S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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第5話 星読み学者の退職願

 ミロスラフの預金引き出し騒動から数日後。

 俺は王都の盛り場に足を踏み入れていた。

 

特級回復薬(エクストラポーション)なんて代物をホイホイ忘れていくなよな……」

 

 アンプルを片手に俺はため息をつく。

 なぜ内容がわかったのかって? ご丁寧にラベルが貼ってあったためだ。

 神経質な筆跡はミロスラフのものではない。

 調合したのは別人なのだろう。

 

 なんにせよ俺はこんな希少な品に縁のある暮らしはしていない。

 どう考えても、先日泊めた勇者ミロスラフの落とし物に違いなかった。

 

 一瞬、本当に一瞬だけ『売ったらいくらになるんだ?』と思わなくもなかった。

 が、この手の水薬は迷宮最深部にしか転がっていない素材をつぎ込むと聞く。

 価値が高過ぎて、値段の付けようがない、という奴だろう。

 

 しかるべき持ち主に返すのがあらゆる意味で得策だ。

 

 そんなわけで俺は、勇者様ご一行が贔屓にしているパブへと赴いた。

 

「いらっしゃい。なんにします?」

 

「エールと適当なつまみを。……ああそれと、ミロスラフへ取り次ぎを。『トマーシュが来た』で通じるはずなので」

 

 カウンター越しにそう告げると、女店主は無言で頷く。

 彼女は給仕に何事かを耳打ちすると、きびきびと働き始めていた。

 

 店内は明るく、そして清潔だった。

 客層もまあまあ落ち着いていて『活気がある』の範囲に収まる。

 冒険者のたむろする酒場の中でも、だいぶ筋の良い方だろう。

 

 勇者パーティーの行きつけの店として箔が付いたせいもあるかもしれないな。

 

 箔、あるいはハッタリと言い換えてもいいか。

 それを虚飾と嫌う者もあるが、俺はそう馬鹿にしたものではないと思っている。

 人も場所も、遅かれ早かれ扱われた通りの存在になっていくのだから。

 

 てなことを考えながらエールをちびちびと()る。

 ……雑味がない。水がいいのだろうな。

 添えられたつまみは腸詰の乾物で、噛みしめると旨味と程よい塩気がにじみ出る。

 

 そんな具合でひとり静かに盛り上がっていると、女店主が再びやって来た。

 

「ミロスラフさんが『是非お通しするように』と。二階の奥の部屋へどうぞ」

 

 おっと、そういえば忘れ物を届けに来たんだったな。

 俺は杯に残ったエールを煽ると、二階の個室へと向かうことにした。

 

 

 

「ほれ」

 

 挨拶もそこそこに、回復薬をテーブルに置く。

 小瓶が木のテーブルと打ち合わさってコンと軽い音を立てた。

 

「――あ! トマーシュの所にあったんだ。いつの間にか使っちゃったかと思ったよ」

 

「こんな希少な治療薬をジャブジャブ使うような生活をしてるのか?」

 

「冒険中はそうだね。治癒術を使える仲間も居るけど、備えは必要だから」

 

「はぁー、なるほどな…………」

 

「本当は自然に任せて治すのがいちばん良いらしいんだけど、敵地の真ん中じゃそうも言ってられないから」

 

 冒険者稼業に危険が伴うのは知っていたつもりだった。

 が、こうして具体的な一端を聞くと改めて感じ入るものがある。

 彼らにはこうした過酷さも日常なのだろう。

 

 ……と、俺が感心まじりに耳を傾けていると、ミロスラフが急にへにゃりと眉を下げた。

 

「なのに、カミルがパーティーから抜けたいって言い出して」

 

 ポーションの容器を握りしめたまま、すっかりしょげかえってしまっている。

 

「あー、えーと、カミルって誰?」

 

「ああごめん。カミルはうちのパーティーの一員なんだ。天文学者だよ」

 

 俺からするとどうもピンと来ない話だ。

 そもそも学者と冒険が印象として結びつかない。

 

「なあミロスラフ。星読み学者といったら、望遠鏡を覗き込んでは、変わり映えしない星空に一喜一憂している手合いだろ? さもなくば手元の帳面に謎の計算式を書き込んで頭をかきむしっているか」

 

「そ、そうなのかな」

 

「そんな仕事をしている奴が冒険者パーティーで何をするっていうんだ?」

 

「そりゃあもう……彼なしじゃやっていけないさ!」

 

 そうしてミロスラフが説明してくれた内容は、それはもう多岐にわたるものだった。

 

