S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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第21話 「とりあえず、宿屋へ」

 程なくして会食はお開きになり、勇者一行は三々五々に立ち去った。

 ヴィンチェスラフもいつの間にか姿を消している。

 

 残された俺は食卓を拭き清め――使い終えた食器類はマティアスがあらかた片づけてくれていた――居間の長椅子にどっかりと腰を下ろし、しばし心身を落ち着ける。

 

 今晩も色々なことが起こった。

 ミロスラフやその仲間たちと関わる時はいつもそうだが。

 

 俺が手をこまねている内に、ヴィンチェスラフが問題を片づけていった。

 それは事実だし、最悪の事態は避けられた。

 この件について俺がこれ以上深入りする必要もない。

 

 どこか不安が残るのも否めないが……。

 脳裏に去来するのは歴代の勇者たちが身を持ち崩した記録たちだ。

 

「俺が心配性すぎるだけかね……?」

 

 その可能性も大いにあった。

 今できるのはミロスラフの日常生活に気を払う程度がせいぜいだろう。

 

 うん? 勇者の、日常生活? 

 

(そういや、勇者と仲間たちって討伐の旅に出ている時以外は何をしてるんだ?)

 

 

 

「ミロスラフは領地に取って返して領主業を。――ぼくらはまあ、次の探索の準備だな」

 

 ずた袋を抱えたカミルが言う。

 市場(いちば)のざわめきを背景に、彼は手元のメモに一瞬視線を落とすと次の店へと歩いていった。

 俺もまた自分に割り当てられた荷物を抱え、彼の後を追う。

 

 ジェラニに別件の用事が入った。

 その日、カミルから声をかけられたのはそれが理由だ。

 つまりは買い出しの荷物持ち要員である。

 

 公休日に立つ大市は、開催場所である商業都市も王都からほど近く、俺にも馴染みのあるものだ。

 だから訳ないことだと思って請け負ったのだが……。

 冒険者にとっての『買い出し』の規模感を甘く見ていたかもしれない。

 巨大な背嚢(ザック)を手渡された時に気付いたところで遅かったのだが。

 

 道すがら、同じく荷物持ちに任ぜられたマティアスの方を振り仰いだ。

 俺とカミルの数倍の荷物を軽々と抱えた彼に、かねてからの疑問を問いかける。

 

「そもそも、探索と討伐の違いがあまり良くわかっていないんだ」

 

「旅の目的の違いですね」

 

「討伐は文字通り、敵を討つのが目的だ。探索はもっと広い意味合いを持つけど、僕らの場合はダンジョン――魔王の勢力圏――の踏破が主になるね!」

 

 マティアスの端的な答えを、カミルが饒舌に補足する。

 

「魔王討伐のためには迷宮探索が要る。入念な下準備もね」

 

「それで買い出しか」

 

「そういうこと。勇者が使う魔術の大半――例えば空納(ストレージ)転移(ゲート)は魔王の勢力圏奥深くでは使用不可だ。魔力の流れが違うもんでね」

 

「そうなのか!?」

 

「だから探索中の資材管理は文字通り生死を分けるんだ」

 

 そう言い終えて、カミルは看板のない店舗――冒険者御用達の道具屋だそうだ――へすたすたと入っていく。

 

 薄暗い店内は嗅ぎ慣れない匂いが充満していた。

 油や香、その他の名も知らぬ何かしらが入り混じっている。

 俺からすれば非日常そのもののような香りだった。

 

 客が実際に手に取れる物品は少ない。

 せいぜいが、俺でも素性のわかるありふれた草木(そうもく)や小間物くらいだ。

 

 いっぽう、カウンターの向こう側には薬剤や見慣れぬ形態の道具がずらりと棚に並べられていた。

 天井から吊られた植物の束も、あちら側のものはこれまた見慣れない色や形のものばかりだ。

 恐らくはダンジョン産の資材なのだろう。

 

 カミルはカウンター越しに店員へ声をかけ、手際よく買い物を進めている。

 

「――さて、僕の方はこんなところか。マティアスは?」

 

「では防錆油を」

 

「祝福術の触媒は足りてる?」

 

