ユウカちゃんとノアちゃん…2人を見ていると、ふと昔に読んだ論文の一節を思い出す。
『『個性』とは、誰もが持つ異なる一貫した思考や感情、そして能力のことだ。それは環境によって変化し続ける、最も柔軟で、最も不可解な人間の資質。』……と。
でも…うん、この2人の持つものは、そんな言葉では追いつかないだろうね?
そう……『違い』で言い表せるものじゃない。
私からしてみればもはや、『逸脱』と呼ぶべき精度だよ…
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「(さーてと……少しずつだけど、弟の私物の片付けをしないとね)……2人とも、ごめんね?本当は私がやるべきなのに、こんなことまで手伝わせちゃって…」
「大丈夫ですよ!むしろ、突然お邪魔しちゃったのは私たちのほうですから、ぜひ手伝わせてください!」
「はい。こうして片付けながら、先生の『痕跡』を探すのも楽しいですしね?」
おやつの時間が終わり、私はユウカちゃんとノアちゃんと一緒に、シャーレにある弟の私物を少しずつ整理していた。
しかもこの2人、さすが当番としてここに通っていただけあって、どこに何があるのかちゃんと分かってる……しっかりしてるなあ…
「えーっと……ノアちゃん?これは弟のものじゃなくて、もともと置いてあったものかな?」
「そうですね、それはシャーレの備品として置かれていたもので……あっ、それは先生が書類の整理に使っていたファイル類ですね。学園ごとに番号を振ってあって、3番はミレニアムです。あとはこの棚の並び順、元々小分けさていたファイルのラベルの剥がし跡で分かりました。」
「お、おぉー……よくそこまで細かい部分まで覚えてるね?」
「セミナーの書記ですので♪」
特にノアちゃんは、元々何がどこにあって、今どこへ動かされたのか、まるですべて写真のように記憶しているかのようだった。
一度見た光景を脳裏にそのまま焼き付けているような……そんな精密さで、私の何倍もの速さで整理箇所を特定していく。
おかげで、想像以上のペースで作業が進んでいくどころか、むしろノアちゃんの記憶を頼りにして進めているような気さえしてくる…
「……あっ!これですよ、これ!先生が一週間もやし生活する原因になったフィギュア!」
「……!こ、これかぁ……」
ユウカちゃんがわずかに眉をひそめながら、それでも呆れたように掲げたのは、メタリックな輝きを放つ合金製のフィギュア。
ちょっと待ってよ…それにしてもこれで16個目って冗談でしょ…?
……どんだけ買い集めてたんだよ、アイツ…
「……んーー…」
「…やっぱり四ノ崎さんも、その反応になっちゃいますよね?」
『カイテンジャー マークIII』か……聞いたことないけど、キヴォトスでは有名なものなんだろうかね?
うーん……やっぱりこうして直接見てみても、反応に困るものだなぁ…
「そうだねぇ……うっわぁ…リアルな合金で作られてて、すんごいピカピカだね?…でも正直、私にはこういうのの良さがちょっと分からなくてさ…」
「先生、こういうのを衝動的に買ってばかりで本当に困りましたよ……他の部屋にもきっとあると思うので、取ってきますね?……ふぅ、もうここにあるだけでも、51万は超えてますから…」
「(うっげ…!そんなにここにあるものに使ってたの…!?)う、うん……ありがとうね?」
「…はい…しかも、いくつかは貯金ギリギリの給料日前に買ってたんですよ…?!……本当に先生ったら…!」
「(うぅっ…!それは少し身に覚えあるから、私も罪悪感わいてくる…)」
ブツブツ言いながら、ユウカちゃんは早足で奥の部屋に消えていった。
……まったく、こういうのどこまで集めたら気が済むのさ、アイツは…
それにしてもユウカちゃん、本当にアイツの家計簿つけてたんだ…
こんなに沢山のものの金額を把握してるなんて…お見事だね?
「(………ん?)」
……いや、ちょっと待って?
何気なく言ってたけど、なんかすごい事してなかった?
…今、この部屋にある十数体のフィギュアと、それぞれに添えられた領収書を一瞥しただけで即座に合計金額を弾き出してたよね…?
