカーのポケットに手を入れたまま、あてもなく歩く。

 

辿り着いたのはショッピングモール。

意図して訪れたわけではなかった。

ぐるぐると回る思考を整理しようと歩くうちに、体が勝手に向かっていた。

 

家族連れ、友達同士、子供たち。

人の群れの中で、ひとり背を丸めて歩く。

 

これだけの他人がいても、誰もそれが“普通”だという顔をしている。

 

誰も、“個性”()を振るわない、と。

 

他人を――社会のルールを守り、信じている。

 

 

そんな民衆を見ているとふとヒーロー殺しの言葉が脳裏をよぎった。

 

 

『――信念なき殺意に何の意義がある』

 

その言葉を、ひとり反芻していた。

 

 

……見てみろよヒーロー殺し。

 

大多数の人間は対岸の火事と――

……いや、そうとすら思っちゃいないぞ。

どこで誰が、どんな思いで人を殺そうが――こいつらはヘラヘラ笑って生きてる。

 

 

「うっわ!

 コレ良いのかよ……!」

 

学生らしい子供の声にふと死柄木は足を止め、顔を向けた。

 

「ヒーロー殺しだ!

 ぜってー問題になるっしょコレ」

 

「超不謹慎じゃん」

 

そう言って若者はヒーロー殺しが身に着けていた、包帯のようなマスクを模した安っぽい仮面を手に取り、つけて見せる。

連れは笑いながらそのさまを写真に撮った。

 

「ハハっ!かっけぇ!!」

 

ステイン事件以降、こうした軽薄な模倣は珍しくなかった。

 

それは、死柄木には理解しがたい“類”の人間だった。

義爛が連れてきた二人――荼毘とトガもそうだ。

 

信念など到底持ち合わせていないはずの連中が、ステインを信仰しているという事実。

 

それが余計、彼を苛立たせる。

 

 

一方で――お前の思いとはおよそ程遠いところで、おまえのシンパが生まれている。

 

なんなんだ?

 

やってる事は同じだろう。

 

俺も。

 

おまえも。

 

結局気に入らないものを壊していただけだろう?

 

 

なんなんだ、一体なにが……

 

 

答えの出ないぐるぐる回る思考の中、視界の端に、どこか見覚えのある後ろ姿が映った。

 

 

 

――緑谷出久。

 

 

思考がそこで、ふっと止まった。

ああ、そうだ。――それは単純な思いつきだった。

 

死柄木は足取りをわざと軽くし、不自然に思われないよう明るい声を作って近づいた。

 

「おー!雄英の人だ、スゲー!

 サインくれよ」

 

「へ!?」

 

緑谷は、その“作り物の軽さ”に気付くはずもなく、

体育祭以降、声をかけてくれるただの一般市民と認識していた。

 

死柄木は距離を詰め、逃がさないように緑谷の肩へ片腕を回した。

いかにも礼儀知らずな若者を演じるように、馴れ馴れしく。

 

「確か、体育祭でボロボロになった奴だよな!?」

 

緑谷は目を逸らし、思わず身を縮こませた。

 

「わぁぁ…は、はい」

 

「んで確か、保須事件の時にヒーロー殺しと遭遇しんだっけ?

 すげえよなあ!」

 

「よくご存じで……」

 

「いや、信じられないぜ!

 こんなとこでまた会うとは!」

 

その言葉に、緑谷はようやく顔を向けた。

 

「――……!?」

 

緑谷の表情が一気に強張り、背に冷たい汗が滲む。

けれど、緑谷が声を上げるよりも、身を引くよりも早く――

死柄木の五指が動く。

 

「ここまでくると、何かあるんじゃって思うよ」

 

ひたりと、四本の指が緑谷の首に触れた。

 

「運命……因縁めいたもんが…

 まぁでもおまえにとっては、雄英襲撃以来になるか」

 

死柄木は緩やかに口角を上げ、

緑谷は目を見開いたまま、冷や汗を伝わせる。

 

「お茶でもしようか、緑谷出久」

 

2人の視線が交わった。

 

 

 

「自然に……旧知の友人のように振る舞うべきだ。

 決して騒ぐなよ?

