控室には試合を控えた生徒たちが集まり、それぞれの空気を纏っていた。
芦戸と尾白がルールについて少し話してる。
夕紬は八百万や芦戸と同じテーブルに座りながら、会話の輪には入らず、ただ空気をなぞるように頷いたり、小さく笑ったりしていた。
返す言葉はなくても、会話に反応することで、そこに“居る”ことを保っていた。
ふと、八百万が声をかける。
「そういえば……もう腕のギプス、外しても大丈夫ですの?」
夕紬はわずかに瞬きをして、右腕を持ち上げる。
「うん、リカバリーガールのおかげで、もう平気」
動かして見せる手首には、もはや包帯もない。
「すごい個性だよねー!」
芦戸が横から覗き込むようにして声を上げる。
明るい笑顔と共に、少しだけ距離が縮まった気がした。
夕紬は「うん」と、今度は声に出して頷いた。
その時、扉が開く音がして、飯田の声が響く。
「皆、もう準備はできるか!? もうじき入場だ!!」
部屋の空気が、一瞬だけ引き締まる。
緑谷は胸に手を当て、緊張をほぐすように深呼吸をしていた。
峰田は、手のひらに“人”の字を書いて飲み込んだ。
──そんな空気の中で、轟が口を開いた。
「緑谷」
呼ばれた名に、緑谷が目を向ける。
「……何?」
「お前には勝つぞ」
空気が、ぴんと張った。
一瞬で、雑談が止まる。
緑谷は、思わず姿勢を正した。
上鳴が「宣戦布告!?」と声を上げる。
爆豪が、目を細める。
切島が立ち上がり、轟の方へ一歩、踏み出した。
日常のざわめきが、緊張の膜に包まれていく。
それでも、轟の視線は真っ直ぐだった。
声に、迷いはなかった。
夕紬は、その宣言を聞いていた。
けれど、驚きもしない。ただ、目を細めた。
(……なんで、ここで、言ったんだろう)
小さく、そんなことを思った。
宣言しなければ、誰にもわからない。
ただ戦って、ただ勝てばいい。
それでも彼は、自分のあり方を──目の前の子に見せた。
“意味”を、そこに置いた。
(……すごいな)
感情ではなかった。熱でもなかった。ただ、素直な感想だった。
どんな葛藤があろうと──それだけの言葉を口にできること。
それだけの覚悟を、自分の内側から引き出せること。
「僕も本気で獲りに行く!」
そしてそれを受け取れる人。
緑谷は戸惑っていた。
自分には敵わないと言いつつ、それでも──目を逸らさなかった。
声は震えていても、言葉は届いていた。
轟は、それを黙って受け取った。
まるで、最初から返事が来ることを理解していたみたいに。
(……やっぱり、すごいな)
ぶつかりあうことは怖い。
なのにこの子たちは、ぶつかりあうことで“何か”を渡し合い、成長しようとしている。
それを、ただ、見ている自分がいたことに気付く。
“いい”とか“うらやましい”とかじゃない。ただ、心の奥が静かに揺れた。
──誰かの熱に晒された感情。
名前をつけるなら、“敬意”。
憧れも羨望もない、それは自分にはないものだと知っている。
そして、それを持っている誰かを見ることに、痛みはなかった。
ただ、“そういうものなんだな”と、遠くから見るような気持ちで受け止めた。
その横顔は、とても静かだった。
「……夕紬ちゃん、聞いてた?」
耳元で、芦戸の声が弾んだ。
「あれが男の友情ってやつかな?」
「……そうかもね」
夕紬は、ほんの少しだけ口元を緩めて答える。
返した言葉は平坦だったが、その声は雑音にはならず、自然にその場に溶け込んでいた。
(私は、望まれたからここにいる)
(ただ、それだけ)
(なら、私が戦う理由って、なんなんだろ)
──そんな問いは、意味を持たない。
過った思考を呼吸と共に掃き出し、
クラスメイトと共に、夕紬は静かに歩き出す。
***
「1年ステージ、生徒の入場だ!!」
会場から通路、そして夕紬たちへとプレゼントマイクの呼び声が響く。
「雄英体育祭!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!」
歓声が爆発し、空気が押し返してくるようだった。
──これは、もう“日常”ではない。
(……見られる場所に、立つんだ)
マイクの実況も、観客の熱気も、ただの音のはずだった。
