S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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第28話 鳴き交わすものどもの群れ

「なるほど。この子のことは集落の皆で世話をしていたと」

 

 ことの次第を聞かせてくれたのは廃劇場からもっとも近い家に住んでいる初老の夫婦だった。

 

「本当は誰かの家にきちんと引き取ってやりたい。うちでだって構わないくらいだ」

 

 孤児の姿を眺めながら親父さんが言う。

 おかみさんはその言葉に肯きながらも顔を曇らせた。

 

「でも、どこにも居付いてくれなくてねえ」

 

「あそこがぼくのおうちだもん」

 

「でもねえ、シュカ……」

 

 おかみさんが孤児あらため、シュカの顔を覗き込みながらこんこんと言い聞かせている。

 が、いまいちあの子には響いていないらしい。

 

「だってあそこに居なさいっていってたもん」

 

「誰がだい?」

 

 カミルが問いかけると、シュカは「ママだよ」と答える。

 親父さんが渋面で補足する。

 

「どうもねえ、母親があの廃墟に置き去りにしたようなんです」

 

 ああ……なるほどね。

 大人たちは、一様に何ともいえない表情を浮かべた。

 俺もまた、似たような面になっていることだろう。

 

 当のシュカは宙に視線をさまよわせながら室内をぷらぷらとうろついている。

 埃でも目で追っているのだろうか? 

 

「あの通り、ぼんやりした所のある子ですから、廃墟に置いとくのも心配なんですけどね。とにかく目を離したらすぐ抜け出してしまうんです」

 

「ワシらも仕事がありますから、ずっと見ている訳にもいかんもので」

 

「でも、それもおしまいですね。劇場が取り壊されるんだから」

 

 俺とカミルは思わず顔を見合わせた。

 

「……なるほどな」

 

「こう繋がるのか」

 

「じゃあ今日、視察に来た俺たちを物陰からずっと眺めていたのは……」

 

 夫妻は気まずげに肯いて返す。

 

「シュカが心配で……失礼いたしました」

 

「いやいや、頭を上げてください! 大丈夫ですよ、こっちがネズミの骨を投げられたくらいで」

 

「アホ! 何で言うんだ!」

 

 カミルが俺の肩を掴んで制すが、遅かった。

 

「ええっ!?」

 

「申し訳……! 本ッ当に申し訳ありません……!!」

 

 すっかり恐縮して謝り倒すご夫婦をなだめるのは大変だった。

 どさくさに紛れて飯までご馳走になってしまう。

 

 ……美味いなこのもも肉の煮込み。

 どんな鳥なのだろう、あまり馴染みのない風味をしている。

 

「この村の名物なんですよ」

 

「……家禽(かきん)ですか?」

 

「蛙ですよ。沼地や湖で編みを打つといくらでも獲れますで」

 

「は、ああ! 蛙かぁ――デカいですね!?」

 

 蛙肉くらいは口にする機会もあるが、流石にこの大きさは規格外だ。

 味わいも見知った蛙の物に比べると獣肉の雰囲気がやや混じる。

 

 感心混じりに食していると、つんと袖を引くものがあった。

 横を向くと、シュカが立っている。

 

「雨が来るよ」

 

「! あら大変、洗濯ものを取り込まなきゃ」

 

「ワシは乾し草を始末してくるよ。村の者にも報せんとな!」

 

 その途端、夫妻があわただしく立ち働き始める。

 

「あなた方も、今日はもう泊って行ってください」

 

「いや、流石にそこまでしていただくのも悪いので……」

 

「すぐに長雨が来ます、今から山越えするのは無謀だ」

 

「じゃあ宿屋にでも」

 

「宿はないこともないが、あそこは事前に言っとかないと開かないんですわ。今から駆け込みで間に合うかどうか」

 

 そう言い置いて親父さんはどたどたと家から飛び出していく。

 おかみさんはとっくに裏庭に干したシーツを回収しに向かっていた。

 

 その場には手持無沙汰の野郎二人、そして子供がひとり残された。

 

「……きみ、雨が来るのがわかるの?」

 

 カミルが問いかけると、シュカはあどけなく肯いた。

 

「おそらがいってるもん」

 

「空が? 気流の具合とかを読むのかな……いやでも、ここって屋内だもんな?」

 

