氷島の王より両儀は生じて   作:につけ丸

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誤字報告は作者側としては、ちゃんと読んでいただけてると感じれるのでもらえると嬉しいですの。


ニノンテコ入れ回()


003:サラマンドラ

 

 ニノン・ド・ランクロー。

 

 その名を聞いた途端、思い出した記憶があった。

 

 

 

『気の毒なことだが。夸父くん、よ』

 

 

 

 夸父(コホ)の頭に、ロサンゼルスでの一幕がフラッシュバックした。

 あれはアイスランドへ向かう直前だった。

 

 

 夸父(コホ)は《蝿の王》の仕事に励んでいた。

 その最中、ロサンゼルスのごろつき魔術師からショバ代を回収している時にそんな事を言われたのだ。

 

「気の毒なことだが。夸父(コホ)くん、よ。君は──死相が出ているね。貴人の相だったりすれば、金が溜まっていくものだが、今の君からは幸運や金品が立ちどころに消えていくだろうね。ははは」

 

「ああ? 喧嘩売ってんのか。黙ってショバ代も払えねえのかよエセ名門魔術師」

 

 カリフォルニア・ロサンゼルスのダウンタウン(繁華街)。魔都とあだ名されるロサンゼルスの裏通りは毎夜、薄暗い闇のなか怪しげな連中がたむろし、活気づいている。

 夸父(コホ)が取り立てに来ているイタリアの正統派名門魔術師"だった"ダヴィド・ビアンキも、闇市を賑わせる一人だ。

 とはいえあまり商売っ気はない。

 店の看板なんてプラ板にマジックで「占い屋」と書かれた簡素なものだ。

 

 しかしその割には繁盛しているらしく、すでにロスで買い集めた書籍が棚には所狭しと並んでいた。

 

「……死相ってなんだよ。 つまり、俺の顔がそんな陰気なものを出してるってことか?」

 

「そんなところだ。厳密には顔つきだけでなく、全身のたたずまい、風格、その人物がまとうオーラの色……そういった全てをひっくるめて『相』というのだがね……君は、面構えがねえ、ハッキリ言って悪い。不細工だ。ははは」

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

「でも本当だよ。ちょっと良くない物が憑いてる自覚があるかい?」

 

「……」

 

 よくない物といえば身体を泳ぎ回ってる二匹の魚がいるが、あれはやはり良くないのか。この詐欺師の言葉を全面的に信じるわけではないが。

 

「ふん。人様を見ただけで金が取れるってわけだ。元手はタダでコスパもいい。結構なことじゃねえか。ショバ代を取り立てる俺も鼻が高いね」

 

「誤解しないでもらいたいね。正確には二十四年と……十五秒だとも」

 

 ビアンキは少し居住まいを正して、夸父(コホ)を観た。

 

「うーん、ますます死相が見えるね。魚、水、女。あとはなんだろう。とにかく君、顔がデスマスクみたいだよ。ホフマンの『砂男』に出てくる自動人形のオリンピアが友人にいないかい?」

 

「いる訳ないだろ。誰だよ。ホフマンもオリンピアも聞いた事ねえよ」

 

「本当に学がないねえ君は……。まあ、これは善意からの助言だがね。アイスランドに行くのはさっき聞いたが、まかり間違ってもフランス女性には近づかない方がいいだろうね」

 

「フランスの? なんで?」

 

「死相と一緒に女難の相も出ているからだよ。フランスの女性はマリー・アントワネットにポンパドゥール夫人のような男を振り回す女性が多いからね。君のような幸の薄い男はいいカモだろうさ」

 

「はあ」

 

「……ああ、代金はいらないとも。今はね。ただ、次に会った時に夸父(コホ)くんが値段をつけてくれれば、いいんだ」

 

 

 

 ……いいんだ……。

 

 

 …………いいんだ……。

 

 

 ………………いいんだ……。

 

 

 

 

「スゥ……」

 

 ド、と来た。

 

 いや疲れの話ではない。

 

 ニノン・"ド"・ランクロー。

 ソンやドッティルがアイスランド人。フォン、をつけるのがドイツ人。の、をつけるのが日本人。ドを置くのは──

 

「なあ、ニノンさんもしかして──フランス人か?」

 

 一糸も狂いのない切り揃えられた白髪が揺らいだ。

 

「名は名乗りましたがまだ生国は口にしていなかったと思いますが……なるほど、コホ様はなかなか眼力に優れた御仁なのですね」

 

