ただ一度、君の名を   作:K4R4SU

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5/27:名前の誤字を修正&最終エピソードに少し文章追加しました。
5/28:行間調整。コピペミス修正。


2話 違和感の発火点

 

 

 

 

「お前の爆破、マジでエグかったな〜!」

 

「芦戸さん、反復横跳びめっちゃ速かった!」

 

 

感想と賞賛と自己評価が入り乱れるなか、

 

夕紬は自分の席で、静かに水筒の蓋を開けていた。

 

 

ほんの少しだけ、蓋を開けた瞬間にすっと鼻を抜ける、微かなミントの香りが漂った。

 

それすらも“この空気に溶ける香り”として選んだもの。

 

 

 

 

 

「如月さんって、全部うまかったよね」

 

 

夕紬は、その言葉にタイミングを合わせるように、静かに振り返った。

 

 

「……そうかな?ありがと、でもみんなほどじゃないよ。器用貧乏ってやつかな?」

 

 

口調は軽く、笑顔も自然だった。

 

誉められ慣れてるのでもなく、恐縮しすぎるでもない。

 

 

返された側は「そっかー」と笑い返し、空気はまたいつも通りに戻った。

 

 

何も残さず、誰も引っかからない。

 

そういう“言い方”を、夕紬はちゃんと知っていた。

 

 

 

 

 

誰もが、夕紬の記録を覚えていない。

 

でも、“妙に印象に残っている”ことだけは感じている。

 

 

それが、彼女にとっての正解。

 

 

今日も間違えていないはずだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

廊下に出た相澤は、端末を開いた。

午前中の個性把握テストの記録ログが、自動的に一覧表示される。

飯田の走力、爆豪の投擲、緑谷の特異記録。

──順に視線を流し、彼は指先で一人の名前を呼び出した。

 

《如月 夕紬》

 

グラフが表示される。

身体測定は各7種目、バランスの取れた数値。

跳びすぎず、投げすぎず、力みすぎず。

 

まるで、線を引いたような数値だな。

 

突出も、沈みもない。

けれど、調整の跡が見える。

“狙って平均値を出した”ような──そんな気配。

 

声には出さない。

けれど確かに、彼の中で“何かが引っかかった”。

 

それは成績そのものだけではない。

“生徒としての情報が薄すぎる”こと。何かが欠けてるわけじゃない。

 

ただ、“埋まりすぎてる”感じがした。

書類も、行動も、発言も──完璧すぎて、逆に記憶に残らない。

 

生徒データに並ぶ項目の一つに、“保護者:ヒーロー・無音(サイレン) 如月 漣”の名がある。

相澤は、ほんの一瞬だけ視線を止めた。

 

「……あいつが、引き取ったんだったな」

 

 

あの無音が、“わざわざ育てる”ことを選ぶとは思わなかった。

 

社会的に信用のあるヒーロー。合理主義者。

 

そして何より、“善を必要とする男”。

 

 

 

彼女の経歴には、全て目を通している。

 

 

あの過去なら、“人前で笑えるだけでも立派だ”と評価する教師もいるだろう。

 

けれど、相澤は違う。

 

 

 

 

 

 

 

仮面を被って生きるのは、生き方の一つだ。

だが──その仮面に“ヒーロー”と名乗らせるなら。

 

それは、“覚悟”を問われる生き方だ。

 

 

相澤は端末を閉じた。

 

「……ま、まだいい」

「見てやるさ。“演技”の先に何を残すのか」

 

それが、“この教室”にいる意味だ。

 

 

相澤は決して、最初から答えを求める教師ではない。

 

まず、“生徒が何者か”を見ようとする。

 

だから、今はまだ問いを立てたにすぎない。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

彼の背中が音もなく教室に戻っていく。

 

 

その気配に、ユウがふと、顔だけを上げた。

 

視線は合わない。

 

でも、空気の密度が少しだけ変わったことだけは感じていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

HRが終わり、1限目──教室に入ってきたのは、金髪にサングラスの派手な男だった。

 

 

「イェーッス! 今日からこのクラスの英語担当、プレゼント・マイク先生だぜぇ!」

 

 

とびきりのテンションで手を挙げる彼に、一瞬空気が固まる。けれどすぐに、

 

 

「えっ、英語!?」

 

 

「マイクが授業!?」

 

 

とざわつきが走る。……が、そんな声も一瞬だった。

 

 

教壇に立ったマイクは、すっとトーンを下げる。

 

 

「教科書、開いて。Unit 1, Page 4。発音に注意して。あと、主語と動詞、位置ズレてんぞそこの男子」

 

 

淡々と。はっきりと。

まったく叫ばない。静かで、理路整然とした授業。

 

 

「いや、ふつうだ……!」

 

 

緑谷が小声で驚く。

 

 

その横で、夕紬は笑っていた。

 

 

けれど、それは誰にも気づかれない、小さな苦笑だった。

 

 

(……ふつう、だね)

 

 

声は低く、目はまっすぐ。でも、あの頃と同じ響きが、確かにあった。

 

 

夕紬の記憶の中。ラジオの向こうで、明るくしゃべっていた人。

 

