リンちゃんの後ろをついてビルの自動ドアをくぐると、目の前に光がふわりと広がった。
まぶしさに瞬きをひとつ… ここは、エントランスホールだろうか?
すぐに、広々とした全景が目に飛び込んでくる……わぉ、すんごい広い。
奥まではさすがに見えないけれど、ガラス扉越しにいくつもの施設が繋がっているのがぼんやりと分かる。
たぶん、後でプラナちゃんにもらった施設のデータ、ちゃんと読み返した方が良さそうだな…
「四ノ崎さん。こちら、オフィス入場のために必要な入館許可証となります。キヴォトス滞在中は、こちらを首に掛けてお過ごしください。」
「あっ、ありがとうね?リンちゃん。」
リンちゃんから差し出されたネックストラップを受け取り、ゆっくりと首にかける。
こういうの首にかけるの、研修の時以来かもしれない。
不思議だなぁ…なんだか、その時と同じようなくすぐったい緊張感が胸の奥にある…
私はどこか落ち着かない気分のまま、周囲の景色にちらちらと視線を向けながら、再びリンちゃんの後ろに続いた。
「…四ノ崎さん。連邦生徒会長からの連絡を受けて、キヴォトスへお越しになったと伺っています。」
「…!う、うん、そー…だね?でも、それをリンちゃんを含めた他の人たちも知らされてなかったんだよね…?」
「その通りです…本当は四ノ崎さんをお呼びした生徒会長が、直々にお出迎えして案内役を務めるべきなのですが…どうしても私に任せてほしいと……かなり強く懇願されまして、このような形に…」
「…そんなに?……でも、気にしなくて大丈夫だよ。会長さんがキヴォトスで一番上の立場で大変なんでしょ? それなら忙しいのは、当然のことだし…」
「……ご理解いただき、感謝します。」
上階へ行くためのエレベーター前で立ち止まっていると、リンちゃんの表情に一瞬だけ複雑な陰りが浮かんだ。
やっぱり……リンちゃんも私がキヴォトスへ来ることを、直前まで知らなかったんだ…
それは、仕方のないこと。
でも……生徒会長に対して、どこか釈然としていないような……そんな表情をしていた。
「…確認となりますが。四ノ崎さんが現在ご存じなのは、『先生である弟さんの死』についてのみ、でお間違いないですね?」
「……うん。電話とメールがきて、弟が亡くなったことと、このキヴォトスへの行き方について知ったくらいだね?……それでーー」
その瞬間、会話の途中だったがエレベーターの到着音が会話を遮った。
私は言葉を飲み込み、リンちゃんと一緒に無言で乗り込む。
そしてリンちゃんは、このビルの中階層へ向かうボタンを押した。
エレベーターは広く、ガラス張りの窓の外にD.U.地区の街並みがパノラマのように広がっていた。
遠くで何かが動いているように見える…風景は穏やかで、綺麗だった。
……それでも私はどこかで、景色に集中できなかった。
なんとなく胸の奥に引っかかっていた違和感が、じわじわと形になり始めていた。
「……ねぇ、リンちゃん。弟が亡くなった原因…教えてもらえる?」
「……!」
エレベーターが静かに動き出し、足元に重みを感じる。
上昇とともに、窓の向こうに広がる景色も少しずつ広がっていった。
私はぼんやりとその景色を眺めながら、初めて直接弟についての質問を行った。
「……私みたいに、銃撃に巻き込まれたの?それとも…不慮の事故?」
……だがこうして外を眺めているのは…別に興味があるというわけではない。
……ただ、私の顔を見せたくなかった。
その理由が、1番大きいかもしれない。
私も、今の自分がどんな表情をしているのか分からないから。
だから……誰にも、顔を見られたくないと思った。
「……銃撃や事故に巻き込まれたわけではありません。先生は…数ヶ月前のある日、突如として自力で動くのが困難になるほどまで体が弱りました。その原因は……申し訳ございません…今も分かっていません…」
「……そうなんだ。弟は、色んな人に慕われてたって聞いてたんだ?キヴォトスで混乱が起こったりとか、しなかったの?」
アイツは…シャーレな先生は、問題が発生したり生徒の呼び出しのお願いがあれば、業務を放り投げてでもすぐに駆けつけたらしい。
それを聞いただけでも、私が知っているアイツの面影があるように感じた。
これを踏まえて考えれば…キヴォトスで混乱が発生するのは必至だ。
「…先生が倒れてから最初の時期は、たしかにその衝撃によって様々な場所で混乱が発生しました……しかし先生は、それを鎮静化させるために無理矢理動き続けていました。」
「…………」
私が言葉を発さないでいるうちに、エレベーターは目的の階に到着して扉が開いた。
リンちゃんが降りたのを背中越しに感じ取って、それに続いて私もついていく。
でも……なんでかな?
