「お話の途中でしたが…四ノ崎さん。シャーレオフィスに到着しました。」
「…!あー、もう着いたんだ…ここまでありがとうね、カンナちゃん。」
「なんか、あっという間だったっすね?んじゃ、私たちも降りましょっか。」
2人と色々話をしていたが、車はある建物の前で停車した。
運転席から降りたカンナちゃんに続いて、私とコノカちゃんも後部ドアから降り、地面に足をつける。
そして、陽の光を弾き返すように輝く、巨大なガラス張りのビルが目の前にそびえ立っていた。
それは圧倒されるほどの高さで……いや、想像以上の大きさだな?
「おぉー…想像の五倍くらい大きいねー…?…弟、シャーレの先生になってから、本当にこのビルで働いてたの?1人だと持て余しそ〜…」
「そうっすね。まあ、先生以外にも、ここにはキヴォトス中の生徒がひっきりなしに来てはいたので、毎日繁盛はしてたみたいっす。」
「へぇー…こんな高層な建物にあまり入ったことないから、なんか見てるだけで変に緊張しちゃうな……たしか、この中も色んな施設があるんだよね?自由にそんなところに行けるのは、かなり魅力的だねぇ…」
先ほどプラナちゃんにこっそり頼んで、このビルの構造が描かれている写真を見せてもらったが、充実した設備が色々と整っていた印象だ。
水回りは当然として、個室として休憩室、さらには図書館…そして、見慣れないが射撃訓練場などなど…
ふむ……もしかして、アイツ…意外と贅沢な生活してたか?
「そうですね…しかし、先生は基本的には業務などで、ほとんどの時間を一つの部屋で過ごしていました。加えて生徒からの要望があれば、すぐに向かっていたため、自由時間はあまりなかったでしょうね…」
「……え?…それ本当?」
「姉御の言った通りっすね?むしろ、シャーレにいる時間が少ないんじゃないかって思うほど、生徒(私たち)に時間を割いてくれてましたからね?…業務量も相まって、連続徹夜だったみたいっす…」
……すまない、弟よ…
羨ましいぞー、このやろう…って、内心思っていたけど…実際はアンタもアンタで大変だったみたいだね…?
今の私の歳から逆算して、アイツは多分新卒くらいでキヴォトスへ来たはずだ…それで連日の徹夜やらなにやら…
いや…うん……どれくらい大変だったかは、この子たちの苦笑からなんとなく察するよ…
「…お話はここまでにして、そろそろ入り口まで向かいましょう。連邦生徒会より、『行政官』がお待ちしているはずです。」
「…?連邦生徒会の…『行政官』?」
「…あれ?ご存知なかったんすか?お姉さんがキヴォトスに来るにあたって、連邦生徒会長からシャーレオフィスの案内とかを任されていたみたいっすけど?」
私は歩き出そうとした2人の後ろで思わず疑問の声をあげてしまった。
…これは、今になって初めて聞くような内容だ…
私…またメールの内容を見落としてたのかな…?
「いや、うん…実は弟が亡くなったっていう連絡しかもらってなくて…その行政官っていう人についても、今初めて聞かされたかも…」
「……マジっすか?」
「ま、まあ…!とりあえずその人のところに行こっか!かなり待たせて不安にさせちゃってるだろうし…!」
「…そうですね。」
連邦生徒会…私がキヴォトスへ来るキッカケとなった組織だ。
プラナちゃんから話は聞いていたが、それでも色々とまだ輪郭くらいしか掴めていない…
……そういえば、なんで連邦生徒会は私をキヴォトスへ呼んだんだ?
「『リン行政官』。先生のご親族である四ノ崎さんをお連れしました。」
「(……!この子が…)」
考えごとをしているうちに、いつの間にかビルの入り口まで来ていた。
そしてそこに、以前どこかで見たような服装に身を包み、これまた大人びていて眼鏡をかけている女性が立っていた。
「…お疲れ様です、カンナさん。こちらまでの先生のご親族をお連れしていたただき、感謝します。…四ノ崎さん、貴方が銃撃戦に巻き込まれたと連絡を受けた時は、血の気が引きました…」
「うっ……ご、ごめんね…?本当ならキヴォトスについてから、連絡を返せばよかったんだけど、勝手に出歩いちゃって…」
「…いえ。私たちも数時間前に、連邦生徒会長から先生のお姉様である貴方がキヴォトスにいらっしゃるとお話を聞かされました…本当はもっと周囲の警備を厳重にした上で、お迎えしたかったのですが…」
「(…!リンちゃんも、私が来ることを知らなかった…?)あっ…い、いや…!キヴォトスについての認識が甘かった私のせいだから、あまり気にしないでいいよ?!」
…おかしい。
ここへきて、少しおかしな点が浮かんできたぞ?
