ラーメン屋で向かいに座ってた細身でスタイルの良い女の子が大盛りラーメンチャーハン餃子セットを爆食してたのを見て思いついたラブコメ

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生姜焼き定食ライスメガ盛り

 

 人には様々な欲がある。

 権力欲名誉欲、承認欲求に財産欲。

 人の欲には果てはないがそんな欲望も誰よりも安全に、誰よりも楽をして生きたいという生物としての本能に根ざしたものなのだ。

 欲深さを忌み嫌う者もいるだろうが、俺はそれを肯定する。

 そんな欲望の中でも生命存続の根幹を成す欲望が三つある。

 栄養を摂取して生命を維持するために必用な食欲。

 身体を休め、生命を維持するために必用な睡眠欲。

 そして子孫を残し、己の遺伝子を後世に伝えるために必用な性欲。

 誰もが大なり小なり必ず持つであろうこれらの欲にも人によって順位というものはあるだろう。

 合コンだなんだを開催してひたすら女の尻を追いかけるお猿さんもいれば、すべてを投げ出してひたすら惰眠を貪る輩もいる。

 ソースは前者がうちの大学にいる陽キャ共、後者が先日期末試験を寝坊でブッチしてめでたく俺と同学年になった大学の先輩だ。

 実に大学生らしいろくでもない面々だが、俺は彼らを肯定しよう。

 そんな風に上から目線で語ってみせるこの俺、敷島幸助はといえばぶっちぎりで食欲が一番だ。

 米や麺などの炭水化物を頬張り多幸感を感じながら意識を失うように眠りにつくのは最高に気持ちが良いし、明らかに過剰で健康に悪そうな油を身体にぶち込むのには背徳感を感じる。

 目の前で焼ける肉を無言で消化する作業は至福の時間だ。

 例えが不健康?もっと野菜を食え?そんなお為ごかしは犬にでも食わせてしまえばいい。

 人体に必用なのは糖質、脂質、タンパク質だ。俺の食事にはそのすべてが揃っているのだから。

 (ひるがえ)って俺の中で三大欲求のうちダントツで優先順位最下位なのは性欲だ。

 別に性欲がないというわけではない。ただ単にまったくモテない俺には不要な代物というだけのことなのである。

 俺は昔から食べてばかりで体型がぽっちゃり気味だし、勉強も運動もたいしてできるわけでもなかったから致し方ないことではある。

 まあ今のご時世おひとりさまがスタンダードであるわけだし、俺が非モテだとしても後ろ指を指されることはないのでそれを苦にするようなことは一切ない。

 だから俺は思うがままに飯を食べる。

 

 

 今日の昼飯は大学の近くにある食堂だ。

 個人経営のお店で少々店内が汚らしいのが欠点だが米もおかずもこれでもかと盛りまくるドカ盛りを売りにしていて、古くから腹を空かせた秀泉大生のみならず社会人にも親しまれている食堂である。

 まあ、その辺の(いわ)れは先輩から仕入れた知識なのであるが。

 そんなことはどうでもいい。今は老教授が垂れ流す催眠音声に耐えるだけの講義で消費したカロリーを補給することだけを考えなければ。

 カウンター席の角に座った俺は、俺はメニューに載った料理の写真を穴が空くほど見つめながら自分の腹が求めるものが何かじっくりと吟味する。

 本日は連れもいないので店の迷惑にならない範囲でゆっくりとできるのがありがたい。

 ……別に孤独にグルメを楽しむ質というわけでも、友達がいないぼっちというわけでもない。単にここに来る前に所属する写真部の部室を覗いた時に、一緒に飯を食うほど親しい相手がいなかっただけのことである。

 俺は腹の中に飼っている虫の希望に従ってメニューを決めると、店員に声をかけて生姜焼き定食のご飯メガ盛りを注文した。

 このお店のご飯のサイズは普通盛り、中盛り、大盛り、メガ盛り、ギガ盛り、テラ盛りと選べてメガ盛りまでは無料で増やせるという素敵仕様だ。

 盛りが一段階上がる毎に普通盛りを基準として二倍、三倍と増えていくのでメガ盛りだと普通盛りの四倍の米を盛ってくれることになる。

 俺はその気になればギガ盛りでも平らげることができるのだが、そこまで食べると午後の講義に支障が出てしまうので仕方なく控えることにする。

 注文を終えた俺は定食が届くまで時間を潰そうとスマホを取り出した。

 