「まあ勘が鋭いってことじゃないか? しかし凄いなシュカは。おかみさんも親父さんも君を信頼しているんだな」

 

「だってふるもん、あめ」

 

 シーツの塊を抱えて戻ったおかみさんが戻って来る。

 

「シュカは天気を当てるのが得意なんですよ、特に長雨が来るときはまず違わないです」

 

 そうこう言っている内に、窓の外では地面がまだら模様に濡れ始めている。

 それがざあざあと音を立てるような大雨に変わるまでにはいくらもかからなかった。

 

 親父さんも頭を拭きながらほうほうの体で戻って来る。

 小さな家屋は、すっかり雨の中に閉じ込められてしまった。

 

「今から村の中ごろまで歩いて行こうとしたらずぶぬれだったろうな……」

 

 俺が思わず漏らした言葉に、親父さんは『そうでしょうとも』と言いたげな顔をする。

 

 なるほど、シュカの勘は凄い。

 

 その能力があるから、ある意味ではこうして集落全体でこの子を世話している側面もあるのだろう。

 俺が感心しているいっぽうで、カミルは何か考え込んでいる様子だ。

 なにやら学者の好奇心を刺激されている様子だ。

 

 と、思っていたらこちらに耳打ちしてきた。

 

「なんかの先天魔力形質だと思わない?」

 

「魔力形質……あ、資質(ギフト)のことか?」

 

 カミルが肯いて返す。

 

「気圧の変化や風を読む程度の技能なら、そう珍しいものでもないよ。でもその程度なら長年農夫をやってるであろうあの親父さんにだってできることだ」

 

 まあ確かに。

 

「でも、シュカは特に何かを気取った様子もなく突然『雨が来る』と言ったろ? それも、ベテランの農夫が気付くよりもずっと先に」

 

「魔力絡みの才覚があるかもって? 確かにこのくらい小さい頃なら自覚なく能力を使うこともあるか。精霊術あたりとか?」

 

「まあ、魔の力の分類も便宜上のものだしなあ。ごく弱い才なら名前の付かないような力も多いよね」

 

 話し込む俺たちのもとに、湖の方角からぼうぼうという低い声が届いてきた。

 牛のような、けれどもそれにしてはいやに規則的で無機質な音声だ。

 なにより数と、そして音量が半端なものではない。

 

 思わず会話を途切れさせて聴き入っていると、おかみさんが愉快そうに喋り出した。

 

「あれが沼蛙の鳴き声ですよ。雨になったり夜になったりするとこうして鳴きだすんです。もううるさいったら」

 

「ワシはもう慣れっこだがなあ、これが嫁に来た時はしばらく寝不足で困り果てておりましたな」

 

「もう、枕を耳に詰めてやろうかって何度思ったか……ああ、なのであなた方もお気をつけてくださいね」

 

 アレが一晩中鳴り響く中を眠る必要があるのか。

 そりゃまた過酷な一夜となりそうだ。

 

「シュカも雨の日だけは家の中に居てくれるんで、その点は安心ですがね」

 

「本当に、説き伏せるのには苦労しました! 鐘楼蛙(ベルフリー・フロッグ)に呑まれっちまったらコトですから」

 

「へ? そんなに大きいんですか?」

 

「ああ、沼蛙とは別に、『()()蛙』が出るんです。鐘楼ほどとは大げさでも図体がでかい。まかり間違うと仔ヤギ位ならぺろりといかれるから、今みたいな前触れの無い長雨が来ると皆慌てて子供や家畜を屋内に仕舞いこむんで……うん?」

 

「はい?」

 

「もしかしてご存じなかった?」

 

「……蛙の件でしたら初耳ですね」

 

 途端に、夫妻は黙り込んだ。

 家の中を重苦しい空気が包み込む。

 

 ――商業ギルドの連中め、何を目論んで俺たちをここに送り込んだんだ? 

 

 疑念に囚われた俺の耳に、ふと涼やかな音色が届く。

 

 ふと気付けば、あれほどやかましかった沼蛙の鳴き声はすっかり止んでいる。

 遠く、鈴のように澄んだ甘い音色が雨音に紛れて鳴り響いていた。

 

 ――りりころ、りりころ

 ――――りりりり……

 

 

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