S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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第18話 時には昔の話を

「勇者ヘルベルトが最後の魔王討伐をしたのは五十三歳のことよ。でも、その頃の彼はとっくに壊れてた」

 

 リュドミラ大叔母は、かつての勇者の仲間は、あっさりと言ってのけた。

 壊れた、という言い回しにさほどの重みはない。

 せいぜい茶器の取っ手が壊れたといった程度の軽さと、乾いた諦念がそこには含まれていた。

 

「あの頃は時々あったのよ、枯れ果てた英雄に華を持たせてやろうって事が。同行した冒険者にしても軍隊のように組織だった部隊だったの。波状攻撃で魔王を弱らせて、十分に弱らせた親玉に、彼が剣を突き立てる。――その頃には魔王はとっくに事切れていたかもしれないけど。でも、名誉だけは彼のものだわ」

 

「大叔母様も同行を?」

 

「あっはっは! まさかでしょ? あたくしはその頃はとっくに嫁いでいたもの。魔法使いも引退していたしね――でも、薄情なあたくしと違って義理を果たした人も居たわ。僧侶をやっていた男なんだけどね……だから、当時の様子は後で彼から聞いたものよ。『リダ、君の判断は正しかった』とも言っていたわね」

 

「――リダ?」

 

「ああ、平民時代のあたくしの名前よ。この家に嫁ぐにあたってそれらしい名前に改めさせられたけど」

 

 初耳だった。

 彼女の唸るような大量の財産は婚姻時に持参したものだという話だけが伝わっていたからだ。

 そのため、嫁ぐ前も相応の地位の家に産まれたのかと思い込んでいた。

 

 俺の動揺を悟ったのだろう、リュドミラ大叔母がいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「二柱目までの魔王討伐にはあたくしもついて行ったのよ? それなりの褒賞はいただいたわ」

 

「なるほど……」

 

「死ねばそこまでだけど、魔王を倒せば夢見るようなお金が手に入るわ。勇者志望者とその仲間たちは、そうして冒険の旅に駆り出されて行くの。でもね」

 

 あれほど饒舌だった大叔母が、ふと口をつぐむ。

 紅を引いた薄い唇がむずむずと動き、その先を発するかどうか逡巡していた。

 

「ヘルベルトは、そんな夢みる循環構造(サイクル)に、すっかりやられてしまったの」

 

 

 

 肉体も、精神も、年を経るごとに衰える。

 訓練や習慣によって進行を遅らせることはできても、完全に止めてしまえるものではない。

 

 勇者ヘルベルトが心身の最盛期を過ぎたのは、二番目の魔王を斃してから程なくのことであったという。

 

「最初は、そうね、鍛えてもそれ以上の能力の伸びがなくなったこと。能力の天井に達していたのでしょうね。その頃はヘルベルトも笑っていた。向かう所敵なしだったんだもの、当然よ。でも、一年経ち、二年経ち……徐々に彼の能力は落ちていった」

 

「聞いている側としては、当たり前の加齢の過程に思えるのですが」

 

「ええその通り。誰だって歳をとるし、衰えるものよ。でも、ヘルベルトは……彼は、勇者であり続ける以外、なんにもできなかった。きっとそれがいちばんの問題だったのね」

 

「失礼ですが、ご領地は……? 魔王の勢力圏は慣例的にそれを討伐した勇者が得ますよね?」

 

「そんなもの、とっくに失っていたわ。あそこはとにかく開拓に手間がかかったのよ。魔王の縄張りといったら大抵は人の住めないような土地だものね。褒賞も含めて私財を費やして、さあこれから! って時に王に土地を召し上げられてしまったわ」

 

「ええー……」

 

「向こうの言い分もあながち根拠のないものじゃなかったの。きっかけは領民からの訴えよ。ヘルベルトは努力はしたけど、領地経営にはまったく不慣れだったから。住民はいつまで経っても住みよくならないことに業を煮やしたのね。そして王宮が介在したという訳」

 

「……それ、どこまで絵図を引いていたんでしょうね」

 