数日前、連絡をくれた名義はたしかに『連邦生徒会』のはずだ。
そしてリンちゃんは、その連邦生徒会でも上の立場の生徒…けど、何も聞かされていなかった?
…じゃあ、私に連絡をくれたのは、その連邦生徒会長の個人によるものということ?
「…しかし、こうしてお姉様がお怪我を負わせてしまったのは事実です。先生と同じように、銃弾一つが致命傷となる貴方を…」
「…申し訳ございません、行政官…それは私たちが…」
「……!」
…あー…マズイ…
顔やら手の甲やら、服で隠れていない部分に貼られているガーゼやら湿布……やっぱり目立っちゃうよな…
……この責任を負うべきは、私なのにな…
「…私は本当に大丈夫だよ?最後に危険な場所に飛び込んでいったのは、こっちの勝手な行動だったからね…だから、カンナちゃんやコノカちゃんの責任はないよ?それに…リンちゃんにもね?」
「……!四ノ崎さん…」
「これは、キヴォトスの日常を知らないのに、無理に踏み込んだ私の責任…だからさ?今回のことで責任を誰かが負う必要はないと私は思うんだけどー……ははは、どうかな…?」
『郷に入っては郷に従え』という言葉があるように、今回のことは私の責任だ。
たしかに私のいる世界とこのキヴォトスは…もう、根底から違う。
ここは銃弾が飛び交うのが当たり前の世界…それがこの世界での常識。
だから、この子たちのが責任を負う必要はないというのが、私の見解だ。
「…貴方も先生と同じくらい、生徒思いな方なのですね、四ノ崎さん?」
「…そう言ってもらえるのは嬉しいけど〜……ハイッ!とりあえずもう、この話はやめにしよう!一難去ったのに暗いままなのは、いけないからさ!」
沈んだ空気を振り払うように、私はパンッと手を叩いた。
控えめにだが、それでも全員の視線がこちらに集まる。
いつまでも私のせいで暗い空気のままでいさせるのは忍びない。
私のこの言葉に、リンちゃんはため息を飲み込むようにしながら口を開いた。
「……分かりました。貴方がそうおっしゃるのなら…」
「ふふ、ありがとうね、リンちゃん?」
「リンちゃんと呼ぶのはやめて下さい。」
リンちゃんはちらと私を見上げ、ほんのわずかに眉を寄せたまま、目を閉じた。
それでも、私の言葉に真っ向から返してくれるところは、どこかリンちゃんなりの誠実さなのかもしれない。
…と、そこへカンナちゃんが少し躊躇うように一歩前に出て、真面目な顔つきでこちらを見た。
「…四ノ崎さん。最後に私からも局長として今回のこと…」
「あ、それも大丈夫だよ、カンナちゃん?でもねぇ…美味しいご飯屋さんとか、教えてもらえたら嬉しいなー…って?」
冗談めかしながらも、私はカンナちゃんの目をまっすぐに見つめる。
…深く謝られるよりも、もう少しだけこんな話がしたかった。
「…後ほど、個人的にですが、お伝えします。」
カンナちゃんの犬耳がピクリと揺れた気がした。
…それでもまだ、何か自分の中で腑に落ちていないようだ。
まあ…だが、こういう時こそ光るのが、コノカちゃんの存在だ。
「そんじゃあ、お姉さん。私たちはここらへんで失礼するっす。」
「あっ、ちょっと待ってもらえないかな、コノカちゃん?」
「…んえ?どうしたんすか、お姉さん?」
私はカンナちゃんに続いて背を向けて車に戻ろうとしたコノカちゃんを呼び止める。
呼び止められて振り向いたコノカちゃんは不思議そうな表情をしているが、特に何か悪いことを言うつもりはない……うん、決してない。
立ち止まったコノカちゃんに近づき、少し腰を折って小声で言葉を伝える。
「(…コノカちゃん。後でモモトーク…だったよね?それでコノカちゃんとカンナちゃんの好きなものについて、教えてくれる?)」
「(え?それは構いませんけど…急にどうしたんすか?)」
コノカちゃんは一瞬まばたきをして、それから驚いたように目を丸くする。
戸惑いが混じった声色…でも、警戒はしていない様子なのが嬉しい。
「(今回迷惑をかけちゃったお詫びとして、何か渡そうと思ってね?…問題は渡し方についてなんだけど…)」
