原作より少しだけ広めに解釈して描いていると思います。
「そのくらいならアリかな」程度の気持ちで読んでいただけると幸いです。
急なお知らせになりますが、
今後の投稿曜日を「水曜日」から「土曜日」に変更いたします。
次回の更新は、6/21(土)を予定しています。
よろしければ、引き続きお付き合いくださいませ。
心操人使は、迷いなく歩を進めていた。
頭にあるのは、この体育祭で結果を残すこと──それだけだった。
観客の歓声とざわめきが、頭にひっかかる。
けれど、それは遠くのノイズみたいにしか聞こえなかった。
今、必要なのは“音”じゃない。“声”だ。
他人の評価なんて、どうでもいい。──いや、違う。
どうでもよくなりたいだけで、本当は──喉の奥が焼けるほど、欲しかった。
この体育祭は、ヒーロー科に編入するチャンス。
結果を出せなきゃ、終わりだ。
だから俺は──まず最初に、あいつのもとへ歩いた。
如月夕紬。
障害物走で、誰かを助けながら走っていた。
周囲が前だけを見ている中で、ひとり、逆を見ていた奴だ。
“個性”は転送系。
声を媒介に、物体を“呼び出す”。
入試のときも見た。仮想敵を呼び出して、電柱に串刺しにしていた。
あれは戦術というより、現代アートみたいだった。
「……なんだ、これ」
つい、口をついて出た。
その瞬間、彼女は振り返って──笑った。
目を細めて、口元だけで。
「気味悪かった? ごめんね」
そう言って、倒し方を変えた。
悪意はない、穏やかな笑顔。
……なのに、掴みどころがない。
いま、その如月が静かに立っている。
周囲に声をかける様子もなく、あいかわらず穏やかな表情。
おそらく““個性””を知る奴は誰もが求める一手。
だから、誰よりも早く、俺が声をかけた。
「お前、ヒーロー科だろ。組まねぇか?」
正面から見据えて、問いかける。
頭一つ分小さいそいつはこちらを見たが口を開かない。
ただ視線を合わせて、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
手応えはない。でも、声をかける意味があった。
「……返事しねぇのかよ」
自分の問いに、皮肉が混ざる。
返事がない時点で、俺の“洗脳”は通用しない。
あいつはニコッと笑って頷いた。
「俺の“個性”、知ってるのか?」
「……」
「わかった、使わねぇよ」
降参とアピールするように両手をあげて見せたが、
これは“返事ではない”とでも言うように如月は視線を逸らしてから口を開いた。
「君とは入試ぶりかな?私、結構、交友関係広くてさ。
君のは特に、“良い“個性””だから、覚えてただけだよ」
……覚えてたのかよ。しかも“良い”って、何目線だよ。
「そうかよ。
でも、勝つためなら、知り合いでも“使う”けどな」
あえて言った。
冷たく聞こえるように。
期待なんてしてねぇって顔で、突き放すように。
けど。
俺の声に反応して、如月がまばたきを止めた。
まつ毛が、かすかにふるえた。
そして、また笑った。
あの時、見たような綺麗に整った笑顔。
なのに、目から温度が消えていた。
「じゃ、使ってみる?」
……
──一瞬、呼吸が止まった。
使ってみる? って……なんだそれ。
返事じゃない。なんつーか、“反応”すら削ぎ落とされたような声だった。
まるで……“許可”するみてぇに。
疑いも、条件も、警戒もない。
従うことが当然のような、そんな返事。
(……マジか。最初から、そこまで差し出すか?)
俺は“使う”って言っただけだ。
信頼も、説明も、保証も、何もしてないのに。
それでも、こいつは──“当たり前”のように立っている。
(……何だよ、勝手に期待してんのか、俺)
何の結果も残せなかった入試で一度会っていただけで覚えられて、“個性”褒められて、喜んでんのか?