「まじかあ」

 

 ……夸父は思わず空を仰いだ。

 あのいけ好かない占い師の言葉を信じる訳ではないが、声を掛けたのは間違いだったかもしれない。

 

 とはいえ……。

 

「どうかなさいましたか夸父(コホ)様?」

 

 流麗な声が自分の名前を呼んだ。

 繊細な美声がささやきは、思わず夸父(コホ)の男が反応しかけるほどだった。

 まつ毛の先まで白い端麗な容姿をした二十歳ほどの美女を見下ろす。ニノンも170cmは超えているようだが2メートル近い夸父(コホ)には及ばない。

 

(うおっ……)

 

 ニノンを見下ろして、思わず夸父(コホ)は前屈みになりそうになった。

 和装のカッチリとした装いなのに、押し込められた胸元の凶器が隠せていない。前にも両脇にも素晴らしい広がりを見せ、男の悲しいサガで目線が吸い寄せられていく。すみません。大丈夫かな……(爆乳)である。

 厚い衣服を着ていてもカラダのラインが見えるほどの凹凸の激しい曲線は、若い夸父(コホ)には目に毒だった。

 

「な、なんでもないから座ってくれ」

 

 シートに座った傍から、少女ではありえない臀部の肉置きが雄大に広がる。歩いていて体力を消耗したのか、色の薄い朱唇から悩ましげな息すら聞こえてくる。

 

(くそっ、正直ドがつくくらいタイプだ。はあ、あいつの占いは気になるけど……こんな美人を間近で見れたんだから、良しとするか……)

 

 ため息をついて夸父(コホ)は諦めて車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

「車に揺られるのはいつぶりでしょうか。やはり便利なものですね。改めて感謝申し上げます夸父(コホ)様……ああ、それにシギュン様。シギュン様は女の子なのですね。顔立ちがAngel(エンジェル)のように可愛らしいのが分かりますよ。ふふふ」

 

 ニノンは……夸父(コホ)の目論見通り……シギュンに絡んでいた。目が見えないから、顔をぺたぺた触ってにこにこ笑顔だ。

 一応、断りはいれていたようだがほっぺをムニムニ弄ばれているシギュンはめちゃくちゃ嫌そうだ。今まで見た事ないくらい角度のついた困り眉だ。

 助けを求めている風な視線を感じるが、夸父(コホ)は無視した。

 

 シギュンは13,14才くらいのすごい美少女。

 

 ニノンは20才くらいのものすごい美女。

 

 同じ白髪なのも相まって、生き別れの姉妹に見える。バックミラーで見える姿は、妹を膝において溺愛する姉という風情がある。

 ここが……サンクチュアリ……。

 

 

「にしても何でニノンさんはなんで禅宗を?」

 

 フランス系の白人で禅宗の坊さんというニノンがあまりに奇妙すぎて、好奇心を堪えきれずに質問した。

 

「大した理由はありませんよ。幼少のころは拙僧の父をやっていた方が厳格な人でして。以前は修道院に預けられたというより、押し込められた時期もあり、どうにもカトリックは苦手なのです」

 

「修道院って……」

 

 勿体なさすぎだろ。と言いそうになったのをすんでのところで堪えた。

 なにせニノンは信じられないほどの爆美女である。ニノンの身体はあまりにも(おんな)として抜きん出て優れていた。

 こんな美女が純潔を守って生涯を終えるなんて人類財産の喪失である。

 正直、夸父(コホ)が拾っていなかったら一瞬でケダモノたちに暗がりに連れ込まれそうな魔性の女性だ。

 

「で、それで地球の反対側にある禅寺に駆け込んだってわけだ」

 

「いえ。お寺へ修行に赴いたことも、入ったこともございません。あと師となる方もおりません」

 

「えっ!? それで坊さん名乗ってるのか!?」

 

「拙僧、形から入る主義ですゆえ。とりあえず格好だけはそれなりにしてみようかと思いまして」

 

「……ええ? いいのかそれ……」

 

「さあ。教義的なところはまだ知らず……禅宗を知ったのも一ヶ月ほど前ですし」

 

 う、胡散臭すぎる……。

 引き気味の夸父(コホ)に、ニノンはまぶたを閉じたままでも分かる垂れ目を悪戯っぽく緩めて、優雅に微笑んだ。変な人だなと思っていたが、思った以上に変な人だった。

 