「一名様入りま~す!」

 

 そのままスマホに目を落とそうとした時に、威勢の良い店員さんの声と共に俺の斜め前の席に客が案内される。

 別にそれだけならなんということもない、飲食店ではありふれた光景だ。だからこそ俺は一瞬だけその客に視線を向けてからまたスマホに目を落とそうとして──そして、思わずその客を二度見した。

 何故かと言えば、案内されてきたその客がとびっきり美人な女性だったからだ。

 ふんわりとしたボブカットなその女性はあどけない顔立ちが一見幼く見えるが、すらりと伸びたモデルのような手足やその所作からなんとなく大人びた印象も受けて年齢を判別できない。

 なんとなく年下の様な気もするが、薄手のニットセーターが張り付いた肢体は見るからに細身なのに一部分を伸び伸びにしているお胸の存在感が判断を怪しくさせて──。

 そこまで考えたところでその女性と視線がかち合った。

 思わず固まる俺に彼女はにこりと微笑みかけてきて……俺は慌てて視線を下げてスマホの画面を見る。

 危ない危ない。あまりにも場違いな人物がいたのでつい凝視してしまった。

 確かにここは大衆食堂であるからして、金さえ払えば誰にだって食事をする権利がある場所である。

 しかしここは普通の大衆食堂ではなく、がっつり食べたい人向けの大衆食堂なのだ。

 家族連れや友達と連んで来ているならともかく女性のひとり客なんてほとんどいやしない。 それがこんな美人でスタイルの良い人物なら尚更だ。

 ……そういう理由であるから、けして他の客たちのように彼女の美貌に見惚れていたわけではないのだ。うん。

 しかし、これは困ったことになるのではないか。

 この店は例えご飯を少なめにしたとしても彼女のような体型がスラリとしたいかにも小食な人が気軽に注文して食べきれる量は出てこない。

 彼女が複数人で来店しているのならまだ食べきれない分を誰かに食べてもらうこともできるだろうが、ひとりで来店してしまった彼女にはそんな回避策を採ることもできないだろう。

 きっと彼女は出てきた料理のボリュームを見て困惑しうろたえ、ご飯を残してしまうか無理をして食べて体調を崩してしまうかもしれない。

 俺はそんな彼女を哀れに思いつつもできるだけ視界に入れないようにひたすらスマホの画面を凝視し続ける。彼女に忠告をしてあげるようなこともしない。

 視線がかち合った時彼女はお愛想のように笑みを浮かべてくれていたがそれで調子に乗って話しかけた結果、その表情が嫌悪に変わらないとも限らないのだ。

 お店で偶然近くに座った異性と仲良くなって……とかいう話はイケメンだから許されるのであって、俺のようなイケてない男には無縁どころか通報案件である。

 

「すみません」

 

 俺が意識しないように意識するという生産性のないことを続けていると、メニューを決めたらしい女性が店員のおばちゃんに声をかけた。

 

「は~い」

 

 店員のおばちゃんは彼女の声に反応してすぐに寄ってくると注文伝票を取り出した。

 俺は願わくばこの店員が彼女の注文に対して、いかにここの料理の量が多いかしっかりと説明してくれれば良いのだがと思いながらスマホの画面に視線を向け続ける。

 

「生姜焼き定食、ご飯ギガ盛りでお願いします」

 

 ──まあ、彼女が発した注文を聞いてすぐに顔を上げることになるのだが。

 

「ええ!?」

 

 彼女の注文を受けたおばちゃんは驚愕とも困惑ともつかぬ声を上げると、恐る恐るといった風に彼女に確認する。

 

「あのね……うちの定食はおかずだけでもけっこう多いの。それにご飯のギガ盛りは普通盛りの五倍の量だから、女の子には厳しいと思うわよ」

 

