ただ一度、君の名を   作:K4R4SU

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※個性の描写について、
原作より少しだけ広めに解釈して描いていると思います。
「そのくらいならアリかな」程度の気持ちで読んでいただけると幸いです。


急なお知らせになりますが、
今後の投稿曜日を「水曜日」から「土曜日」に変更いたします。
次回の更新は、6/21(土)を予定しています。
よろしければ、引き続きお付き合いくださいませ。








3話 空所の支点

 

 

 

 

 

心操人使は、迷いなく歩を進めていた。

頭にあるのは、この体育祭で結果を残すこと──それだけだった。

 

 

観客の歓声とざわめきが、頭にひっかかる。

けれど、それは遠くのノイズみたいにしか聞こえなかった。

 

今、必要なのは“音”じゃない。“声”だ。

他人の評価なんて、どうでもいい。──いや、違う。

どうでもよくなりたいだけで、本当は──喉の奥が焼けるほど、欲しかった。

 

この体育祭は、ヒーロー科に編入するチャンス。

結果を出せなきゃ、終わりだ。

 

だから俺は──まず最初に、あいつのもとへ歩いた。

 

 

 

如月夕紬。

 

障害物走で、誰かを助けながら走っていた。

周囲が前だけを見ている中で、ひとり、逆を見ていた奴だ。

 

“個性”は転送系。

声を媒介に、物体を“呼び出す”。

 

入試のときも見た。仮想敵を呼び出して、電柱に串刺しにしていた。

あれは戦術というより、現代アートみたいだった。

 

「……なんだ、これ」

 

つい、口をついて出た。

その瞬間、彼女は振り返って──笑った。

 

目を細めて、口元だけで。

 

「気味悪かった? ごめんね」

 

そう言って、倒し方を変えた。

悪意はない、穏やかな笑顔。

……なのに、掴みどころがない。

 

 

 

 

いま、その如月が静かに立っている。

周囲に声をかける様子もなく、あいかわらず穏やかな表情。

おそらく““個性””を知る奴は誰もが求める一手。

だから、誰よりも早く、俺が声をかけた。

 

 

「お前、ヒーロー科だろ。組まねぇか?」

 

正面から見据えて、問いかける。

頭一つ分小さいそいつはこちらを見たが口を開かない。

ただ視線を合わせて、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

手応えはない。でも、声をかける意味があった。

 

「……返事しねぇのかよ」

 

自分の問いに、皮肉が混ざる。

返事がない時点で、俺の“洗脳”は通用しない。

あいつはニコッと笑って頷いた。

 

「俺の“個性”、知ってるのか?」

 

「……」

 

「わかった、使わねぇよ」

 

降参とアピールするように両手をあげて見せたが、

これは“返事ではない”とでも言うように如月は視線を逸らしてから口を開いた。

 

「君とは入試ぶりかな?私、結構、交友関係広くてさ。

 君のは特に、“良い“個性””だから、覚えてただけだよ」

 

……覚えてたのかよ。しかも“良い”って、何目線だよ。

 

 

 

「そうかよ。

 でも、勝つためなら、知り合いでも“使う”けどな」

 

あえて言った。

冷たく聞こえるように。

期待なんてしてねぇって顔で、突き放すように。

 

 

 

けど。

 

俺の声に反応して、如月がまばたきを止めた。

まつ毛が、かすかにふるえた。

 

そして、また笑った。

あの時、見たような綺麗に整った笑顔。

 

なのに、目から温度が消えていた。

 

「じゃ、使ってみる?」

 

……

──一瞬、呼吸が止まった。

 

使ってみる? って……なんだそれ。

 

返事じゃない。なんつーか、“反応”すら削ぎ落とされたような声だった。

まるで……“許可”するみてぇに。

疑いも、条件も、警戒もない。

従うことが当然のような、そんな返事。

 

(……マジか。最初から、そこまで差し出すか?)

 

俺は“使う”って言っただけだ。

信頼も、説明も、保証も、何もしてないのに。

それでも、こいつは──“当たり前”のように立っている。

 

(……何だよ、勝手に期待してんのか、俺)

 

 

何の結果も残せなかった入試で一度会っていただけで覚えられて、“個性”褒められて、喜んでんのか?

