S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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第34話 斬り込むは日光のナイフ(※天文学者カミル視点)

 ぼくは何をしているんだ? 

 ()()はぼくの目標――天文台の設立に繋がる道なのか? 

 

 心の中で問いかけたところで答える奴は居ない。

 

 天に大嵐が吹き荒れ、地を埋め尽くすのは大小入り乱れた蛙ども。

 うごめく蛙の群れの真ん中に照明弾を投げ込み、ぼくは「目をつむれ!」と叫ぶ。

 

 こぶし大の素焼きの容器が割れ、閃光と衝撃波が炸裂する。

 

「――行こう!」

 

「おう」

 

 光と乾きに弱い蛙どもが硬直した隙をつき、ミロスラフとジェラニが斬り込む。

 

「カミル、私たちも参りましょう」

 

 マティアスもまたぶよぶよとした隙間をこじ開けながら突進する。

 ぼくはやや広くなった空間を悠々と――ぬかるみに足を取られないように注意しつつ――走って後を追う。

 

「まったくあいつら、好き放題暴れてくれちゃって」

 

「ええ。だからこそ私たちは、あの冒険者一行と対話する必要があります」

 

 ――会話だけで片付くならいいんだけど。

 

 という言葉を飲み込んで、ぼくは仲間たちを追う。

 なぜこんな、泥にまみれてまで走るのだろう。

 

 こっちの答えは明白だ。

 トマーシュ、あのお節介焼きのせいだった。

 

◇◇◇

 

 ――リリコロ! 

 ――――リリコロコロコロ!! 

 

 湖の岸辺は大小入り乱れた鐘楼蛙(ベルフリー・フロッグ)が密集していた。

 

 ――ルルルル、ロロロ

 ――――ガロロ……ガロロ~ン

 

 地面を埋め尽くす蛙どもの群れは、大小さまざまな個体が入り乱れていた。

 両手で抱えられる程度から、見上げるような大きさのものまでが。

 

「悪夢だ!」

 

 マティアスがこちらを見る。

 

「幻覚症状ですか」

 

「正気だよ! 今のはものの例え!」

 

 そして生白い身体が波打つ先の光景は、ある意味予想通りで、ある意味では予想外のものだった。

 

 泥の中に膝をつく何人かの冒険者たち。

 両足で立っているのはリーダーらしきゴーグルをかけた青年くらいだ。

 あいつは確か……スナーフとか呼ばれていたっけ。

 

 連中が対峙している相手は、見た目からしてちょっと尋常ではない。

 

 象牙色のローブをひきかぶり、オレンジ色の具足を纏ったかのような姿。

 フードを飾る宝珠のようにも見える眼球が、キロキロと忙しなく動く。

 なんとその手(前脚か?)に武器らしきものまで握られていた。

 

 すらりとした手足がいかにも二足歩行向きの、蛙型の獣人だ。

 なまじ優美ななりをしているだけにおぞましさが際立つ。

 

 その数、五体。

 そいつらが、見事な連携で手練れの冒険者たちを追い詰めている。

 

「魔王級まで育つまであと数手もなさそうだね」

 

 つまり、彼らはしくじったのだ。

 コントロール可能な脅威は脅威ではないと嘯いて、対峙する相手を見誤った。

 

 鐘楼蛙の断末魔は、一回り大きい個体を呼ぶ。

 弱い蛙が格上を呼んで、呼んで、最後の最後に外敵を刈り取るのがあの蛙獣人たちという訳か。

 

「奴らを便宜上、鐘楼監督者(ベルフリー・ヒューム)と呼ぼう」

 

 ぼくの提案をよそに、ミロスラフが表情を引き締める。

 

「分類はともかく、早く加勢しよう!」

 

 ぼくらが蛙を蹴散らして駆け付ける短い間にA級冒険者一行は壊滅寸前まで追い込まれていた。

 

「――触るなッ!」

 

 マティアスが負傷者――黄色い蓑を被った降霊術士だ――に駆け寄るが、鋭い言葉で拒否されていた。

 彼は一瞬だけ硬直する、が、「ではせめてこちらを」と告げて回復薬を渡す。

 

 はたき落される。

 拾って、泥をサーコートでぬぐい、ふたたび手に握らせる。

 

「死にますよ」

 

 言いたいだけ言っておもむろに立ち上がり、得物を構える。

 後は勝手にしろとでも言わんばかりだ。

 

 ――彼は変わった。

 

「……物語の獣(Mnyama wa Hadithi)

 

 ジェラニが唸るように呟く。

 その意味をぼくが解せたのは、彼の母国語を少しは学んでいるから。

 

 ――彼の理解も少しは進んだ。

 

「カミル。忌憚のない意見を聞かせてほしい」

 

 ミロスラフがぼくに話しかける。

 これも、ついこの間まではないことだった。

 

「ぼくとしては、冒険者連中が『ああ、自分たちには敵いっこない相手なんだ』と心底思い知るまで静観するのを勧めたいね。正直、それが一番揉めない流れだと思うけど」

 

「――そうか」

 

 そもそも、以前のぼくならこんな言いたい放題はしなかった。

 へいこら追従して、最低限の物事さえこなせばいいと――いや、分をわきまえようと思っていたんだ。

 

