S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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第17話 勇者たちの現在・過去・未来

「だから言ってやったのよ、『あんたそんなことばっかりしてるとダメになるよ!』って」

 

 絹のクッションに身をもたせ掛け、大叔母は鼻を鳴らしてそう言った。

 

「なるほど……」

 

 俺は畏まった態度で、彼女の繰り言を聞き続けている。

 実際、今の俺にとっては有意義な内容だからだ。

 

「――ヘルベルトってそういう男だったわ。勇者と呼ばれていたけど、中身はまるで子供みたいで」

 

 そう告げる大叔母の瞳は、ここにはない何かを見つめている。

 遠い日の出来事を、過ぎ去った時間と、もう居ない人々との思い出を。

 

 その老女は、かつて勇者と呼ばれた男と共に旅をしていた。

 

◇◇◇

 

 遡ること数週間前。

 

 俺は王都の図書館に通い詰めていた。

 目的は、歴代の勇者たちの人生について調べることだ。

 

 勇者ミロスラフを孤独にしてはならない。

 ひとまずこの確信が検討に値するものかどうか確かめる必要がある。

 

 まず知ったのは歴史の中に埋もれた勇者たちが予想外に多かったということだ。

 

 主に、自らの居住地や領地に巣食う土着の魔王を苦心して取り除いた人々である。

 大抵は別に本業がある――技師や叙勲騎士、変わり種では料理人なんてのも。

 

 彼ら彼女らにとって、魔王とは本業を遂行する上での障害(相応にばかでかいが)だった。

 魔王の討伐後は速やかに仕事に復帰し、いち職業人として波乱や平穏に満ちた一生を送っている。

 

 けれども一方で、英雄そのものの生き様を駆け抜けた人物も少数ながら存在した。

 

 職業冒険者として名を成した果てに魔王討伐を達成した人々だ。

 どれもが大英雄として名を遺し、たいていは二柱以上の魔王を討伐していた。

 俺のような人間も名を知るような偉人たちである。

 

 彼らの人生は心躍らせるような英雄物語として多数残されている。

 

 物語のしめくくりは二種類に限られる。

 壮絶な戦いの果ての討死か、もしくは『王国に帰還して幸せに暮らしましたとさ』か。

 

 戦場で死ぬか、それ以外で死ぬか。

 

 ……そもそも、『幸せに暮らしました』というのは何の説明にもなっていないな? 

 これは物語としてのすわりがいいタイミングで幕を下ろすための定型文だ。

 

 戦死は致し方ない、勇者稼業というのはそういうものだ。

 けれども、それ以外の事例で、彼らはどのように生きて、そして死んだのだろう? 

 

 真実は閉ざされた物語の、分厚い緞帳に隠されている。

 向こう側を覗き込むのは骨の折れる作業だった。

 

(……そういえば、ひとり当てが居たな)

 

 勇者ヘルベルト。

 魔王三柱を討伐した英雄中の英雄だ。

 

 60年前、彼の帯同者をつとめた魔導士は、俺の遠縁でもあった。

 

 

 

「――そう。今は魔導士っていうのね?」

 

 リュドミラ大叔母は、その瞼――目の覚めるような青色に塗られている――を瞬かせて言った。

 

(あたくし)の現役時代は誰も彼もが魔法使いと名乗り、呼ばれていたものだけど」

 

「本来は、国が召し抱える魔法の使い手を魔導士と呼ぶそうですね。しかし民間で魔法を使う者は今やほとんど居りませんので……」

 

「あれまあ、あんなに便利なのに」

 

「民間利用には厳しい制限が課されますから」

 

「なんと……まあ、まあ……!」

 

 呆れたような深いため息をつく。

 

 リュドミラ大叔母は小柄な老婆だった。

 贅を凝らした調度品に囲まれ、豪奢なドレスをまとった姿はフリルとレースに埋もれているように見える。

 

 肘置き付きの寝椅子にいくつも重ねたクッションに身を預け、隣に控えるメイド(彼女もそれなりのお歳のようだ)が淡々と世話を焼いている。

 

 差し出された茶器で唇を湿らせ、大叔母は今更思い当たったかのような素振りで俺の顔を見た。

 

「――ああ、そういえば用件があったのよね。ヘルベルトの話を聞きたいとか?」

 

「ええ。当時の人となりを知る方と是非お話をしたくて」

 

「彼の伝記なら本屋や図書館に溢れてるでしょうに。もう少し突っ込んだことを知りたければ公的記録をあたりなさいな。あなた文官でしょう?」

 

「ですが――」

 

「あら、わからない? あたくし今『坊やはお帰んなさい』って言ったのだけど」

 

「そういう訳にもゆきませんから」

 

「それは貴方の都合であってあたくしは知ったこっちゃないわ。約束だから時間は割いてあげるけど……お喋りの内容まで指図される筋合いはないわね。今年咲いた薔薇の話でもしましょうか?」

 

「それはまたの機会に是非。そうですね――」

 

 ここで俺は少し言い淀む。

 この手ごわい大叔母から会話を引き出すには、どう働きかけるべきか? 

 

 結局のところは、本当のことを言うしかあるまい。

 

「――俺の友人にも勇者が居るんです。既に魔王を二柱打倒し、三柱目の討伐に赴いている」

 

「あら……!」

 

 大叔母の、皺の間に折りたたまれていた目がぱちりと見開かれる。

 下卑た興味で赴いた訳ではない、と信じてもらえたならいいが。

 

「それはとても有望だわ。あなたの友人ならまだ若いでしょうに。ヘルベルトが三番目の魔王を倒したのは、彼が50歳を過ぎてからのことよ」

 

「ええ、そうなんです! 彼はとても凄い奴だ。……ですが」

 

「なにかしら」

 

「彼にはどこか危うさがあって……そして、大叔母様の仰る通り、公的記録には既にあたっているんです。そこで、彼ら勇者が……」

 

 俺はふたたび言い淀む。

 今度は、その内容を口に出すことに若干ひるんだためだ。

 

 その素振りを目にして、リュミドラ大叔母は、ふう、と息を吐く。

 

「そうねえ。――みんな、良い死に方じゃないものねえ」

 

 

 

 複数の文書館を渡り歩いて記録に当たり、めぼしい勇者たちの死亡記録を洗い出す。

 そうしてわかったのは、なかなかに壮絶な現実だ。

 

 生き延びた職業勇者が悲惨な晩年を送る事例があまりにも多かった。

 古傷が遠因となって死ぬのはまだマシな方で、病没とされている者もその手前に数十年に渡る酒浸り生活が存在しているのはザラだった。

 

 ものすごい事例になると、領地経営に大失敗し借金漬けから酒浸り、果ては粗悪な薬物に耽溺する生活を送り、最期は酒場の喧嘩で刺殺されるなんてものまで。

 子供の頃に胸躍らせた童話のモデルがそんな晩年を送っていただなんて知りたくなかった気もする。

 

 念のため近しい仕事である職業冒険者の晩年と比較してみたが、身を持ち崩す割合と度合いは共に抜きんでている。

 

 

 

 なんにせよ、冒険の日々が彼らの精神を失調せしめたのは明らかだった。

 

 

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