ただ一度、君の名を   作:K4R4SU

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2話 必要最小限の熱量

 

 

 

 

 

控室には試合を控えた生徒たちが集まり、それぞれの空気を纏っていた。

 

芦戸と尾白がルールについて少し話してる。

 

夕紬は八百万や芦戸と同じテーブルに座りながら、会話の輪には入らず、ただ空気をなぞるように頷いたり、小さく笑ったりしていた。

返す言葉はなくても、会話に反応することで、そこに“居る”ことを保っていた。

 

ふと、八百万が声をかける。

 

「そういえば……もう腕のギプス、外しても大丈夫ですの?」

 

夕紬はわずかに瞬きをして、右腕を持ち上げる。

 

「うん、リカバリーガールのおかげで、もう平気」

 

動かして見せる手首には、もはや包帯もない。

 

「すごい個性だよねー!」

 

芦戸が横から覗き込むようにして声を上げる。

明るい笑顔と共に、少しだけ距離が縮まった気がした。

 

夕紬は「うん」と、今度は声に出して頷いた。

 

その時、扉が開く音がして、飯田の声が響く。

 

「皆、もう準備はできるか!? もうじき入場だ!!」

 

部屋の空気が、一瞬だけ引き締まる。

 

緑谷は胸に手を当て、緊張をほぐすように深呼吸をしていた。

峰田は、手のひらに“人”の字を書いて飲み込んだ。

 

──そんな空気の中で、轟が口を開いた。

 

「緑谷」

 

呼ばれた名に、緑谷が目を向ける。

 

「……何?」

 

「お前には勝つぞ」

 

空気が、ぴんと張った。

 

一瞬で、雑談が止まる。

緑谷は、思わず姿勢を正した。

 

上鳴が「宣戦布告!?」と声を上げる。

爆豪が、目を細める。

切島が立ち上がり、轟の方へ一歩、踏み出した。

 

日常のざわめきが、緊張の膜に包まれていく。

 

それでも、轟の視線は真っ直ぐだった。

声に、迷いはなかった。

 

 

 

夕紬は、その宣言を聞いていた。

けれど、驚きもしない。ただ、目を細めた。

 

 

 

(……なんで、ここで、言ったんだろう)

 

 

小さく、そんなことを思った。

 

宣言しなければ、誰にもわからない。

ただ戦って、ただ勝てばいい。

それでも彼は、自分のあり方を──目の前の子に見せた。

 

 

 

“意味”を、そこに置いた。

 

 

 

(……すごいな)

 

感情ではなかった。熱でもなかった。ただ、素直な感想だった。

 

どんな葛藤があろうと──それだけの言葉を口にできること。

それだけの覚悟を、自分の内側から引き出せること。

 

「僕も本気で獲りに行く!」

 

そしてそれを受け取れる人。

 

緑谷は戸惑っていた。

自分には敵わないと言いつつ、それでも──目を逸らさなかった。

声は震えていても、言葉は届いていた。

 

轟は、それを黙って受け取った。

まるで、最初から返事が来ることを理解していたみたいに。

 

(……やっぱり、すごいな)

 

ぶつかりあうことは怖い。

なのにこの子たちは、ぶつかりあうことで“何か”を渡し合い、成長しようとしている。

 

それを、ただ、見ている自分がいたことに気付く。

“いい”とか“うらやましい”とかじゃない。ただ、心の奥が静かに揺れた。

 

 

 

──誰かの熱に晒された感情。

 

名前をつけるなら、“敬意”。

 

 

 

憧れも羨望もない、それは自分にはないものだと知っている。

そして、それを持っている誰かを見ることに、痛みはなかった。

 

ただ、“そういうものなんだな”と、遠くから見るような気持ちで受け止めた。

 

その横顔は、とても静かだった。

 

 

 

「……夕紬ちゃん、聞いてた?」

 

耳元で、芦戸の声が弾んだ。

 

「あれが男の友情ってやつかな?」

 

「……そうかもね」

 

夕紬は、ほんの少しだけ口元を緩めて答える。

 

返した言葉は平坦だったが、その声は雑音にはならず、自然にその場に溶け込んでいた。

 

(私は、望まれたからここにいる)

 

(ただ、それだけ)

 

(なら、私が戦う理由って、なんなんだろ)

 

──そんな問いは、意味を持たない。

 

過った思考を呼吸と共に掃き出し、

クラスメイトと共に、夕紬は静かに歩き出す。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「1年ステージ、生徒の入場だ!!」

