S級勇者の友人A【書籍版発売中】   作:丁字

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第9話 ネズミくんの職域

 翌日、俺は目的地の前で気合いを高めていた。

 見上げた先の看板には、甘やかな書体で『おもちゃ』と記されている。

 

 ここは王都じゃいちばんの規模を誇る玩具店だった。

 

 いい歳になってから訪れるには特有の照れがある場所だ。

 しかし目当ての物を手に入れるなら、ここほど適切な店もないだろう。

 

 俺は意を決して店内に足を踏み入れた。

 

 寸分たがわず緻密に合わさる積み木、ワニスを丁寧に塗られたつややかな木馬。

 職人技の粋を凝らした家具付きのドールハウスに陶製の身体に豪奢な服を着こんだ人形たち。

 

 懐かしいといえば懐かしい。

 俺の幼少期といえば我ら一族がもっともブイブイいわせていた時期だ。

 この手の玩具類はいくつも買い与えられていたっけ。

 

 今更惜しむようなものでもない。

 が、例えば甥っ子や姪っ子ができたとしてだ。

 俺はここで売られている品々のひとつでもその子に贈ってやれるだろうか? 

 

 手近な陶器人形の値札を見る。

 

 ……まあ俺と同様、あの姉にも浮いた話なんて毛筋ほどもないしな! 

 訪れるかどうかも怪しい未来図のことは保留だ保留。

 

 俺はとっとと目当ての品を探すことにした。

 

 

 

 それは店内でもやや奥まった位置に並べられていた。

 

 布の身体におがくずが詰められた、ふっくらとした形状。

 縫い取りやボタンで表した愛嬌のある目鼻立ち。

 動物や幻獣、なかには魔物をかたどった姿形。

 

 そこには色や形も様々なぬいぐるみが一堂に会していた。

 

 壮観だ。

 入り口近くに並ぶ高級玩具に比べ、若干お買い得でもある。

 

 手ごろな大きさと見た目――あと値段――の品を吟味する。

 俺はひととおり棚を見て回り、コレと思い定めた品を手に取った。

 

 それは黄色い布製の、ネズミを模したちいさなぬいぐるみだ。

 

「なかなか良いんじゃないか? 握り込んでしっくりくるし」

 

 俺はネズミをプレゼント用に包んで貰うと、その足で再び寺院へと赴いたのだった。

 

◇◇◇

 

「――この子を私に?」

 

「そうなります。というのも……」

 

 俺が差し出した包みを開き、マティアスはぬいぐるみをしげしげと眺めてから問いかけた。

 そして俺が得々と効用を語り始――

 

「お断りします……」

 

 あれ? 

 

「へ?」

 

「私だけが、このような物をいただく理由がありません」

 

 マティアスは深々と一礼すると、俺が止めるのも聞かずゆったりとした、しかし恐るべき速度の大股で立ち去ってしまう。

 

 ――ばたん、と扉が閉ざされた。

 状況について行けず呆けていた俺の背後から声がかかる。

 

 振り向いた先には、この寺院を預かる老僧侶が立っていた。

 

「マティアスがこの寺院で育ったことは聞いておりますかな?」

 

「……ええ。ミロスラフ達から聞かせてもらいました」

 

「では、彼が孤児だったことは?」

 

 初耳だ。

 俺がどう返答したものか迷っている間に、老僧は言葉を続ける。

 

「あの子は妹夫婦の一人息子だったんですよ。ですが両親を事故と流行り病で相次いで亡くしましてね。他に身寄りもなかったので、私が預かって育てることにしまして」

 

「それはまた……大変なご苦労を」

 

「そうでもありません。昔から聞き分けの良い、辛抱強い子でしたから。うちで世話している他の孤児と同じく着せて、食べさせ、学ばせて……あの通り壮健に育ってくれた」

 

「そうですよねえ……」

 

 俺より頭一つ以上高い上背を思い浮かべながら相槌を打つ。

 

「ですが」

 

「はい」

 

「いささか素直に育ちすぎましての」

 

「……そうですね!」

 

 彼の極端な待ちの姿勢を『素直』と呼ぶのなら、その通りだ。

 

「寺院の生活というのは、徹底した規律のもとにありますもので」

 

「僧職といえば清廉かつ規則正しい生活を送るものですものね」

 

「ええ、厳密に時間を区切り、厳格に手順を定め、厳粛に日々のつとめをするものです」

 

「そうでしょうとも」

 

「マティアスには将来この寺院を継いでもらえたらと、可能な限りの教育を施したうえで神学校へやりまして」

 

「おお……それは凄い」

 

「あの子が進学先でも努力を重ねた甲斐あって、また身体壮健なることから聖堂騎士団への推薦を受けるまでに」

 

「それは、本当に、すッごいですね!?」

 

 僧兵の中でも花形もいいところである。

 高位聖職者の後ろ盾もない身となれば大抜擢だ。

 才覚と身体能力の程がうかがえるというものだった。

 

「ですが」

 

「は、はい」

 

「いささか適性が高すぎましての」

 

「……なるほどー!」

 

 だんだん話が見えてきた。

 

「先ほどもお話した通り、私ども坊主の暮らす世界というのは、世俗に比べてことさらに規範意識が強い」

 

「ええ。『してはならないこと』も、だいぶ厳密に定められていると」

 

「おっしゃる通り。無論、細かいことを言えば経典の解釈議論等はありますがの。まして青年期からのマティアスが属したのは騎士の世界にも通じる集団だ」

 

「……うーん、それは迷うことが少なさそうだ」

 

 思うに、彼は我を出さずとも僧職の世界では上手くやっていける。

 軍隊組織の一兵卒としても申し分ない。

 否、上手くいき過ぎている。

 

「迷いのなさは強さに繋がる。しかし、それは統制の取れた集団であればこそ、ではありませんかな」

 

「仰る通りだと思います」

 

「しかし今のあの子が身を置くのは様々な背景を持つ方々による混成部隊。あの子も今のままでは危なっかしい……親ばかと思われるかもしれませんが、私からもどうか助力をお願いします」

 

「ええ、はい。出来得る限り努力はします……。あ、それでしたら一点お聞きしたいことが」

 

「なんですかな?」

 

「先ほどマティアスさんに贈り物を――といっても額面も小さい、ささやかなものですが――したのですが、受け取っていただけなくて。僧職の方に失礼を働いてしまったのでしょうか?」

 

「いえ、そのようなことはありませんぞ。恐らくマティアスはあの子等のことを慮ったのだと……」

 

「あの子等?」

 

 老僧がきびすを返し、すたすたと歩きだした。

 数歩進んでから「着いてきなさい」の身振りをするので、大人しく従うことにする。

 

「――ああ、なるほど」

 

 中庭に出て、俺は聖堂騎士マティアスの言わんとしたことをようやく悟ったのだった。

 

 

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