青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第十三話〉セミナーよりご挨拶

 

「えーっと…あまり、気を遣わなくていいからね?元々ここにあるものは私がもらったものだし、遠慮なく飲み食いしても大丈夫だよ?」

 

 私はそう言って、ローテーブルに湯気の立つお茶と、まだ残っていたクッキーを並べた。

 そして、このローテーブルを挟んで正面のソファに並んで座っているのは、私がシャーレにいると知ってやってきた2人の生徒。

 ミレニアムの生徒会である『セミナー』の会計ユウカちゃんと、書記のノアちゃん。

 

 …お茶の湯気が静かに揺れる中、2人はそろってこちらをじっと見つめていた。

 なんだか……視線がくすぐったい…

 こうして迎えるのは初めてだから、やっぱりちょっと緊張するなぁ…

 

「は、はい!ありがとうございます、四ノ崎さん…!」

 

「(あら、これはもしや…)…ありがとうございます。では、ご馳走になりますね?四ノ崎さん。」

 

 やや緊張気味に、ユウカちゃんが背筋を伸ばして頭を下げる。

 対してノアちゃんは、微笑を浮かべながらもじっと観察するような瞳を向けてきた。

 

「どうぞどうぞ〜……あっ、呼びにくかったら、別に私のことは『お姉さん』呼びでも大丈夫だからね?」

 

「い、いえ…!今日初めて会ったのにそれはちょっと…」

 

「分かりました、お姉さん♪」

 

「ノア!?」

 

 思わず立ち上がりそうになるユウカちゃん。

 ノアちゃんのこのマイペースさに、私は思わず笑ってしまう。

 

「ははは…それにしても、まさかこうも早く学校の中心にいる子たちが来るなんて、全然思ってなかったよ?……あっ、クッキー美味しい?」

 

「はい、とても♪」

 

「あっ!急に押しかける形になって、本当にすみません…!で、ですが…先生のお姉さんが、キヴォトスに来ていらっしゃるというのを聞いて、いてもたってもいられず…」

 

 ユウカちゃんは少し俯きながら、手のひらでお茶の湯呑みを包むようにしていた。

 その仕草が、なんだか健気で可愛らしい。

 

「あぁ、全然大丈夫だよ?たしかにビックリはしたけど…こうして弟の生徒さんとは、話をしてみたいと思ってたからね?だからそんなに気にしないでいいよ、ユウカちゃん?」

 

「はい…ありがとうございます…」

 

 ノアちゃんに続いて、ユウカちゃんもどこか申し訳なさそうに目を伏せながら、そっとクッキーを口に運ぶ。

 その食べ方にすら、緊張と気遣いがにじんで見える。

 私も、最初は戸惑いもあったけど……やっぱり話してみると、さすがはミレニアムの運営中枢を担う子たち。

 その肩書きに違わぬ、礼儀と責任感…うん、本当にしっかりしてるなぁ。

 

 でも…やっぱり、しっかりと聞いておかなければいけないことがある。

 

「…ひとつ、確認しておきたいことがあるんだけど…2人はどうやって、私がここにいるってことを知ったの?」 

 

「うっ…!そ、それは…」

 

 軽く問いかけるように言いながらも、私の中には引っかかる何かがあった。

 …プラナちゃんの「もしかして盗聴器でも…」なんて冗談を思い出しながら。

 

「…連邦生徒会から、私が来たっていう情報は広まってたみたいだけど……まぁ、うん…それにしても、いくらなんでも来るのが早すぎる気がするんだよね…」

 

「……そのことについては、私の方からお話しいたします。」

 

 ちょっと申し訳ない気持ちがありつつ、少し言葉の端々に揺さぶりを混ぜてみる。

 …でもやっぱり、何か心当たりはありそうだね?

 さっきのプラナちゃんの反応を見る限り、なんだかこの部屋の中に厄介なことがあるみたいだったし…

 

 すると、やはりユウカちゃんは目を泳がせて口をつぐんでしまった。

 代わりに、隣にいたノアちゃんがまっすぐに私へ顔を向けてくる。

 

「……正直に申し上げます。このシャーレの中には、あるミレニアム生徒が仕掛けた盗聴器があります。本人曰く、回収を忘れたまま放置してしまったそうですが…」

 

「……ん?えぇっと……と、盗聴器…?」

 

「ごめんなさい…!これ、本当のことなんです…!その生徒から一気にミレニアム中に四ノ崎さんの情報が広がって…セミナーにも情報が届いたという流れです…」

 

 2人のこの様子…これはもう、冗談やからかいでもなく、完全にマジだ。

 うわぁ、どうしよう……プラナちゃんに「盗聴器でもあるんじゃない?」って笑いながら言ってたけど、本当に当たっちゃったよ…

 

 でも、どうしてだろ…?

