S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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傭兵ジェラニと最大の宝石・中編その2

 疾駆する馬上にて。

 流れる景色の中を私たちは突き進む。

 

【宰相――ポーリエル卿が戴冠すれば国家まるごとの売却を目論みましょう!】

 

 馬が地面を蹴り、蹄が大地を踏み鳴らすのに負けじと姫君が声を張り上げる。

 

【|鉱山、場所、他、知る? 《鉱山の位置は姫君、貴方だけが知るのでは? 》】

 

【ええ、それが私、ひいては国家を延命する(よすが)と思っていました。ですが……】

 

 彼女の声が震えているのは、馬の背に揺られているためばかりではないだろう。

 

【ですが、彼は何らかの形で鉱山の正確な位置を掴んだのでしょう。例えば、そう、技師がいます】

 

 なるほど、彼らが宰相の手に落ちたのは考えられる。

 

【なんにせよ私の価値は失われ、売却にあたっての目障りな存在に過ぎなくなった。だからこそ亡き者にしようと】

 

【しかし、失敗した】

 

【ええ! ですから強硬手段に出たのです!】

 

 だからこそ、だ。

 この国のしきたりにおいて、正当な継承者は長子のみ。

 傍系に王冠が転がり込むのは継承者が亡き者となった場合に限られる。

 

 だとすればいち早く王女の死を触れ回り、戴冠した後にすべての帳尻を合わせるに違いない。

 

 陽が落ちようとしていた。

 刻限は翌日、夜通しの行軍となろう。

 

【フューリア姫、あなたは、まだ、生きている】

 

 返事の代わりに、背にしがみつく腕にぎゅっと力がこもった。

 私は馬の胴を蹴り、速度を上げた。

 

 傭兵団としての判断を超えて、私自身が彼女に肩入れしている自覚はある。

 死地へ駆け出す理由は何をおいても私自身のためだ。

 

 彼女はまだ間に合う。

 私はその先の景色を見てみたいのだ。

 

 例えそれが、失われた祖国に対する感傷に過ぎずとも。

 

 

 

「愉快なことが一つある。向こうさんも目論見は外れまくってるってこった」

 

「なぜですかい団長!」

 

 かじりかけの堅焼きビスケットを掲げたまま、スヴェンド団長は片眉を上げて部下の野次に応じる。

 

「――そりゃあ俺たちの腕が立つからよ!」

 

「「「ガハハハハハハ!」」」

「違えねえや!」

「この調子でやったりましょうや!」

 

 われら傭兵団は残った糧食を分け合いながら、情報のとりまとめを進めていた。

 この道行きにおいては最後の簡報となろう。

 

「しかしこうも目論見が上手く行くとかえって不気味だぜ。練度が低いとはいえ限度がある」

 

 副団長のカプラルが陰気な調子で述べた。

 極度に塞ぎこんでいるのは我らが誘拐疑惑をかけられたためだが、気鬱も彼から明晰さを奪いはしない。

 彼の言葉には敬意を払うべきだ。

 依然変わらずに。

 

 団長を振り仰げば、同様の判断に至ったのだろう。

 彼にしては神妙な様子で耳を傾けている。

 

【それは我が叔父――宰相ポーリエルが猜疑心の強い、自己保身に走る男のためでしょう】

 

 私からやり取りのあらましを聞いたフューリア姫が断じた。

 

【その他の貴族と同様に、彼奴(きゃつ)も私兵を持ちます。中には相応の腕自慢も仕官しています――けれども、掃討に出てきた様子はない】

 

「優先順位の問題か」

 

 副団長の得心したような呟きに反応した団長がぐるりとそちらへ顔を向ける。

 彼が何事かを――おそらくはどういうことだ! という大声――発するのに先んじて副団長は指を指す。

 

「――あるいは性格の問題だ。スヴェンド、てめえが売国奴の立場だったらどう動く?」

 

「暗殺失敗したらってか? 最大戦力でもって叩き潰す。勝てば理屈は後からついてくるからな」

 

「だろうな。しかし動かせる駒は有限で、何事にも万が一のことがある。つまり、そのポーリエル卿とやらはそれが怖いのさ。だから一番強力な手札は自分のすぐ近くに置かないと気が済まない」

 