「(あ、合ってる…)」
領収書見てみた感じ、瞬時に桁を揃えて消費税まで含めて一発で合算してるし……すっご…
いやいや……どんな電卓内蔵してるの、ユウカちゃん…人の形のをした演算装置かな?
税率が途中で変わっていても、ユウカちゃんならそれも反映してそう…
「(……さすがに優秀すぎない、2人とも…?)」
ノアちゃんは脳内に記憶の写しを残して、ユウカちゃんは脳内で数字を並べて遊んでるんじゃないかってレベル。
こんな『個性』なんて言葉じゃ表せない2人がいてくれるなら……そりゃ、頼りたくもなるわけだよね?
2人揃って、さすがは学園の中枢を担う組織のメンバー。
私が 『才能』だなんて言葉で済ませてしまうのが、なんだか失礼に思えるくらいだよ…
「…あら、もうかなりの先生の私物がここに集められているんですね?」
ユウカちゃんと入れた構うように、ノアちゃんは高くつまれた本のタワーを持ってきた。
…これもちょくちょく気になってたけど、やっぱりキヴォトスの子たちって力も強くない…?
「あっ、ノアちゃんも本の整理ありがとうね……あれ?その本、もしかしてノアちゃんが置いてたの?」
ノアちゃんは山積みになった本から一冊を手に取ると、目を細めてページをそっとなぞった。
表紙に指を滑らせる視線は、どこか懐かしさを帯びていて……思わずこう聞いていた。
「…!はい、そうですね…これは私がシャーレに置いたままにしていた本です。懐かしいですね…以前、先生を眠らせるために、これを読み聞かせをしてあげたんです。」
「……」
ノアちゃん、優しく微笑みながら私にこう言ってきたけど…まーた、物凄く気になる事言ってるよ…
……えっ、なに?
なんで、ノアちゃんって時々、弟の部屋着みたいな距離感してるの…?
「(……うん。もうアイツとの距離感の近さには驚かないよ、ノアちゃん…)そ、そーなんだ……はは…でもたしかに、ノアちゃんの透明で綺麗な声を聞けば、熟睡できそうかもね…?」
「ふふふ。お姉さんにもして差し上げましょうか?…眠れるまで?」
「そ、それはさすがに遠慮しておくよ!?」
揶揄うようなノアちゃんの視線から逃れながら、私たちは作業を続けていく。
そして、作業がある程度まで完了すると、『私物』は部屋の一角が山積みになるほどの量となった。
…まぁ、こんな具合に2人による弟との思い出がある品々も出てきたけど……なんか、まだまだありそうだな?
……というか、明らかに生活感のある男物じゃない私物がちょくちょく混じっている事には、どう反応をしたらいいだろ…
「はぁー…これで、シャーレ内にあった、大体のものが一箇所に集まりましたね…?ノアも、四ノ崎さんも、お疲れ様です…」
ユウカちゃんが、軽く息をつきながら額の汗をぬぐう。
几帳面に揃えられたファイル群や、丁寧に箱詰めされた本の山を見て、私もつられて深呼吸した。
「ほんっとうにありがとう、2人とも…!……それにしても、ここまで小物やらなにやらがあるなんてね…弟のものじゃないものも、いくつか混じってるし…」
「シャーレには色んな場所から生徒が来ていましたからね?こうして私物が残ることも多々ありますからね?」
ノアちゃんが何気ない声でそう返してきたけれど、より私の視線がそれらに釘付けになる。
私は思わず一つ息をつくと、部屋の片隅……誰かの服や、歯ブラシ立てのような生活用品が置かれていた一角から、そっと視線をそらした。
「(……明らかに生活感のあるものが置いてあったことには…あんまり触れないでおこ…)……そうだね?」
「…そういえば、四ノ崎さんが手に持っている紙袋、何が入ってるんですか?」
「…!あー、これはね…」
私は紙袋をちらりと持ち上げて見せるが、中身を開ける素振りは見せない。
ずしりと中々の重みのある紙袋だ…だけど、絶対に開けるもんか。
でも、どこか勝ち誇ったような、けれど微妙に顔を引きつらせた笑みを浮かべているのが自分でも分かるな…
「(……見つけた瞬間、思わず「うわぁ」って声が出ちゃったのは、誰にも言わないでおこ…)…いやぁ〜、何でもないよ?」
ふっ……ユウカちゃん。
残念だけど『これ』は、子どもがまだ踏み込んではいけない禁断の領域のものだよ?