 

会場から通路、そして夕紬たちへとプレゼントマイクの呼び声が響く。

 

「雄英体育祭!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!」

 

歓声が爆発し、空気が押し返してくるようだった。

──これは、もう“日常”ではない。

 

(……見られる場所に、立つんだ)

 

マイクの実況も、観客の熱気も、ただの音のはずだった。

でもその“音”のなかに、今の自分が確かに混ざっている。

 

「敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!」

 

誰かみたいに言葉を交わせるわけじゃない。

ぶつかり合うことで何かを掴めるとも思ってない。

 

でも──

 

(私は、ここに立っている)

 

「ヒーロー科!1年!!!A組だろぉぉ!?」

 

スタジアムへ一歩、足を踏み出す。

 

……強い光。熱を帯びた音。

何百、何千という視線が、肌を撫でるように降ってきた。

 

(ああ──これが、“舞台”か)

 

 

頭では理解していたはずの場所。

どう振舞うべきかも考えてきた。

 

けれど──この熱量だけは、予測と一致しなかった。

無機質に瞬くカメラ。熱を孕んだ歓声。

そして、数えきれないほどの “目”。

 

期待、好奇、評価──そのどれでもあり得る視線が、肌に刺さる。

 

 

思ったより、ずっと──

背中に、ひやりと汗が浮いた。

 

それでも、歩みは止めない。

感情ではなく、ルールとして歩く。

 

ただ一度、仮面と呼ぶにはあまりに習慣と化したそれを、確認するように口元で形を作った。

 

(私は、如月夕紬だから)

 

見られる。記録される。評価される。

 

そのどれも私の本質をうつせはしない。

 

ヒーロー科の一員として。ヒーローに保護された、更生済みの子どもとして。

 

だから──“間違えないように”。

 

それでも、“記憶には残らないように”。

 

そうして如月夕紬は、“観測される世界”へと、身を投じていった。

 

“見られること”に意味がある世界で、

ただ、見過ごされることを願いながら、歩いていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

ミッドナイトが声高らかに宣言した。

 

「選手宣誓! 1年A組代表、爆豪勝己!」

 

どよめきが広がる中、爆豪は前を見据えたまま、朝礼台へと真っ直ぐに歩いていく。

やがて訪れた静寂を裂くように、彼の声が響いた。

 

「──せんせー。俺が一位になる」

 

間髪入れず、生徒の中からブーイングが上がる。

 

「ふざけんな!」「このヘドロ野郎!」

 

あからさまな不満が飛び交う中、爆豪は一切気にする様子もなく、無表情のまま言い放つ。

 

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

よくないハンドサインを添えて、朝礼台を下りた。

 

ユウは、それをただ黙って見ていた。

 

(……自分に逃げ道を与えないため、か)

 

爆豪の声は、誰かに向けられたものじゃなかった。

観客でも、ライバルでもない。

あれは、たぶん──自分自身への通告だった。

 

(……すごいな)

 

それは、強さじゃない。

けれど、抗いようのない熱だった。

 

観客席のざわめきが膨らむ中、

その言葉と立ち姿だけが、まっすぐに空へ突き抜けていった。

 

(変わらないんだ)

 

ふと、胸の奥をくすぐるように、

昔の記憶(前世の記憶)が、脳裏をかけていく。

 

ああ、私の知る彼だけじゃない。

私の“知っていた”彼も──やっぱり、こうなんだ。

 

思わず目を細めた。

口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

それは、たしかに敬意でもあったかもしれない。

けれどユウにとっては──記憶の熱。

揺れたのではない。ただ、こぼれただけ。

 

デジャヴというには曖昧すぎて、思い出すには浅すぎた。

けれど確かに、心の奥が小さく鳴った気がした。

死んだはずの記憶が、皮膚の裏でゆっくりと目を覚ます。

 

それでも、今の私はそれに名前をつけたりはしない。

 

ただ──死体が、反応しただけ。

 

(……まだ、残ってるんだ)

 

もうとっくに、全部終わったはずなのに。

心のなかで、誰にも届かない言葉を、そっと呟いた。

 

──なのに。

 

目が合ってしまったから、

ユウは静かに、目を伏せた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『スターーート!!』

 

開幕と共に狭いゲートを計11クラス、200名を超える生徒が我先にと走り出す。

そして、1番最初に抜けた轟焦凍の氷が地面を一瞬のうちに凍らせた。

 

夕紬は弧を描いて前方の生徒を飛び越えると共に回避する事で、上位グループに滑り込んでいた。

スタジアムを取り巻く4kmの外周コース。

息をあげるにはまだ早い。

 

『さぁいきなり障害物だ!!