 

「──夜は、誰のものでもない。

──でも、君のものでもある。」

 

 

(たった一言だった。それだけで、泣きそうになった夜があった。)

 

 

そして今、その人が目の前で英語を教えている。

 

 

(“本物”が、こんなふうに目の前にいるなんて……変な感じ)

 

 

不意に、マイクがこちらを見た。

 

 

「Kisaragi. 意味、答えてみて」

 

 

「Yes, sir. It means “empathy”」

 

 

「いい発音だ。次」

 

 

短い問答。何も特別ではない。けれど夕紬の中には、少しだけ“波紋”が生まれていた。

 

 

仮面の下で、あの頃の声が響く。

 

 

“昔の縁”が、今も誰かに届いてる。

 

 

それは、少しだけ──彼女の“罪”を、揺らすようだった。

 

昔、誰かの言葉に救われた気がした夜。

ほんの一瞬だけ、何かに期待してしまった自分。

 

忘れていたはずのその輪郭が、

なぜか、心の奥で小さく波を打った。

 

でも、すぐに呼吸を整えて思考を消した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

飲み物を買いにクラスを離れる。

昇降口とは逆の、裏手の階段。

 

誰も使わない、非常口に近い踊り場。

 

 

そこに、一人の生徒が座っているのを見つけた。

 

 

別に倒れてるわけじゃない。

 

弁当も、スマホも開いていない。

 

ただ、頭を落として、じっとしていた。

 

 

ユウは、何も言わず通り過ぎる。

 

でも、階段を上がっても、胸のどこかにその姿が引っかかっている。

 

 

(……気のせい、かな)

 

 

目を伏せて、そのまま教室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

昼休みのチャイムが、雄英高校の教室を柔らかく満たした。

 

 

ざわめく声、椅子を引く音、廊下に走っていく足音。

 

そのすべてを、如月夕紬は、遠くのことのように聞いていた。

 

 

弁当箱の包みを膝に乗せながら、机の端で小さく息を吐く。

 

今日も、誰にも話しかけられなければ、それでいい。

 

それが日常だ。ずっと、そうだった。

 

 

でも──今日は、違った。

 

 

「如月さん」

 

 

教室のざわめきの中、はっきりと届いた呼びかけ。

 

声の主は、八百万百。A組の中でも特に穏やかで、礼儀正しい少女だった。

 

 

夕紬は、一瞬だけ肩を動かし、それから顔を上げる。

 

笑顔を作るのは、難しくない。何度も、繰り返してきたことだから。

 

 

「うん、なに?」

 

 

「あの……もしよろしければ、一緒にお昼、どうですか?」

 

 

弁当箱を抱えたまま、八百万が小さく首をかしげる。

 

その背後には、葉隠や耳郎の姿もある。

 

どうやら、数人で中庭に出ようとしていたらしい。

 

 

夕紬は、ほんのわずかに目を丸くして、そして微笑んだ。

 

 

「……うん、誘ってくれありがとう」

 

 

「あっ、ほんと?よかった!」

 

 

葉隠の無邪気な声が重なる。耳郎も「へぇ、如月さんってそういうとこ来るんだ」とどこか興味深げに呟く。

 

 

夕紬は立ち上がり、弁当を抱えて歩き出す。

 

 

その横顔には、いつもと変わらぬ“優等生の笑顔”。

 

 

けれど──

 

 

(……誘われたら、断る理由はないもんね)

 

 

胸の奥で、ぽつりと呟いた言葉は、

 

誰にも聞こえず、風の中に溶けていった。

 

 

初めて“誰かと食べる”昼食は、

 

少しだけ、箸の進みが遅かった。

 

 

それでも、笑顔は崩れなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

ヒーロー基礎学。多分、私が一番苦手とする授業の時間が来た。

 

組分けはランダムなのに、緑谷と爆豪は戦っている。

これが因縁ってやつなのかな。

 

(正しい争い方って、こういうものだったんだ)

 

形はどうであれ力を誇る爆豪。

信念を貫く緑谷。

 

どちらも眩しくて、どちらもまっすぐだった。

 

(私はどちらにもなれない)

 

爆発に揺れるビルを前に、周囲がざわめく。

 

夕紬はそれを周りに合わせ驚いた顔で見ていた、

でも心の中では冷静に、まるで別の場所から見ているようだった。

 

 

(あの頃の私は、彼らのどこにもいなかった)

 

 

爆豪は誰よりも勝ちたがっていた。

緑谷は誰よりも守ろうとしていた。

 

 

私は──

誰かを助けたくて手を伸ばしたことなんてなかった。

 

壊れないために、終わらせるために、生きてきただけだった。

 

 

だから、二人が輝いて見えた。

 

 

だから、同時に、この舞台に立つ資格は自分にはないと、小さな声で、心が呟いていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「ここ、口田くんの個性と相性悪いよね?」

 

ビルが立ち並ぶ地形では、野生動物などいても数種類ほどだろう。

彼はこくんと小動物じみた動きでうなずく。

 

 

「ならさ、私に作戦があるの!速攻で終わらせていいかな?」

 

 