一瞬でも、そんな風に思ってしまった自分に腹が立った。

 

 

「夕紬ちゃーん、もうチーム決まっちゃった?」

 

数メートル先から、A組のやつが駆けてくる。

如月の“個性”なら、引く手あまただ。

俺と話してるのを見て、慌てて声かけてきたんだろう。

 

その声に、如月が顔を向けた。

 

一瞬、空白。

けどすぐに、あいつはまた、笑った。

入試のときと同じ、穏やかな顔。

なにも変わっていないように見えるのに──

 

(……いや、さっきと違う)

 

「うん、決めちゃった」

 

声の調子も、表情も、自然だった。

 

「だよねぇ。そりゃそうか~……でも、負けないからね!」

 

名残惜しそうに笑いながら、その生徒は去っていく。

少しだけ、肩が落ちて見えた。

 

(……断るときも、あの顔なんだな)

そうやって、どんな答えも“無害”にする。

誰にでもああやって返すのか。角を立てず、迷いも見せず。

さっきの俺に対しても、同じだったのかもしれない。

 

でも──

 

(さっきのは……)

 

あのときは違った。

一瞬だけ、“なにか”が剥がれて見えた気がした。

見ちゃいけねぇもんを見たような。

それがなんなのか、まだ言葉にはできないけど──

 

気づいてしまった。

きっと、あいつはいつも、ああやって“我慢してる”って。

 

その直後、如月が言った。

 

「ほかのメンバー候補は決まってる?」

 

まるでなにもなかったみたいに、すっと話を戻してくる。

さっきの出来事は、“起きなかった”みたいに。

 

(……ああ、そういうやつなんだな、あんたは)

 

たぶん俺は、そこに違和感を覚えたんだ。

言いたいことを我慢して、周りに合わせる。

俺は、そんな生き方をよく知ってる。

 

「あぁ、目星はつけてる」

 

それだけ言って、返事を待たずに歩き出す。

背後から、如月の気配がついてくる。

言葉はなくても、足音が“了承”を伝えていた。

 

 

 

「私を主軸にするなら作戦は2種類提示できる」

「撹乱。開幕、私の“個性”で全ハチマキ奪うか」

「潜伏……理解してる子には警戒されるけど、終わり際に必要な分だけ確保するか」

 

一瞬、息が止まる。

 

「……全部、呼び出せんのか?」

 

「うん」

「たぶん、君なら知ってるかも知れないけど、

 私の“個性”は“声”をキーに対象を呼び出す──いわゆるワープ系。

 距離は制限あるけど、数に制限はないよ」

「君は、どっちがいい?」

 

選べと言われて、息をのんだ。

この作戦を実行すれば──一気に敵を作る。

でも、成功すれば、それだけで全てが変わる。

 

「──なら“全員敵”にして、勝ちきる」

 

 

 

如月は、それを聞いても何も言わなかった。

ただ、目を伏せながら隣に歩いてきた。

 

「……そっか。いいね、それ」

 

その声は、掠れていた。

でも、言葉にブレはなかった。

 

 

 

「私の“個性”は片道切符だから全部奪うなら、再配置できる“個性”が欲しい。

 流石に全ての保持は難しいから、撹乱後再度奪うことになるかな」

 

「投てき──もしくは操作型の“個性”だな」

 

周囲を見渡し、記憶を走らせる。

結構グループが出来ちまってるな…

ふと、B組の庄田が目についた。“個性”“ツインインパクト”。

 

「庄田だな。方向さえ指示すれば、タイミングで二度ヒットできる。

 本来は近接向きだが、軌道を変えられるし、攪乱にも応用できると思う」

 

「それなら、全部片道じゃなくなるね。……君がいるなら」

 

また、笑った。

まるで、頼ってるわけじゃない、って顔で言いやがる。

それが戦術の話とは思えなかったのは、俺の気のせいか?

 

 

 

「お前が初動で動くなら、俺が他チームを“抑える”」

 

「……何を?」

 

「敵の動き。一度見せれば狙われてるだろ?俺の“個性”なら──」

 

 

 

夕紬は、静かに首を横に振った。

 

「それはやっちゃダメ」

 

 

 

「は?」

思わず、語気が漏れた。

 

「君の“個性”が周りにバレれば──次から、全部警戒される」

「次の競技から、君の声に誰も答えなくなるよ」

 

 

 

言われて、口を閉じた。

正論すぎて、言い返せない。

でも──

 

「……勝てりゃいいだろ、今は」

 

「いま、勝つことが目的なの?」

 

 

 

視線が交わる。

あの時と違って、如月の目に変化ない。静かだが、芯が通っていた。

 

「君は、“勝つために使う”って言ったよね。

 君の目指す勝利はこの種目までなの?