一瞬でも、そんな風に思ってしまった自分に腹が立った。
「夕紬ちゃーん、もうチーム決まっちゃった?」
数メートル先から、A組のやつが駆けてくる。
如月の“個性”なら、引く手あまただ。
俺と話してるのを見て、慌てて声かけてきたんだろう。
その声に、如月が顔を向けた。
一瞬、空白。
けどすぐに、あいつはまた、笑った。
入試のときと同じ、穏やかな顔。
なにも変わっていないように見えるのに──
(……いや、さっきと違う)
「うん、決めちゃった」
声の調子も、表情も、自然だった。
「だよねぇ。そりゃそうか~……でも、負けないからね!」
名残惜しそうに笑いながら、その生徒は去っていく。
少しだけ、肩が落ちて見えた。
(……断るときも、あの顔なんだな)
そうやって、どんな答えも“無害”にする。
誰にでもああやって返すのか。角を立てず、迷いも見せず。
さっきの俺に対しても、同じだったのかもしれない。
でも──
(さっきのは……)
あのときは違った。
一瞬だけ、“なにか”が剥がれて見えた気がした。
見ちゃいけねぇもんを見たような。
それがなんなのか、まだ言葉にはできないけど──
気づいてしまった。
きっと、あいつはいつも、ああやって“我慢してる”って。
その直後、如月が言った。
「ほかのメンバー候補は決まってる?」
まるでなにもなかったみたいに、すっと話を戻してくる。
さっきの出来事は、“起きなかった”みたいに。
(……ああ、そういうやつなんだな、あんたは)
たぶん俺は、そこに違和感を覚えたんだ。
言いたいことを我慢して、周りに合わせる。
俺は、そんな生き方をよく知ってる。
「あぁ、目星はつけてる」
それだけ言って、返事を待たずに歩き出す。
背後から、如月の気配がついてくる。
言葉はなくても、足音が“了承”を伝えていた。
「私を主軸にするなら作戦は2種類提示できる」
「撹乱。開幕、私の“個性”で全ハチマキ奪うか」
「潜伏……理解してる子には警戒されるけど、終わり際に必要な分だけ確保するか」
一瞬、息が止まる。
「……全部、呼び出せんのか?」
「うん」
「たぶん、君なら知ってるかも知れないけど、
私の“個性”は“声”をキーに対象を呼び出す──いわゆるワープ系。
距離は制限あるけど、数に制限はないよ」
「君は、どっちがいい?」
選べと言われて、息をのんだ。
この作戦を実行すれば──一気に敵を作る。
でも、成功すれば、それだけで全てが変わる。
「──なら“全員敵”にして、勝ちきる」
如月は、それを聞いても何も言わなかった。
ただ、目を伏せながら隣に歩いてきた。
「……そっか。いいね、それ」
その声は、掠れていた。
でも、言葉にブレはなかった。
「私の“個性”は片道切符だから全部奪うなら、再配置できる“個性”が欲しい。
流石に全ての保持は難しいから、撹乱後再度奪うことになるかな」
「投てき──もしくは操作型の“個性”だな」
周囲を見渡し、記憶を走らせる。
結構グループが出来ちまってるな…
ふと、B組の庄田が目についた。“個性”“ツインインパクト”。
「庄田だな。方向さえ指示すれば、タイミングで二度ヒットできる。
本来は近接向きだが、軌道を変えられるし、攪乱にも応用できると思う」
「それなら、全部片道じゃなくなるね。……君がいるなら」
また、笑った。
まるで、頼ってるわけじゃない、って顔で言いやがる。
それが戦術の話とは思えなかったのは、俺の気のせいか?
「お前が初動で動くなら、俺が他チームを“抑える”」
「……何を?」
「敵の動き。一度見せれば狙われてるだろ?俺の“個性”なら──」
夕紬は、静かに首を横に振った。
「それはやっちゃダメ」
「は?」
思わず、語気が漏れた。
「君の“個性”が周りにバレれば──次から、全部警戒される」
「次の競技から、君の声に誰も答えなくなるよ」
言われて、口を閉じた。
正論すぎて、言い返せない。
でも──
「……勝てりゃいいだろ、今は」
「いま、勝つことが目的なの?」
視線が交わる。
あの時と違って、如月の目に変化ない。静かだが、芯が通っていた。
「君は、“勝つために使う”って言ったよね。
君の目指す勝利はこの種目までなの?