 落ち着いて呼吸を整えろよ」

 

「俺はおまえと話がしたいんだ。

 それだけさ」

 

「少しでもおかしな挙動を見せてみろよ?」

 

「――簡単だ。

 俺の五指がすべて、この首に触れた瞬間。喉の皮膚から崩れ始め…1分と経たないうちにおまえは塵と化すぞ」

 

文字通り命を握られている状況でも、緑谷は冷静を保とうとした。

それでも声は強張り、裏返る。

 

「こっこんな人込みで…!

 やったらすぐにヒーローが…ヒーローが来て捕まるぞ……!」

 

「だろうな」

 

 

緑谷の脅しじみた説明も彼には通じない。

 

 

「でも、見てみろよ、こいつらを」

 

そう言って死柄木は反対の手をまっすぐ、民衆に向かって伸ばす。

 

「いつ誰が、““個性”(凶器)を振りかざしてもおかしくないってのに、何で笑って群れている?」

「法やルールってのはつまるところ個々人のモラルが前提だ。」

「“するわけねえ”と思い込んでんのさ」

 

「捕まるまでに20……

 いや、30人は壊せるだろうなぁ…」

 

理解の及ばない思考に触れ、緑谷は息をのんだ。

そして、選択肢が一つしかないことを思い知る。

 

「話って……なんだよ」

 

 

「ハハハ、良いね。

 せっかくだ、腰でもかけて、まったり話そうじゃないか……」

 

死柄木は緑谷の首に触れたまま、近くの広場にある椅子に腰を下ろす。

民衆は相変わらず、自分のことしか見ちゃいない。

誰も、彼らの違和感に気づかない。

 

「だいたい何でも気に入らないんだけどさ。

 今一番腹立つのは、ヒーロー殺しさ」

 

 

「仲間じゃ、ないのか……?」

 

 

「俺は認めちゃいないが世間じゃそうなってる。

 問題はそこだ。

 ほとんどの人間がヒーロー殺しに目が行ってる」

「雄英襲撃も保須で放った脳無も…全部奴に食われた。

 誰も俺を見ないんだよ。

 何故だ?」

「いくら能書き垂れようが結局奴も気に入らないものを壊していただけだろう?」

 

「俺と何が違うと思う?」

「緑谷」

 

死柄木は、うつむく緑谷をのぞき込む。

 

 

「なにが違うって……? 」

 

緑谷は突然投げかけられた疑問に思考を巡らせる。

 

 

 

「……僕は、お前のことは理解も、納得もできない……

 ヒーロー殺しは納得はしないけど……理解は出来たよ」

 

「僕もヒーロー殺しも…始まりはオールマイトだったから」

 

緑谷は、保須事件でのステインの行動と、USJ襲撃時の死柄木を思い出しながら言葉を紡いだ。

 

「僕はあの時、助けられた……少なくともあいつは壊したいが為に壊してたんじゃない。

 途中で投げ出したりもしなかった」

 

「やり方は間違ってても、理想に生きようとしてた……んだと思う。」

緑谷の言葉を死柄木は黙って聞いた。

 

一瞬だけ、胸の奥にわずかなざらつきが残った。

いつか見た、あのガキの目が、脳裏をよぎる。

 

でも、いまはもうどうでもよかった。

 

(あぁ……そうか)

 

緑谷の言葉で、やっと腑に落ちた。

殺意が抑えきれず、あふれ出す。

その気配を浴びた緑谷の呼吸が、わずかに荒くなる。

 

それでも、誰も気づかない。

だって、民衆にはそれすらも他人事なのだから。

 

 

「ああ……何か、スッキリした。

 点が線になった気がする。

 なんでヒーロー殺しがムカツクか……」

 

「なんでお前が鬱陶しいか」

 

「わかった気がする」

 

死柄木はあがる口角をそのままに、ゆっくりと言葉を落とした。

 

 

 

「――全部、オールマイトだ」

 

 

独り言のように言葉を垂れ流す、声は怒りに満ちているのにどこか恍惚としていた。

 

「そうかあ…そうだよな結局そこにたどり着くんだ。

 ああ何を悶々と考えてたんだろう俺は…!