 おばちゃんの言葉と態度は俺を含めた周囲の客の気持ちも代弁している言葉だ。

 ちらりと周囲を確認すると、近くの席の客は皆一様に彼女と店員のやり取りを見ていた。

彼女に心配そうに視線を向ける者もいれば彼女の無知を嘲笑うかのように笑みを浮かべている者もいる。共通しているのは誰も彼女がご飯を食べきれるとは思っていないことだ。

 もちろん俺だってそう思っている。

 おそらく彼女はここがどういうお店か知らずに入ってきたのだろう。店が混み合って繁盛しているからとかそういう理由でなんとなく飛び込んできたそういう感じで。

 残すことを前提に注文している愉快犯である、ということはないと信じたい。

 俺は彼女が店員の言葉を聞いて注文を変えるか退店するかを選択してくれることを願った。

 それらの選択はちょっと恥ずかしいかもしれないが、無理をするよりもずっと良い選択だ。

 彼女が辛い思いをしてお腹にご飯を詰め込む必用もなくなるし、フードロスを避けることもできる。

 定食を食べ残してしまったらこの定食の材料を作ってくれた一時生産者の方々に失礼だ。

 ご飯は食べられる分だけを食べるべき。フードロス、ダメ絶対。

 俺は使命感をもって彼女が正しい選択をするようひっそりと念を送った。

 自分の中の冷静な部分が、傍から見れば彼女をねっとりとした視線で盗み見る不審者にしか見えないと告げていたが、今は食べものが廃棄されるか否かの瀬戸際なので意図的に無視することにする。

 そんな俺の視線など気がついた様子もなく、彼女はおばちゃんの言葉に笑みを浮かべて頷いた。

 

「ええ、大丈夫です。わかって頼んでいますので」

 

 なにい?

 俺は三度驚愕した。

 周囲の客も軽くざわつく中、店員は困ったような表情を浮かべて一瞬迷った様子を見せていたが、やがて諦めたように頷いた。

 

「はあ……承知しました。それじゃ、お残しだけはしないようにお願いしますね」

 

「はい」

 

 呆れたようにため息を吐いたおばちゃんが釘を刺すつもりで伝えたであろう言葉に彼女は邪気のない笑みと共に頷いてみせる。

 まったく効いた様子のないリアクションに再びため息を吐いたおばちゃんは、オーダーを復唱すると席を離れていった。

 周囲が予想外の結果にしらけたような雰囲気になる中俺は彼女の様子をそっと確認するが、彼女はおばちゃんのリアクションも周囲の反応も特に気にした様子はなく、楽しそうにメニュー表の写真を眺めていた。

 彼女は定食を食べきることに自身があるようだが、体付きからしてとても食べきれるとは思えない。

 しかし注文が通ってしまった以上どうすることもできず、後は本当に彼女がドカ盛り定食を食べきれるだけの胃袋を持っていることを願うばかりなのだが……。

 

「はい生姜焼き定食のご飯メガ盛りっ、おまたせしました~」

 

 俺が他人のことで無駄にそわそわしていると、店員のおばちゃんが戻ってきて俺の前にお盆を置いた。

 お盆の上乗せられた品々を見て俺は渋くなっていた自分の顔が緩んでいくのを感じた。

 まず目につくのは丼にこんもりと盛られた白いお米だ。

 普通盛りの四倍ある量もさることながら、炊き立てのように熱々で米粒が水々しいのがありがたい。

 店によっては炊いたご飯を保温ジャーでしばらく置いていたパサパサのご飯を出すようなところもあるが、この定食屋は客がご飯を大量に消費してお釜がフル回転するので炊き立てのご飯にありつける可能性が高いのである。

 メインのおかずである生姜焼きの大皿には肉こそ安いバラ肉であるがけちらずがっつり盛られているし、ざく切りのタマネギと見るからに濃いめのタレが絡んで実に食欲をそそられる。

 千切りキャベツも肉に負けないぐらいどっさりだ。古来よりキャベツと肉の相性は抜群と言われており、これもあればあるだけ良いとされている。

 皿の端に乗ったマヨネーズがおまけとは思えないぐらい付けられているのもとても嬉しい。

 これに加えて豆腐とお揚げの入ったお味噌汁とお新香まで付いているのだから、この生姜焼き定食はまったくもって隙のない素晴らしい生姜焼き定食であると断言できる。

 定食から立ち上る香りに腹の虫が騒ぎはじめたので俺は無意識に箸に手を伸ばしかけたが、やるべきことを思い出して引っ込めた。

 いけないいけない。あやうく食欲に負けてしまうところだった。

 いや、食欲には負けてかまわないのだが、その欲望を解放するには少し早い。

 

「すみません」

 

 俺はリュックの中から()()を取り出すと店員のおばちゃんを呼び、手にしたブツを指し示した。

 

「定食の撮影、いいっすか?」

 

 そのブツ──カメラを見ておばちゃんは心得たように頷いた。

 