…しっかし今の時代、たしか『こういうの』って電子で買えるはずなのに……アイツ、なんで形に残るように残してんのよ…
だけど、これは最初に見つけた私の勝利だ。
弟よ……もしかしてと思ってめぼしいところ探して、最初に見つけてやった私に、本当に感謝しろよ?
「お姉さーん?なんだか、すっごく悪い顔してますよ?」
私の方をじっと見ているノアちゃんと目が合う。
…やっぱりこの子、鋭いなぁ…
「いーや、別に?ちょっと……思い出を見つけたってだけよ?」
紙袋の口は、私によってわざとらしいほどしっかり閉じられている。
…だが、アイツの尊厳を守ってやるためにも、中身を見せる気はさらさらない。
紙袋の中にあったのは、何らかの冊子の束だったはずだ。
でも、実際発見した時は薄目ではっきりとは見てないし、少なくとも今、私はそれを見た『姉』として、この紙袋の中身を墓場まで持っていく覚悟くらいはある……たぶんね?
「……思い出、ですか?先生の?」
「うん、そうだね?ふふっ……まぁ、『知らない方が平和』って言葉もあるでしょ?だから…今は内緒、かなぁ?」
「……むっ…なんだか、大人ってずるいですね…そう言われると、すごく気になるんですけど?」
ユウカが少し眉をひそめて、じっと私を見つめながら言った。
その顔に、ほんの少しだけ不満そうな色が浮かび、小さくため息をこぼす。
「ははは、大人って、意外とそういうものだよ?弟も、同じように隠し事をすることはあったと思うよ?」
本当にずるくて、手間を掛けさせる弟だ。
……こうして、こんなものまで残してくんだから…
「た、たしかにそうでしたけど……でもやっぱり、あとでちょっとだけ見せてくれません?一瞬だけでも!」
「…ユウカちゃん。これは危ないんだ…下手に踏み込むと火傷するよ?」
「お姉さんが見せてくれないのなら、私が当ててみましょうか?そうですね…たとえば……」
「ノ、ノアちゃんも…!それ以上は、本当に危険だからやめよっか…!?」
ここから何とか2人の追撃となる話題を逸らして、改めて一箇所に集めたアイツの私物に目を向ける。
…でも、弟のもの以外も含めると、さすがに全部は持っていけないよな…
「(……うーん……あっ。)」
どうしたものかと少し悩んでいたその時、不意にひとつの考えが閃いた。
私は視線を、積み上がった『弟の痕跡』にゆっくりと滑らせる。
そして思いついた言葉を、そのまま2人に向けて口にした。
「……ねぇ?2人ってさ…何か弟の私物で目を引いたものあったかな?使えそうなものがあったら、持っていってもいいからね?」
「……!」
「えっ!?い、いや、そんな…!」
私の言葉に、部屋の空気がふっと変わった気がした。
動きかけていたノアちゃんの手が宙で止まり、ユウカちゃんも何かを言いかけて、小さく唇を閉じる。
不意に窓の外で鳥が一声鳴いて、遠くへ飛び去っていった。
……少し間が空いた。
「あっ……ご、ごめんね?今のはちょっと軽率だったね…」
思わず照れ隠しのように笑って、言葉をつけ足す。
けれど、それが本心だった…けど。
…それが『誰かを困らせるかもしれない』ってことにも、今になって気づいた。
たしかに2人にとっては唐突な言葉だ……それでも…
「…でもね。私なんかが持っていくよりも、2人みたいに弟と一緒にいてくれた子たちに渡した方が、きっといいと思ってね…」
「…………」
ユウカちゃんも、ノアちゃんも、ただ黙って私を見つめていた。
さっきまで賑やかに片付けていたこの部屋が、また嘘みたいに静かになる。
聞こえるのは、どこか遠くで鳴く鳥の声と、窓から入り込む風がカーテンを揺らす音だけ。
「あの……ほんとうに、いいんですか?」
先に口を開いたのは、ノアちゃんだった。
普段より少しだけ低い、けれど真剣さの滲んだ声で、私の言葉の真意を確かめるように。
「…うん。だってさ、きっとそのほうが…弟も嬉しいと思うからね?」
私はこう言いながら、身につけているネクタイを触れていた。