でもその“音”のなかに、今の自分が確かに混ざっている。
「敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!」
誰かみたいに言葉を交わせるわけじゃない。
ぶつかり合うことで何かを掴めるとも思ってない。
でも──
(私は、ここに立っている)
「ヒーロー科!1年!!!A組だろぉぉ!?」
スタジアムへ一歩、足を踏み出す。
……強い光。熱を帯びた音。
何百、何千という視線が、肌を撫でるように降ってきた。
(ああ──これが、“舞台”か)
頭では理解していたはずの場所。
どう振舞うべきかも考えてきた。
けれど──この熱量だけは、予測と一致しなかった。
無機質に瞬くカメラ。熱を孕んだ歓声。
そして、数えきれないほどの “目”。
期待、好奇、評価──そのどれでもあり得る視線が、肌に刺さる。
思ったより、ずっと──
背中に、ひやりと汗が浮いた。
それでも、歩みは止めない。
感情ではなく、ルールとして歩く。
ただ一度、仮面と呼ぶにはあまりに習慣と化したそれを、確認するように口元で形を作った。
(私は、如月夕紬だから)
見られる。記録される。評価される。
そのどれも私の本質をうつせはしない。
ヒーロー科の一員として。ヒーローに保護された、更生済みの子どもとして。
だから──“間違えないように”。
それでも、“記憶には残らないように”。
そうして如月夕紬は、“観測される世界”へと、身を投じていった。
“見られること”に意味がある世界で、
ただ、見過ごされることを願いながら、歩いていく。
***
ミッドナイトが声高らかに宣言した。
「選手宣誓! 1年A組代表、爆豪勝己!」
どよめきが広がる中、爆豪は前を見据えたまま、朝礼台へと真っ直ぐに歩いていく。
やがて訪れた静寂を裂くように、彼の声が響いた。
「──せんせー。俺が一位になる」
間髪入れず、生徒の中からブーイングが上がる。
「ふざけんな!」「このヘドロ野郎!」
あからさまな不満が飛び交う中、爆豪は一切気にする様子もなく、無表情のまま言い放つ。
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」
よくないハンドサインを添えて、朝礼台を下りた。
ユウは、それをただ黙って見ていた。
(……自分に逃げ道を与えないため、か)
爆豪の声は、誰かに向けられたものじゃなかった。
観客でも、ライバルでもない。
あれは、たぶん──自分自身への通告だった。
(……すごいな)
それは、強さじゃない。
けれど、抗いようのない熱だった。
観客席のざわめきが膨らむ中、
その言葉と立ち姿だけが、まっすぐに空へ突き抜けていった。
(変わらないんだ)
ふと、胸の奥をくすぐるように、
ああ、私の知る彼だけじゃない。
私の“知っていた”彼も──やっぱり、こうなんだ。
思わず目を細めた。
口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
それは、たしかに敬意でもあったかもしれない。
けれどユウにとっては──記憶の熱。
揺れたのではない。ただ、こぼれただけ。
デジャヴというには曖昧すぎて、思い出すには浅すぎた。
けれど確かに、心の奥が小さく鳴った気がした。
死んだはずの記憶が、皮膚の裏でゆっくりと目を覚ます。
それでも、今の私はそれに名前をつけたりはしない。
ただ──死体が、反応しただけ。
(……まだ、残ってるんだ)
もうとっくに、全部終わったはずなのに。
心のなかで、誰にも届かない言葉を、そっと呟いた。
──なのに。
目が合ってしまったから、
ユウは静かに、目を伏せた。
***
『スターーート!!』
開幕と共に狭いゲートを計11クラス、200名を超える生徒が我先にと走り出す。
そして、1番最初に抜けた轟焦凍の氷が地面を一瞬のうちに凍らせた。
夕紬は弧を描いて前方の生徒を飛び越えると共に回避する事で、上位グループに滑り込んでいた。
スタジアムを取り巻く4kmの外周コース。
息をあげるにはまだ早い。
『さぁいきなり障害物だ!!