最後まで“勝てる術”は、残しておかないと。
私は、君の“武器”を潰したくない」
皮肉みたいに聞こえたけど──本気だと思った。
それに多分こいつは、皮肉なんて言わない。言う必要もない。
言葉は短いが、誠実さが滲み出ている気がした。
──いや、たぶん、“意見を言う”ってことに慣れてない。
舌打ちしそうになるのをこらえた。
(……本気で、“俺の先のこと”を考えてやがるのか)
俺を、俺の“個性”を、“武器”として見て、なお尊重してくれた気がした。
自分を押し殺すタイプのやつが── 今、俺の“価値”を肯定しようとしてる。
「……あー、もう。わかったよ」
言って、髪をかいた。
「タスキはお前が奪う。俺はメンバー二人に指示するだけ」
「うん、それで十分」
その返事に、ムカつきそうになった。
けど、心のどこかで──助かったと思った。
(……そういうとこが、なんつーか、腹立つんだよ)
けど、それを口にできるほど、俺は──
心操は、続く言葉を飲み込んだ。
それが誰に向けた言葉だったのか。
自分に足りないものが、何なのか。
……まだ、憧れを抱えたままもがく彼には、その答えは見つかっていなかった。
***
「位置について──!」
会場全体にアナウンスが響く。
観客のボルテージはすでにピーク。
だが、この戦場に立つ側にとって、それはノイズだ。
必要なのは、目の前の騎馬と、空中に浮かぶ数字だけ。
タスキの点数、構成、“個性”。
この数分の試合で、“何かを残すなら”──初手がすべてだ。
(警戒してるな)
視線がぶつかる。
緑谷は目の奥に“読み切っていない不安”を宿していた。
爆豪は不機嫌そうにこちらを一瞥して、あえて視線を外した。
轟は表情を崩さず、しかし全体を把握している様子。
芦戸と口田は心操チームの夕紬を見て、小さく動きを止める。
そして──青山は、カメラ目線でアピールしていた。
(……まァ、あれはいい)
警戒は正しい。
だが──なにかできるわけじゃない。
「始めッ!!」
スタートの号令と同時に、夕紬が動いた。
右手を、静かに持ち上げる。
まるで舞台の幕を引くように、無言で。
「──“全てのハチマキ”」
その言葉が、空気を裂いた。
次の瞬間。
スタジアム中のハチマキが──“消えた”。
消えたのではない。“召喚”されたのだ。
数多の数字の書かれたハチマキが、夕紬の右手にふわりと現れる。
緑谷のチームの1000万ポイント。爆豪の高得点。轟の防御陣の中にあったものも──
一瞬で、“彼女の手のひら”の中にあった。
「おいおいおいおいおいッ!!!ちょっと待てって、それアリかよ!?」
「如月がッ!!如月夕紬があああ!!」
「言葉ひとつで!ポイントッ!ぜんっぶゲットしやがったァ~~ッ!!!!」
「な──ッ!?」「嘘……っ!」
「点数が……消えた……?」
11B心操チーム 10,003,745P
他チーム 0P
「どうんだよこれ!!ゲーム崩壊しちまったよなぁ!!?」
「開幕早々!!心操チーム、10,003,745ポイントッ!!!ぶっちぎりの1位だァァ~~~~ッ!!!!!」