「ああはいはい、いつものやつね。いいですよ」

 

「ありがとうございます」

 

「別に許可なんていらないから勝手に撮ってもらっちゃっていいんですけどねえ」

 

「まあ、マナーなんで」

 

 俺は店員がそんなものかと頷きつつ去って行くのを見送ると、カメラを構えて生姜焼き定食に向き合った。

 絞りや感度を上手い具合に合わせてぱぱっと撮影する。

 撮れた写真の写り具合を確かめると、けっこう良い感じに撮れていてにんまりと笑みを浮かべてしまう。

 しかし俺は、幾人かの客がこちらを奇異の目で見ていることに気がついて真顔になると小さく鼻を鳴らした。

 確かにまあ、お店の料理をカメラで撮るやつがいたら奇妙に思うかもしれない。しかし、スマホのカメラで撮るやつらだってごまんといるのだからそんな目で見られる謂れはないと思う。

 むしろ()()とやらを狙うのであればスマホのカメラ機能よりもちゃんとしたカメラで撮影した方が余程良い画が撮れるだろうに。

 まあそんなことはどうでも良い。今は一刻も早く定食にありつくべきところだ。そして食事の時間につまらない表情をするべきではないのである。

 俺は再び笑みを浮かべると、何気なく正面に視線を向けて──。

 そして、こちらを見つめる斜向(はすむ)かいの彼女と目が合った。

 

「……」

 

 再度真顔になった俺の様子など気にもしていない様子で、彼女はふんわりとした笑みを浮かべた。

 

「すみません、あまり見ない光景だったものですから」

 

 そりゃあそうだろう。俺だって自分以外でこんな事しているやつは見たことない。

 それでだったらなんなんだよ。珍しいことをしているやつがいたらそいつの事を不躾に見つめていいってのかおおん?

 ……と、いつもの俺だったら詰め寄っているところであるが、今日の俺はその代わりに小さくつぶやくようにして答えた。

 

「……俺、写真部なんで」

 

 けっして急に美人から話しかけられてテンパったわけではない。

 

「写真部?ああ、それでそういう高そうなカメラをお持ちなんですね」

 

「いや、このカメラは別にそんな高くないんで……」

 

 なにしろこいつは初心者向けであるエントリーモデルな上に型落ちの中古品。

 しかしお安い値段(それでも数万の値は付くのだが)ながら最低限の機能が備わっているし、撮った写真を自動でスマホに送ってくれるのですぐにSNSにアップできて使い勝手が良い。

 そのうえ余計な装備がないことで持ち運びやすくたいへん重宝する大事な俺の相棒だ。

 

「なるほどお。あ、写真部って言うと秀泉ですか?私そこの一年生なんですけれど」

 

 それにしても我ながら返事が素っ気ないなと思うが、彼女はそんなこと気にもせずにぽわぽわとした感じで話しかけてくる。

 このコミュ力の高さ……こいつ、陽キャか。

 

「ああ……俺は二年だよ」

 

 内心で彼女に勝手にレッテルを貼り付けた俺は、さらに小さな声で短く答える。

 

「やっぱり先輩なんですね。私は商学部なんですけど……」

 

「……俺も」

 

 どうやら俺の学部の後輩であったらしい。

 この辺りで昼間から外食している若者なんてのは大抵秀泉の学生なのでその辺はだいたい予想の範疇だったのだが、まさか同じ学部とは。

 嫌だなあ……陽キャなんてちょっと会話したことがあるぐらいの相手でも気軽に話しかけて来そうだし。もし教室で急にこんな美人に話しかけられたら心臓が止まって死ぬしおそらく社会的にも死ぬ。

 ……それにしても、その身体で後輩かあ。へえ……ふうん……。

 

「あ、すみません。お料理が冷めちゃいますよね」

 

 どうぞどうぞと生姜焼き定食を示されて俺は正気に帰り、慌ててカメラを仕舞って箸を持ち直した。

 俺は飯を喰らいに来たのであって女の子とお話するためにこの店に来たわけではない。

 手を合わせていただきますとつぶやいてから、俺は生姜焼き定食に挑んだ。

 手始めに生姜焼きをそのまま頬張ると、舌に触れた甘辛いタレと肉の脂が融合した濃厚な味が脳をガツンと刺激する。

 そのまま噛みしめれば豚バラの肉汁とタマネギの甘さがジュワッと広がってもうたまらない。

 俺はしばらく口の中の生姜焼きを咀嚼しながら生姜の香りを堪能した後、生姜焼きの一部を胃に送り込む。そしてそうすることで空いたスペースに今度は千切りキャベツを投入した。