 こいつらがへらへら笑って過ごしてるのも、オールマイト(あのゴミ)がヘラヘラ笑ってるからだよなあ」

 

 

「救えなかった人間などいなかったように、ヘラヘラ笑ってるからだよなあ!!」

 

苛立ちに名前が付いた。

それだけで喉の奥の小骨が取れるような、爽快感すらあった。

 

死柄木の指先に力がこもる。

緑谷の首が締まっていることにすら気づかず彼は嬉しそうに話す。

 

「ああ話せてよかった!」

「良いんだ!」

「ありがとう緑谷!」

「俺は何ら曲がることはない!」

 

「ぐっ!」

 

首を絞められ、呼吸ができずに緑谷は思わず死柄木の手に触れた。

二人を見ている民衆は確かにいた。だが、誰も声をかけようとはしない。

 

「…っと暴れるなよ!死にたいのか?

 民衆が死んでもいいってことか?」

 

けれど、死柄木の思考はすでに自分の内側にしか向いていなかった。

 

皮肉なもんだヒーロー殺し。

対極にある俺を生かしたお前の理想、信念。

全部、俺の踏み台となる。

 

 

そんな時、ひとりの声が降ってくる。

 

「デクくん?」

 

現れたのは雄英生のひとり、麗日お茶子だった。

 

 

「お友達…じゃない…よね?」

 

状況が呑み込めなくても、知らない人物が友人の首を掴むという非日常を前にしても、彼女は声をかけた。

 

「手、離して?」

 

その言葉に、死柄木がポケットから手を出そうとした瞬間。

緑谷が焦ったように声を上げる。

声は上ずっているが、それでも平然を装って。

 

「なっ何でもないよ!大丈夫!だから!来ちゃ駄目…」

 

けれど、緑谷の想定とは異なり、

死柄木はあっさりと緑谷の首から手を離した。

そして両手を広げ、無害そうな笑みを作ってみせる。

 

「連れがいたのか。ごめんごめん」

 

急に首元が自由になったことで、緑谷はその場で息を吸い込み、せき込んだ。

 

「ゲェッホ!」

 

「デクくん!」

 

麗日は緑谷に呼びかけながら駆け寄る。

 

「じゃあ行くわ。

 追ったりしてきたら、わかるよな?」

 

死柄木はそう言い、返事を待ちもせず歩き出す。

 

「ゲホッ、ゴホッ……」

 

咳き込みながらも、緑谷は声を振り絞った。

 

「待て…死柄木……!!」

 

足を止めない男の背に、さらに声を投げる。

 

「オール・フォー・ワンは何が目的なんだ」

 

「え?死柄木…って……」

 

お茶子の脳裏に、あの事件の光景が一瞬よぎる。

 

死柄木は、水をかけられたような感覚に思考が一拍止まった。

 

 

「……知らないな」

「それより気を付けとけな。

 次会う時は、殺すと決めた時だから」

 

 

 

死柄木は少し軽くなった足取りで闇に紛れるように帰路につく。

 

 

『――信念なき殺意に何の意義がある』

 

彼の脳裏に再びヒーロー殺しの言葉が思い出される。

 

 

信念も理想も最初からあったよ、ヒーロー殺し。

何も変わらない!

しかし、これからの行動はすべてそこへ繋がる…!