観客席が、数拍遅れて悲鳴と歓喜に包まれる。
騎馬戦は、まだ始まって間もない。
全員の視線が、俺たちに集まった。
一斉に狙われる。そういう戦い方を選んだ。
(わかってた。……けど──)
心臓がひとつ、強く跳ねた。
ヒーローらしくないとか、もう、そういう選択肢は捨てたんだ。
(来るなら来い。勝ち方は──もう、決めた)
そのまま夕紬は無言でハチマキを数本残して、心操へ一瞥を送った。
その意味を即座に汲み取った彼は、手元の布を投げるように指差す。
「庄田、“撃て”」
庄田の腕がしなる。
全てのハチマキを束ねたまま、空中へ高く──そして強く、投げ上げる。
一瞬の浮遊。
そして、“二撃目”が空間ごと叩き落とす。
──ツインインパクト発動。
「うおおおおおっとォ!!? 束になったハチマキを空中投下~~!?!?」
「庄田の“ツインインパクト”が決まったァ!!これは混乱戦術ッ!!まるで爆弾投下ァ~~~!!」
遅れてくる二撃目が、空中のハチマキを強烈に叩きつけた。
放射状に弾け飛ぶ数多のハチマキ。
まるで爆発のように、四方八方へと散らばる。
「こっから四方八方へ飛ぶッ!!どれが何点だ!?元は誰の点数だ!?観客も実況も情報処理追いつかねぇぇぇ!!」
飛ぶ先は、どのチームでも構わない。
これで“敵を明確にした後”、戦場を混乱に持ち込む。
一部をわざと“奪われさせる”。
そして、最終盤で再び──“奪い返す”。
(これでいい。これが、俺たちの初手だ)
全員敵、全員獲物。
今この場に、“想定通り”なんて通じない。
そんな盤面を──崩して、創ったのは俺たちだ。
“想定が通じない戦場”を制せるのは、
それを生み出した側だけだ。
騎馬戦開始、ほんの十数秒の衝撃だった。
「まさかのッ!“見せかけの得点”で戦場撹乱!!」
「秩序崩壊!戦場全員敵!これは戦争だ~~~~~~~~~ッ!!」
ハチマキがばらまかれた瞬間からこの場の空気は一変した。
誰が敵で誰が味方か、その境界線すら崩れた。
観客席もどよめいたまま沈黙しない。
実況すら何が起きたか分かっていない。
あの一撃で──「秩序」が消えた。
(狙い通りだ)
「……っざけんな……!」
爆豪の声が、誰よりも早く上がった。
遠くの位置からでも、その怒鳴り声は空気を裂いた。
いつもの怒り、にしては──少し違って見えた。
(……反応が速いな)
如月の“爆弾”に、真っ先に反応したのは爆豪だった。
顔が歪んでいる。けれど、怒鳴った後、すぐに騎馬に指示を出している。
他の連中が状況を飲み込む中で──あいつは、“次”を見ている。
(……気づいてる。あいつは)
如月が今までの競技でもっと上に行けたこと。
その上で、この盤面をひっくり返した事実。
(それから──たぶん、“許してない”)
聞いた限りプライドが高い、手加減を嫌う。
そして、そういう奴のほとんどは、舐められるのを最も嫌う。
視線が一瞬、こちらを射抜いた。
前だけを見て──1人、飛び出す。
空中に舞うハチマキを掴みながら、それでも一直線にこちらへ向かってくる。
(来るか……!)