 ギルドや王宮に提出する報告書の取りまとめ、ダンジョンの踏破記録、周辺地域の測量、また、それを踏まえての地図の書き起こし、納入された糧食の管理(時には調理も)、野営道具などの物品の管理、など、など、など。

 

「悪い。舐めてた」

 

 俺は頭を下げて謝罪する。

 ミロスラフは鷹揚に笑って首を振って、けれども次の瞬間、ふたたび眉を下げる。

 

「――そんなカミルが、パーティーを抜けたいって言っていて……」

 

「事情を知ったら、それはそれで納得するものがあるな。こうも細々とした役割があるんじゃ嫌気もさすかもな」

 

「うーん、そう思って仕事の割り振りを考え直すって伝えてみたんだけど、笑って『もう決めましたので』と言われてしまって。正直、決意は堅そうだ」

 

「ふむ」

 

「それに、こうして挙げて行くとまるで雑用全てを彼に押し付けていたみたいだけど、そんな訳でもないんだ。もともと、探索や攻略に伴う細々とした雑事は本当に沢山ある。パーティー全員である程度均等に割り振るよう意識してもいるよ」

 

「一応聞くが、そういう道理を踏み倒してでも楽をしたい、って性質の人間なのか?」

 

「いいや。聡明な人物だし、性質はむしろ穏やかだよ。いつも笑顔を絶やさないような」

 

「……ふーむ。諦めて代わりの人員を募るというのは?」

 

「できれば避けたい。彼のような人は他に居ないよ。何より、あの爆薬や薬品調合の手腕は他には替えられない。このポーションの調合をしたのもカミルだし」

 

「爆薬? 調合?? その手の仕事は錬金術の領分じゃなかったか? というか、特級調合スキル持ってるのか!?」

 

「そうなんだよ! 彼は凄いんだ。一体全体、専門がいくつあるんだろうって思うくらいだ。不器用な僕とは大違いだ」

 

「まあ、お前の場合は世界を救うってだけでおつりが来るだろうが」

 

 俺のあながち冗談でもない発言に、ミロスラフは肩をすくめて笑うばかりだ。

 

「――しかし、ミロスラフ。そのカミル氏とやらは酒場には来ているのか?」

 

「いいや、今頃は街はずれで天体観測をしてるはずだ。……でも、どうしてだい?」

 

「ちょっと気になることがあってな。もしお節介じゃなければ、彼と話させてくれないか」

 

◇◇◇

 

(……聡明で、笑顔を絶やさない穏やかな人物。そして学究の徒、か)

 

 馬車に揺られる道すがら、俺は姉のことを思い返していた。

 というより、歯に衣着せぬ彼女の言動のうちの一つを。

 

 いつだったか、彼女は俺にこんなことを言っていた。

 

『いいことトマーシュ? 学者なんて連中はねえ――』

 

 がくん、という揺れと共に馬車が停まる。

 俺は御者にしばらく待機するように伝えて外へ出る。

 

 郊外の丘陵地は人気(ひとけ)もなく、目当ての人物はすぐに見つけられた。

 

 

 

 星詠み学者のカミルは小柄な青年だった。

 淡い麦わら色の癖毛を透かして、夢見るような灰色がかった瞳が見える。

 

 彼は天体観測の真っ最中だった。

 カミルの灰色の瞳は真鍮製の器具越しに一心に夜空を見据えている。

 

 手短な挨拶を終えた俺は、観測の邪魔にならないように少し離れた位置に腰を下ろす。

 

「気が付いたらこんな所まで来ちゃってました」

 

 彼が直立不動の姿勢のままおもむろに喋り始めた。

 どうやら、俺の存在を無視するつもりはないらしい。

 

「ぼくはそもそも、大冒険をするようなガラじゃないんです。勇者パーティーでの仕事もここいらが潮時だと思いまして」

 

「なるほど」

 

「トマーシュさんでしたっけ? 申し訳ないけど、説得されてもぼくの決意は変わりませんよ」

 

「ああいや、大の大人の決断です。横やりを入れるつもりはありません……ただ、ちょっと気になることがあって」

 

「なんでしょう」

 

「あんた、嘘ついてるだろう」

 

「――はぁ~?」

 

 カミルがぎろりと俺を睨みつけた。

 眠たげな半眼が開かれ、かそけき星の光を受け止めてぎらぎらと光った。

 

 

 

『いいことトマーシュ? 学者なんて連中はねえ、どいつもこいつも多情多感な粘着気質よ。――でなけりゃ解けるかどうかもわからない問いに長い年月(としつき)なんて捧げられるもんですか』

 

 いつだったか、自らも学者である姉は俺にそう言ったのだ。

 

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