「でもなんでアイスランドくんだりまで?」

 

「そうですね。夸父(コホ)様はアンドヴァリの指輪を知っておられますか? 別名アンドヴァラナウト。破滅をもたらす指輪と神話でも語られる指輪です」

 

「それってもしかして、神具か……?」

 

 もしやと思っていたが、このニノンという女性。魔術やまつろわぬ神を知ってる側の人間だ。

 まあ、虚無僧じみた奇妙な風体でなんとなくそうじゃないかなとは当たりをつけていたが。

 

「またのご慧眼、さすがですね。夸父(コホ)様。拙僧、なんの因果かそちら側に身を置くことになりまして。浅学非才ながら、魔導についても多少なりと覚えがあるのです」

 

「やっぱりか。……で、アンドヴァリだっけ? あー、聞いた事あるな。英雄ジークフリートを死に追いやった宝物だったよな」

 

「はい。件の破滅の指輪が今、このアイスランドにあると──」

 

 

 

 ──KULUAAAAAAAAAN!!! 

 

 

 

「どわわっ! ……な、なんだ!?」

 

 ニノンと喋っているといきなり声高な咆哮がリングロードを震撼させた。ビリビリと轟くバケモノの叫びが、走行中の車さえ揺さぶる。

 

 避難民たちの悲鳴や狂乱がそこかしこに響く。

 

 そして皆が皆、一点を見上げた。

 

 声の発生源──山の向こうで、何かが立ち上がった。太陽光を反射してどす黒く輝く、爬虫類の鱗。全身を火で包みながら周囲の雪や氷を溶かし、水を蒸発されていく。

 

 火吹きトカゲ。あるいはサラマンドラ。

 

 それが咆哮の主。

 

「いきなりなんで……? ってか、まずいぞ……ありゃあただの魔獣じゃない……! 明らかに枠を超えてる!」

 

 サラマンドラの全長は十メートル以上。二十メートルはある。

 

「あれはもう──"神獣"だ!」

 

 体が出かければ内包する呪力も段違いに強大になる。このレベルになると神の眷属たる獣『神獣』と呼ばれる神に近い存在だ。

 到底、人が太刀打ちできる存在ではない。

 

「……シギュン」

 

 頼みの綱──カンピオーネ"シギュン・ビョルンストライド"にご出馬を願い、その願いは果たして──

 

 

 

 

 

「……。疲れた……」

 

「は?」

 

 ──裏切られた。

 

 さっきまで全く喋らなかったシギュンがうっぷと口元をおさえ、青ざめた顔で影にズプズプと入っていく。車酔いで寝込んでいるようにも見えるが……三半規管が激強なカンピオーネが車酔いなんてするわけがない。

 では何酔ったのだ? 

 

「まさか、人か!? 人と……ニノンさんと一緒にいたから!?? 十分膝の上に乗ってただけで人酔いとか──おいぃぃぃ! こんなピンチにどっかいくなぁ!!!」

 

 夸父(コホ)の嘆願も虚しくシギュンは姿を消した。

 

「……だあ〜っっっ! こいっつはよぉぉおおおほんとによぉぉおおおおおおおお!!!」

 

 神獣とはいえカンピオーネにとっては雑魚同然。ワンパンでで蹴散らせる程度だ。

 シギュンにかかれば、本当にあっという間に終わるのだ。

 言霊の権能で「あっ」と言う間に蹴散らせるのだ。

 

「あらあら」

 

 地団駄を踏んで影に叫ぶ夸父(コホ)に、ニノンがころころと愉快そうに笑っている。神獣が迫っている大ピンチのはずなのに、全然恐怖した様子がない。

 

(目が見えないから、か……?)

 

 夸父(コホ)は邪推してしまった。しかし。

 

「ふふ。夸父(コホ)様、ご心配ありませんよ。そもそも……あのサラマンドラは拙僧が連れてきてしまったらものでしょう」

 

「え?」

 

「ここに来る以前、少々行き違いがありまして……。ですがご安心ください。皆さまにはご迷惑をおかけする気は毛頭ありません」

 

「は? 目の見えないニノンさんに何が出来るって……」

 

 

 ──とは言ったものの、夸父(コホ)はニノンの杖を軽く構えたなんでもないはずの体勢が異様に気になった。

 まるで気の入っていない無造作な姿勢。なのに、無視できないほどの圧力……息の詰まるプレッシャーがどんどん増していく。

 