背筋を撫でるような緊張が走った。
あの爆豪が、真っ直ぐに──“奪いに来る”。
爆音と共に爆豪が宙を舞う。
狙いは一つ、俺たちの──いや、如月のハチマキだ。
他の騎馬なんて見てすらいない。
それだけの“圧”があった。
(やべぇ、2人の指示が間に合って──)
──そのときだった。
如月が右手を構えた。
攻撃じゃない、爆豪の爆破を顔で受けないように盾にする。
爆豪は片手ですれ違いざまにハチマキを奪っていった。
如月の動きは確かに反応してるのに、抵抗するにしては──
(……今、もっと、抵抗できただろ)
心操は思った。
如月なら、防げた。いや、“避けられた”。
でも──避けなかった。
ハチマキは、奪われた。
「……テメェ、どこまでもっ…!!」
爆豪の声が聞こえた。
奪ったはずなのに、勝ったはずなのに──満足なんて微塵もなかった。
むしろ怒っていた。
睨みつけるような視線。その奥には、静かな苛立ち。
(……バレてる)
そう、心操は悟った。
爆豪は“気づいた”んだ。
如月がわざと譲ったこと。
わざと“負けた”こと。
(……マズい)
“あえて敵を作らない”その方針は、全体にとっては正しい。
けど──相手がこいつじゃ、通じねぇ。
心操は続く猛攻を覚悟した。
……だが、爆豪は意外にも、動きを止めた。
冷静に、周囲を見ている。
すでに最高得点を持っているチームに視線を向けて、
次に狙うべき相手を見定めている。
宣誓通り、一位になるために。
それでも爆豪の視線は、しばらく如月から逸れなかった。
まるで、「てめぇの本気を引きずり出す」と言わんばかりに。
(……やっかいだな)
得点なんかより、ずっと面倒なものが生まれた。
爆豪勝己というが勝利に貪欲な男が──如月に、引っかかった。
そしてたぶん、あいつは“ただの勝ち”じゃ止まらない。
心操は、喉の奥で息を飲んだ。
(次は……やるしかねぇな)
「大丈夫」
如月がぽつりと呟いた。
混戦のざわめきの中でも、妙に静かに響く声。
「最後は、ちゃんとやるから」
その目は、こちらに向かう騎馬を真っ直ぐに見据えていた。
たったそれだけで、肩の力が抜けた気がした。
あいつが──チームメイトが、“大丈夫”って言った。
……なら、俺は信じるしかないだろ。
目を上げると、戦場が変わっていた。
緑谷が走る。目は泳いでいても、迷いはない。
爆豪は速度を上げて、誰よりも先に──一枚でも多く奪おうとしている。
轟は冷静だ。周囲に氷を張り、ハチマキの所在を“隔離”している。
──それぞれが、自分の“戦い方”で動く。
でもそれがどうした。
この戦場を、動かしたのは俺たちだ。
庄田と尾白に指示を飛ばし先導して、左右に動く。
敵チームとぶつかってはすぐに離脱。“個性”が飛んでくれば如月が“個性”で飛び先を置き換える。
(……誰も俺たちを止められない。今のところはな)
前方から、二組の騎馬がこちらに向かってくる。
動こうと一歩踏み込んだ瞬間──背後に、気配。
騎馬の上で、咄嗟に夕紬が体を捻る。……が、遅い。
パンッ、と軽い音と共に、物間の手が夕紬の肩に触れた。
「……あら、触られちゃった」
どこか冷めたような声だった。
夕紬の体が一瞬、強張る。
けれどすぐに、何事もなかったように元の姿勢へと戻った。
ただ──その目だけが、物間をまっすぐに見ていた。
……知っていた。
彼の“個性”も、動きの癖も。
だからこそ、警戒していた“つもりだった”。
けれど──
12チームの動きを把握しようとするあまり、思考を割き過ぎた。判断が一瞬、遅れた。
脳が先に処理しようとして、体が動くのが後になった。
ほんの一瞬の誤差。それだけで、触れられた。
「いい“個性”だよねぇ…エールコールだっけ?」
唐突に、物間の声が跳ねた。
「いいねぁ!そういう“目立つ系”!ほら、障害物走の時の彼といいさぁ!やっぱA組って、目立ちたがり屋が多いのかなぁ!?」
口元は笑ってる、据わった目で息をするように煽り立てるその様は不気味だった。
「でもさ、やっぱさぁ──」
「“本当の使い手”が使った方が、強いよね?」
物間は自信満々に両手の指先を自分の胸元に当てると、得意げな顔で肩をすくめてみせた。
「つまり──僕とか」
ユウは唇の内側が乾いていることに気づいて、ようやく自分が口を開いていたことを知った。
いつの間にか、外気が口の中に入り込んでいた。
何かを言おうとしたのか、自分でもわからない。
ただ、彼に──もう“踏み込まないで”とそんな思考が、一瞬、過った気がした。
「──ハチマキ」
体がまた、固まる。息が止まる。
……でも、何も起きなかった。
それに気づいて、ユウはようやく息を吐いた。
「え?スカか…?」
「……あ、あっれぇ~~~~!?!?」
物間は目を見開いたまま、唐突に声を張り上げた。
「うっそ!?ねぇねぇ、僕、触ったよね!!」
「声に出したじゃん!!言葉にしたよね?!」
視線を泳がせ、周囲をぐるりと見渡す。
「え、なに、実は“発動条件”あるの?