まずは手始めに…第一関門、ロボ・インフェルノ!!』
入試で見た機体と同じ構造だと、夕紬の脳が判断する。
外装の継ぎ目、関節の摩耗は個体差があるが構造は同様、外部を正面から見た限りネジは64本。
呼び出せばその場で動きを止めた。
全て覚えている。
やろうと思えば一言で、全ての0ポイント敵を止めれる。
──けれど、今回はやらない。
“あれらを一瞬で止めるのは、目立ちすぎる。”
ヒーローとしてのパフォーマンスとしては満点。
だが、観客が求めているのは“ヒーロー志望の子供が戦う姿”だ。
他の子の見せ場が消えてしまうのは良くない。
だから、夕紬はただ、走る。飛ぶ。避ける。
ロボの足が振り下ろされるのを横目にかわしたとき。ふと、視界の端に何かが映った。
反射的に後方に視線を流すが脳はすでに理解していた。
──あぁ、潰される。
小柄な生徒が、転倒していた。
目の前に迫る鉄の脚。ギリギリの距離。
周りに気付いている子はいるが間に合わない。
わかってる、死にはしない。これは演劇と同じだから。
でも、それを見捨てるのはヒーローらしくない。
夕紬の声が、静かに紡がれる。
この距離なら私だけが分かればいいから語彙はいらない。
「“キミ”」
音も無く、生徒が夕紬の腕の中に現れ、夕紬は片手で抱え上げる。
すぐ目の前に迫る、2ポイント仮想敵の腕。
夕紬は片手でその一撃を受け止めながら、個性を使用する。
「“氷”」
頭上に現れた氷結に押し潰され、仮想敵が頭から音を立てて動きを止める。
夕紬は微笑みながら生徒を見る。一見、怪我はない。
「立てる?」
生徒が驚いたまま目を丸くしている。
「う、うん……」
「そう、よかった」
夕紬はそれだけ言って、すぐに生徒をおろし駆け出した。
(……他の子は、止まらなかった)
気にした子はいても、助けようとした子も、間に合わなかった子も、いなかった。
それは当然だ。これは競技なのだから。
なら、なんで自分は立ち止まったんだろう。
そうみんな疑問に思うかもしれない。
そうするように、定めたのは私自身。
演技でいい。ふりで充分。
“ヒーローらしく”見えたなら、それで。
「おっとォ!? おっとっとォ~~!? なんだいなんだいこのスマート救助!」
「地味に見えて!?やるじゃねぇか、1-A、如月~~~ッ!!」
「言葉も最低限!行動は最短!こりゃあ新時代のヒーロー像、来てるかもな~~~!!」
観客席の一部がざわついた。
派手な歓声ではない──けれど確かに、視線が彼女に向けられ始めていた。
「今の、個性…?」
「あの位置から見えるんだ…」
けれど──夕紬本人は、その声を聞いても、何も変えなかった。
心の中で、そっと吐息を落とす。
(……ヒーロー志望らしく)
ほんのわずか、仮面の下で眉が動く。
それでも、走る足は止めない。
それは、長い時間をかけて仕上げた“反応”。
必要な場所にだけ、感情のふりを置く。
“助ける”という選択は、演技でしかない。
その足取りに、迷いはなかった。
あくまで“それが正解だとされているから”──
それだけの理由で、助けただけ。
***
断崖絶壁が連続する第二関門、「ザ・フォール」。
生徒たちは命綱もなしに、細く張られた足場を慎重に進んでいく。
夕紬もまた、周囲に溶け込むように足場へと踏み出していた。
腰を落とし、視線は進行方向。
一歩ずつ、他の生徒と同じように、慎重に渡っていく。
足音を立てないようにしているのは、夕紬だけではない。
だから、目立たない。
仮面を崩さずにいられる“ちょうどいい緊張感”が、そこにはあった。
前方で一人の男子生徒が、足を滑らせた。
誰かの悲鳴。彼の足場が傾き、落ちた。
「うおッとォ!? 落ちる落ちる落ちる!!」
その瞬間。
「“キミ”」