「そうですね……銅線の切れ端でもあれば」

 

「そのくらいなら僕の手持ちから融通できる。そんなものかな」

 

「ええ。練り香は寺院のつてで手に入りますし」

 

「買うのは油だけで良さそうか」

 

 カミルとマティアスがやり取りしている間に、店員は既にいくつかの品に手をかけていた。

 

「お客さん、グリースなら良いのが入ってますぜ。魔獣の脂を精製した――」

 

「いえ、植物製のもので」

 

「ああ……あんた坊さんだったか。なら、こっちの蜜蝋入りのは?」

 

「問題ありません」

 

 話がまとまったようだ。

 代金を受け取った店員は品々を手際よく梱包していった。

 

 そうして渡された大小の包みを持参したザックに苦心して詰め込む。

 カミルも状態としては俺と似たようなものだ。

 もっとも大きな布包みはマティアスが担ぎあげる。

 

「とりあえず最低限の資材は確保できたかな」

 

「よし、戻ろう! ――ところでどこへ?」

 

 首を大きく上下させてマティアスとカミルの顔を順に見る。

 彼らは一瞬だけ視線を交差させると、何故かため息交じりに「とりあえず、宿屋へ」と告げた。

 

 

 

「なあ、これって」

 

「言わないでくれ」

 

「いやでも」

 

「お答えしかねます」

 

 王都に取って返し、真新しい高級宿にやって来た所まではよかった。

 勇者一行に割り当てられた部屋も決して小さくない。

 広間に雑魚寝するのでなく、部屋をまるまるひとつ借りているだけでも破格だ。

 

 だがしかし、内部は足の踏み場もないほどに散らかっていた。

 磨いた床には装備や道具が直置きされ、瀟洒な書き物机は調合薬と怪しげな器具で塞がっている。

 マントルピースには得体の知れぬ素材が干してあった。

 

 明らかに空間に対して物品と作業量が飽和している。

 

「ここで調合や探索の下準備も?」

 

「ええ。私は宿坊からの通いですけど、ジェラニさんとカミルさんはここで寝起きしますし、資材の準備や管理もここで」

 

「この手の宿って、仕事や生活の場じゃないと思うんだよ俺。日常の雑事を外注し、上等かつ快適に食っちゃ寝するための施設というか。少なくとも作業場には向かない」

 

「うん……まあ、言いたいことはわかるよ」

 

「あのさあ……ミロスラフの領地に間借りでもしたら……?」

 

「無理。僻地過ぎる」

 

 カミルが断言し、マティアスも無言で肯定する。

 そっかあ……。

 

「冒険者ギルドを通してなら、ギルドの所有する倉庫だの、一括借り上げされている空き物件を拠点に使えるんだけどねー……」

 

「あれ、皆もギルドに所属しているんじゃないのか?」

 

 カミルは背嚢と荷物を降ろし、適当な隙間に突っ込んだ。

 俺もそれに倣い、マティアスもそれに続く。

 

 そうして人心地つけてから、改めて俺の問いに答えてくれた。

 

「トマーシュはここら辺の事情を知らないんだったな。ミロスラフが魔王討伐からS級認定されたことは?」

 

「その位は把握しているさ。類を見ない大抜擢だったんだよな?」

 

「あれさあ、下積みなしでいきなり大金星挙げてるんだよ。学院もギリギリ卒業前のタイミングだったから、冒険者ギルドにも仮登録の段階でさ」

 

「へえー。いや待てよ、それが何か不都合にでも繋がったってことか?」

 

「大きなものではないけどね。なんとなく、本当~になんとなくなんだけど、冒険者ギルドはぼく達勇者一行と呼ばれる面々とは必要最低限の接触しか持とうとしないんだよね。あんまり手厚い支援は得られていない」

 

「面子の問題か?」

 

 カミルは無言で肩をすくめた。

『まあ、そうなんじゃない?』とほのめかすように。

 

「S級は王からの勅命で動く立場だし、数々の特権がある。でも、こういう拠点の世話なんかのノウハウは王様にはないらしいね」

 

 物で溢れかえった上等な部屋は、一行が食らっているしわ寄せの象徴とも言えた。

 

 

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