まずは手始めに…第一関門、ロボ・インフェルノ!!』

 

入試で見た機体と同じ構造だと、夕紬の脳が判断する。

外装の継ぎ目、関節の摩耗は個体差があるが構造は同様、外部を正面から見た限りネジは64本。

呼び出せばその場で動きを止めた。

全て覚えている。

 

やろうと思えば一言で、全ての0ポイント敵を止めれる。

──けれど、今回はやらない。

 

“あれらを一瞬で止めるのは、目立ちすぎる。”

 

ヒーローとしてのパフォーマンスとしては満点。

だが、観客が求めているのは“ヒーロー志望の子供が戦う姿”だ。

他の子の見せ場が消えてしまうのは良くない。

 

だから、夕紬はただ、走る。飛ぶ。避ける。

 

ロボの足が振り下ろされるのを横目にかわしたとき。ふと、視界の端に何かが映った。

反射的に後方に視線を流すが脳はすでに理解していた。

 

──あぁ、潰される。

 

小柄な生徒が、転倒していた。

目の前に迫る鉄の脚。ギリギリの距離。

周りに気付いている子はいるが間に合わない。

 

わかってる、死にはしない。これは演劇と同じだから。

でも、それを見捨てるのはヒーローらしくない。

 

 

夕紬の声が、静かに紡がれる。

この距離なら私だけが分かればいいから語彙はいらない。

 

「“キミ”」

 

音も無く、生徒が夕紬の腕の中に現れ、夕紬は片手で抱え上げる。

すぐ目の前に迫る、2ポイント仮想敵の腕。

夕紬は片手でその一撃を受け止めながら、個性を使用する。

 

「“氷”」

 

頭上に現れた氷結に押し潰され、仮想敵が頭から音を立てて動きを止める。

夕紬は微笑みながら生徒を見る。一見、怪我はない。

 

「立てる?」

 

生徒が驚いたまま目を丸くしている。

 

「う、うん……」

 

「そう、よかった」

 

夕紬はそれだけ言って、すぐに生徒をおろし駆け出した。

 

(……他の子は、止まらなかった)

 

気にした子はいても、助けようとした子も、間に合わなかった子も、いなかった。

それは当然だ。これは競技なのだから。

 

なら、なんで自分は立ち止まったんだろう。

そうみんな疑問に思うかもしれない。

 

そうするように、定めたのは私自身。

演技でいい。ふりで充分。

 

“ヒーローらしく”見えたなら、それで。

 

「おっとォ!? おっとっとォ~~!? なんだいなんだいこのスマート救助!」

「地味に見えて!?やるじゃねぇか、1-A、如月~~~ッ!!」

 

「言葉も最低限!行動は最短!こりゃあ新時代のヒーロー像、来てるかもな~~~!!」

 

観客席の一部がざわついた。

派手な歓声ではない──けれど確かに、視線が彼女に向けられ始めていた。

 

「今の、個性…?」

「あの位置から見えるんだ…」

 

けれど──夕紬本人は、その声を聞いても、何も変えなかった。

 

心の中で、そっと吐息を落とす。

 

(……ヒーロー志望らしく)

 

ほんのわずか、仮面の下で眉が動く。

それでも、走る足は止めない。

 

それは、長い時間をかけて仕上げた“反応”。

必要な場所にだけ、感情のふりを置く。

 

“助ける”という選択は、演技でしかない。

 

その足取りに、迷いはなかった。

あくまで“それが正解だとされているから”──

それだけの理由で、助けただけ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

断崖絶壁が連続する第二関門、「ザ・フォール」。

生徒たちは命綱もなしに、細く張られた足場を慎重に進んでいく。

 

夕紬もまた、周囲に溶け込むように足場へと踏み出していた。

腰を落とし、視線は進行方向。

一歩ずつ、他の生徒と同じように、慎重に渡っていく。

 

足音を立てないようにしているのは、夕紬だけではない。

だから、目立たない。

仮面を崩さずにいられる“ちょうどいい緊張感”が、そこにはあった。

 

前方で一人の男子生徒が、足を滑らせた。

誰かの悲鳴。彼の足場が傾き、落ちた。

 