「(え、本当にいいんすか、お姉さん!?…でも、渡し方ってどう言うことっすか?)」
小首をかしげながらも、嬉しそうにするコノカちゃんが視界の端に入った。
その柔らかな動きが、少し微笑ましい。
「(カンナちゃんってさ…ビックリさせる系のドッキリ、苦手かな?)」
「(………はい?)」
私の言葉に、コノカちゃんはしばし黙り込んだ。
まぁ、こういう反応になるのは想定はしていたが…
そしてじわじわと顔をしかめながら、目を細める。
「(……それ、姉御にマジでやる気っすか…?)」
「(うん、大マジで。)」
私は頬を緩ませ、真っ直ぐ視線を向けながら、胸元でそっと親指を立ててみせる。
その姿にコノカちゃんは大きくため息をつき、両手を腰に当てた。
「(それ、私も共犯になるんすけど……というか、こう伝えてきたってことは、なれって事っすよね…?)」
「(そんなつもりはないよ〜…計画から実行までは、私の独断ってことだからね。責任はもちろん私に全投げでいいからさー…後で色々と教えてもらえる?)」
私が軽くウインクをすると、コノカちゃんは眉をひそめながらも、ゆっくりとうなずいた。
…おや?この反応をしてくれたということは…
「(……そこまで行ったら、一緒に骨を埋めますよ。お姉さん…)」
「(…!はは、ありがとね♪)」
思わず嬉しくなって、手のひらで彼女の肩を軽くポンと叩いた。
こうして軽くコノカちゃんと言葉を交わした後に、私は離れていく2人の背中を見送る。
そして待たせていたリンちゃんの方を振り返ってみると、私のことを怪訝そうな表情で見つめていた。
「……悪戯は、ほどほどにしておいて下さいね?四ノ崎さん。」
「…あれ、聞こえちゃってたかな?…でも、これくらいしたら、なんだかいい感じに距離感が縮まるんじゃないかって思ってね…?」
私は肩をすくめながら、コノカちゃんに提案したわけを話した。
これはただの悪戯ではなく、しっかりと目的があるものである……うん、これは確かだ。
「貴方にもなんだか子供っぽいところがあるんですね?」
だが、リンちゃんは短く息を吐き、小さく首を振った。
これはきっと、皮肉ではなく本音。
私は思わず表情を固くしながら、指で頬を掻いた。
「まあー…普段は、ちゃんと先生しているつもりだからさ…?」
「……そうですか…では、これからシャーレオフィスへご案内します。くれぐれも道に迷わないよう、離れないで着いてきて下さいね?」
リンちゃんはくるりと踵を返し、つかつかと歩き出す。
背中はしっかりとした足取りだが、その言い回しにはどこか、年下が年上を気遣うような遠回しの皮肉が混ざっていた。
「…もしかして、本当に子供みたいに思われてる、私?」
「はい。少なくとも、今のやり取りを聞いた限りでは。」
「うっ…」
私は小走りでリンちゃんに追いつきながら、苦笑まじりに問いかける。
すると、リンちゃんはぴたりと足を止めて私をちらりと横目で見ると、きっぱりとそう言った。
あまりにも即答だったので、思わず目を細めて顔をしかめてしまう。
「……手厳しいね、リンちゃん…」
「ですから、リンちゃん呼びはやめて下さい。」
少し呆れたような表情を私に向けるリンちゃんに私は着いていく。
しかしなぜだろうか…私も、やはり段々と自分が昔に戻っているような感覚があるなぁ…
何かが解けていく感覚…これも少しだけ、キヴォトスの空気に絆されたせいだろうか?
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これは後日談になるが、モモトークを通じて私は約束通り、2人と食事に行った。
そしてそこで、2人の好きなもの(カンナちゃんには最初はビックリ箱)を渡したのだが……その時のカンナちゃんのリアクションは、よく残っている。
あの特徴的な犬耳がピンと立っていたのが、中々良かったなぁ…
…まぁ、その後でしっかりとコノカちゃんと共に、叱られたのだが…
…2人との距離は、縮まったのではないかなぁ…とは思う……多分…