いやでも、君は声にしたら出てたから──蓄積系?」
焦りとも混乱ともつかない早口で言葉を重ねる。
「君の““個性””……呼ぶだけじゃないんだ」
──ユウは何も言わない。
ただ目を伏せていた。
それが、物間の神経を逆撫でした。
「……なにその顔」
少しだけ、声が低くなる。
「ねぇ、“そうやって黙ってりゃ全部済む”って思ってない?」
誰に向けてでもなく、観客にも届かない独り言のように捲し立てる。
しばらく沈黙が落ちたあと──物間は、ふっと笑った。
「……あーあ、つまんないの」
投げるように、それだけ言って。
あとは急に軽い口調に戻り、掌をぱちんと打って笑いながら振り返る。
「ま、いーや!キミ相手は流石にコスパが悪い、打倒A組!次いこっ次っ!」
そのまま踵を返して去ってく。
その言葉が、夕紬のどこか深いところで何かを擦った。
でも──誰も、気づくことはなかった。
ただひとり──“あの時も、今も”見てしまった者を、除いて。
心操は、笑顔の奥で揺れた目元を見た。
ほんの一瞬だけ、夕紬の顔に「声にならなかった何か」が浮かんだ気がして、
喉まで出かけた言葉を、思わず飲み込んだ。
それはきっと──
如月が、誰にも見せたくなかったものだと思った。
だから、何も言わなかった。
──それでも、時間は進む。
その後も心操チームはのらりくらりと保持したハチマキを維持するだけにとどめた。
4位か5位を維持したまま、まるで──もう動く必要はない、目的は達したとでも言うように。
終わりは刻一刻と近づいてくる。
このまま逃げ続けるだけじゃ、“勝ち”とは言えない。
今の得点も──半分は“見せかけ”だ。
視線を横に流し、騎馬の上で周りを見据えるチームメイトを見た。
如月は、ずっと動いていない。
ただ、冷静に戦況を見ている。
──必要なときだけ使うってことだろう。
今はそのときじゃない。
まだ、早いって判断してるとは思っている。
思っているんだが──
(タイミングは任せるって言ったのは俺だけど──)
「いつ動く?」
確認を込めて声をかける。
「まだ。みんな、“守ってる”だけだから」
「……何を?」
「いろいろ」
如月の目は、遠くの点数表示を見ている。
高得点を持ってるやつが、動かない。
守りに入ってる?違う、攻防が続いてる。
だからこそ、奪うなら“今じゃない”。
ここに、“負けてもいい”って顔の奴らはいない。
“勝ちに行く”やつらの目だ。
(……状況だけじゃない。人の心まで──見透かしてるっていうのかよ)
俺は口を閉ざした。
そうして何も動かないまま、残り時間、1分を切った。
敵も味方も、持っているハチマキに手を添え始める。
誰かが仕掛ける。その瞬間を誰もが待っている。
如月は相変わらず動かない。
それが“今は脅威にならない”と判断されたのか、他の騎馬たちは得点の奪い合いに集中しはじめた。
それは自分の“勝ち筋”を見つけに行くようだった。
……ただ一部の者だけは、チラと如月のほうに視線を送った。
(──なぜ動かない? 本当に、まだ仕掛けないのか?)