「あー……つまりは、この先に一番面倒な連中が待ち受けている、と」

 

「その理解でいいと思うぜ。お前の場合はな」

 

 どういう意味だよお! と不服気な声をあげる団長と、それを笑って眺める一団を眺めながら、私はこっそりと肩をすくめた。

 

 仮にこの王権簒奪が成功したとして、先があるかは別の話だ。

 ポーリエルなる男に宝冠を戴く資格があるかは疑わしい。

 しかし、そのような者も時に企みを成功させてしまう。

 

 それもまた世のならいであり、この世の不幸が生まれる幾ばくかの理由でもあろう。

 

 なんにせよ太陽は中天に達しつつある。

 戴冠式――すなわち決戦の時は、近い。

 

◇◇◇

 

 〖王城、控えの間にて。戴冠式を控たジョアキム・ポーリエルは気忙しく身支度を急がせている〗

 

 女官が私の肩に勿体ぶってガウンを着せかけた。

 鏡の前で思わず顔をしかめる。

 私のために拵えた豪奢な装いを台無しにするような代物だったからだ。

 

 施された刺繡やパッチワークこそ手が込んでいるが、絹地の厚みは薄く、縁や細工はせせこましく補修されている。

 こんな代物をちまちまと手入れして後生大事に王権の象徴としているのだから、まったくここは惨めな国なのだ。

 

 土塁は崩れて久しく、王城はあちこちにガタが来ている。

 庭園とは名ばかりの空間は、なんと、畑に転用された。

 王座にふさわしい輝きなどどこにも無い。

 

 こんな土地に縛られ、亡き兄のごとく農夫と大差ない暮らしで一生を終えるなど、耐えがたい屈辱だ。

 兄は、あの男は、まともな税の取り立てすらせず、どころか私の蓄財にすら口を挟む始末だった。

 

 しかし、そんな木偶の坊も唯一意味のあることを成し遂げていた。

 私財を投じて飽きもせず試みた地質学調査が『鉱脈の発見』という思わぬ恵みを運んできたのは彼の死後であったが。

 

 私は生まれ変わるのだ――実のない王族ではなく、宝石鉱山の経営者として。

 王となれば、国土と民をどのように扱えど文句を言われる筋合いはない。

 

 実権を渡したとて、鉱山の権利さえ手にすれば私とその一族は安泰だ。

 金銭の力はこの上ない守りとなってくれる。

 

 私は、此度の件の支援者――隣国のさる大貴族だ――を思い返す。正確には、彼の装いを。

 贅沢な素材をたっぷりとつぎ込んだマントは深みのある色艶を誇り、そして何よりも留め金に嵌め込まれた宝石(いし)の巨大さときたら! 

 

「くっ、くっくっくっ……」

 

 いつしか私は笑っていた。

 鉱山さえ本格稼働すれば、あのような貴石、宝玉の類をいくらでも手にできる。

 

 さしあたり、もっとも手近な宝玉を手中にすることとしよう。

 王冠、もといその頂に輝く石は、このせせこましい土地で唯一まともな価値のある代物だ。

 

 不意に、鏡の中の男が顔を曇らせた。

 目前に広がる栄光の道筋に、唯一落ちたインクの染み。

 それはフューリア――我が姪の死の報せが未だ届いていないことである。

 

 掟では()()の死をもって継承権が私に移譲される。

 なればこそ敢えて荒くれを護衛の名目で付き従わせ、連中の誘拐劇という絵図を引いたのだ。

 それが存外健闘してはいるが、しかし、たかだか小娘一人と無頼者の群れ。

 追われる身となればいくらも持つまい。

 

 報せがないのは単に連絡の遅れに過ぎないはずだ。

 

 問題などない――あるはずがない。

 

 薄もやのような不安を振り払い、私は玉座の間へと赴くべく胸を張って踵を返した。

 

 

 

 広間には寡頭の貴族ら、そして数多(あまた)の兵らがひしめき合っている。

 貴族共の押し殺したような沈黙が敬意からであれ、おもねりや別の何かであれ、知ったことではなかった。

 

 この場を掌握しているのは私だ。

 穏健派なる現状追認者共はせいぜい歯噛みして我が靴を舐めるがいい。

 力とはそういうものだ。

 