再び音も無く、生徒が夕紬の腕の中に現れる。
夕紬はよろめきもせず、そのまま抱きとめ──まるで当然のことのように、お姫様抱っこ。
この体勢が、一番バランスを崩さずに運べると思った。ただ、それだけだった。
生徒は目を見開いている。
落ちるはずだった己の身体が、なぜか、しっかりと支えられている現実に。
「……降ろすから待ってて」
「あ、はい……っ」
夕紬は一瞥し静かにバランスを確認する。
「お姫様抱っこォォォオ!!?」
「綱渡り中だぜ!?バランス感覚バケモンかよ!!」
実況席に笑いと驚きが混じる。
観客の一部がざわつく中、夕紬はただ、進む。
そのまま綱を渡り切り床に降ろす。
そして、何も言わず背を向けて再び歩き出した。
「静けさが最大のインパクト!振り返らずに歩き出すその背中……」
「優等生系無口ヒロイン、ここに爆誕かァ~~~~~ッ!!!」
だが彼女の足取りは、何も変わらない。
静かな仮面のまま、淡々と断崖を進んでいった。
(ああいうのは、やり過ぎなんだ)
腕の中の体温が、自分の肌に染みついている気がした。
人のぬくもり──その柔らかさが、どうしても苦手だ。
拒絶ではない。けれど、心が硬直する感覚だけが残った。
(……でも、必要だから)
自分の中の反応を、静かに押し込める。
夕紬は、ただ前へ進んだ。
***
爆発音が連続して響く。
第三関門、「地雷原」。
地面に埋められた無数の地雷。
地雷の有無は目を凝らして床を見れば見極められる。
踏めば即座に爆発し、吹き飛ばされる。
音は派手だが競技用──命には関わらない。
派手に爆風が上がる中、突っ込んでいく生徒たち。
前のめりに走る者、爆風を利用して跳躍する者、空中で制御を失う者──
混沌の中で、一人だけ“静かな”生徒がいた。
如月夕紬。
彼女は走っていた。
ごく、自然に。
力を溜めるでも、ジャンプするでもなく。
爆発の縁をなぞるように、一直線を走る。
「おやおやおや!?これはッ……如月、普通に走ってる……いや!普通に走んなよぇッ!!」
プレゼン・マイクの叫びが続く。
「これッ、地雷踏んでないよな!?いや、避けてるっつーっか……」
「“踏まない場所”を見極めてるのか!?どんだけ目ぇいいんだよ!?いや記憶か!?予知か!?感性か!?ガチでこええぇぇぇ!!」
実況席がざわつく中、もう一人の声が、落ち着いたトーンで割り込んだ。
「……あれは、“理解している”だけだ」
それは、相澤の低く静かな声だった。
「記憶か、経験か、それとも直感か──いずれにせよ、動きに迷いがない。情報処理の早さと、判断の質が、異常に高い」
「お、おう!?なんだ相澤、まさかの絶賛か!?」
「違う。俺はただ、“事実”を言ってるだけだ」
彼女の走りには、一切の迷いがなかった。
地雷を避けるためのジグザグではない。
“最短ルート”を、“爆発のない場所だけを選んで”走っている。
そのスピードは、これまでの走りとは変わらない。
「ちょ、おまっ、他の生徒が物理で吹き飛ぶ中!!一人だけ陸上トラック感覚で走るのやめろォォ!!」
夕紬の目は、まっすぐ前だけを見ていた。
もう、誰も助けない。
このステージには“救う対象”はいないと、判断したから。
(それに、ある程度の順位にはならないと)
目立つのは、仕方ないと許容する。
夕紬は知っている。
彼女らの覚悟は、折れない。
彼らの熱は、時に限界を超える。
ただ、知っているだけだ。
その“熱”の本質は、今もなお分からない。
……だからこそ、軽く見てはいけない。
心のなかで静かにそう呟いて。
夕紬は速度を上げた。
爆風を警戒して足を緩める生徒たちの間を、夕紬は音も立てずにすり抜けていく。
の時、夕紬に抜かされそうになった一人の生徒が焦りからか、地雷を踏みぬいた。