 そのまま食べれば青臭さを感じるキャベツも、口の中の生姜焼きと合わされば生姜焼きの味を引き立てるエッセンスに早変わりだ。

 咀嚼のペースを早めた俺は今度はメガ盛りの白飯に手を伸ばす。

 米を口の中に突っ込めば口内で生姜焼きやキャベツと混ざり合い、飲み込まないうちから自然と白飯に手が伸びてしまう。

 こういう口の中でおかずと白飯を混ぜる口内丼という食べ方は行儀が悪いという論調があるとも聞くが、そんなことは知ったことではない。

 もっちりつややかな白飯と甘辛いタレや脂を一緒に食べることで産まれる幸せの味を噛みしめるためなら世界中が敵になっても一向に構わないのである。

 俺は無心で生姜焼きと白飯を貪り喰らい続けた。

 時にはお新香やお味噌汁で口の中の脂っこさをリセットし、逆にマヨネーズを付けて油分を足してみたりする。

 それでも単調な味であればそのうち飽きがきて手が止まってしまうだろうが、生姜のピリッとした風味が食欲を増進させて動きが止まることはなかった。

 

「生姜焼き定食ご飯ギガ盛り、お待たせしました~」

 

「ありがとうございます」

 

 ひたすらに生姜焼き定食を堪能していると、店員のおばちゃんが斜向かいの彼女の席に生姜焼き定食を持ってくる。

 箸と顎を動かしながら視線だけそちらに向けてみる。

 俺のメガ盛りよりもさらに盛られたギガ盛りの威容を見ても彼女が怯む様子はなく、盛りに盛られた白飯を見て目を輝かせていた。

 そしてうきうきしながら箸を手に取りいただきます、と手を合わせる。

 食べ始める前にしっかりといただきますが言えるのは個人的には好印象だ。だからどうということはないのだけれども。

 ふむ、しかし。

 俺は豚バラ肉の脂っこい部分を堪能しながらも彼女の様子を観察する。

 見たところ生姜焼き定食を前にした彼女が注文を後悔している様子はなく、むしろ定食のボリュームに喜んでいるように見える。

 これは普通にこの量を食べれてしまいそうな雰囲気だ。

 恐らく彼女は痩せの大食いというやつなのだろう。

 あの細い身体のどこに入るのかはわからないが、目の前でお残しをされるような事態は避けられそうである。

 こうなってくると完食できるか否かより、彼女がいかにして生姜焼き定食を平らげるかという方が気になってくる。

 なんとなく育ちが良さそうな(なり)をしている彼女のことだから、上品に食事を進めていくに違いない。

 ドカ盛り定食をそんな風に食べる姿に期待した俺が自分の食事を続けながらも彼女にバレないようにこっそりと見ているのをよそに、彼女は定食に箸を伸ばし攻略に取りかかった。

 彼女は俺と同じようにまず生姜焼きから手を付けると、俺の予想に反して箸で生姜焼きをがっつりと掴み大きく口を開けて頬張った。

 思わず顔を上げてガン見する俺の事など一顧だにせず、彼女は口を大きく動かして生姜焼きを咀嚼し、そして今度はキャベツに手を付ける。

 口の中の生姜焼きを飲み込みきらぬままにそのキャベツを口にしてまた咀嚼。

 最後に白飯を詰め込みしばらく口をもにゅもにゅとさせてから飲み込むと、ほう、と息を吐いた。

 その吐息は胃の中に生姜焼きを詰め込むという一仕事を終えたことに対するものではなく、生姜焼きの味を堪能した事への吐息だったように思う。

 そんな彼女の姿を──俺は心底美しいと感じた。

 特別所作に気品があるとか、食べ方が上品であるとかそういうことはない。

 かと言って俺や男連中のように飯をかっ込んだりとか行儀が悪いというわけでもなく、女の子らしい食べ方の範疇であると思う。

 それでも俺が彼女の食べる姿を美しいと思う理由は何かと彼女を眺めて──いや、見蕩れていると、気がついたことがある。

 もぐもぐと生姜焼き定食を噛みしめる彼女の表情は幸福に満ちあふれていた。

 その有り様は今この時が人生で一番最高の瞬間であると全身で言い表しているようで、見ているこっちまでうれしくなってきてしまう。

 そんな幸せを体現する姿に釘付けになる俺をよそに彼女はキャベツと白米をお供に生姜焼きに舌鼓を打ち、時にお新香や味噌汁で口の中をリセットする。

 そうして彼女は着実に……というかけっこう良いペースで生姜焼き定食を食べ進め、最後に残ったお味噌汁をゆっくりと飲み干すと名残惜しげに椀を置いて手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした」

