窓から差し込む光が、さっきまでよりも少し柔らかくなっていた。
時計を見れば、もう午後3時。
外の喧騒も、どこかゆるやかに沈んでいく気がする。
ああ、こんな時間、学生ならそわそわしてくる頃だよね……帰り道や寄り道、そんな楽しさが頭をよぎる時間だ。
だが…この時間帯になると、一つ乗り越えるべき事象が発生する。
「ふむふむ…エンジェル24っていうコンビニがあるから、ここで食事の補給はできるのね……え、何コレ?休憩室にバー完備…至れり尽くせりって感じだなぁ……やっぱり、1人に与えるには豪華な設備多くないかな…?」
私はソファに腰掛け、スマホの画面を指でなぞりながら、シャーレの施設情報を眺めていた。
そこに映るのは、どう見ても普通じゃないオフィスの数々。
思わず画面を食い入るように覗き込んでしまう。
「『シャーレの先生の業務は多忙でしたからね。効率化を図るためにも、この建物内で完結できることが多いんです。』」
「…そーなんだ…いいなぁ、これ……設備だけでも、私の住んでるところに持っていきたいよ…」
…私は気持ちを切り替えて、オフィス内の片付けをしようとしていた。
そして行動に移そうとしたんだけど……意外とこのオフィス内は綺麗で、私が手を加えれる部分がほとんどなさそうだった。
リンちゃんは、ちょくちょく生徒たちがここに出入りしていると言っていたが、その影響もあるのだろうか?
…まぁ、学校関係の書類やデータは、すでに引き継ぎなどを済ませているだろうし……そうなれば、あとはアイツの私物くらいってことになるかな?
「…ここに泊まるにあたって、あとで休憩室も直接見に行かないとね…(…あっ、この
つまり…私のすべきことは、想像以上に少ないのである。
そのため、私はとりあえずこの部屋の中にあったお茶やお菓子などを食べながら、プラナちゃんと共に施設内の情報を頭に入れていた。
お茶を口に運ぶと自然と頬が緩み、クッキーの甘さ控えめのサクサク感とバターの濃厚な味に舌鼓を打つ。
キヴォトスの色んな情報を入れた後に、さらに上乗せ…まあ、私としては楽しくできてるから何も言うことはない。
「(…本当に美味しいな……今日だけで色々あったから染み渡る〜…)」
しかしこの時間帯……やはり、誰であっても腹は空くものだ。
故に合法だ、誰にもこうして私のおやつ時間を邪魔する権利などない。
プラナちゃん曰く、これらは私の歓迎のために置いていたものらしいが…誰が置いてくれたんだろ?
「はぁ〜〜…ありがとう、プラナちゃん。おかげでこのビル内の場所とかは頭に入ったよ。それに、お菓子とお茶も最高に美味しかったよ?」
「『ふふ…それは良かったです、お姉さん。そちらは先生もお好きだったもので、味わってもらえて私も嬉しいです。…他に知りたいことはありますか?』」
あぁ〜、どっちもほんっと美味しかったな…
…アイツも、こんなの食べながら過ごしてたのかな…?
……うん、帰る前にどうにかしてもう一回食べたいし…この二つの学校に行くことになったら、ポケットマネーで買おう。
「…………」
「『…?どうかしましたか、お姉さん?』」
…それにしても、キヴォトスの技術ってすごいな…本当に目の前で出てる。
こんな風に、スマホからホログラムを出して会話できるんだ…
やっぱりこういうCGとかでしか見たことない技術、見惚れちゃうよなぁー…
しかも、プラナちゃんのさっき嬉しそうな笑顔、良かったなぁ…
相変わらず、かわいい……見てるだけで癒されるー…
「…うーん?いや、何でもないよ…そうだねー、知りたいこと……あっ、じゃあ、このキヴォトスにある学校の地図とかをーー」
こうしてお茶やお菓子を吟味し、満足度の高い時間を過ごしていると、突如として備え付けてあるインターホンが鳴った。
「わあぁっ…!…いっ…たぁっ!?」
「『…!お姉さん、大丈夫ですか…!』」
その音に体を跳ね上げてビックリしたことで、また怪我しているところから鋭い痛みが走ってくる。
プラナちゃんの心配の声が聞こえてきたが、すぐに視線を向けて無理矢理だが笑みを作って見せる。
「いっつつ…だ、大丈夫…!……だ、誰か来たの…?」
「『…どうやら、『ミレニアム』より生徒の方がいらっしゃったようです。お姉さんがシャーレにいることを、把握した上での訪問のようですね…』」
「…えっ…ミ、ミレニアムの子…!?…というか、もう私のいる場所特定されちゃったの…?!」
「『…はい、そのようですね。』」
『ミレニアム』…これはたしか、新興の学園ながらキヴォトスの三大校の一つに分類されている学校。
高い技術力を誇り、このキヴォトスに広がる最新鋭の技術の多くが、ミレニアムの生徒たちの手が加わっているらしい。
…とりあえず世に蔓延る天才たちの作り出すもので、悠々と暮らしている私なんかとは……うん、まったく縁がない遙か上の世界って感じだ。
……ということは、このホログラムプラナちゃんも、ミレニアムの技術によるものだろうか?