 

“オールマイトのいない世界を創り、

 正義とやらがどれだけ脆弱かを暴いてやろう”

 

今日からそれを信念と呼ぼう。

 

 

 

全部、オールマイトだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

クラスメイトは例の連絡を受け、広場に全員が集まった。

他に敵の目撃や襲撃を受けた生徒はいないということで、みんなほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 

その後、ショッピングモールは一時的に封鎖。

警察が周囲を探索しているあいだ、敵の狙いがわからない以上、

生徒たちはモール内の警備室に待機し、保護者の迎えを待つようにと指示された。

 

緑谷の身を案じるクラスメイトや、警察・ヒーローたちの慌ただしい動きを見て、

「彼は本当に“犯罪者”として扱われているんだ」と、ユウは今さらながらそんな感想を抱いた。

 

そして、彼らに協力しながらヒーロー側に身を置く自分の異質さをふと思いながらも、すぐに無意味だと切り捨てた。

 

彼に接触した緑谷は調査協力の事情聴取のため警察署に移動するという。

 

 

 

 

警備室に通された残りの面々は大人達の重々しい雰囲気に気圧されながらも、空気が悪くならないようにと数名が細々と会話を繋いでいた。

 

数分後、音もなく扉が開く。

無機質な光の中、黒のスーツに身を包んだ男が一人、足を踏み入れる。

コツ、と一度だけ鳴った革靴の音が、部屋の空気を静かに区切った。

 

待機用の長椅子に座っていた生徒たちが、反射的に視線を向けた。

 

「刑事……?」

 

「え、なんか……弁護士っぽくね?」

 

 

ささやきが漏れる。けれど男は何も言わず──

ただ静かに視線を巡らせてから、夕紬を見た。

 

如月夕紬は、軽く立ち上がり椅子の上にかけていたバッグを取る。

 

「じゃ、また来週ね」

 

笑顔を浮かべ、軽く手を振る。

周囲の反応を待たずにそのまま男のもとへ歩み寄った。

 

「怪我は?」

 

漣は問いをひとつだけ投げる。

視線は合わせず、口調に抑揚もない。

 

「ありません」

 

夕紬もまた、淡々と答える。

それを聞いて漣は、小さくひとつ頷いた。

 

「……帰るぞ」

 

形式上の引き渡しを済ませ、夕紬の肩に触れることもなく踵を返す。

 

だから彼は気付かない。

初めて彼の口から聞いた言葉で一瞬だけ夕紬の顔に驚きが走ったことに。

 

生徒たちの誰かが、ヒソヒソとつぶやく。

 

 

「……父親にしては、若くね?」

 

「お兄さんかな?」

 

漣は、扉の方へと歩き出す。

夕紬はぴたりと二歩後ろにつき、

振り返ってクラスメイトへ控えめな苦笑いを添えて、もう一度だけ手を振った。

 

そうしてようやく、数人の生徒が小さく手を振り返した。

 

 

 

廊下を抜け、外の空気に触れるまで、会話はなかった。

 

けれど、車に乗り込む直前、漣は一言だけ言葉を落とす。

 

「今後、休日の外出は事前連絡を。

 ……不要と判断した場合でも、だ」

 

「了解しました」

 

夕紬はただ頷く。

扉が閉まり、車は静かに夜の街へと溶けていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

週明けのホームルーム。

週末に起きた事件について、相澤が簡潔に説明した。

 

 

「……とまぁそんなことがあって、敵の動きを警戒し、

 例年使わせていただいている合宿先を急遽キャンセル。

 行き先は、当日まで明かさない」

 

「「えー!!」」

 

相澤の言葉に、教室中から驚きの声が上がる。

 

夕紬も、他のクラスメイトと同じように保護者への連絡を済ませていた。

八百万の言う通り、どこまで情報が伝わっているのか学校側が把握しきれていないのは事実だろう。

 

「てめェ骨折してでも殺しとけよ」

 

爆豪が緑谷に吐けば、葉隠がすかさず反論する。

もちろん爆豪が折れるはずもなく、相澤の眉間にしわが寄った。

 

いつも通りの、少し騒がしい日常の気配。

夕紬は授業が始まるとすぐに思考を切り替えた。

 

 

 

 

同日の放課後、夕紬は荷物を片付ける前にサイレンとのチャットを開く。

それはあの日から決まった新しい規則を守るため。

 