 大叔母は肩をすくめるばかりだった。

 口にするのもはばかられる物事は、まあある。

 

 そんな世の中のよしなしごとを噛み分けられるほどの経験は積めていない。

 だから俺は手を組んで俯き、どでかいため息をつくしかなかった。

 

 徹頭徹尾が滑稽で、しょうもない話だ。

 笑えない理由は歯車に轢き潰されているのが、真実、人間そのものだから。

 

 嫌な気分だった。

 

「それで、ヘルベルト氏は勇者で在り続けることしかできなくなった訳ですか」

 

「そういうことね……といっても、そうねえ。それも大した期間じゃなかった。領主じゃなくなってからも、彼には多少の財産は残されていたわ。流石の王城も、かつての勇者を文無しで放り出す程非情じゃなかった訳ね。けれど、彼って浪費家だったから」

 

 うへえ。

 俺はもはや表情すら取り繕う気力が失せていたらしい。

 大叔母は俺の顔を見るや小さく噴き出した。

 

「そんなにゲンナリすることないじゃないの! あのねえ、浪費たってそこまで爛れたものでもなかったわよ。ただ、にぎやかな大騒ぎと他人を助けるのが好きだっただけ。大人数を引き連れて遊んで、遊興費と飲食代は全部彼持ち、知り合いがお金に困ったと言ったらポンと渡しちゃう。……そんなところよ」

 

「ただそれも、継続的な収入源がないのでは……」

 

「ええそうね。ヘルベルトの経済状況も程なくして破綻したわ」

 

 今度は大叔母がため息をつく番だった。

 

 

 

「だから言ってやったのよ、『あんたそんなことばっかりしてるとダメになるよ!』って」

 

 絹のクッションに身をもたせ掛け、大叔母は鼻を鳴らしてそう言った。

 

「なるほど……」

 

「――ヘルベルトってそういう男だったわ。勇者と呼ばれていたけど、中身はまるで子供みたいで」

 

 そう告げる大叔母が見据えているのは、過ぎ去った過去の亡霊たちだ。

 彼女の視線は対面で聞き手を務める俺のはるか向こう側を見渡すかのような遠い焦点に結ばれている。

 

「でも、ねえ。あたくしは情の薄い女だったから、彼と一緒に落っこちてはいけなかったわ。そうね、全てに見切りをつけて、爵位はあるけど貧乏な――あら失礼! ――あなたの大叔父さんに嫁いだ。そして今に至る訳ね」

 

 こうして半世紀以上の時を省略し、リュドミラ……否、リダ女史の一代記は終わりを告げた。

 

「あたくしの話せることといったら、この程度だけど。どうかしら? 何か参考になって?」

 

「ええ、とても有意義なお話を聞かせていただきました。今回はご無理を聞いていただけて本当にありがとうございます」

 

 礼を述べた俺に、リュドミラ大叔母は笑って手を振ってみせた。

 

「いいのよ! むしろこんなお婆ちゃんの思い出話に付き合ってくれてありがとうね。……魔王討伐に向かっているとか言うお友達にもよろしく」

 

「――奥様、間もなく主治医が訪問いたします」

 

 俺が一礼したのに合わせてか、ここまで終始無言を貫いていたメイドがきびきびと告げる。

 

 長いお茶の時間も、そろそろ終わりを告げる頃合いのようだ。

 俺は暇乞いをし、大叔母の屋敷から立ち去る。

 

 

 

 リュドミラ大叔母(またはリダ女史)との、それが最初で最後の対面だった。

 

 数か月も経たないうちに彼女は亡くなる。

 子のない人だったので――どうも、元からそのような契約を結んでいたらしい――爵位と遺産は遠縁の何某氏だかが継いだそうだ。

 生前から手抜かりなく準備を進めていたようで、さほどの揉め事も起こらなかった。

 

 最期の言葉は腹心のメイドが聞き届けている。

 

『アタシはやるだけのことはやった。後悔はないさ!』

 

 ……と、いうものだったそうだ。

 

 

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