…はは、こんな事自分で言いながら正直、少し残念に思うなんて……バカみたいだなぁ…
この子たちの中にある『弟の時間』を、私は全く知らない。
…だからこそ譲りたくなって……いや、手放したくなった。
「……四ノ崎さん。それじゃか少しだけ…そのお言葉に、甘えさせてもらってもいいですか?」
すると、ユウカちゃんがそっと視線を落としながら、かすかに笑った。
「うん、もちろん。むしろ、もらってくれるなら安心するよ。」
私はそう言って頷いた。
ユウカちゃんはフィギュアの山から一体を丁寧に選び取り、埃を軽く指で拭ってから、まるで壊れものを扱うように胸元で抱えた。
「はぁ…これは、先生が私に見せびらかすように買ったものです。これを見せながら、満面の笑顔で『すごいでしょ?』って言ってきたんですよ?こっちが悔しいくらい、注意する気力が無くなるくらい……嬉しそうに。」
その表情には、どこか拗ねたような、けれど愛しさの滲んだ光が宿っている。
その隣で、ノアちゃんも一冊のノートをそっと取り上げていた。
中身は、きっとノアちゃんだけが知っている、大切な『記憶』なんだろうな…
「……ノアちゃんのそれは…?」
「…これは、私に影響を受けて先生が寝る前に書いていたノートですね?中には、日記みたいなものもあって……当番に来て時々読んでいいって、許可をもらってたんです。…そういえば、ユウカちゃんについての内容を、先生は時々書いてましたね?」
「えぇ…!?ちょ、ちょっと後で私にも見せなさいよ、ノア…!?」
「いやです♪」
ノアちゃんの言葉にユウカちゃんは即座に反応を見せた。
だけど、その小さな手に収まったノートは、2人の様子とは裏腹に、まるで宝物みたいに、彼女の胸元で大事に大事に抱かれていた。
「そっか……きっと弟も、今なら『持っていっていいよ』って、言ってくれると思うよ?」
「…!そうですかね…」
「……ありがとうございます、四ノ崎さん。こんなふうに言ってもらえて、こちらを渡してくれて……本当にうれしいです。」
「………うん…」
……何か2人に対して私からも言い返そうとしたけど、言葉が喉の奥でつっかえてうまく出てこなかった。
私の知らないところで、弟が築いてきた関係と、残していったもの。
そのひとつひとつが、今も確かに、誰かの中に生きていて……
それをこうして、手のひらですくい上げてくれる子たちがいる。
それが、何よりもありがたかった…
……少しだけ、なんだか私も救われるな…
「…よし!じゃあ後は私の方で整理とかをするから、2人はそろそろミレニアムに……あっ。」
「…あれ?どうしましたか、四ノ崎さん?」
窓の外から見える空は橙色に染まり、ぬるい日差しが差し込まれる。
不規則な形の雲も同じような色に染まっており、2人のことを返そうかと考えていたが、ここでふと一つ思い出したことがあった。
「いや…最後に一つだけ、思い出したことがあって…」
…そういえば、昔。
アイツが『誰にも見せたくないもの』をこっそり隠してた場所があったような…
「…まだ、見ていない場所があったのを思い出したんだ……2人ってさ?弟が、本当に誰にも見せたくないものを置いてる場所があるのを…知ってる?」
ノートとフィギュアを抱えた2人を見ながら、私は一度だけ深く息をついた。
「…え?そ、そんなところがあるんですか…!?」
…どうやら2人も知らないようだ。
でも、私も『そこ』に本当に何かがあるのか、あるとしたら何なのかについては、全く知らない。
…まぁ、いかがわしいものは私が回収しているし…アイツも万が一を考えて、同系統のものを『あそこ』に置いておくことはないだろう。
「…じゃあ、2人には特別に教えてあげよっかな…弟の秘密の物隠し場所をね?」
だから、別にその秘密を、私が開いても…いいでしょ?
今の私、多分悪役顔してるって分かってる…
唇の端がゆっくり吊り上がるのを、鏡を見なくても感じるくらいには。
…でも、やっぱりこういうのは姉にしかできない特権で、ちょっと楽しいかもね?