 最後まで“勝てる術”は、残しておかないと。

 私は、君の“武器”を潰したくない」

 

 

 

皮肉みたいに聞こえたけど──本気だと思った。

それに多分こいつは、皮肉なんて言わない。言う必要もない。

言葉は短いが、誠実さが滲み出ている気がした。

──いや、たぶん、“意見を言う”ってことに慣れてない。

 

 

 

舌打ちしそうになるのをこらえた。

 

(……本気で、“俺の先のこと”を考えてやがるのか)

 

俺を、俺の“個性”を、“武器”として見て、なお尊重してくれた気がした。

自分を押し殺すタイプのやつが── 今、俺の“価値”を肯定しようとしてる。

 

 

「……あー、もう。わかったよ」

 

言って、髪をかいた。

 

「タスキはお前が奪う。俺はメンバー二人に指示するだけ」

 

「うん、それで十分」

 

 

 

その返事に、ムカつきそうになった。

けど、心のどこかで──助かったと思った。

 

 

(……そういうとこが、なんつーか、腹立つんだよ)

けど、それを口にできるほど、俺は──

 

心操は、続く言葉を飲み込んだ。

それが誰に向けた言葉だったのか。

自分に足りないものが、何なのか。

……まだ、憧れを抱えたままもがく彼には、その答えは見つかっていなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「位置について──!」

 

会場全体にアナウンスが響く。

 

観客のボルテージはすでにピーク。

だが、この戦場に立つ側にとって、それはノイズだ。

必要なのは、目の前の騎馬と、空中に浮かぶ数字だけ。

 

タスキの点数、構成、“個性”。

この数分の試合で、“何かを残すなら”──初手がすべてだ。

 

 

 

(警戒してるな)

 

 

視線がぶつかる。

 

緑谷は目の奥に“読み切っていない不安”を宿していた。

爆豪は不機嫌そうにこちらを一瞥して、あえて視線を外した。

轟は表情を崩さず、しかし全体を把握している様子。

芦戸と口田は心操チームの夕紬を見て、小さく動きを止める。

そして──青山は、カメラ目線でアピールしていた。

 

(……まァ、あれはいい)

 

 

 

警戒は正しい。

だが──なにかできるわけじゃない。

 

「始めッ!!」

 

 

 

スタートの号令と同時に、夕紬が動いた。

 

右手を、静かに持ち上げる。

まるで舞台の幕を引くように、無言で。

 

 

 

「──“全てのハチマキ”」

 

その言葉が、空気を裂いた。

 

 

 

次の瞬間。

 

スタジアム中のハチマキが──“消えた”。

 

 

 

消えたのではない。“召喚”されたのだ。

 

数多の数字の書かれたハチマキが、夕紬の右手にふわりと現れる。

緑谷のチームの1000万ポイント。爆豪の高得点。轟の防御陣の中にあったものも──

一瞬で、“彼女の手のひら”の中にあった。

 

「おいおいおいおいおいッ!!!ちょっと待てって、それアリかよ!?」

「如月がッ!!如月夕紬があああ!!」

「言葉ひとつで!ポイントッ!ぜんっぶゲットしやがったァ~~ッ!!!!」

 

「な──ッ!?」「嘘……っ!」

 

「点数が……消えた……?」

 

 

11B心操チーム 10,003,745P

他チーム    0P

 

「どうんだよこれ!!ゲーム崩壊しちまったよなぁ!!?」

「開幕早々!!心操チーム、10,003,745ポイントッ!!!ぶっちぎりの1位だァァ~~~~ッ!!!!!」

 

観客席が、数拍遅れて悲鳴と歓喜に包まれる。

騎馬戦は、まだ始まって間もない。

 

全員の視線が、俺たちに集まった。

一斉に狙われる。そういう戦い方を選んだ。

(わかってた。……けど──)

 

心臓がひとつ、強く跳ねた。

ヒーローらしくないとか、もう、そういう選択肢は捨てたんだ。

(来るなら来い。勝ち方は──もう、決めた)

 

 

 