外の景色、ずっと見ていたはずなのに…色も形がどんなものだったか、もう思い出せないや。
「……様々な場所に赴いていましたが、体は次第に動かなくなり…先生は、寝たきりの状態となりました。その後も先生の元へやって来た生徒への応対を行い続け、自分が亡くなってからでも問題ないように様々な整備を行い……3週間ほど前に、亡くなりました…」
「(………ぁ…)」
…これを聞いて思い返してみれば、何度もきたあの非通知の電話…
そうだった…あれも3週間くらい前から毎日来ていたものだ。
何度着信拒否しても、何度もかかり続けてきたあの電話は…
キヴォトスに初めて足を踏み入れてから見た記事、そして今のリンちゃん言葉……3週間前…
…今になって、ようやく気が付いた。
もしかして……アレはーー
「(………わた…し…)…そっか……最後まで、自分のすべきことはしていたんだ。だから、弟がいなくなっても、大きな騒動は起こってないんだね?」
……たしかに、思うことはある。
だが、今だけは……浮かび上がってきたこの可能性については、考えないようにした…
……そうしないと…ダメだ。
「…はい。先生は、亡くなる寸前まで私たちを心配させないよう、お話をされていました…」
少し薄暗い廊下を進みながら、私とリンちゃんは話を続ける。
…たしか、プラナちゃんはこう言っていた。
アイツが死んだあとでも、問題の発生率は連邦生徒会長の失踪前よりも低くなっていると…
シャーレの先生が亡くなった後でも、生徒たちは皆立ち止まることなく問題が発生しても自分たちの力で解決をする…そのような現状らしい。
……本当に、最後までキヴォトスのために尽力したんだな……あの子…
「……ありがとうね、リンちゃん。ひとまず私が聞きたかったこと…やっと聞くことができたよ…」
「…そう、ですか…」
「…でも、私がここまで生徒会長に呼び出された理由については、まだあんまり分かっていなくてね?もちろん、私に弟が亡くなったことを伝えて、それを悼めさせるために呼んだってことは分かるんだけど…」
なぜか湧き上がる言いようのない感情を、私は静かに押し込める。
表情が崩れないように、それだけを考えて言葉をつないだ。
キヴォトスへの道順が提示されているのなら、私はいつでもここへ向かうことはできた。
だが、生徒会長の子がすぐに私をここへ連れてきたかった理由…それについては、私はまだ分からずにいる。
「…私が聞かされた生徒会長が四ノ崎さんをお呼びした理由には、たしかにそれが含まれますが…大きな理由としては、それと共に『弟さんの遺品』をどうするか…四ノ崎に判断してもらいたかったようです。」
「……あっ、そっか…たしかに、それも必要なことか…」
…そうだった…これは別に深い意味もない、当然な理由だ。
亡くなった人の遺族に、その遺品を受け渡す…理由を聞いただけでも納得できるような理由だ。
……だが、なぜだろうか?
なんだか…この理由を聞いても、これだけではない形容しがたい『違和感』が、なぜか胸に引っかかって残り続けている…
「……これが、生徒会長が先生の親族である、四ノ崎さんをキヴォトスへお呼びした理由です。」
違和感を抱えている私名前でリンちゃんはそう言うと、とある扉の前で止まってじっとそれを眺めた。
このビルに入ってきてから何度も似たような扉は目に入れてきた。
しかし…なんだか、この先だけ違うような気がする。
「……リンちゃん?なんでここで止まって…」
「…目的地に到着したからです。この先が、四ノ崎さんに案内したかった場所……シャーレオフィスとなります。」
「……!!」
より鮮明に、リンちゃんの声が私の耳に反響するように広がりながら届く。
そして、ここでやっと苦しそうにしているリンちゃんの表情を見て、私も目の前の扉の先に何があるのかを理解した。
ーーーここだ…
この扉の先で…キヴォトスで発生した出来事を処理するために、連日徹夜していた…
この扉の先で…当番としてやってきた生徒たちと顔を合わせ、時には一緒に笑い合っていた…
この扉の先で…私の目の前から消えたアイツは、シャーレの先生として生きていた…
ーーーそうなんだ…本当に、もう目の前にあるんだ…
この扉の先こそが、アイツがこのキヴォトスで生きてきた証が詰まっている場所なんだ…
「…………」
私の心臓はこれまでにないほど早く、そして大きく鼓動していた。
アイツと離れてから何年……だったろうか?
ダメだ…もう細かい年月を思い出せないほど、頭が回らない…
体が、思うように動かない…自然と呼吸も荒くなっている…
……なんで私は…こんな…
「……本当に、ここがアイツ…っ…弟が、業務をこなしていたっていう…オフィス…?」
「…はい、そうなります。」
リンちゃんは一呼吸おいてそう言うと、目の前の扉に手をかけた。
私はなぜか、反射的にその行動を止めそうになったが、ぐっと堪えて露わになっていく扉の先を目を向けた。
……扉が開く。
だがそれが、私の目には恐ろしいほどに遅く感じられた。
「(ハァッ…ハァッ…!)」
…手が、無意識にストラップとネクタイを握り締めている。
もう取り繕えなくなりそうなくらい…呼吸が苦しい。
瞬きすらできず、目の奥が渇いてパチパチと痛む。
…だが、それでも目を逸らそうなんて考えは…浮かび上がってこなかった。
ーーーそうして、扉は完全に開かれた。