 

――今後、外出時は以下の通り情報を記録すること。

・出発時刻(端末から送信を要求)

・帰宅予定時刻(変更があれば再送信を要求)

・購入を伴う外出の場合:決済情報(時刻・金額)は自動で記録される

 

位置情報は常時有効。同期済み。

端末が圏外、または電源断となった場合は警告として扱う。

 

理由の報告は不要。

“判断”ではなく、“手続き”として行うこと。

 

行動の異常検知を目的とした記録であり、

君の選択や意図を問うものではない。

 

 

 

 

文章をもう一度だけ読み返してから、送信の準備をしていると――

相澤が夕紬を呼んだ。

 

「如月、少しいいか」

 

「……? はい」

 

夕紬は荷物をまとめ、クラスメイトに先に帰るよう声をかけてから相澤のあとに続く。

案内されたのは、見覚えのない教室だった。

 

室名札には「相談室」とある。

 

自分の行動を一瞬だけ洗い直してみる。

けれど、心当たりはない。

 

言われるままに、相澤の向かいへと腰を下ろした。

 

 

 

「如月……これは確認だ」

 

向かい合った相澤の声には、かすかな温度があった。

その鋭い視線に、夕紬は自然と姿勢を正す。

 

「中間試験での、あの飛び方だ。

 ……成功確率、何割だと見てた?」

 

夕紬は少しだけ考えるそぶりを見せる。

 

ビル三階以上の高さを飛んだあの場面だろう。

着地時にはサポートアイテムで減速した際、負荷で腕がきしんだ感触を覚えている。

そのあと、周囲の木を呼び出してクッションにした。

 

──だが、“成功率”という話だけなら、飛んだ時点で成功している。

そもそも飛べない可能性は低い。

どんな形であれ私の体を飛ばせた時点で……

 

違う。

求められているのは、着地までを含めた話だろう。

 

そう、無意識に計算が流れる。

 

「…八割、程度でしょうか?」

 

 

相澤は目を細め、短い間を置いた。

 

「どう判断した?」

 

「判断基準は、前回の職場体験です」

 

その言葉に相澤は依然見た報告書を思い出す。

脳無の襲撃、高所を体験したというにはまだ浅い記録。

 

「怪我をする可能性は考えたか?」

 

「はい。

 減速に失敗すれば、着地の際にどこかを痛める可能性は考えていました」

 

相澤は理解する。

如月にとって“成功率”とは勝利のことであり、怪我は想定の範囲なのだと。

怪我を前提とした作戦は合理的じゃない。

 

「俺には、一歩間違えれば死んでもおかしくない高さに見えた」

 

 

夕紬はゆっくりと口を開く。

 

「そうですね……確かに危険はありました。

 でも、セメントス先生の具体的な位置がわからない以上、多少余分になろうとも、距離を稼ぐ必要があると思いました」

 

 

相澤は畳みかけはしない。沈黙を許す。

けれど、思慮不足……逃げる余地は残さない。

 

 

「……想定外が起きたら“次”はどうする。

 サポートアイテムが切れたら?

 呼び出した木の強度は計算に入ってたか。

 それでも“いける”と思ったのか」

 

「代案は考えていました。

 トラック幌、ビルに配置されてる救助用ロープ。様々な方法を考えていましたが、それらがある保証もありません。

 先生のおっしゃる通り、軽率でした」

 

夕紬は椅子に座ったまま、小さく目を伏せた。

反省を示すように、わずかに頭を下げる。

 

相澤は態度を変えず続ける。

 

 

「……無茶をするなとは言わない。

 そうしなきゃどうしようもない時もあるのは間違いないからな。

 だが、“どうやるか”は考えろ」

 

相澤の視線がわずかに鋭くなる。

 

「もしお前が怪我してたら──切島はどう思う」

 

夕紬の目がわずかに揺れる。それを相澤は逃さない。

少し間を置いて、視線だけで畳みかける。

 