 

 彼女はコップの水を一口飲んでから荷物を持って席を立つ。

 そして何気なくこちらの方に視線が向きそうになったので、俺は慌てて視線を定食に向けた。

 彼女からすればさぞ不思議であっただろう。自分より早く食べ始めた、それもご飯の量が少ないやつが定食の半分も消化していないのだから。

 

「……あの」

 

 俯いたままじっとしている俺に彼女が声をかけてきて、俺は思わずびくりと肩を震わせた。

 ご飯そっちのけで彼女のことを見ていたことに気付かれたのだろうか。

 不愉快そうに顔を歪める彼女の顔を想像しながらも恐る恐る顔を上げると、予想と違って彼女は真剣な表情でこちらに視線を向けていて……いや、よく見ると視線は俺ではなくもっと下の方に向いているような……?

 

「それ、もし残されるのであれば私が代わりに食べてしまっても……?」

 

「……」

 

 なんだか急に食い意地張ったことを言いはじめた。

 よくよく見ればその視線は俺が食べかけている生姜焼き定食に向けられているらしい。

 

「い、いや。味わって食べてるだけなんで……」

 

「そうですか……。すみません、不躾に」

 

 あれだけ食べたのにまだ食べるのかよとかほぼ初対面の他人の食べたものによく手を出せるなとか突っ込みたい気持ちを抑えて俺が答えると、彼女はちょっと残念そうな顔をしつつも丁寧に頭を下げてから伝票を持って出入り口の会計カウンターに向かっていった。

 会計を済ませて店から出て行く彼女を視線で見送ってから、俺はひっそりと息を吐いた。

 彼女は俺の心に強烈な印象を残して去って行った。

 飯は誰かに邪魔されず静かに孤独でなきゃいけない、なんて思想は持っていないので誰かと飯を食うことはままにある俺であるが、誰かの食事風景にあれほど惹かれたことはなかった。

 彼女の整っている容姿に惹かれることも確かだが、うちの大学の女子は何気に女子のレベルが高いので抜きん出ているわけでもない(俺程度の人間がそんな評価を下すのもまったくおこがましい話ではあるのだが)。

 そんな分析をしつつ、強いて理由を挙げるとするのであれば。

 

「一目惚れかねえ……」

 

 ぽつりとつぶやいた言葉は店の喧噪に紛れて誰に聞かれるでもなく消えていった。

 熱くなった頬を冷まそうと氷の入ったお冷やをひと息に飲み干してみるが、その程度では収まりそうもない。

 脳裏には彼女の姿がはっきりと目に焼き付いている。その姿が生姜焼きを頬張っているところなのは我ながらいかがなものかと思うが、そんな有り様を好ましく思ってしまったのだから自業自得というものだろう。

 大学に入るまで異性とほとんど接点のない人生を歩んできた俺であっても誰かを好きになることはないではなかったが、一目惚れというのははじめての経験だった。

 人は外面より内面と日頃から主張しているくせに美人相手に一目惚れとは、我ながら言動不一致も甚だしい。

 まあ、誰かに一目惚れしたからといって俺の人生が大きく変化することもないだろうが。

 彼女は俺の後輩だと言っていたから大学内ですれ違うことはあるだろうが、だからといって彼女に話しかけたりだなんだとするつもりはない。遠目にその姿を眺めることがせいぜいだろう。所詮名前も知らない相手であるし。

 今はそんなことよりも、間が空いてしまって満腹感を感じ始めた状況でどうやって冷めた生姜焼き定食を消化するかが問題だった。

 これを食べきったら午後の講義は身が入らないだろうなと、俺は諦めの境地でもそもそと生姜焼き定食を口に詰め込みはじめる。

 そうやって脂身のくどさに辟易としながら手と顎を動かしている間も、脳裏には彼女の姿がチラついていた。


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