「うおッとォ!? 落ちる落ちる落ちる!!」

 

その瞬間。

 

「“キミ”」

 

再び音も無く、生徒が夕紬の腕の中に現れる。

夕紬はよろめきもせず、そのまま抱きとめ──まるで当然のことのように、お姫様抱っこ。

 

この体勢が、一番バランスを崩さずに運べると思った。ただ、それだけだった。

 

生徒は目を見開いている。

落ちるはずだった己の身体が、なぜか、しっかりと支えられている現実に。

 

 

「……降ろすから待ってて」

 

「あ、はい……っ」

 

夕紬は一瞥し静かにバランスを確認する。

 

 

「お姫様抱っこォォォオ!!?」

「綱渡り中だぜ!?バランス感覚バケモンかよ!!」

 

実況席に笑いと驚きが混じる。

観客の一部がざわつく中、夕紬はただ、進む。

 

 

そのまま綱を渡り切り床に降ろす。

そして、何も言わず背を向けて再び歩き出した。

 

「静けさが最大のインパクト!振り返らずに歩き出すその背中……」

「優等生系無口ヒロイン、ここに爆誕かァ~~~~~ッ!!!」

 

だが彼女の足取りは、何も変わらない。

 

静かな仮面のまま、淡々と断崖を進んでいった。

 

(ああいうのは、やり過ぎなんだ)

 

腕の中の体温が、自分の肌に染みついている気がした。

人のぬくもり──その柔らかさが、どうしても苦手だ。

拒絶ではない。けれど、心が硬直する感覚だけが残った。

 

(……でも、必要だから)

 

 

自分の中の反応を、静かに押し込める。

夕紬は、ただ前へ進んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

爆発音が連続して響く。

第三関門、「地雷原」。

 

地面に埋められた無数の地雷。

地雷の有無は目を凝らして床を見れば見極められる。

踏めば即座に爆発し、吹き飛ばされる。

音は派手だが競技用──命には関わらない。

 

派手に爆風が上がる中、突っ込んでいく生徒たち。

前のめりに走る者、爆風を利用して跳躍する者、空中で制御を失う者──

混沌の中で、一人だけ“静かな”生徒がいた。

 

如月夕紬。

 

彼女は走っていた。

 

ごく、自然に。

力を溜めるでも、ジャンプするでもなく。

爆発の縁をなぞるように、一直線を走る。

 

 

「おやおやおや!?これはッ……如月、普通に走ってる……いや!普通に走んなよぇッ!!」

プレゼン・マイクの叫びが続く。

「これッ、地雷踏んでないよな!?いや、避けてるっつーっか……」

「“踏まない場所”を見極めてるのか!?どんだけ目ぇいいんだよ!?いや記憶か!?予知か!?感性か!?ガチでこええぇぇぇ!!」

 

実況席がざわつく中、もう一人の声が、落ち着いたトーンで割り込んだ。

 

「……あれは、“理解している”だけだ」

 

それは、相澤の低く静かな声だった。

 

「記憶か、経験か、それとも直感か──いずれにせよ、動きに迷いがない。情報処理の早さと、判断の質が、異常に高い」

 

「お、おう!?なんだ相澤、まさかの絶賛か!?」

 

「違う。俺はただ、“事実”を言ってるだけだ」

 

 

彼女の走りには、一切の迷いがなかった。

地雷を避けるためのジグザグではない。

“最短ルート”を、“爆発のない場所だけを選んで”走っている。

そのスピードは、これまでの走りとは変わらない。

 

「ちょ、おまっ、他の生徒が物理で吹き飛ぶ中!!一人だけ陸上トラック感覚で走るのやめろォォ!!」

 

夕紬の目は、まっすぐ前だけを見ていた。

もう、誰も助けない。

このステージには“救う対象”はいないと、判断したから。

 

(それに、ある程度の順位にはならないと)

 

目立つのは、仕方ないと許容する。

 

夕紬は知っている。

 

彼女らの覚悟は、折れない。

彼らの熱は、時に限界を超える。

 

ただ、知っているだけだ。

その“熱”の本質は、今もなお分からない。

……だからこそ、軽く見てはいけない。

 

心のなかで静かにそう呟いて。

夕紬は速度を上げた。

 

爆風を警戒して足を緩める生徒たちの間を、夕紬は音も立てずにすり抜けていく。

の時、夕紬に抜かされそうになった一人の生徒が焦りからか、地雷を踏みぬいた。

 