 そして勇者ミロスラフは、頼れるリーダーとして文字通り全ての決断を担っていたのだから。

 

「でもさあ」

 

 と、ぼくは言葉を続ける。

 

「ミロスラフは助けたいんだろ? あいつらを、万一のことが起こる前にさ。そこらへん、甘い性格をしてるもんな」

 

「うっ」

 

「別にけなしてないよ。褒めてもいないけど。……でも、君はその傲慢さを貫くのも『アリ』だと思っている、とは補足しておく」

 

「……ええと、つまり?」

 

「好きにやりなよ、ぼくらは助力を惜しまないよ。な~皆?」

 

 振り向けば、ジェラニとマティアスが武器を掲げて応じている。

 ミロスラフは大剣に纏わりつく水気を払い、言った。

 

「ありがとう。――なら、征こう」

 

 こちらこそ、と告げるのも癪なので心の中でだけつぶやく。

 彼らは変わった。

 そして、ぼくもまた変えさせられた。

 

 トマーシュ。

 あの世話焼きな男の介入で。

 否応なしに。

 

 きっと、少しはマシな方角へ。

 

 今のぼくが据えている人生の目標だって、彼のおかげで見つけられたのだ。

 ――シュカもろとも蛙に食われてなきゃいいけど! 

 この現場が片付いたら、改めて言ってやりたいことが沢山あるんだから、さ。

 

◇◇◇

 

「お断りだね、こっちにも意地が……ある」

 

 ゴーグル男ことスマーフはミロスラフとの連携を拒否した。

 まあ、そうだろうね。

 わざわざ勇者の縄張りに首を突っ込んできた挙句の体たらくだ。

 

 現実を受け容れるくらいなら、多分死んじまいたいんだろうな。

 

 でもさあ、それって集団のリーダーを務める上で取るべき態度な訳か? 

 副官然とした重戦士の男が、何かしら言いたげにしているのも気付いてなさそうだ。

 

 例えば彼と彼とを橋渡しする奴が居たらなにかが変わったのかな。

 

「――ま、知ったこっちゃないけどね!」

 

 緊急避難って奴だ! 

 ぼくは何やら格好つけて喋っているスマーフの膝を、押した。

 

「うわぁっ!?」

 

「あれこれあれこれゴチャゴチャ言ってるけど、村に被害が及んだ時点で君らの試みは失敗してるの! で、後始末に協力するの? しないの? 傷口を広げる前にすべきことがあるんじゃないか?」

 

 すっ転んだスマーフに詰めていく。

 ……ま、ここはぼくが意趣返ししたってことにしておくのが手堅いだろうからね。

 

「……ッ!」

 

 おっと、殺気だ。

『C級ごとき』の説教は効きすぎたのか? 

 いやあ、アレも便宜上付与された資格を更新するのが面倒だっただけで……って明かしても仕方ないだろうな。

 

 あーあ、なかなかトマーシュの真似事をしても上手くいかないもんだ。

 どうしよ。

 

「……いいさ、刺し違えても僕らで――」

 

 スマーフが削れた眼光で赤熱した剣を構える。

 と、その瞬間のことだ。

 

「いい加減にしろ」

 

 背後からスマーフのベルトを掴む手があった。

 ぼくじゃない、そして、仲間の誰でもない。

 

 スマーフの傍に一貫して付き従っていた男のものだ。

 

「スマーフ、友人として言う。お前は少し、頭を冷やせ」

 

 スマーフの身体を軽々と持ち上げ、告げて、そうして。

 湖を目掛けてブン投げた。

 

 悲鳴。

 直後に派手な水柱が立つ。

 

「……我が一行は、これよりS級冒険者ミロスラフ様とその一行に協力します」

 

 重戦士の青年がきびきびと頭を下げる。

 

「そ、それは助かるけど……ええと」

 

「自分はプロッツといいます」

 

「わかった、よろしくプロッツ」

 

 蛙獣人の振るった得物を軽々といなしながら、ミロスラフは笑顔で返している。

 

 そこから先は早かった。

 結局のところ、適切な連携を取れば――そして素材剥ぎをしたいという色気さえ出さなければ――さしたる脅威でもないのだ。

 

 最後の鐘楼監督者、杖を掲げたひときわ大きな個体がゆっくりと倒れた。

 

 その時だ。

 ――突如としてポハードカ村の方角から横薙ぎの突風が吹き付ける。

 反射的に振り仰いだ上空で、あれだけ分厚く垂れこめていた暗雲が千切れて散り散りになる。

 

 陽光がナイフのように差し込んで辺りを照らし始めた。

 逃げ惑う鐘楼蛙たちが日光に晒されては煙を上げて蒸発していく。

 

 雨はすっかり小降りになって、いつしか完全に止んでいた。

 

 ぼくは状況について行かれず……それはこの場の全員が同じだったと思う。

 ただ一人、ミロスラフを除いて。

 

「――トマーシュ」

 

 非論理的な呟きだな! 

 でもまあ、なんだかぼくも何故だかそれに同意できるのだ。

 

 こういう訳の分からないタイミングでやってくる助力が、いかにも彼っぽかった。

 

 

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