「そ、そうなんだ…それにしても、すごい早さで会いに来たね…?たしかに話してみたいとは思ってたけど、こんなフットワークが軽いなんて…」
「『…それほどまで、現在このキヴォトス内でお姉さんは注目されているということです。』」
「うぅ…光栄なことなんだろうけど、そんな風に注目されるのって…やっぱり気恥ずかしいし、ちょっと怖いかも…?…ハハ…それにしても、こんなに早くここに来るなんて…もしかして、盗聴とか監視でもされちゃたりしてるのかなぁ…?」
「『…………』」
「なーん…て……えっ……プ、プラナちゃん…?!その意味深な沈黙はなに…!?」
…苦笑いを浮かべ、冗談半分で言ったことだが…露骨にプラナちゃんが私から視線を視線を泳がせて、口を閉じた。
えっ、いや……本当に私の行動ってミレニアムの子たちに筒抜けなの?
どうしよう…そうなれば、銃撃だけじゃなくこういう情報方面でもキヴォトスが怖く感じてくるぞぉ…
「や、やっぱりそういうことなの…?えっ…もしかして、私ってもう…プライバシーとか、無くなってたりする…? 」
「『…大丈夫です、お姉さん。今回は、あくまでお姉さんが『シャーレにいた』ことで、ミレニアムの生徒さんに居場所を把握された形になりました。…ですが、もし仮にスマホなどからお姉さんの位置を特定されそうになっても、その時は私がお守りしますので心配しないで下さい。』」
「お、おぉ〜…それなら本当に助かるよ、プラナちゃ……あっ!すぐに出ます…!」
…少し気になる気になることを言っていたが、今は置いておこう。
キヴォトスで注意すべき新たな脅威?とプラナちゃんの優秀さの感動によって忘れかけていたが、やってきたのはあくまで私に会いにきたと言う生徒だ。
2度目のインターホンが鳴ったことでそのことを思い出し、私はプラナちゃんの映るスマホを手に取り、ソファから立ち上がって、慌てて音の方へと駆け出した。
しかし…一体どんな子が来たのだろうか…?
「え、えっと…これ、どうすればいいかな、プラナちゃん…?!わ、私が想像してたインターホンと全く違うんだけど…!?」
急いで椅子に着席し、周りを見てみるが…見慣れないものがあった。
…デスクの上に、電話のように置かれている何かがある……もしかしてこれがインターホンの代わり?
見た感じ、これから音が聞こえているが…一体なんだこれは…?
透明なパネルに浮かぶ光のアイコン。
手を近づけると微かに反応するような、そんな不思議な質感だ。
たしか、浮かび上がっているこれはシャーレのマークだったような…?
こんな近未来感のすごいパネルに……数個のボタン…
ダ、ダメだ……私が知っている世界と勝手が違いすぎるぞ…
「『お姉さんの目の前にあるものが、この場所とエントランスを繋いでいるインターホンです。パネルの下にあるボタンを押すことによって、エントランスに来た生徒さんと会話が可能になります。』」
「あ、ありがとうっ…!」
私は焦っている勢いのまま、プラナちゃんに感謝の言葉を向ける。
言われた通りにボタンを押した瞬間、青白い光が一瞬走ったかと思うと、パネルの上にホログラムが展開される。
そして、まるで立体映像のように2人の少女の姿が浮かび上がった。
「『ハァッ、ハァッ…あっ、返ってきてくれたわ…!』
1人は
その視線に押されて、私は反射的に背もたれへと身を引いてしまった。
かなり急いできたのだろうか…息が上がって膝に手をついているな…
白いジャケットに黒いブレザー…これがミレニアムの制服だろうか?