地面が爆ぜる直前、

すでに夕紬の視線は、別の一手先を見ていた。

 

爆風の発生と同時に、タイミングを合わせて跳ぶ。

風を切るように足元から押し上げられ、空中を一歩、押し出されるように滑る。

 

──あたかも、吹き飛ばされたように。

 

ただ、それが偶然ではないと気づくのは、同じ走者の一部だけだった。

 

(……ここからは速度を落としてもいい)

 

十分な順位に至ったから。

心のなかで静かにそう呟いて、夕紬は足の端で地雷を踏んだ。

けたたましい音と共に爆風が体を浮かす。

 

「おおっと如月、ここで地雷を踏んだぁ!どうした!集中でも切れたか!?」

 

 

着地は綺麗に、でも飛びすぎないように。

誰も、あれは、狙って踏んでいると気づきはしない。

 

 

爆風の活用と、緻密なコース取り。

静かに、ひたすら集中し続けた結果だった。

 

“仮面のまま”、帳尻を合わせるだけ。

 

「それでもいったい何人抜いたんだ!?」

「最初は上位!中盤は中位!でも地雷原で化けたァァァ!!」

 

ゴールゲートが目前に迫る。

彼女は叫ばない。ポーズもしない。

ただそのまま、静かに、足を止めずに駆け抜けた。

 

目算、17位。十分な結果だろう。

 

 

「地味に速い!異質に強い!如月!!」

 

観客のどよめきが起こる。

実況の混乱の中、夕紬は小さく息を整えた。

目立ちすぎてはいない。けれど、確かに見られてはいる。

 

仮面は、まだ崩れていない。

けれど──誰かの視線が、確かに夕紬を見ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「また……くそっ……!! くそがっ……!!」

 

爆豪は悔しさに顔を歪めていた。

息は荒く、肩が上下する。

全力を出した。……それでも、届かなかった。

ただの負けじゃねえ。“力じゃ足りなかった”って、突きつけられた気がした。

 

だからこそ、爆豪はその事実に向き合っていた。

 

 

そのとき、スタジアムのスピーカー越しに、連続する爆音が響いた。

 

 

(後続が地雷で吹っ飛んでんのか──)

 

そう思った次の瞬間、爆豪の目に入った。

 

爆炎のなかを、“まっすぐ”走ってくる一人の姿。

 

「……空気野郎……?」

 

息は切らしてる。でも。

 

「なんだよ……あれ」

 

地雷を避けてるわけじゃねぇ。

爆発の“ない場所”だけを、ピンポイントで走ってやがる。

 

一歩のブレもなく、足元だけ見てるわけでもない。

あれは──覚えてねぇと、できねぇ動きだ。

 

前のやつらの動きを記憶してんのか? いや、ありえねぇ……

個性ナシでそんなことできんのか?

それとも、見極めてるってのか?

 

どっちにせよ──やってる事実が、そこにあった。

 

「最初から……できたんじゃねぇのか、てめぇ」

 

唇が引きつる。

 

なら、もっと順位上だったろ。何してたんだ、てめぇは。

でもこいつ、焦った顔も、疲れた顔もしてねぇ。

 

(“走りゃ勝てる”って分かってて……やらなかったってことかよ)

 

「は、意味わかんねえ……」

 

そう呟いたとき──あいつが、爆風で吹っ飛んだ。

 

……吹っ飛ばされたにしては、復帰がはえぇ。

あのタイミング……まさか、狙ったのか?

 

“踏んだ”っつーより、“飛んだ”みてぇだった。

……今さら何のアピールだよ。

 

最終ラップで巻き返して、順位は──17位。

なのに、胸の奥がざわついた。

 

アイツの走りは、怖ぇほど“冷静”だった。

 

(……なんなんだよ、てめぇ)

 

“勝ちに来てない”走りに見えたのに、

それでも「負けていい」とも思ってねぇ顔してた。

 

まるで──

 

(“必要な分だけ”動くみてぇな)

 

──“温度のない”走りだった。

 

拳に、ぐっと力が入る。

 

「……気に食わねぇ……」

 

視線を外す。

今は、あのナードと半分野郎を抜くことだけ考えろ。

 

……でも。

頭の隅に、くっきり残っていた。

 

 

あの背中だけが、爆音の中でもずっと──静かだった。

それだけが、頭に焼きついて、離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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