 広間の最奥には玉座が、そして辺境の聖堂より()()()()()()()()司祭が控えている。

 なによりも、傍仕えが捧げ持つクッションに私の視線は吸い寄せられた。

 そこには王の象徴たる宝冠が天窓からの光を浴びて輝いていた。

 

 すべてが古臭く煤けた場にあって、ただ一つ、まともな値打ちのある品が。

 

(……)

 

 ふと、周囲を取り囲む護衛兵の一人と目が合った。

 隣国より貸し与えられた一団、冠と坊主の護送のために用いられ、今は貴族と私の境界に立つ手合い。

 

 面覆いの下から覗く眼は、彼の持つ槍の穂先ほどにも鋭く光っていた。

 まったく血なまぐさく、剣呑な連中だ。

 助力は有り難いが、懐に入れようとは到底思えない。

 

 私は視線を外し、進行方向――宝冠へ改めて目を向ける。

 

 冠の煌めきが手招いていた。

 私はそちらへと再び一歩を踏み出す。

 

 瞬間、風切り音が静寂を切り裂いた。

 視界の端で何かが閃き、光の軌跡が弧を描く。

 

 それが私と冠とを隔てるように突き出された槍の穂先であることに遅れて気づく。

 何故私の道行きを邪魔するのだ? 

 

 疑問を解消するより先に、背後に控えていた腹心が私の肩を掴んで弾かれたように飛び出していく。

 

 悲鳴。

 そして怒号。

 

 騒音がわんわんと反響する広間から私は一目散に離脱する。

 

◇◇◇

 

 〖同日、同時刻、戴冠の間。今はただジェラニ・バルカと名乗る男は兜の面覆いを跳ね上げて周囲を咆哮する〗

 

【手出し無用!】

 

 私は槍の石突を打ち鳴らし、叫んだ。

 声は広間をびりびりと反響し、その場の者たちが一斉に動きを止めた。

 ――我先に逃げ出そうとする群衆、剣を抜きかけた私兵、そしてポーリエルとその一派。

 

【我らはフューリア姫の旗の下に集い、逆賊ポーリエルを討つ者なり! 無益な争いは望まぬ――道を開けよ!】

 

 フューリア姫に習い、そっくり聞き覚えた口上を朗々と述べる。

 

 私は広間を見渡して効果を確かめた。

 群衆は二種に大別されている――停まるもの、そして蠢き続けるもの。

 

 怯えて硬直するもの、あるいはこちらを注視するもの、これらは敵意を有さぬ。

 

 私が対峙すべきは未だその運動を継続する者たちに限られた。

 すなわち群衆を掻き分け逃げ延びんとするポーリエル、そして彼を補佐する郎党たちである。

 

 討つべきものは、今やはっきりとした輪郭を取ってここに在った。

 ――しかしそれは、あちらにとっても同じこと。

 

 音がした。

 私の意識が正体を悟るよりも早く、私の耳と体は的確に動いて飛来する刃に対処する。

 うたうような、奇妙な抑揚でもって空を裂き襲い掛かったのは幾つものナイフ。

 

 人垣を縫って殺到する刃を槍竿で叩き落とし、最後の一閃が朱塗りの槍柄に深々と食い込んだ。

 残響のような衝撃が木柄を振るわせる。

 しゃらりと場違いに涼やかな音が立つ。

 

 私は使い物にならなくなった長物を捨て、腰に佩く愛刀の柄に手をやる。

 同時に、群衆の間から押し殺した恐慌を伴うざわめきが立った。

 

 人々が道を譲る間を、悠然たる足取りとともに人影が歩み出でる。

 

 天窓から陽光が差し込み、姿が顕わとなった。

 男の端整な容貌、階級を十全に示す白銀色の具足、そのすべてが麗々しく照らされる。

 

【――かくも小勢で我が君の名誉を汚しに現れるとは】

 

 柳眉をしかめた男が言葉を吐き捨てる。

 と、気を取り直した様子で顔を上げ、朗々と声を張り上げた。

 

【蛮勇に免じて一騎打ちの栄誉をくれてやろう――先陣を切った貴殿こそが相応の使い手と見たが、相違ないな!?】

 

 私は彼らの流儀に則り、抜き放った曲刀を捧げ持って名乗る。

 

「ジェラニ」

 

 

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