新5話
パジャマパーティーではなかったが、B組と共同で女子会が行われた。
雑談は続き、彼氏にするなら誰というありふれた話題が始まった。
誰が気になるとか、付き合ったらどうとか。
夕紬は笑いながら話に混ざる。
「イケメンと言えば、轟は?」
芦戸の口から名前が出ると、みんなが「そういえば」と同時に思い出す。
入学当初は一匹狼タイプ。
それが、いつの間にか接しやすくなった。
どこかマイペースな、イケメン。
(あれ?マイナスポイントなくない?)
と誰かが首を傾げた時に、拳藤が言った。
「ああ、あのエンデヴァーの」
その瞬間、誰もが同じ顔を思い浮かべた。
テレビで何度も見た、No.2ヒーローの強面。
――無理じゃね?
「ないな……」
「うん、息子の彼女に厳しそう……」
想像したエンデヴァーの威圧感にげんなりした顔でそう呟く夕紬のクラスメイトたち。
だが、塩崎がじっと閉じていた目を開き、穏やかに言った。
「ああいう気性の荒い方こそ、心に傷ついているのかもしれません。癒して差し上げたい…」
その静かな声に驚くようにB組女子が声をあげる。
「茨、まさかのエンデヴァー!?」
意外過ぎる好み、いや年齢差!不倫!?と少し騒がしくなる女子たちに塩崎は変わらぬ冷静な表情のまま、穏やかに首を振り、否定する。
「すべての生き物は、みな愛される資格を持つのです。
癒してさしあげたいだけで、決して恋ではありませんし、タイプでもありませんのであしからず……」
その言葉を受けて、B組の女子たちの間に、ひとつ納得したような空気が流れた。
「ビックリさせんな……」
「ん」
「塩崎さんって、そういうタイプなんだ〜」
とA組の誰かが笑って、葉隠が夕紬に声をかける。
「ねね、夕紬ちゃん、同じ事務所行ってたよね?」
「そうだね」
「どうだった!エンデヴァー!やっぱりちょいこわ?」
そう首をかしげるクラスメイトに、夕紬は少し考える素振りをしてから答えた。
「ん~自他共に厳しい人そう?
でも職場体験で助けてくれたし、かっこよかったよ」
「まじ~??」
「ほんとだよ」
助けられた事実だけを拾い上げて、評価を口にする。
そこに感情は乗せなかった。
「夕紬ちゃん真面目~あっ真面目で言えば飯田は――」
笑い声が続く中で、夕紬も同じように微笑んでいた。
***
三日目、昼。
個性伸ばしの訓練は、今日も続いていた。
夕紬もクラスメイトと並び、
動きを止めることなく体を動かし、“個性”に負荷をかけ続けていた。
遠くで、相澤が補習組に指摘を飛ばしている。
「――」
「何をするにも、原点を常に意識しとけ、
向上ってのはそういうもんだ。
何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか、常に頭においておけ」
その言葉に、一瞬だけ――夕紬の動きが止まった。
憧れを思い出す者。
ヒーローを志した理由をなぞる者。
けれど夕紬は、何の記憶も参照しない。
ただ一度だけ、少し離れた位置にいる青山に目を向けた。
“個性”の反動で腹部を押さえている姿が、視界の端に映る。
話が届いているかどうかを確かめる気には、ならなかった。
なら、それはそれでいい。
そう判断して、夕紬はすぐに視線を切り、体を動かした。
やがて緑谷が、オールマイトや他の教師の参加について相澤に尋ね始める。
相澤は相変わらず合理的に答えるが、
目立つ在り方のヒーローとはどこか噛み合わなそうな顔をした。
夜に行われるクラス対抗の肝試しの話題が出ると、
クラスメイトたちの空気がほんの少しだけ軽くなった。
同日、夕方。
昨日とはまたそれぞれが違う担当に振られて料理をする。
作るのは肉じゃが。
夕紬も手を止めることなく動く。
その時、ふと……轟と緑谷の会話が耳に入った。
超人社会を嫌う子供に、何をどう伝えるべきか。
大事なのは言葉そのものより、
それを語る人間が「何をしてきたか」なのだと。
料理をしながら交わされる話にしては、
少しだけ重く、深い内容だった。