 こうしてはっきりと聞かされると…たしかに困惑はあった。

 だけど…驚きに関しては、心底ってほどではない。

 普通ならもっと機敏に反応するはずなのに、変にこうして冷静な自分がいることがむず痒い…

 

「(………やっぱり、本当に慣れてきた…?)」

 

 あー、そっか…あの銃撃に巻き込まれた時と比べたら、これは衝撃としては少ないからかな?

 それなら、私も納得できて……って、いや…違う、違う違う。

 受け流そうとしてたけど、普通にダメなことだという事実には変わらないからな、私?

 回収は、しっかりと頼まないとね…

 

「な、なるほど……じゃあ2人は、つまりミレニアム代表としてここに来たってことかな?…まぁ、キッカケはなんであれ?」

 

「はい、そうなります…ご心配をおかけしてしまって、申し訳ございません…」

 

 2人はこうしてきちんと経緯を話し、最後は私に向かって頭を下げた。

 でも、2人は盗聴器を仕掛けたというわけではないためここまで謝る必要はないし、私も生徒と話したかったのは事実だ。

 

 ……うん、もうこの話は十分だ。

 理由はどうあれ、せっかくの時間だし…あとは楽しく話をしたいな。

 

「あ、頭を下げなくて大丈夫だよ、2人とも!?…あ、でもー……うん。私、当分ここで過ごすことになってるから、さすがにその盗聴器は外してもらえればありがたいかなぁ…?」

 

「も、もちろんです!これ以上は盗聴しないよう釘を刺している状態です…!こちらもすぐに回収しますね!」

 

 そう言ってユウカちゃんは慌てて立ち上がり、かなり高い棚の方へ向かっていった……あそこにあるのかな?

 それにしてもあの高さ…私でも背伸びして、やっと手が上の方に届くくらいだな…

 あっ、椅子持って行った…けど、さすがに危なくない…?

 足元が少しぐらついてヒヤリとしたけれど、それでもユウカちゃんの手は迷いなく棚の奥へと伸びていった。

 

「ユ、ユウカちゃん!バランス崩したら危ないから、私が直接取るよ!?」

 

「だ、大丈夫です…!これは、ミレニアムでの問題なので…私が…!」

 

 思わず声が大きくなる。

 彼女は振り返りもせず、棚の奥を手で探りながらこう言う。

 すごいな…あの姿からでも、確かな『覚悟』がにじんでる…

 

「……うん、本当に真面目な子だね?ユウカちゃん。」

 

「…ふふ、たしかにユウカちゃんは責任感の強いですね?回収すべき盗聴器はあの棚の上にあるもののみです。ですので、お姉さんもこれ以上心配はしなくて大丈夫ですよ?」

 

 ノアちゃんが穏やかに笑いながら私に言う。

 けれどその瞳には、どこか静かな自信と信頼が宿っていた。

 

「そっかぁ……その、ありがとうね?」

 

「いえ。その言葉は私ではなくユウカちゃんにかけてあげてください。」

 

 微笑んでいるノアちゃんの言葉に、私は同じように笑みを返す。

 こうして私とノアちゃんは、ユウカちゃんの様子をただ静か見守っていた。

 ……でも、ノアちゃんのそのまなざしが、どこまでも落ち着いていて、安心しきっているのを見て、ふと気づく。

 

「…?私の顔を見て…どうしましたか、お姉さん?」

 

「……いやぁ、何でもないよ?」

 

 …多分、ノアちゃんが動かなかったのは、このようなユウカちゃんの性格を熟知してのことだろう。

 お互いに信頼が強いからこそできる行動…これだけでも、2人の仲の良さが分かるような気がする、

 

 ……本当に、素敵な関係だな…

 

「(……って、あれ?)」

 

 何気ない安心の中で、ふと頭の中に冷たいものが差し込んできた。

 …盗聴器から聞こえていた私の声を聞いて、2人はここへ来た…

 ……それはつまり、私とリンちゃんとの会話も例外ではなく…

 

「(私と…弟の過去の話も聞かれてた…!?)ね、ねぇ、ノアちゃん…!私とリン行政官がここにいたんだけど、その時の会話の内容もミレニアムに知れ渡っちゃってるの…?」

 

 しまった…焦りのあまり、声がうわずった…

 ノアちゃんも私の突如の質問に驚いてしまってるし…

 

「…!い、いえ…あくまでここにお姉さんとリン行政官がやってきた時の声が聞こえただけで、その後の会話は電波妨害されたように途切れて聞こえなくなったと聞かされています…」

 