そのまま夕紬は無言でハチマキを数本残して、心操へ一瞥を送った。

その意味を即座に汲み取った彼は、手元の布を投げるように指差す。

 

「庄田、“撃て”」

 

庄田の腕がしなる。

全てのハチマキを束ねたまま、空中へ高く──そして強く、投げ上げる。

 

一瞬の浮遊。

そして、“二撃目”が空間ごと叩き落とす。

 

──ツインインパクト発動。

 

 

「うおおおおおっとォ!!? 束になったハチマキを空中投下~~!?!?」

「庄田の“ツインインパクト”が決まったァ!!これは混乱戦術ッ!!まるで爆弾投下ァ~~~!!」

 

 

遅れてくる二撃目が、空中のハチマキを強烈に叩きつけた。

 

放射状に弾け飛ぶ数多のハチマキ。

まるで爆発のように、四方八方へと散らばる。

 

 

「こっから四方八方へ飛ぶッ!!どれが何点だ!?元は誰の点数だ!?観客も実況も情報処理追いつかねぇぇぇ!!」

 

 

飛ぶ先は、どのチームでも構わない。

これで“敵を明確にした後”、戦場を混乱に持ち込む。

一部をわざと“奪われさせる”。

そして、最終盤で再び──“奪い返す”。

 

 

 

(これでいい。これが、俺たちの初手だ)

 

全員敵、全員獲物。

今この場に、“想定通り”なんて通じない。

そんな盤面を──崩して、創ったのは俺たちだ。

 

“想定が通じない戦場”を制せるのは、

それを生み出した側だけだ。

 

 

 

騎馬戦開始、ほんの十数秒の衝撃だった。

 

 

 

 

 

「まさかのッ!“見せかけの得点”で戦場撹乱!!」

「秩序崩壊!戦場全員敵!これは戦争だ~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

 

ハチマキがばらまかれた瞬間からこの場の空気は一変した。

誰が敵で誰が味方か、その境界線すら崩れた。

 

観客席もどよめいたまま沈黙しない。

実況すら何が起きたか分かっていない。

あの一撃で──「秩序」が消えた。

 

(狙い通りだ)

 

 

「……っざけんな……!」

 

爆豪の声が、誰よりも早く上がった。

 

遠くの位置からでも、その怒鳴り声は空気を裂いた。

いつもの怒り、にしては──少し違って見えた。

 

(……反応が速いな)

 

如月の“爆弾”に、真っ先に反応したのは爆豪だった。

 

顔が歪んでいる。けれど、怒鳴った後、すぐに騎馬に指示を出している。

他の連中が状況を飲み込む中で──あいつは、“次”を見ている。

 

(……気づいてる。あいつは)

 

如月が今までの競技でもっと上に行けたこと。

その上で、この盤面をひっくり返した事実。

 

(それから──たぶん、“許してない”)

 

聞いた限りプライドが高い、手加減を嫌う。

そして、そういう奴のほとんどは、舐められるのを最も嫌う。

 

視線が一瞬、こちらを射抜いた。

前だけを見て──1人、飛び出す。

 

空中に舞うハチマキを掴みながら、それでも一直線にこちらへ向かってくる。

 

(来るか……!)

 

背筋を撫でるような緊張が走った。

あの爆豪が、真っ直ぐに──“奪いに来る”。

 

 

 

爆音と共に爆豪が宙を舞う。

狙いは一つ、俺たちの──いや、如月のハチマキだ。

 

他の騎馬なんて見てすらいない。

それだけの“圧”があった。

 

 

 

(やべぇ、2人の指示が間に合って──)

 

──そのときだった。

 

如月が右手を構えた。

攻撃じゃない、爆豪の爆破を顔で受けないように盾にする。

爆豪は片手ですれ違いざまにハチマキを奪っていった。

如月の動きは確かに反応してるのに、抵抗するにしては──

 

(……今、もっと、抵抗できただろ)

 

心操は思った。

如月なら、防げた。いや、“避けられた”。

 

でも──避けなかった。

 

ハチマキは、奪われた。

 

 

 

「……テメェ、どこまでもっ…!!」

 

爆豪の声が聞こえた。

奪ったはずなのに、勝ったはずなのに──満足なんて微塵もなかった。

 

むしろ怒っていた。

睨みつけるような視線。その奥には、静かな苛立ち。

 

 

 

(……バレてる)

 

そう、心操は悟った。

爆豪は“気づいた”んだ。

 