料理をしながらの雑談として聞き流すには、少し重く、深い話。
夕紬は内心で凡そ同意する。
だからこそ、何もしていない私の言動に、意味は生まれない。
「爆豪くん、これもよろしく」
爆豪が切った野菜でいっぱいのボールを取り、
まだ切られてない野菜とボールを置く。
彼の怒声に似た返事を聞きながら笑顔をかえす。
食事中、携帯が震えた。
ポケットからスマホを取り出して、画面を見る。
通知は一件。
メッセージアプリ、名前は――
画面のロックを解除。
――父の知人。
肉じゃが……夕飯を食べる手を止めて、一瞬だけアプリを立ち上げて、閉じる。
読むための動きではなかった。
夕紬は何もなかったかのように食事を再開する。
「どうしたの?」
隣に座るクラスメイトの問いにも動じることはない。
「友達からメッセ来ただけ」
そこから多少の雑談は始まっても違和感はない。
急ぎではないメッセージを一瞬、確認だけした。相手に伝わるのは、その程度の情報だ。
食事しながら行う会話の中、夕紬はそっと脳内で記憶を呼び起こし、内容を確認する。
父の知人:本日の夜間、ひとりになるように立ち回ってください。
指定の場所は──。
もし難しいようでしたら、いつものようにお呼びください。
今日、彼らはなにか行うらしい。
夕紬に与えられたのは、その程度の情報だけだった。
それでも、誰にも伝えず、ただ従う。
食後、肝試しは補修者を除く形で行われた。
泣きながら相澤に引きずられていく芦戸を苦笑いで手を振りながらプッシーキャッツの4人による説明を受ける。
脅かす側はまずB組、A組は二人一組で3分置きに出発。
ルートの真ん中、中継地点にある名前のある札を持って帰ること。
脅かす側は直接接触禁止、“個性”を使ったネタで創意工夫すること。
「なるほど!競争させる事でアイディアを推敲させ、
その結果、“個性”に更なる幅が生まれるというワケか!さすが雄英!!」
いつも通りの飯田に笑みをこぼしながら、夕紬は、どう一人になるかだけを考えていた。
が、幸運なことに夕紬は一人になった。
順番を指定され歩いていけばB組の面々が脅かしてくる。適度に反応を示し、道順をなぞる。
中間地点にたどり着く間際。
周囲に煙があふれ始める。
最初は、B組の演出だと思った。
だが、一息吸った瞬間に理解する。
(これは、ダメだ)
咄嗟に距離を取り、服で口元を覆う。
遅れて焦げた臭い――視線を向けた先で黒煙が上がっていた。
(はじまった)
夕紬にも、それだけはわかる。
煙の展開を避けるようにして走り出す。
向かうのは中間地点。
そこから少し外れた位置が合流地点だ。
細い林道を抜け、視界が開ける。
視界に映ったのは――脳無がふたり。
その中央で、プロヒーロー・ラグドールが膝を折っていた。
脳無に囲まれた彼女に、その拳が振り落とされる間際。
「ラグドール!」
ユウは咄嗟に個性で彼女を呼び出した。
「っ!」
ユウは隣に呼び出した彼女の体がふらりと崩れかけ、咄嗟に支える。
「大丈夫です、か……?」
ゆっくりと顔をあげたラグドールは頭から血を流していた。
視点もどこか虚ろ。
彼女の肩をつかむために回した自分の手をどろりと濡らす血液。
「逃げて……」
そういって、彼女は意識を失った。
視界の端で、脳無がこちらを向いた。
夕紬の体が一瞬止まり、思考だけが駆ける。
この作戦は、私は知らない。
目的は――殺害か、拉致か。
私の役目は、ひとりになって回収されること。
でも、いま離れたら――彼女は死ぬ。
それは、作戦の邪魔になる。
なら――
誰かが地面を踏みしめる音が、脳内の思考を切った。
(来る……)
こちらに駆け出す黒い影。
判断が追いつかない。
それでも体だけが先に動き、
ラグドールを抱えたまま、一歩、下がる。
距離を取る。それしかできなかった。
寸前。
背後で、空気が歪む。
振り向くよりは早く、黒霧が展開され、瞬きをする間もなく、
浮遊感が視界を覆った。
咄嗟に、足で勢いを殺そうとする。
二人分の体重。
初速。
――止まれない。
回収?
