ただ一度、君の名を   作:K4R4SU

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3話 違和感の輪郭

 

 

陽光がやわらかく校舎のガラスを照らす朝。

通用門前には、雄英高校の制服を着た生徒たちがちらほらと登校していた。

 

そのなかで、夕紬はひとり、歩幅を崩さず校門へ向かっていた。

 

「ねえ、そこの君!」

 

突然、横から声がかかる。

振り返れば、マイクを手にした中年の男性──リポーターだった。

 

「君、ヒーロー科の一年生でしょ?ちょっとだけ、今の気持ち聞かせてもらえるかな?」

 

夕紬はほんの一瞬、目を見開く。

けれどすぐに、“仮面”の笑みが浮かぶ。

 

「はい、もちろんです」

 

リポーターがマイクを向ける。

 

「今朝はオールマイトの授業があるって聞いたけど、どう? やっぱりテンション上がる?」

 

「ほんと、夢みたいな感じです」

 

軽やかな口調。明るく、でもやりすぎない抑揚。

──でも、目の奥の光は、どこか反射するだけのものだった。

 

「ありがとう!名前は?」

 

「“雄英のヒーロー志望の一員”でお願いします」

 

笑いながら頭を下げて、夕紬はそのまま門をくぐっていく。

去り際、ふっと小さく、マイクの男が呟いた。

 

「……今の子、どこかで見たような……」

 

が、思い出せるわけもない。

ただの、優秀なヒーロー志望の女子生徒。いまはそれだけ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

教室の前で、夕紬は一度だけ立ち止まる。

指先で制服の袖を整え、口元に“正解の笑み”を浮かべた。

それから、静かに扉を引いた。

 

「おはよう」

 

明るい声を響かせて教室に入る夕紬は、自然な笑顔を浮かべていた。

 

誰かのような希望、どこかで聞いたような振る舞い、そして何より「普通で明るいヒーロー志望の女子生徒」という役割を完璧に演じていた。

 

 

ホームルームが始まる。

 

「委員長を決めるぞ」

 

相澤先生が眠そうな目で言い放つと、全員の手が静かに上がった。その中に、夕紬の手もあった。

 

ここはヒーロー科、誰もが率先して他者を率いろうとする、満場一致などない。

 

けれど、整った表情、丁寧な態度が評価されてか、夕紬には数票が集まる。

しかし、一位は緑谷だった。

 

何でデクが!といつものように怒る爆豪を横目に夕紬は同数となった、八百万に声をかけた。

 

 

「同票だね、どうやって決めよう……個人的に、私より八百万さんのほうが適任な気がしてきたかな」

 

「いえ、そんな。……ですが、ここはどちらかが辞退するのではなく、平等に決めるべきかと」

 

「たとえば?」

 

「……たとえば、ジャンケンなどで」

 

「いいね、一発勝負でいいかな?」

 

八百万が手を振り上げた瞬間、夕紬の目がわずかに動く。

 

小さく、でも確実に“グー”の形になるのを見て、夕紬は笑顔のまま“チョキ”を出す。

 

 

「……あっ、やった! 私、勝ちましたわ!!」

「うん、よろしくね。副委員長」

 

夕紬は明るく、拍手をしてみせた。

 

 

周囲が笑い、空気が和む。

 

でも、ただ一人だけ──爆豪だけは、うっすら気づいて眉をひそめていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

昼休み。窓際の席、芦戸・上鳴・八百万がそれぞれ食事を終え、会話を楽しんでいた。

話題は昨日の実技訓練──そして、いつの間にか“顔の広さ”で有名になりつつあるクラスメイト、夕紬のこと。

 

「如月さんってさ、なんか……すごくない?」

芦戸が言うと、上鳴が即座に頷いた。

 

「おー、マジですごいよ。“無音の必殺仕事人”ってあだ名つけたくなるくらい、静かに全部終わらせてくじゃん」

 

「それに、普通科やサポート科の生徒さんとも、仲良くしていらっしゃるようですね」

八百万が紅茶を口にしながら、落ち着いた声で続ける。

 

「まじかよ!普通科ってヒーロー科にあんま良い顔しないって噂じゃなかったっけ?」

 

「でも、如月さんはちゃんと“相手の温度”に合わせて話せる子だよ。たぶん、ヒーローとか関係なく、誰とでも繋がれる感じ?」

 

「──確かに。彼女の態度には、媚びでも距離でもなく“敬意”がありますわ。そこが、他の方々にも伝わっているのかもしれませんね」

 

一瞬の沈黙。

それぞれの中で、夕紬という存在が少しだけ輪郭を持ち始める。

 