「『と、突然失礼します!ミレニアムサイエンススクールより参りました、セミナー所属『
……うん、元気そうな子だ。
一目見た感想だが、想像していたよりずっと素直そうな子だ…悪い印象は全くない。
しかし『セミナー』か…たしかこれは、ミレニアムの生徒会の名前だったはず…
「こ、こんにちは〜…えーっと、ユウカちゃん?」
「……!せ、先生…!?」
おぉ、すっごい…反応的にあっちからでも私の姿が見えるのかな?
ユウカちゃん、まるで見間違えたかのような目を見開いてるなぁ…
…それにしても、コノカちゃんの時もそうだったけど、先生か…私ってそんなに弟に似てるのかなぁ…?
うーん……やっぱり、実感が湧かないなぁ…
「『…この方は先生のお姉様ですよ、ユウカちゃん?』」
「『わ、分かってるわよ、『ノア』…!』」
そしてもう1人、ユウカちゃんの隣には雰囲気から立ち姿まで、色々と対照的な少女がいる。
真っ白なストレートの長髪に、白を基調としたブレザーとジャケット…私の目に見える範囲のほとんどが白で統一されていた。
白で統一された姿は、まるで無機質な彫像みたいで……けれど、目元にはどこか茶目っ気も感じる。
そして、その雰囲気や姿から違わず冷静沈着で丁寧な口調だ。
ユウカちゃんへ向けている微笑みから、仲が良さそうなのが見て取れる。
「『…ご紹介遅れました。同じくミレニアムサイエンススクールから参りました、セミナー所属『
ノアちゃん…この子もまた、セミナー所属のようだ。
しかし、ユウカちゃんと同じように、いい子そうなオーラが出ているが……なぜだろう?
どこか、無邪気ないたずらっぽさを感じるような気がする…
これは野生の……いや、第六感というやつだろうか…?
「あなたはノアちゃんね?こんにちは〜…そうだね?私がシャーレの先生の姉の四ノ崎…で、あってますよ?は、初めまして〜?」
あぁ、上手く口が回らない…この2人に圧倒されているなぁ、私…
しかし私を見る2人の目、なんだかすごいな?
こうしてホログラム越しなのに、まるで目の前本人たちがいるように凝視されているのを、マジマジと感じるような感覚だ…
「えーっと……私も色々と聞きたいことがあるから…とりあえず、実際に会って話そっか?私がそっちに向かえば…」
「『いえ!私たちが直接そちらへお伺いしますので、お姉さんはそこでお待ちください!ほら、早く行くわよ、ノア!』」
「あっ、そんなに急がなくてもー…」
「『ふふ、ユウカちゃんったら…では、四ノ崎さん。またすぐ後ほど♪』」
「う、うん?待ってるね?」
2人はそう言い残して、ホログラムも消えて沈黙が流れる。
私は今の嵐のように過ぎ去った時間によって、椅子に深く体を預けて数秒動けずにいた。
だが、デスクの上に置いていたスマホの中のプラナちゃんを見て、ハッと意識を取り戻した。
「………プラナちゃん?」
「『はい。なんでしょうか、お姉さん?』」
「……もしかしてだけど、キヴォトスの子たちって…全員が個性が物凄く強い子たちなのかな?それで、そんな子たちが…ひっきりなしに弟のところに来てたってこと?」
「『…そうですね。お姉さんの想像する通りかと…』」
「………そっか〜…」
ははは…私、これから先、もっとすごい子たちと会うのかな…
……弟よ…私は今初めてアンタが、シャーレの先生がすごく大変だということを……少し身をもって理解できた気がするよ…
いや、うん……シャーレの先生って、本当に大変な立場だったんだね?
お姉ちゃん…もう頭の中が渋滞寸前だよ…