「仲間に余計な心配を背負わせるな。それもヒーローの仕事だ」

 

「……以降、改めます」 

 

夕紬は相澤の目をまっすぐ見て、そう告げた。

 

数拍ののち、相澤は手元の書類に視線を落とし、

もう一度、夕紬を見上げる。

 

 

「……最後に、一つ確認だ」

「お前の“個性”。成長を見せたことはあるか」

 

夕紬の動きがぴたりと止まった。

 

「範囲が広がったとか、負荷が軽くなったとか……些細な変化でもかまわない」

 

視線は書類に落としながら、淡々と。

だが声だけは、明らかに“見逃す気がない”硬さを帯びていた。

 

「その変化は──どんな状況で起きた」

 

 

 

 

少しの沈黙の後、夕紬が口を開く。

 

「先生は」

 

相澤が目線を上げ、その視線が夕紬と交わった。

ほんの一瞬、夕紬の目元に影が差した。

 

「私の過去を……どこまで知っていますか?」

 

かすかな湿度を含んだ声音だった。

それを受け取りながらも、相澤の声はいつもと変わらない。

 

「必要な範囲だ。

 お前が“今ここにいる理由”を理解するくらいにはな」

 

その答えに、夕紬は視線をそらす。

相澤はほんの一瞬だけ、夕紬の顔色を確かめるように視線を向けた。

 

「過去を掘り返すために聞いてるんじゃない。

 ただ、“必要な場面で使えた”のか、“暴走だった”のか……そこだけ教えろ」

 

わずかに呼吸をいくつか重ねてから、夕紬は顔を上げた。

その表情に、先ほどの影はもうない。

 

 

「必要な場面だったから、成長したのだと思います。」

 

まず結論を述べるように、夕紬は静かに言った。

 

「……言葉を喋る以前から使っていました。

 頻度は、幼少期は1日数十回ほど。

 小学生になってからは多少頻度は下がりました。

 その間、有効距離は延びませんでしたが成長は2度」

 

「一度目は自分の知らないものを呼び出せた4歳の時。

 二度目は一言で複数呼び出せるようになったのは8歳の時です」

 

淡々と理由を積み上げる。

年齢も回数も、変化の内容も、正確に。

 

「……そうか。

 なら、今の自分に“できること”はある程度把握しているな?」

 

短く区切られた相澤の声。

その奥に、沈んだ疑念の色がにじむ。

 

夕紬はゆっくりと、静かにうなずく。

 

「“個性”が意図せず暴発したことは?」

 

「ありません。負荷は……思考が鈍る程度です」

 

整いすぎた返答。

相澤は、その違和感を確かに拾った。

 

淡々と答える夕紬の様子には、「慣れている」という気配があった。

相澤の経験上、多くの子供は“考えながら言葉を探す”。

だが彼女は、最初から答えを持っている。

 

それでも負荷の説明に、声が出なくなるような危険はないと確認できたのは、

彼にとって唯一の安心材料でもあった。

 

相澤は視線を外さず、静かに言葉を落とす。

 

「思考が鈍る程度?

 ──それを“大丈夫”と断言できる根拠はなんだ」

 

夕紬は迷わず口を開く。

 

「直近でいえばUSJ。脳無との戦闘時、一部記憶が曖昧です。

 でも、今こうして生きているので……それが、根拠になると思います」

 

相澤はわずかに目を細めた。それは結果論に過ぎない。

 

 

「……生きてるから大丈夫、か」

 

 

相澤は短く繰り返し、しばし沈黙する。

机上の書類を指先で、とん、と軽く叩いたのち、視線を夕紬に戻した。

 

 

「……それは、根拠じゃなく“結果”だ」

 

抑えた声には、淡い苛立ちが混じる。

 

「死んでしまえば、その先はない。

 “生き残ったから平気”なんて理屈、次に通じる保証はどこにもないぞ」

 

そこで一度言葉を切る。

突き放す冷たさではなく、夕紬の知らない色が相澤の目に宿っていた。

 