地面が爆ぜる直前、
すでに夕紬の視線は、別の一手先を見ていた。
爆風の発生と同時に、タイミングを合わせて跳ぶ。
風を切るように足元から押し上げられ、空中を一歩、押し出されるように滑る。
──あたかも、吹き飛ばされたように。
ただ、それが偶然ではないと気づくのは、同じ走者の一部だけだった。
(……ここからは速度を落としてもいい)
十分な順位に至ったから。
心のなかで静かにそう呟いて、夕紬は足の端で地雷を踏んだ。
けたたましい音と共に爆風が体を浮かす。
「おおっと如月、ここで地雷を踏んだぁ!どうした!集中でも切れたか!?」
着地は綺麗に、でも飛びすぎないように。
誰も、あれは、狙って踏んでいると気づきはしない。
爆風の活用と、緻密なコース取り。
静かに、ひたすら集中し続けた結果だった。
“仮面のまま”、帳尻を合わせるだけ。
「それでもいったい何人抜いたんだ!?」
「最初は上位!中盤は中位!でも地雷原で化けたァァァ!!」
ゴールゲートが目前に迫る。
彼女は叫ばない。ポーズもしない。
ただそのまま、静かに、足を止めずに駆け抜けた。
目算、17位。十分な結果だろう。
「地味に速い!異質に強い!如月!!」
観客のどよめきが起こる。
実況の混乱の中、夕紬は小さく息を整えた。
目立ちすぎてはいない。けれど、確かに見られてはいる。
仮面は、まだ崩れていない。
けれど──誰かの視線が、確かに夕紬を見ていた。
***
「また……くそっ……!! くそがっ……!!」
爆豪は悔しさに顔を歪めていた。
息は荒く、肩が上下する。
全力を出した。……それでも、届かなかった。
ただの負けじゃねえ。“力じゃ足りなかった”って、突きつけられた気がした。
だからこそ、爆豪はその事実に向き合っていた。
そのとき、スタジアムのスピーカー越しに、連続する爆音が響いた。
(後続が地雷で吹っ飛んでんのか──)
そう思った次の瞬間、爆豪の目に入った。
爆炎のなかを、“まっすぐ”走ってくる一人の姿。
「……空気野郎……?」
息は切らしてる。でも。
「なんだよ……あれ」
地雷を避けてるわけじゃねぇ。
爆発の“ない場所”だけを、ピンポイントで走ってやがる。
一歩のブレもなく、足元だけ見てるわけでもない。
あれは──覚えてねぇと、できねぇ動きだ。
前のやつらの動きを記憶してんのか? いや、ありえねぇ……
個性ナシでそんなことできんのか?
それとも、見極めてるってのか?
どっちにせよ──やってる事実が、そこにあった。
「最初から……できたんじゃねぇのか、てめぇ」
唇が引きつる。
なら、もっと順位上だったろ。何してたんだ、てめぇは。
でもこいつ、焦った顔も、疲れた顔もしてねぇ。
(“走りゃ勝てる”って分かってて……やらなかったってことかよ)
「は、意味わかんねえ……」
そう呟いたとき──あいつが、爆風で吹っ飛んだ。
……吹っ飛ばされたにしては、復帰がはえぇ。
あのタイミング……まさか、狙ったのか?
“踏んだ”っつーより、“飛んだ”みてぇだった。
……今さら何のアピールだよ。
最終ラップで巻き返して、順位は──17位。
なのに、胸の奥がざわついた。
アイツの走りは、怖ぇほど“冷静”だった。
(……なんなんだよ、てめぇ)
“勝ちに来てない”走りに見えたのに、
それでも「負けていい」とも思ってねぇ顔してた。
まるで──
(“必要な分だけ”動くみてぇな)
──“温度のない”走りだった。
拳に、ぐっと力が入る。
「……気に食わねぇ……」
視線を外す。
今は、あのナードと半分野郎を抜くことだけ考えろ。
……でも。
頭の隅に、くっきり残っていた。
あの背中だけが、爆音の中でもずっと──静かだった。
それだけが、頭に焼きついて、離れなかった。