如月がわざと譲ったこと。

わざと“負けた”こと。

 

 

 

(……マズい)

 

“あえて敵を作らない”その方針は、全体にとっては正しい。

けど──相手がこいつじゃ、通じねぇ。

 

心操は続く猛攻を覚悟した。

……だが、爆豪は意外にも、動きを止めた。

 

冷静に、周囲を見ている。

すでに最高得点を持っているチームに視線を向けて、

次に狙うべき相手を見定めている。

宣誓通り、一位になるために。

 

それでも爆豪の視線は、しばらく如月から逸れなかった。

まるで、「てめぇの本気を引きずり出す」と言わんばかりに。

 

 

 

(……やっかいだな)

 

得点なんかより、ずっと面倒なものが生まれた。

爆豪勝己というが勝利に貪欲な男が──如月に、引っかかった。

 

そしてたぶん、あいつは“ただの勝ち”じゃ止まらない。

 

心操は、喉の奥で息を飲んだ。

 

(次は……やるしかねぇな)

 

「大丈夫」

 

如月がぽつりと呟いた。

混戦のざわめきの中でも、妙に静かに響く声。

 

「最後は、ちゃんとやるから」

 

その目は、こちらに向かう騎馬を真っ直ぐに見据えていた。

 

たったそれだけで、肩の力が抜けた気がした。

あいつが──チームメイトが、“大丈夫”って言った。

……なら、俺は信じるしかないだろ。

 

 

 

目を上げると、戦場が変わっていた。

 

緑谷が走る。目は泳いでいても、迷いはない。

爆豪は速度を上げて、誰よりも先に──一枚でも多く奪おうとしている。

轟は冷静だ。周囲に氷を張り、ハチマキの所在を“隔離”している。

 

──それぞれが、自分の“戦い方”で動く。

 

でもそれがどうした。

 

 

 

この戦場を、動かしたのは俺たちだ。

 

 

 

庄田と尾白に指示を飛ばし先導して、左右に動く。

敵チームとぶつかってはすぐに離脱。“個性”が飛んでくれば如月が“個性”で飛び先を置き換える。

 

 

(……誰も俺たちを止められない。今のところはな)

 

前方から、二組の騎馬がこちらに向かってくる。

動こうと一歩踏み込んだ瞬間──背後に、気配。

 

騎馬の上で、咄嗟に夕紬が体を捻る。……が、遅い。

 

パンッ、と軽い音と共に、物間の手が夕紬の肩に触れた。

 

「……あら、触られちゃった」

 

どこか冷めたような声だった。

 

夕紬の体が一瞬、強張る。

けれどすぐに、何事もなかったように元の姿勢へと戻った。

ただ──その目だけが、物間をまっすぐに見ていた。

 

……知っていた。

彼の“個性”も、動きの癖も。

だからこそ、警戒していた“つもりだった”。

 

けれど──

12チームの動きを把握しようとするあまり、思考を割き過ぎた。判断が一瞬、遅れた。

 

脳が先に処理しようとして、体が動くのが後になった。

ほんの一瞬の誤差。それだけで、触れられた。

 

「いい“個性”だよねぇ…エールコールだっけ?」

 

唐突に、物間の声が跳ねた。

 

 

「いいねぁ!そういう“目立つ系”!ほら、障害物走の時の彼といいさぁ!やっぱA組って、目立ちたがり屋が多いのかなぁ!?」

 

口元は笑ってる、据わった目で息をするように煽り立てるその様は不気味だった。

 

 

「でもさ、やっぱさぁ──」

「“本当の使い手”が使った方が、強いよね?」

 

物間は自信満々に両手の指先を自分の胸元に当てると、得意げな顔で肩をすくめてみせた。

 

 

「つまり──僕とか」

 

 

ユウは唇の内側が乾いていることに気づいて、ようやく自分が口を開いていたことを知った。

いつの間にか、外気が口の中に入り込んでいた。

 

何かを言おうとしたのか、自分でもわからない。

ただ、彼に──もう“踏み込まないで”とそんな思考が、一瞬、過った気がした。

 

 

「──ハチマキ」

 

体がまた、固まる。息が止まる。

……でも、何も起きなかった。

それに気づいて、ユウはようやく息を吐いた。

 

「え?スカか…?」

「……あ、あっれぇ~~~~!?!?」

 

物間は目を見開いたまま、唐突に声を張り上げた。

 

「うっそ!?ねぇねぇ、僕、触ったよね!!」

「声に出したじゃん!!言葉にしたよね?!」

 

視線を泳がせ、周囲をぐるりと見渡す。

 

 

 

「え、なに、実は“発動条件”あるの?