だが誰も、問いには至らなかった。
勝負の刻限は、もうすぐそこに迫っていた。
そして、如月が呟いた。
「──返してもらおうかな」
だが──そこで、心操は燻っていた思い出を口にした。
「……全部は……やっぱなしだ。
それは──“俺”の勝ちじゃねぇ……気がする」
結局、“個性”も判断も──如月に頼りっぱなしだった。
庄田と尾白の動きが遅れてたのも、俺のせいだ。
状況も見切れず、指示も判断も全部──後手に回ってた。
体に衝撃が走れば解ける洗脳を維持したままここまで来れたのは、如月が騎馬の2人と俺に攻撃が当たらないように立ち回ったおかげだ。
そうだ、足引っ張ってたのは、他でもない、俺だ。
だから、次だ。
次の種目で、自分の力で勝ってみせる。
俺自身の価値を──俺ひとりで、証明する。
如月は、何も言わなかった。
ただ、目を伏せて──静かに、頷いた。
開かれたその目は静かだった。
でも、それは拒絶じゃなかった。
心操は、そこでようやく息を吐いた。
押しつけでも命令でもなく、“言葉が届いた”という実感があった。
(……ああ、そうだよな。
こいつは、誰かの“意志”を否定しないやつだ)
それが──心操にとって、何よりの“了承”だ。
「でも、最高得点は……“勝つために必要”だよね」
「……そうだな」
「──“1000万点”」
言い終えたその瞬間──
ひとつのハチマキだけが、如月の元に現れる。
「轟チームか……」
心操は、低く呟いた。
ハチマキを奪われたことに気づいた轟が、ハッと顔を上げる。
その目に、静かに、鋭く睨んでいた。
ただ一瞬、如月と目が合う。
氷が、まっすぐにこちらへと伸びてきている。
轟焦凍。
目の奥は、静かな焔のように燃えていた。
(──来る)
次の瞬間、氷を足場にするように、地に触れぬよう。
“個性”で足場を絶え間なく更新しながら、滑るような速さで駆けてくる。
「あの冷静沈着な轟が!今!マジ顔で追ってるゥ~~~~~~~ッ!!!」
──そして、その轟の肩越しに。
もうひとつ、破裂音とともに迫る影があった。
「おいおいおいおい!? 爆音だ!もう一人来てるぞ!!爆豪だァァ!!」
「“両サイド”から狙われてんじゃねぇか!!」
「如月、完全にロックオン状態!!敵は二人ッ!!しかもこのふたりかよ!!」
爆豪は、途中まで別の騎馬に仕掛けていた。
だが――視界の端に“奪われた得点”を見た瞬間、標的を変えた。
(なんで、てめぇがまた“持ってんだよ”……)
目は鋭く、獣のように吊り上がっていた。
「てめぇは……!」
爆豪の怒声が、爆風に乗って響く。
「また、“そうやって”勝ち取るつもりかよ!!」
(──二人同時、かよ……)
予測を超えた速度と挟撃のタイミングに、思考が一瞬ノイズに呑まれた。
でも、すぐに頭が動き出す。
(考えろ。やれる。まだ間に合う──)
奪われる前に、動くしかない。
空中で爆破を繰り返しながら、如月の騎馬の真上へ飛び込む。
下からは氷の波がせり上がり、同時に上から爆風が覆いかぶさる。
「いいねぇ!!!一撃で決める気満々だァァ!!」
──そのとき。
「もうひとり来るよ。でも、大丈夫。動かないで」
如月の声が、濁った思考をすっと拭う。
俺は彼女の視線を追い、空を仰いだ。
さらに高く──風を裂く影が、一直線に降下してくる。
「……三人目ェ!?また一人、上から来たぞォォ!!?」
「おいおい!カウントダウンする暇ねぇぞ!!!!」
重力を断ち切られたその体は、勢いよく空を駆けた。
──緑谷出久。
彼は麗日お茶子の
空を飛べないはずの少年が、今、真っ直ぐに空から降りてくる。
(僕は──この足じゃ、届かなかった)
(でも、“皆の力”があるなら──)
「僕は……“勝つ”って、決めたんだ!」
一歩遅れて現れた緑谷が、