その時、教室のドアが開いて、夕紬が何気なく戻ってくる。

廊下ですれ違った男子生徒に軽く会釈しながら、ごく自然に、自分の席へ。

 

その様子を見て、上鳴がぽつりと漏らした。

 

「──完璧すぎて、逆にちょっと怖ぇな……」

 

「そう?私は……ちょっと憧れるけどな」

芦戸が笑いながら返す。

 

「ええ、わたくしも同感ですわ」

八百万も、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

***

 

 

また同じ時間、同じ場所。

 

 

“そこにいる”ことを、確認するつもりはなかった。

 

でも足が、わざと遠回りして、裏階段に向かっていた。

 

 

──いた。

 

 

昨日と、同じ格好で。

 

顔は見えない。

 

目も合わない。

 

そこには、昨日と同じ“風景”があった。

 

……いや、正確には、“普通の中に混ざりきれていない何か”が、ぽつりとあった。

 

制服は整っていた。

 

姿勢も崩れていない。

 

でも、肩の角度だけが、ほんの少し不自然だった。

 

空気の流れに逆らうような、ぎこちない沈黙が、その背中にだけ残っていた。

 

ユウは立ち止まる。

 

“誰かが崩れかけている音”が、空気の中に溶けていた。

 

何秒か、ただ、そこにいた。

 

すると──その子が、何かに気づいたように顔を上げる。

視線がこちらを探しかける、その瞬間。

 

ユウは踵を返して、静かに引き返した。

 

(……まだ、大丈夫)

 

ちゃんと、外を見てる。

なら、まだ平気。

 

 

***

 

 

 

職員室の隅、誰もいない時間。

 

相澤は端末を開き、生徒一覧から一人の名を選んだ。

 

 

《如月 夕紬》

 

 

映像ファイルが再生される。入試当日の記録だ。

 

 

画面には、運動着姿の少女が歩いている。

 

 

走りもせず、焦りもせず、まるで“街中を散歩している”かのような足取りで。

 

 

──その時点で、すでに“違和感”はあった。

 

 

「……やっぱり、最初からそうか」

 

 

相澤は、誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。

 

 

夕紬は仮想敵を前にしても、一切表情を変えない。

 

 

次に動いたのは、何気なく見上げた信号機。

 

 

「“三ポイント”」

 

 

その声と同時に、信号機ごと仮想敵が一体、崩れた。

 

 

精密。過不足なし。

 

けれどそこには“意図”が透けていた。

 

 

(……倒し方じゃない。倒す“姿勢”に……無理がある)

 

 

画面の中の夕紬は、まるで“勝ちすぎない”ように敵を倒していく。

 

 

一方で、助けを求める生徒には、自然に手を差し伸べていた。

 

 

(……評価を得るための行動にしか、見えねぇな)

 

 

そこに“意思”はあったか?

 

──いや、“プログラム”のように見えた。

 

 

指先一つ、言葉一つに“ヒーローであること”を求められる立場で、それを完璧に演じている。

 

 

「全部“仕上げてきてる”ってことか……」

 

 

演技としての優しさ。計算としての救助。

 

まるで、“必要な成果”をリストアップして、その通りにこなしているようだった。

 

 

そして、爆豪との接触。

 

奪った敵、謝罪のジェスチャー、即座に別の仮想敵を提供する動き。

 

 

──あれも、“衝突を避けるためのテンプレ”だ。

 

 

「……喧嘩を回避する“優等生”ってわけだ」

 

 

彼女のなかで、誰一人“印象に残らない”よう、すべてが設計されている。

 

 

(……自分を“誰にも残さない”ように、動いてる)

 

 

それが如月夕紬の“仮面”だ。

 

 

──だが、教師として、そういう生徒に対して相澤が抱く感情はひとつしかない。

 

 

「そんなもんで、誰を救える?」

 

 

彼は再生を止め、目を伏せた。

 

 

夕紬の過去は知っている。

 

地獄を生きてきた子供だということも。

 

 

けれど、今この場にいるのは、“その過去ごと隠して笑う、ヒーロー科の優等生”だ。

 

 

──なら、見る側も腹をくくらなければならない。

 

 

教師として、“仮面の向こう”を見る覚悟を。

 

 

そしていつか、その仮面を脱いでくるその日まで、問い続ける責任がある。

 

 

相澤は再び端末を閉じた。

 

 

ほんの一瞬だけ、画面の残光が瞳に焼きついた。

 

 

「……如月。お前、“なんのために”ここにいる?」

 

 

静かな、けれど真っすぐな問いが、心の底に残された。

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