 カンピオーネであり、この世で最高峰の剣の達人サルバトーレ・ドニという男がいる。

 いかなる強敵の前であっても、彼は構えない。一切に備えないからこそ、一切の攻撃や防御にも備えられる。

 びっくり箱のような、まつろわぬ神、悪魔、魔王、怪物──超常の敵たちとの予測な不能な戦いのなかで彼が辿り着いた臨機応変の境地。

 無念無想によって全てを見切り全てを切り裂く。

《夢想剣》の使い手なのだ。

 

 

「──明頭来也明頭打、暗頭来也暗頭打」

 

 

「──四方八面来也旋風打、虚空来也連架打」

 

 

 ニノンが口遊むように唱える。

 

 ──正面からくれば正面から打ち、隠れてくれば隠れて打ってやろう。

 

 ──四方八方からくれば回転して打ち、大空いっぱいにくれば連打して打ってやろう。

 

 そんな意味の言葉。

 あらゆる物事に柔軟に対応せよ、という禅宗の高僧が残した言葉だ。

 しかし捉えようによっては……サルバトーレ・ドニの《夢想剣》と根幹は同じ。臨機応変の極地を下地にした──悟りの極地を唱えたもの。

 

 

 刹那、ニノンの姿がブレた。

 

 

 ワンフレーム挟んだ後には夸父(コホ)の隣には彼女の姿はなく……。

 

 どすん! 

 

 何故かサラマンドラの角があった。この姿形、確か頭頂部にあった角だ。

 

 

「は?」

 

 

 ──GYAAAAAAAA!?!?!? 

 

 

「え!?」

 

 

 つんざくような怪物の絶叫。

 視線をそちらへ向ければ、夸父(コホ)は愕然としてその光景を見た。さっきまで隣にいたニノンが、ドラゴンの角があった場所、頭の上に立っていた。

 

 そしてドラゴンはすでに……絶命していた。

 

「こんなものでしょう」

 

 ニノンの背にあった錫杖の丸い円が、歪む。円から凄まじい吸引力が発生し、神獣の死骸がそのまま飲み込まれていく。

 

 まるで神獣という脅威が嘘だったような抹殺劇。

 後に残ったのは静けさだった。

 

 何をしたのか夸父(コホ)が理解できないまま……神獣があっけなく調伏され、消滅したのだ。

 

 思わず息を呑んだ。

 

(──この人、別格すぎる。普通の術師どころかテンプル騎士団の聖騎士(パラディーノ)と同位階(レベル)の達人じゃないか……)

 

 神獣は文字通り神に連なる獣。天賦、と修飾をつけるほどの天才が血のにじむ鍛錬の果てにようやく手の届く領域の猛獣だ。

 それに対抗でき、その上で完封できる人間など……この世ではほんのひと握りの上澄みだけだ。

 例えばイタリアのテンプル騎士"聖ラファエロ"やアレクサンドル・ガスコインの《介添人》"サー・アイスマン"のような真の怪物だけ。

 

 ニノン・ド・ランクロー。

 今まで無名だったのか夸父(コホ)の聞いた事のない名だが……欧州最高クラスの実力者に与えられる最上級称号の領域に、この人物はすでに到っている。

 

「少々、汗をかいてしまいましたし夜も更けてまいりました。先程のサラマンドラの火でそこらじゅうの氷が溶けてお湯になっております。今日はここで野営し、温泉に入るのはいかがでしょう? ……実は拙僧、ビームサーベルでお湯を沸かして露天風呂に入るシーンに憧れがあるのです」

 

 瞳を閉じたまま白い湯気の立ちのぼる背景を、手振り身振りで指さしニッコリ笑った。えらく明るい笑みに、サラマンドラの残り火で仄暗い影が揺らめくのが少々物騒ではあるが……さっきまでの殺伐とした空気が吹き飛んでいく感じがあった。

 

 それにしても神獣を倒してすぐにこの物言い。

 

(このニノン・ド・ランクローって人、マジで相当大物かもしれねー……)

 

 それこそカンピオーネの《介添人》になれるほどの。

 

 ぬっと顔を出したシギュンへ、ニッコニコの笑みで一緒に露天風呂に入ろうと服を脱がすため追いかけはじめた美女を眺めながら、出処の分からない焦りを感じながら夸父(コホ)は思った。






前作の反省からあんまり設定やストーリーを難解にしないようにしようという決意
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