爆豪の爆風をすり抜け、轟の氷を踏み越えるように──真下の夕紬を目がけて、手を伸ばす。
それを夕紬は静かに見据えた。
残り時間──これが最後のアクション。
視界内に3人を捉えて、チームメイトの身体がブレる可能性も考慮し、口を開く。
「──“3人の攻撃”」
直後、声が響いた。
爆豪の爆心地、轟の氷床──そして、緑谷の落下点。
その全てが、まるで数センチだけ“ずらされた”ように歪む。
「え──っ!?」
「っ、クソが!!」
「あた、ってねぇえ!?!!」
「避けたんじゃねぇよなァ??逸らしたのかヨォ!!!」
「おいおいなんでもありだなぁァ!!!おい!!!」
爆豪はすぐに体勢を立て直し、再度爆破で加速する。
その手が届く寸前、夕紬は身体を逸らす。
拳が空を掴む。
轟は再度、“個性”で周囲の制圧を試みた。
そして、緑谷は──そのまま地面に堕ちようとしていた。
「発明さん──!」
「──回収!」
鋭く響いたのは、発明の声だった。
伸縮式リフターアームが飛び出してくる。
先端の拘束バンドが空中の緑谷の腰をがっちり掴む。
「っ……ありがとう!!」
吊り上げられるようにして、ギリギリ地面に触れず空中で回収された。
遅れてダークシャドウが緑谷を抱き上げる。
「セーフだァァ~ッ!!緑谷、なんと空中で回収~~~~ッ!!」
「足がつけば即失格だったその瞬間を、発明のサポートアイテムが救ったァ~~~!!!やるねぇ!!」
「だけどよぉ!!こっちもやっぱり目ェ話せなぁよなぁ!!!!!!!」
──その瞬間、観客がざわめいた。
気づけば、夕紬の周囲には冷気が満ちていた。
氷結が足場を囲み、わずかな余地も残さない。
その冷たさに心操も思わず顔を歪め、騎馬の2人が意識を取り戻す。
夕紬はひとり、静かに白い息を吐く。
その吐息が消えた直後、ブザーが鳴る。
「勝ったのはッ!!心操チームッ!!10,000,680ポイントでッ!!」
「ギリギリで大逆転──堂々のトップ通過だああああああああああああッ!!!」
観客の歓声がうねりを上げ、割れるような拍手が場内を包んだ。
如月は、勝利に相応しい笑顔でハチマキを高く掲げる。
「まさかの!開幕全回収ッ!からの!混乱誘導ッ!からの!一点刺し!!」
「やってくれたなぁ!!……何が怖いって──中盤静かだったのはよォ、全部、最初から読んでやってのけたって事だろォ……!」
「沈黙の一撃、静かに炸裂~~~~~~~~~ッ!!」
──終わった。
歓声が、遠くの水音みたいに耳の奥で揺れてる。
勝った。数字がそう言ってる。
でも──
やっぱり、手応えが、どこか足りない。
騎馬を降りた如月が、手にしていたハチマキを差し出してきた。
まるで、“これはあなたのもの”とでも言いたげに。
当たり前みたいな、どこか穏やかな顔で。
……さっき、俺が言ったことなんて、もう忘れてんのかよ。
「……なんだよ、それ」
絞り出すように訊いた。
言わずにはいられなかった。
夕紬は、穏やかな顔のまま口を開く。
「……勝ち方には、いろんな形があると思う」
「今回はこれが、君の“やり方”だった。
私は、それに乗っただけ。これは、君のものだよ」
事実を述べるみたいに、淡々と言いやがる。
(……違うだろ)
お前が全部……見て、判断して、さばいて、奪ったんだ。
俺は、本当に、ただ、声をかけただけだ。
如月は──そんな俺を見透かすようにこっちを見ていた。
真っ直ぐ見て、俺の動揺を理解したように──ただ、微笑んだ。
──そりゃ、勝てねぇわけだ。
「……それ、俺が言う台詞だったろ」
「……でも、まあ……」
如月の手元に目をやる。
喜びでも、悔しさとも呼べない感情に、ふっと口元が緩んだ。
それでも、手は自然に伸びて──
ハチマキの布が、ちりりと指先で揺れた。
指先に残った布の温度が、なぜか、重たかった。
でも、それでも──今は、手放したくなかった。