いやでも、君は声にしたら出てたから──蓄積系?」

 

焦りとも混乱ともつかない早口で言葉を重ねる。

 

「君の““個性””……呼ぶだけじゃないんだ」

 

 

──ユウは何も言わない。

ただ目を伏せていた。

 

それが、物間の神経を逆撫でした。

 

 

 

「……なにその顔」

 

少しだけ、声が低くなる。

 

「ねぇ、“そうやって黙ってりゃ全部済む”って思ってない?」

 

誰に向けてでもなく、観客にも届かない独り言のように捲し立てる。

 

しばらく沈黙が落ちたあと──物間は、ふっと笑った。

 

「……あーあ、つまんないの」

 

投げるように、それだけ言って。

 

あとは急に軽い口調に戻り、掌をぱちんと打って笑いながら振り返る。

 

「ま、いーや!キミ相手は流石にコスパが悪い、打倒A組!次いこっ次っ!」

 

そのまま踵を返して去ってく。

 

その言葉が、夕紬のどこか深いところで何かを擦った。

 

でも──誰も、気づくことはなかった。

 

 

ただひとり──“あの時も、今も”見てしまった者を、除いて。

 

心操は、笑顔の奥で揺れた目元を見た。

ほんの一瞬だけ、夕紬の顔に「声にならなかった何か」が浮かんだ気がして、

喉まで出かけた言葉を、思わず飲み込んだ。

 

それはきっと──

如月が、誰にも見せたくなかったものだと思った。

 

だから、何も言わなかった。

 

 

 

 

──それでも、時間は進む。

 

その後も心操チームはのらりくらりと保持したハチマキを維持するだけにとどめた。

4位か5位を維持したまま、まるで──もう動く必要はない、目的は達したとでも言うように。

 

終わりは刻一刻と近づいてくる。

 

このまま逃げ続けるだけじゃ、“勝ち”とは言えない。

今の得点も──半分は“見せかけ”だ。

 

 

 

視線を横に流し、騎馬の上で周りを見据えるチームメイトを見た。

 

如月は、ずっと動いていない。

ただ、冷静に戦況を見ている。

 

──必要なときだけ使うってことだろう。

 

今はそのときじゃない。

まだ、早いって判断してるとは思っている。

思っているんだが──

 

 

(タイミングは任せるって言ったのは俺だけど──)

 

 

 

「いつ動く?」

 

確認を込めて声をかける。

 

「まだ。みんな、“守ってる”だけだから」

 

「……何を?」

 

「いろいろ」

 

 

如月の目は、遠くの点数表示を見ている。

高得点を持ってるやつが、動かない。

守りに入ってる?違う、攻防が続いてる。

だからこそ、奪うなら“今じゃない”。

 

ここに、“負けてもいい”って顔の奴らはいない。

“勝ちに行く”やつらの目だ。

 

 

 

(……状況だけじゃない。人の心まで──見透かしてるっていうのかよ)

 

俺は口を閉ざした。

 

 

 

 

そうして何も動かないまま、残り時間、1分を切った。

 

敵も味方も、持っているハチマキに手を添え始める。

誰かが仕掛ける。その瞬間を誰もが待っている。

 

如月は相変わらず動かない。

 

それが“今は脅威にならない”と判断されたのか、他の騎馬たちは得点の奪い合いに集中しはじめた。

それは自分の“勝ち筋”を見つけに行くようだった。

 

……ただ一部の者だけは、チラと如月のほうに視線を送った。

(──なぜ動かない? 本当に、まだ仕掛けないのか?)