「あっ……そ、そうなんだね…?ご、ごめんね…急にがっついて変なこと聞いちゃって…(よ、よかったぁ…聞かれてない…!でもなんで…)」

 

 あまり知れ渡ってほしくない内容だったが…どうやら、あの話は丁度機械の不具合によって広まっていなかったようだ。

 だが…やっぱり、そんな都合よく聞こえなくなることが本当にあるかと思い、理由を考えていた。

 

「(……!プラナちゃん…!!)」

 

 ……いた。

 ものすんごく頼りになる子が、私のすぐ近くに。

 きっと、私とリンちゃんが部屋に入ったあの時に気がついて、電波妨害などをしてくれたのだろう…

 本っっ当に、プラナちゃんには感謝しないといけないなぁ…

 あとでシッテムの箱の中に行って、このクッキーをたくさん持っていかなければならない。

 

「…あの?その時に何か、重要な内容のお話をリン行政官とされていたのでしょうか?」

 

 ノアちゃんの問いに、私は一瞬だけ言葉を探す。

 嘘はつけないけど……本当のことも全部は言えない。

 

「ははは……少し恥ずかしい話だけど、キヴォトスに来てから何も考えずに出歩いて、銃撃戦に巻き込まれそうになってね…?その時のことをリン行政官とね…」

 

「……そうでしたか…」

 

 ノアちゃんは小さく頷いた。

 まぁ、これは嘘ではない…実際にリンちゃんとした会話だからね?

 プラナちゃんに言われたから、あんまり表情や言動から察せられようにしてるけど…バレてないよね?

 うーん……でも、ノアちゃんの目を見てると、なにか隠してることまで見透かされてる気がするんだよね……

 

「…!!あ、あったわ…!全く『コタマ先輩』…こんなところにまだ盗聴器を隠してたなんて…!」

 

「………コタマ先輩?」

 

 ユウカちゃんの声に、私たちは思わず棚のほうに視線を向けた。

 その手の中には、さっきまで気づかなかった黒っぽい小さな装置があったが…あれが盗聴器だろうか?

 コタマちゃん……二人の先輩だというのは分かるけど、なんだか問題児の気配が滲み出てるような……

 

「盗聴器を仕掛けられていた方の名前ですね。…しかしやはりこれは、来年度の予算について、あとでしっかり精査しないとですね?」

 

「……!?」

 

 ノアちゃんの声が、わずかに低くなる。

 冷たく響いたその口調に、私は思わず背筋を伸ばした。

 うわぉ……表情には出てないけど、ノアちゃんの迫力が増した…

 

 ……うん。

 ノアちゃんが相手なら、もう私がコタマちゃんに対して、何か言う必要はなさそうだね…

 

「お、お疲れ様、ユウカちゃん!まだクッキーがあるから、沢山食べてね?!」

 

「あ、ありがとうございます…うわっ、袖が埃まみれになっちゃった…」

 

 ユウカちゃんは困った表情を浮かべながら袖を見下ろす。

 指先でぱたぱたと埃を払うその仕草が、なんとも微笑ましい。

 

「あぁ〜…ひとまずそれは脱いで、あとでローラーか洗濯をしよっか?とりあえずは、これでわだかまりもなくなったし……ここからは、心置きなく私と話そっか、ユウカちゃん♪」

 

「…!?は、はい…!」

 

「…あら♪」

 

 彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、少し顔を赤らめながら素直に頷いた。

 その反応が初々しくて、つい私はほのぼのと微笑んでしまう。

 

「ふふ、お疲れ様です。ユウカちゃん?」

 

「もう…そこまで疲れてないわよ、ノア…」

 

 ノアちゃんの雰囲気も戻り穏やかな声で労いをかけると、ユウカちゃんは少し不満げに、けれどどこか照れを隠すように言い返す。

 こうして部屋にようやく穏やかな空気が戻ってきた。

 

 ひとまず私はそっと立ち上がり、ユウカちゃんを労うために冷蔵庫にあったクッキーの箱もう一つ持ってきた。

 冷蔵庫にまだ、いくつか同じ箱に入れられたクッキーが入っている。

 でも、なんだか妙に丁寧に包装されていて、小包に入った少し大きさが不揃いなものがあったんだよね……これは、なんでだろ?

 

「(……なんだろこれ?贈答用じゃなさそうだし、形も不揃いだし……うーん、あの子たちには出せないかも…あとで私が食べるか、プラナちゃんに渡そっかな?)」

 

 そう思いながら、私は小さく笑みを浮かべた。

 なんだかんだで、今日はいろんなことがあったけど──今この瞬間は、とても心が温かい。

 私はクッキーの箱を手に、ふたりの待つテーブルへと歩き出す。

 香ばしい甘い香りが、ほんのりと鼻をくすぐった。

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