フェンスの支柱にテープを結びつけながら、夕紬は軽やかな声を出した。

 

明るい調子。笑みを湛えた仮面。

 

でもその瞳の奥だけが、冷たく静かに、敵の配置をなぞっている。

 

 

(……あの二人みたいには、できないから)

 

 

直前に見た、爆豪と緑谷の模擬戦。

 

 

拳をぶつけ合うその姿に、何かを託すような意思が見えた。

 

でも自分にはそんなもの、ない。ただ勝てばいい。役目を果たせばいい。

 

準備を終え、屋上に立つ。

一応開始地点はどこでもいいかと、オールマイトに確認を取っている。

 

 

「……スタート!」

 

 

オールマイトの声を合図に、夕紬は細いテープの端を手繰る。

 

 

「ビルに侵入したヒーローふたり」

 

 

声が指令となり、個性が空間を歪ませる。

 

 

──移送。指定ポイント:敵ビル屋上床面。

 

 

芦戸と青山が、一瞬で目の前に出現する。

 

 

「え!?」「わっ、如月さん!?なんで──!」

 

 

青山は反射的にレーザーを撃ち、芦戸は酸を辺りに撒いた。

 

鋭い直感と即応力。だけど──見えてた。

 

 

夕紬は横跳びでそれを回避しながら、小さく息を吐く。

 

 

一発で決められるほど、甘くないと演じて見せる。

 

(……一人で勝てる。でも、それじゃ意味がない)

(“チーム”で勝って、敵の動きも見せること。それが、今は必要)

 

酸が床を焼く匂いの中、夕紬は踵を返して階段を下る。

 

 

(私には“勝ち方”しかない)

 

 

 

 

口田が待機するフロアに滑り込む。

 

 

「口田くん、お願い!」

 

 

彼が頷く。準備は整っている。

 

 

「ふたり、中央の部屋へ」

 

 

再び“声”が空間を刺し、敵が転送される。

 

 

部屋の中心、円形に設置された拘束テープが、口田の手に合わせて一斉に巻きついた。

 

 

「うわっ!?」「ちょ、これ何!?」

 

 

──完封。

 

 

「ヒーローチーム拘束、敵チーム勝利!」

 

 

無線越しのオールマイトの声に、夕紬は小さく笑った。

 

 

(ねえ、先生。……私、“ちゃんとできて”ますか?)

 

 

 

 

***

 

 

 

 

放課後、中継室にて

 

「はーい!では今日はここまで!次回はグループを入れ替えての模擬戦を予定しているぞ!」

 

オールマイトの明るい声が響き、ざわついた部屋に鐘の音が重なる。

 

その直後。

 

「如月さん、すごかったねー!テレポートかっこよすぎ!」

「芦戸さんと青山くん、反応できてたのに封じられたのマジでエグい」

「口田くんとの連携、打ち合わせしてたのかな?」

 

誰とも目を合わせず、けれど完璧な笑顔で。

 

「ありがとー!でもチーム戦だし、口田くんがすっごく動いてくれてたから助かっただけだよ」

 

軽やかな声に、違和感はない。ないはずだった。

 

ただ、爆豪だけがその“違和感”を――違和感の“輪郭”を感じ取っていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

更衣室へ向かう途中。

 

廊下の端、夕紬が一人歩いていると──

 

「……てめぇさ」

 

背中に声がかかる。

夕紬は彼の声を受け止める前に振り返る。

 

「やろうと思えば──初手で勝てただろうが」

 

「何、ヘラヘラ“頑張ったフリ”してんだよ」

 

 

夕紬は何も言わずに目を伏せる──

 

ほんの少しだけ、睫毛が揺れた。

 

痛いところを突かれたような、けれど感情を表に出すほどの余白はなく。

 

飲み込むように、呼吸を一つだけ落とす。

 

 

「そういうとこ、昔から気に食わねぇんだよ」

 

「いつも“ちゃんとしてる”フリしてよ──そのくせ、何も興味ねぇって顔しやがって」

 

 

一歩、距離を詰めて。

 

 

「勝ちたくなかったなら、何でそこに立った」

 

「勝ちたかったなら──なんで“ちゃんと”やんねぇんだよ」

 

 

目を逸らさずに。

 

「勝った顔くらい──してろや。ヒーロー、目指してんじゃねぇのか」

 

 

 

 

 

そう言って、また歩き出す。

 

 

拳は握られていない。

 

でも、肩にかかる力は重い。

 

 

今の爆豪にはまだ、自分の苛立ちの理由が整理できていなかった。

 

けど、目の前で“勝ったのに何も感じてなさそうな奴”が、許せない。

 

 

それが夕紬である必要はなかった。

 

でも、“夕紬だったから”──声をかけた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

ユウは横を通り過ぎた爆豪の背中を目で追った。

 

無骨で、まっすぐで、不器用で──それでも。

 

“勝つ”ことに意味を持ち続けるその背中が、少しだけ眩しかった。

 

 

だからこそ、“私みたいな奴”が、空っぽな人間が──許せなかったんだと思う。

 

ユウは誰にも気づかれずに、そっと微笑む。

 

その笑みには、どこか“諦め”に似たものが滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

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