「……お前がそう捉えるのは自由だが、

 教師の立場で言うなら──それは根拠として脆すぎる」

 

相澤は息をひとつ吐き、わずかに声の調子を戻す。

 

「生きてることを根拠にするなら、“生き延びる手”を増やせ。

 それが、お前の言葉を根拠に変える唯一の方法だ」

 

 

夕紬がぽつりとつぶやく。

 

 

「生き延びる手……」

 

相澤は静かに頷き、言葉を足した。

 

「そうだ。

 お前の場合──“自分以外”を使うことを覚えろ。

 仲間を動かすでも、道具を選ぶでもいい。……手段はいくらでもある」

 

「今のままじゃ、どこかで必ず詰む。

 “生き延びる手”ってのは、お前が思ってるより多い。

 ……一人で抱えるな」

 

 

如月は集団戦もそつなくこなす。

だがそれは必要だから行っているだけだ。

いつも作戦は自分自身がメインに置く。

 

他人の能力を測れないからじゃない。

 

……わざとしないのだろう。

 

作戦の要も、危険も、預けない。

自発的に誰かを頼ることはせず、ひとりで解決しようとする。

 

……生まれを考えれば当然だ。

でも、それをいつまでも出来ないままにさせてはいけない。

 

 

「わかりました。

 もう少し、視野を広げてみます」

 

そう言って、にこりと笑う。

言葉ではどうとでも言える。

 

「今の返答は聞いた。覚えとく」

「……何にしろ、異変があったら──絶対に黙るなよ」

 

短く言い切ってから、わずかに間を置く。

 

「以上だ」

 

相澤が書類を脇へ寄せ、立ち上がろうとしたその時。

夕紬が、ぽつりと声をかけた。

 

「先生、私からもひとつだけ……いいでしょうか?」

 

 

夕紬の声に、相澤は動きを止める。

 

「……言ってみろ」

 

声は短く、そっけない。

けれどその背後には、“お前がわざわざ聞くなら無駄じゃない”という色があった。

 

「今回の林間合宿は位置を保護者にも知らせないのは、対敵対応のためと把握しています」

「個人の家庭の事情のことになりますが、私は以前のショッピングモールの件以降、如月さんに常に位置情報の共有が義務付けられました。

 ……林間合宿の間、端末の位置情報を切るべきでしょうか?

 学校側として、他の生徒の端末等へ、どのような対応を考えられていますか?」

 

 

相澤は一瞬だけ眉を寄せる。

 

「……そうだな」

 

少し間を置き、淡々と続ける。

 

「確かに、お前の言う通り“情報の穴”になる可能性はゼロじゃない。

 だが、位置共有を切るのは却下だ。

 敵に狙われる可能性があるが、同時に守る側が把握できなくなるんじゃ意味がない」

 

視線を鋭くして、さらに釘を刺す。

 

「“疑い”を恐れて動くな。

 何かあった時は俺も保護者も、お前を守る側に立つ」

 

自分のせいで誰かに危険が及ぶ――そう考えるのは自然だろう。

だが相澤は最後に短く、しかし重く落とす。

 

「……考えすぎて足をすくわれるな、如月。

お前は“疑われるために”ここにいるんじゃない」

 

 

「はい、わかりました」

 

 

夕紬が返事をしたあと、二人は立ち上がる。

夕紬が挨拶を済ませて、去っていく背中を相澤は目で追った。

 

――位置情報を常に握られている、か。

守り方としては過保護すぎる。監視と紙一重だ。

 

だが、それがあいつの選んだやり方なら、俺が口を出すべきことじゃない。

 

問題は、彼女自身がそれを「安心」だと錯覚してしまうことだ。

枷の中に居場所を見つけても、そこに自由はない。

 

大事なのは、“それしかない”と思わせないこと。

生き方は一つだけじゃないと教えること。

 

 

 

彼も、それが一朝一夕で変わるとは思っていない。

でも、だからこそ――。

 

 

 

 

 

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