だが誰も、問いには至らなかった。

勝負の刻限は、もうすぐそこに迫っていた。

 

 

そして、如月が呟いた。

 

「──返してもらおうかな」

 

だが──そこで、心操は燻っていた思い出を口にした。

 

「……全部は……やっぱなしだ。

それは──“俺”の勝ちじゃねぇ……気がする」

 

結局、“個性”も判断も──如月に頼りっぱなしだった。

庄田と尾白の動きが遅れてたのも、俺のせいだ。

状況も見切れず、指示も判断も全部──後手に回ってた。

体に衝撃が走れば解ける洗脳を維持したままここまで来れたのは、如月が騎馬の2人と俺に攻撃が当たらないように立ち回ったおかげだ。

 

そうだ、足引っ張ってたのは、他でもない、俺だ。

 

だから、次だ。

次の種目で、自分の力で勝ってみせる。

 

俺自身の価値を──俺ひとりで、証明する。

 

 

 

如月は、何も言わなかった。

ただ、目を伏せて──静かに、頷いた。

 

開かれたその目は静かだった。

でも、それは拒絶じゃなかった。

 

心操は、そこでようやく息を吐いた。

押しつけでも命令でもなく、“言葉が届いた”という実感があった。

 

(……ああ、そうだよな。

 こいつは、誰かの“意志”を否定しないやつだ)

 

それが──心操にとって、何よりの“了承”だ。

 

 

「でも、最高得点は……“勝つために必要”だよね」

 

「……そうだな」

 

「──“1000万点”」

 

言い終えたその瞬間──

ひとつのハチマキだけが、如月の元に現れる。

 

「轟チームか……」

 

心操は、低く呟いた。

 

ハチマキを奪われたことに気づいた轟が、ハッと顔を上げる。

 

その目に、静かに、鋭く睨んでいた。

 

ただ一瞬、如月と目が合う。

 

氷が、まっすぐにこちらへと伸びてきている。

 

轟焦凍。

目の奥は、静かな焔のように燃えていた。

 

(──来る)

 

次の瞬間、氷を足場にするように、地に触れぬよう。

“個性”で足場を絶え間なく更新しながら、滑るような速さで駆けてくる。

 

「あの冷静沈着な轟が!今!マジ顔で追ってるゥ~~~~~~~ッ!!!」

 

──そして、その轟の肩越しに。

 

もうひとつ、破裂音とともに迫る影があった。

 

「おいおいおいおい!? 爆音だ!もう一人来てるぞ!!爆豪だァァ!!」

「“両サイド”から狙われてんじゃねぇか!!」

「如月、完全にロックオン状態!!敵は二人ッ!!しかもこのふたりかよ!!」

 

 

 

爆豪は、途中まで別の騎馬に仕掛けていた。

だが――視界の端に“奪われた得点”を見た瞬間、標的を変えた。

 

(なんで、てめぇがまた“持ってんだよ”……)

 

目は鋭く、獣のように吊り上がっていた。

 

 

 

「てめぇは……!」

 

爆豪の怒声が、爆風に乗って響く。

 

「また、“そうやって”勝ち取るつもりかよ!!」

 

 

(──二人同時、かよ……)

 

予測を超えた速度と挟撃のタイミングに、思考が一瞬ノイズに呑まれた。

でも、すぐに頭が動き出す。

 

(考えろ。やれる。まだ間に合う──)

 

奪われる前に、動くしかない。

 

空中で爆破を繰り返しながら、如月の騎馬の真上へ飛び込む。

下からは氷の波がせり上がり、同時に上から爆風が覆いかぶさる。

 

「いいねぇ!!!一撃で決める気満々だァァ!!」

 

──そのとき。

 

「もうひとり来るよ。でも、大丈夫。動かないで」

 

如月の声が、濁った思考をすっと拭う。

 

俺は彼女の視線を追い、空を仰いだ。

 

さらに高く──風を裂く影が、一直線に降下してくる。

 

 

「……三人目ェ!?また一人、上から来たぞォォ!!?」

「おいおい!カウントダウンする暇ねぇぞ!!!!」

 

 

 

重力を断ち切られたその体は、勢いよく空を駆けた。

 

──緑谷出久。

 

彼は麗日お茶子の無重力(ゼログラビティ)により軽くなった身体を、常闇踏陰の黒影(ダークシャドウ)で投げ飛ばして来たようだ。

空を飛べないはずの少年が、今、真っ直ぐに空から降りてくる。

 

 

 

(僕は──この足じゃ、届かなかった)

 

(でも、“皆の力”があるなら──)

 

「僕は……“勝つ”って、決めたんだ!」

 

一歩遅れて現れた緑谷が、

爆豪の爆風をすり抜け、轟の氷を踏み越えるように──真下の夕紬を目がけて、手を伸ばす。

 