なら──せめて。
ユウは片手をポケットに走らせる。
指先で取り出した端末が地面に落ちるように、意図して、落下の軌道を変えた。
黒い霧が消えた頃、
そこには端末と、ひとりのヒーローが流した血痕だけが残っていた。
「タイミングが良いのか、悪いのか……所掌、焦りました」
ユウの視界が開けたとき、その目に映ったのは森ではなく、さびれたどこかの建物の中。
目の前には見慣れた異形──黒霧が立っていた。
彼はユウの前にゲートを展開し、声をかける。
「その女性は先生が要望です。こちらへ」
ユウは無意識に、己の腕の中で、血を流す女性に目を向ける。
――この人はどうなるのだろう。
死んでしまうのだろうか?
そう思ったとき、この数日で知ったプロヒーローたちの顔が浮かんだ。
――この人がいなくなれば、悲しむ者がいる。
けれど、ユウに選択肢などない。
目の前に展開されたゲートにラグドールを受け渡す。
彼女の体温と血が残る手のひらを少し握って立ち上がる。
意識が朦朧としても、私に逃げろと声をかけてくれたヒーロー……
(この人が死ぬのなら、それは私の責任)
黒霧は静かにゲートを閉じて、ユウに視線を向ける。
「ほんとうに、あなたは何も聞かないのですね……」
「私が知るべきかは、きっと決まっていると思うので」
知る意思がないのではない。
そもそも、あるのは可否だけだった。
そして、黒霧はそれを否定しない。
「……おっしゃる通りです」
「いまからアジトに移ります。
あなたは居てくだされば、それだけで問題ございません。
今回の作戦はヒーロー社会の信用に与える打撃になり得ます」
「わかりました」
抵抗も、動揺もなく頷き、自分の手首に着けたサポートアイテムを見せる。
「ヒーローサイレンから支給されたものです。
私のバイタルが監視されています。
今後、体に手を加える際は、こちらに細工を」
言外の意味を理解した黒霧はゲート開きながら言葉を置く。
「かしこまりました。
お伝えいたしましょう」
***
黒霧のゲートが音もなく開く。
そこに、如月夕紬が立っていた。
空気の重さに、足取りだけが静かに響く。
アジトのバー。
薄暗い照明の中、カウンターに一人。
「……来やがったな」
ぼそりとつぶやいた言葉は、ただ事実を確かめるようだった。
どこまで、自分の指示を聞き入れるのか、そんな実験じみた行動。
死柄木弔は、椅子に腰かけている。
手元のグラスにもう、なにも入っていない。
指先がカウンターを、コツ 、コツと無造作に叩いているだけ。
ユウは足音を殺しながら、ゆっくりと近づく。
手を伸ばせば届く距離。
でも、伸ばしきらなければ触れない距離。
その“場所”で、止まった。
沈黙。
だが死柄木は顔すらみない。
一拍置いて、呟く。
「……ラベルでも貼られて、気分変わったか?」
声には、乾いた皮肉。
怒りでもなければ、優しさでもない。
ユウは言葉を返さない。
彼女はポケットから小さな包みを取り出す。
音もなく、カウンターに置く。
──チョコレート。
置かれた手の甲にべったりと赤が滲んでいる。
それでも、チョコレートは汚れていなかった。
死柄木の視線が、ようやく僅かに横に動く。
カウンターに置かれたそれを確認して、鼻で笑った。
「……相変わらず、ずれてんだよ。お前は」
軽く吐き捨てる。
「血まみれで何やってんだ。ヒーロー気取りかよ」
静かな、でも突き放さない声。
それは、拒絶でも、歓迎でもなかった。
──あいつは、やっぱり“あいつ”だった。
ユウは何も言わず、ただそこに“いた”。
ただ、“戻った”。
死柄木は立ち上がらない。
「私の血じゃないよ」
ユウはそれだけ残して近くの壁に寄りかかる。
「……だから何だよ。言い訳すんな、見苦しい」
……駒なら駒らしく黙ってりゃんだと死柄木は内心で吐き捨てる。
そう扱いきれていない自分の心から目をそらし、
無意識のまま、無理やりふたをした。
黒霧が無言で現れ、手にした拘束具を、淡々とユウの手首へ。
ユウは抵抗しない。何も言わずに差し出す。
死柄木は時計を見てただ一言。
「……そろそろ時間だ」
一週間遅いですが、原作アニメ、完結おめでとうございます。