それを夕紬は静かに見据えた。

残り時間──これが最後のアクション。

視界内に3人を捉えて、チームメイトの身体がブレる可能性も考慮し、口を開く。

 

 

 

「──“3人の攻撃”」

 

直後、声が響いた。

 

爆豪の爆心地、轟の氷床──そして、緑谷の落下点。

その全てが、まるで数センチだけ“ずらされた”ように歪む。

 

「え──っ!?」

「っ、クソが!!」

 

「あた、ってねぇえ!?!!」

「避けたんじゃねぇよなァ??逸らしたのかヨォ!!!」

「おいおいなんでもありだなぁァ!!!おい!!!」

 

 

爆豪はすぐに体勢を立て直し、再度爆破で加速する。

その手が届く寸前、夕紬は身体を逸らす。

拳が空を掴む。

 

轟は再度、“個性”で周囲の制圧を試みた。

 

そして、緑谷は──そのまま地面に堕ちようとしていた。

 

「発明さん──!」

 

 

「──回収!」

 

鋭く響いたのは、発明の声だった。

伸縮式リフターアームが飛び出してくる。

先端の拘束バンドが空中の緑谷の腰をがっちり掴む。

 

「っ……ありがとう!!」

 

吊り上げられるようにして、ギリギリ地面に触れず空中で回収された。

 

遅れてダークシャドウが緑谷を抱き上げる。

 

「セーフだァァ~ッ!!緑谷、なんと空中で回収~~~~ッ!!」

「足がつけば即失格だったその瞬間を、発明のサポートアイテムが救ったァ~~~!!!やるねぇ!!」

 

「だけどよぉ!!こっちもやっぱり目ェ話せなぁよなぁ!!!!!!!」

 

──その瞬間、観客がざわめいた。

 

気づけば、夕紬の周囲には冷気が満ちていた。

氷結が足場を囲み、わずかな余地も残さない。

その冷たさに心操も思わず顔を歪め、騎馬の2人が意識を取り戻す。

 

 

 

夕紬はひとり、静かに白い息を吐く。

その吐息が消えた直後、ブザーが鳴る。

 

 

「勝ったのはッ!!心操チームッ!!10,000,680ポイントでッ!!」

「ギリギリで大逆転──堂々のトップ通過だああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 

観客の歓声がうねりを上げ、割れるような拍手が場内を包んだ。

如月は、勝利に相応しい笑顔でハチマキを高く掲げる。

 

「まさかの!開幕全回収ッ!からの!混乱誘導ッ!からの!一点刺し!!」

「やってくれたなぁ!!……何が怖いって──中盤静かだったのはよォ、全部、最初から読んでやってのけたって事だろォ……!」

「沈黙の一撃、静かに炸裂~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

──終わった。

 

歓声が、遠くの水音みたいに耳の奥で揺れてる。

勝った。数字がそう言ってる。

 

でも──

やっぱり、手応えが、どこか足りない。

 

 

 

騎馬を降りた如月が、手にしていたハチマキを差し出してきた。

まるで、“これはあなたのもの”とでも言いたげに。

当たり前みたいな、どこか穏やかな顔で。

 

……さっき、俺が言ったことなんて、もう忘れてんのかよ。

 

 

 

「……なんだよ、それ」

 

絞り出すように訊いた。

言わずにはいられなかった。

 

 

夕紬は、穏やかな顔のまま口を開く。

 

「……勝ち方には、いろんな形があると思う」

「今回はこれが、君の“やり方”だった。

私は、それに乗っただけ。これは、君のものだよ」

 

事実を述べるみたいに、淡々と言いやがる。

 

 

 

(……違うだろ)

 

お前が全部……見て、判断して、さばいて、奪ったんだ。

俺は、本当に、ただ、声をかけただけだ。

如月は──そんな俺を見透かすようにこっちを見ていた。

真っ直ぐ見て、俺の動揺を理解したように──ただ、微笑んだ。

 

──そりゃ、勝てねぇわけだ。

 

 

「……それ、俺が言う台詞だったろ」

「……でも、まあ……」

 

如月の手元に目をやる。

喜びでも、悔しさとも呼べない感情に、ふっと口元が緩んだ。

それでも、手は自然に伸びて──

ハチマキの布が、ちりりと指先で揺れた。

 

指先に残った布の温度が、なぜか、重たかった。

でも、それでも──今は、手放したくなかった。

 

 

 

 

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